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緻密な地文、窓絵の瑞雲文と鶴を配した見込の古伊万里風の意匠の輪花形大皿の裏には、染付で「文化年製 (1804~18)」、「今泉平兵衛」の銘が記されている。藩窯の上絵付けを命じられた赤絵町の今泉家、7代平兵衛(天保14年没 1843)の手になる 作である。(柴田夫妻コレクション9-192) :肥前・有田 /文化年間( 1804~18)
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天明(1781~89)頃に現れた独特の器形の碗。「広東形」と呼ぶが、18世紀の中国磁器の影響を受けた碗形であり、 出荷港に因み広東焼と呼ばれたための名称。用途的には飯用碗であり、茶漬茶碗といわれ、19世紀前半にかけて盛んに作られた。(柴田夫妻コレクション 9-154) :肥前 / 1780~1820年代
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高台内に染付で「文政年製(1818~30)」と記された盃洗である。見込に勢いよく描かれた瓜を、器に納めておくため か、口部を幾分内抱えに作る。瓜の葉には写実的な鈴虫が描かれているのも珍しい。(柴田夫妻コレクション9-206) :肥前・有田 / 1818~30年代
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高台に砂目跡が5つあり、重ねて焼成されたことがわかる碗。碗の上に他の製品を重ねて焼成する例はなく、この資料も見込 には砂目はあらわれない。陶器皿もしくは磁器皿を重ね積みした上にこの碗は置かれて焼かれたものと推測される。この碗も磁器製造の草創期に生産されたもの と考えられる資料。(柴田夫妻コレクション9-2) :肥前・有田 / 1610~40年代
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散蓮華は、散った蓮華の花弁に似た形からついた名称である。中国が起源で、日本では、江戸時代後半以降に清朝磁器の影響 を受けて肥前や関西で多く生産され、卓袱(しっぽく)料理や宴席で多く使用された。本資料は、内面の全面に染付で家屋と山水図が繊細に描かれ、外面把手部 に「酒井田 柿」の銘、箱書きには「庚戊(1850)」の墨書がある。(柴田夫妻コレクション9-254) :肥前・有田 / 1840~50年代
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口縁部を四稜花形に作った輪花形の皿。見込中央には船上で投網(とあみ)をする人物と、櫓(ろ)をこぐ二人の人物を染付 で描く。皿の周辺部四方には染付で如意頭形の窓を配置して、その中に色絵で人物文と唐花文を交互に描く。裏面周囲には四方に染付で小花を描き、赤の色絵で 唐草文をめぐらす。(柴田夫妻コレクション9-80) :肥前・有田 / 1700~40年代
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三段の重箱に蓋を兼ねた瓶(徳利)を重ね、格段は独立して使用できるように高台が付いている。瓶の上面には獅子と牡丹唐 草文が描かれ、側面は銹釉をめぐらし二分割し上半部に雷文が描かれている。瓶の側面下半部と段重の側面には連続した菊文が描かれている。江戸時代中期以 降、漆器の重箱を模して磁器の重箱がつくられるようになった。(柴田夫妻コレクション9-257) :肥前・有田 / 1840~60年代
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見込と側面の間をまりばさみ文で区画し、内側面の宝珠形区画内に八宝文などを描く意匠は、芙蓉手の一種であり、明末の中 国景徳鎮窯でヨーロッパ向けに多量に作られた。この意匠は名山手(めいざんで)とも呼ばれる。(柴田夫妻コレクション9-115) :肥前・有田 / 1750~70年代
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京都の朝廷は、江戸中期になると禁裏用の磁器を有田の辻家に注文してくる。さらに辻喜平次は安永3年(1774)に朝廷 より「常陸大掾」の官位を授かる。異例のことであったが、当時、辻家の技術は高く評価された。菊花の紋は天皇家の菊紋のほか、皇族閑院宮の例がある。本例 のような葉を持つ菊紋も京都公家町遺跡で出土している。(柴田夫妻コレクション9-135) :肥前・有田 / 1770~1810年代
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光沢のつよい銹釉(褐色に発色する鉄を多く含む釉薬)を巧みに使った製品で、裏面も畳付(たたみつき)を除いて全面に銹 釉が塗られている。精緻な唐花文が二種類、八方に交互にほどこされている。呉須および銹釉の発色の良い上質な製品。(柴田夫妻コレクション9-33) :肥前・有田 / 1670~90年代
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