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デ・ハビランド ジプシー・クイーン30Mk.2

型式:レシプロ・エンジン空冷式倒立直列6気筒∥気筒容積:10,200cc∥離昇出力:250馬力/毎分2,500回転∥重量:238kg∥出力/重量比:1.05∥使用燃料:91/96オクタン航空ガソリン∥1938年(昭和13年)から1964年(昭和39年)の間に、約6,600台生産された。∥整備性の良いエンジンであったが、設計が古いため出力に比べて重量が大きかった。∥デ・ハビランド(ポーカー・シドレー)DH‐114‐1Bヘロン4発旅客機に装備された。本エンジンはANA整備訓練所で保管され、後に当館へ寄贈された。年代:1964

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


逆噴射実験装置(ロールス・ロイスRB211‐22Bターボファンエンジン)

ロッキードL‐1011トライスター用のエンジンの一部である。同エンジンはロールス・ロイス社製で複合材製ファンを持つ3軸ターボファンエンジンである。東京都立航空工業高等専門学校(当時)から当館へ寄贈された。年代:1974

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


フォッカーD7(レプリカ)

第1次世界大戦におけるドイツ軍の戦闘機で1918年に採用された。1990年3月に埼玉県が取得したものである。年代:1918

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


スパッドS‐13(レプリカ・分解保管)

第1次世界大戦におけるフランスの戦闘機で1917年に採用された。大戦後に来日したフランス航空教育団が訓練用として持参し日本では「丙式一型練習機」と呼ばれた。1990年3月に埼玉県が取得したものである。年代:1917

情報所有館 : 所沢航空発祥記念館 


ブリキ製牛乳缶(5勺容)

最初牛乳はブリキ缶容器(それ以前は柄杓で秤売)で配達された。始め蓋がなかったが、後に口が細くなり和紙、厚紙、コルク栓を用いるようになったが、ガラス瓶が使用されるようになると法律で禁止された。年代:明治14(1881)年代

情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 


牛乳ガラス瓶

日本において最初の牛乳瓶といわれ、瓶口の内側につけられた螺旋状凹凸の筋を合わせ回転させて開閉する仕組みが特色である。(90cc 5勺)年代: 明治30年代頃

情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 


牛乳ガラス瓶

牛乳取締規定により最初使用された長首牛乳瓶で、これは人工吹きの瓶で無色及び有色(青緑色等)のものであった。最初は瓶口に薄紙を捻り押し込み、その後、木栓、コルク栓を用いた。年代:明治36(1903)年代

情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 


牛乳ガラス瓶

牛乳を殺菌するようになると、瓶口を金具付の機械栓(瀬戸口・ニッケル等)を用いる瓶装になり、瓶には店名・殺菌法・容量等を浮彫にして牛乳の差別化を図った。年代:大正から昭和初期頃

情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 


牛乳ガラス瓶(黒色)

太平洋戦争中ガラス瓶の資材が欠乏したので、各褐色雑瓶を粉砕した原料で作った黒褐色の広口牛乳瓶(180ミリリットル)である。数少ない非常に稀な瓶である。年代:昭和19(1944)年頃

情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 


牛乳ガラス瓶

牛乳営業取締規則(昭和8(1933)年)により広口瓶に統一され、キャップの打栓、掛け紙(セロハンからポリフード)で覆う(細菌の二次汚染防止)ように義務づけられた。瓶の形態は、丸瓶、6角瓶、角瓶で、容量は、180、200、900ミリリットル等がある。そして時代の経過により字型、色彩が多様化した。(紫フードは種類別牛乳をさす)。年代:昭和25(1950)年代頃

情報所有館 : 公益財団法人中田俊男記念財団 牛乳博物館 


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