「」 に対する検索結果 : 26836

前の10件 (7001-7010/26836)    次の10件

自動車

この車は、フランスのDELAHAYE社によって明治42年(1909)に生産された。この車は、オツトーサイクルエン ジン(排気量1800cc、出力14PS)、木製輪枠、空気入リタイヤ等ガ用いられており、前席一席のみシートが直されている以外は何も改修はされておら ず、走行できる状態である。この時代の自動車は、「馬車」にエンジンを付けたという感しであり、この車のように「馬車」の面影が残っている。 年代:1909

情報所有館 : 日本工業大学 工業技術博物館 


山本工場

この工場は、ライオン歯麿会社の要請により東京市浅草区に会属瓶口、擢類等を製造する会社としてスタートした。当時、全 部輸入にたよっていた歯磨きチューフの国産化を初めて実現した工場である。当時の工場通覧によれば、職工数男子12名女子2名、使用動力2機種・7馬力の 中堅企業であった。かば材張りの床も当時のまま復元している。 年代:1907

情報所有館 : 日本工業大学 工業技術博物館 


植原鉄工所

この工場は、明治40年に東京市芝区三田に創業し、65年間にわたって東京の下町にあった典型的な町工場の見本である。 創業当時は原動力として瓦斯機関をつかい大正5年には電動機に切換えるなど動力源の変遷を経験した工場である。はじめは8尺旋盤と6尺旋盤の2台であった が、次々機械を増設した。機槻部品の加工を主とした工場で、復元に際しては、見学者の安全等を考えて、実際の工場より天井を高くし、また若干の機械削減し た。 年代:1914

情報所有館 : 日本工業大学 工業技術博物館 


半自動靴下編機

明治中~後期(1880年)頃開発された靴下編機。ゴム部と本体(脚、踵、足、爪先)部を別々に編み、縫い合わせるか、編目をつなげていた当時の編機。保存機は昭和初期に製造されたもので、アーガイル(ダイヤ柄)靴下を生産した。 年代:1925

情報所有館 : ナイガイ靴下博物館 


半自動ゴム編機

明治中~後期(1880年)頃開発されたゴム編機。ゴム部と本体(脚、踵、足、爪先)部を別々に編み、縫い合わせるか、編目をつなげていた当時の編機。保存機は昭和初期に製造されたもので、アーガイル靴下のゴム編み部を生産した。 年代:1925

情報所有館 : ナイガイ靴下博物館 


B式自動靴下編機

昭和4年(1929年)頃の靴下編機B5式(今泉式)と云い、脚、踵、足、爪先を連続して自動的に編む画期的なもの。 年代:1929

情報所有館 : ナイガイ靴下博物館 


靴下用ゴム編機

大正9年(1920年)、(株)ナイガイが米国から輸入した口ゴム編機。筒状のゴム編地(1×1リブ)を専門に編むものでブリントンと呼ばれていた。 年代:1920

情報所有館 : ナイガイ靴下博物館 


スタンダード式柄編機(スタンダード・トランプ)

昭和9年(1934年)、(株)ナイガイが米国スタンダード社から輸入した柄(ボスネック柄)編機。ボス柄糸(地編地と色の異なる柄糸)の色数が多く、刺繍状に美しい配列と立体的に柄を表現できる編機。靴下の代表的な柄の1つである。 年代:1934

情報所有館 : ナイガイ靴下博物館 


複製靴下

光圀公が履いたと云われている靴下の複製品。常陸太田にある水戸家墓所・瑞龍山で水戸光圀時代の長持ちが発見され、その中にあった靴下の複製品。海外からの贈り物?造り方・編み方は今でも解明不明の高い技術。 この製品に似たものが米国ワシントン州にある国立博物館に所蔵されている。

情報所有館 : ナイガイ靴下博物館 


バンナー靴下

大正末期の靴下。(株)ナイガイ創設(大正9年)初期に生産されたもの。当時の靴下はゴム編み部と本体部(脚部・踵・足・爪先)を別々に編んだ後、編目をつなぎ合わせるか、ミシンで縫い合わせていた。足の甲側と足底を異なった糸や色で編むことのできるバンナー編機で生産されたもので、甲側は薄く吸湿性を、底側は厚く保湿性を求めたものである。編機は米国のヘンフィル社から輸入された。 年代:1924

情報所有館 : ナイガイ靴下博物館 


前の10件 (7001-7010/26836)    次の10件