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1930(昭和5)年から改良を重ねながら生産されていた実用軽飛行機“スーパーカブ”を軍用化して誕生した連絡機で、1951(昭和26)年に初飛行した。木製羽布張りの主翼と、銅管溶接羽布張りの胴体をもつシンプルな機体ながら、操縦安全性にすぐれ整備等も容易であった。1953(昭和28)年に日本に保安隊航空が創設されると同時に、アメリカから62機供与され、おもにパイロット養成のための基本操縦訓練機として使用された。また狭い飛行場でも容易に離着陸できるため、連絡機としても活用された。1965(昭和40)年には19機が日本赤十字社に払い下げられ、血液の緊急輸送などの赤十字活動で活躍した。自衛隊からの貸与。年代:1953
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所沢で飛んだ日本初の国産軍用機である。∥1911(明治44)年、徳川好敏陸軍大尉の設計・製作により日本で初めて作られた軍用機。この前年に東京・代々木練兵場で日本での初飛行に成功した“アンリ・ファルマン機”を参考にして、より高い性能を持つ飛行機を作る事を目的として、所沢飛行場内で製作された。明治44年10月13日所沢飛行場で、徳川大尉自身の操縦によって初飛行に成功した。主に操縦訓練や空中偵察教育に使われた。本機体は1993(平成5)年に所沢航空発祥記念館のシンボル展示として製作されたレプリカである。産業考古学会から「推薦産業遺産」の認定を受けた。年代:1911
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第1次世界大戦後、日本陸軍が招いたフランス航空教育団が持ち込んだ機体で初級操縦訓練に使用された。後に三菱で国産化され57機が生産された。この機体は陸軍から民間に払い下げられたもので、埼玉県比企郡出身の岩田正夫操縦士が、1926(大正15)年に郷土訪問飛行に使用したが事故により飛行できなくなったため菩提寺に寄贈されたものである。実物は長い年月を経て胴体部の骨組みだけが現存していたが当館開館(1993年)に当たりレプリカが製作された。年代:1919
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九一式戦闘機は日本陸軍が1931年に制式採用した機体で、最大速度が300km/hを超えた国産戦闘機が欧米航空先進国の水準に近づいた最初の機体でもありアルミニウム合金の金属製応力外皮構造の胴体という特徴を有していた。当機は中島飛行機が1933年に製造した二型で国産エンジンを搭載していた。後に陸軍から宮城県在住の個人に払い下げられ、更に千葉県在住の個人を経て1994年、当館が購入したものである。日本航空協会から「重要航空遺産」の、経済産業省から「近代化遺産群」の認定を受けた。年代:1934
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航空自衛隊がジェット機時代にふさわしい中間練習機として開発した戦後最初の国産ジェット練習機であり、富士重工業が生産した。当初計画では国産のJ3エンジンを搭載するはずであったが開発が遅れたため、イギリス製の「オーフュース」エンジンを装備したT‐1Aが46機納入された。J3エンジン装備の機体は1960年に初飛行し試験飛行の後に採用が決定された。同エンジンを搭載したT‐1Bは20機が生産された。T‐1A及びBは2006年3月末に全機退役し、愛知県小牧基地の第5術科学校で航空交通管制及び要撃管制の学生教育の目標機として使用されていた1機が当館へ寄贈された。自衛隊からの貸与。年代:1963
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型式:プライマリー∥登録番号:JA‐0148∥1958年6月30日登録∥日本学生航空連盟の初級訓練用として、工学院大学が長野県の霧ヶ峰高原その他の滑空場で使用した。1989年2月に埼玉県が個人から取得したものである。年代:1958
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戦後、日本で開発生産され、外国にも輸出された双発ターボプロップ輸送機である。安全性、短距離離着陸性、低騒音、低燃費等の点が優れていた。本機はYS‐11A‐500R機で、全日空所有、エアーニッポンが路線運航していたが1997年の大島‐東京便を最後に現役を退き、同年に全日空から埼玉県に寄贈されたものである。年代:1969
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