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「紫陽山(しようざん)」と銘のある大皿は直径 49.9センチある。日本的な風景だが、中国の宋時代、この紫陽山で朱 松という人が学問をしたという故事になぞらえる。左にたたずむ人物が朱松だろうか?(柴田夫妻コレクション8-500) :肥前・有田 / 1820~60年代
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中国では、黄河の龍門という急流を登った鯉は龍に変ると考えられ、登龍門という言葉が生れた。そこから日本でも鯉は出世 魚として尊重され、書画や工芸品の題材として多く用いられ、肥前磁器にも鯉の滝登り文が描かれた。(柴田夫妻コレクション8-430) :肥前・有田 / 1790~1830年代
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見込みに振り返る犬を描く。首輪をつけているのがかわいい。周囲三方には丸窓を設け、その中に小花を描く。またその側に 巻物と竹文を描く。背景には墨弾きの技法による白抜きで将棋の駒を描く。(柴田夫妻コレクション8-468) :肥前・有田 / 1820~50年代
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1774年、有田の辻喜平次は京都の朝廷より禁裏御用の陶家として「常陸(ひたち)大掾(だいじょう)」の官位を授かっ た。この嗽碗(うがいわん)はその頃の作品である。伝来し、幕末頃、皇族の中川宮朝彦親王旧蔵という箱書を持つ。(柴田夫妻コレクション8-534) :肥前・有田 / 1730~90年代
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茶色の体に赤、青、黄の斑をあらわし、胸部は磁器の肌を活かし、白く表現している。胸部には、「肥前住井上□□衛門義忠 大神宮 御神前 元禄十三年 祥日」と朱漆で記される。阿吽一対の色絵の狛犬であり、佐賀市内の伊勢神社に奉納されていたものである。このように一対で 現存する狛犬像は大型のものではほかに例がない貴重なものであり、奉納者名および奉納年が記されている例としても極めて希少性の高い資料といえる。 :肥前・有田 / 1680~1700年代
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ゆるやかな瓢形をなし、くびれの部分に耳をつけている。表面に白土を埋め込む象嵌文様が帯状にほどこされている。象嵌の 文様には三角形の文様など珍しいものがみられ、個性的な魅力あふれる製品である。産地は出土陶片などから塩田町の大草野窯のものと考えられている。 :肥前 大草野窯 / 1610~30年代
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肩部に力強い彫り文様を施し、まず灰釉をかけ、その上から黄色みを帯びた白濁色の藁灰釉をたっぷりと流しかけている。 彫った部分に藁灰釉がたまり、それによって、より彫り文様が強調されている。小代焼らしい野趣あふれる作である。 :肥後・小代窯 / 19世紀前半~中葉
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見込の釉が蛇ノ目状に剥ぎ取られ、その上に4つの砂目跡が残る。高台にも砂目跡が4つあり、この資料は重ねて焼成された ことがわかる。このように蛇ノ目釉剥ぎに砂目積みで焼成された磁器の皿は有田磁器草創期1610~30年代に生産された。この小皿は佐渡島に伝世したもの という。(柴田夫妻コレクション9-1) :肥前・有田 / 1610~30年代
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素地が柔らかい軟陶胎に色絵を施した皿。見込に青の色絵で伸びやかな牡丹の花を描き、花を赤の色絵で彩る。口縁部には緑 地に黒の輪郭線でびっしりと花弁を描き、八方に小花と如意頭文を交互に配して、紫の色絵で彩る。胴の二方に梅の小枝に止まる鳥を染付で描く。高台内には、 9-95「色絵布袋文変形皿」と同様の一羽の立鷺を描く。(柴田夫妻コレクション9-98) :肥前・有田 / 1720~50年代
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力士文様の珍しい大皿。そばに「梶ヶ濱(かじがはま)」の四股名(しこな)が記されている。「梶ヶ濱」は、梶ヶ濱力右エ 門のこと。寛政2年から寛政6年(1790~1796)の通算4場所の成績しか記録に残しておらず、最高位も前頭4枚目であったが、時の名力士、雷電(ら いでん)に本場所での初黒星をつけたことで知られている。(柴田夫妻コレクション9-129) :肥前・有田 / 1770~1800年代
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