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初期色絵の作品であり、見込みには柘榴と雲が描かれ、周辺には色絵で如意頭を廻らしている。また、捻輪花の型打成形で、 口縁部には口銹を施している。高台内には色絵で二重枠内に「福」字が書かれている。柘榴の実は吉祥果(縁起のよいもの)とされ、魔除けや子孫繁栄の象徴と して数多く描かれている。柘榴の起源はイラン周辺で、日本へは中国を経て平安時代以前には伝来していたと考えられている。薬用としても昔から広く栽培さ れ、江戸中期には一般にも広く普及していたようである。(柴田夫妻コレクション7-83) :肥前・有田 / 1650~60年代
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オランダ東インド会社の注文により、中国で生産されたものです。中央には紋章、周囲には「CONCORDIA・RES・ RARVAE・CRESCUNT・1728」と入っています。ラテン語で「一つにまとまって小さなものを大きくしよう」という意で、会社のモットーのよう なもの。中央のライオンが持っているのは、本来7本の矢で、オランダの7つの地方を象徴したもので、その下には社章であるVOCが記されています。この文 様は同社が東洋貿易用に1728年に鋳造した銀貨からきたものです。(柴田夫妻コレクション8-178) :中国 / 1728年
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緑・黄・紫の濃い三色の絵の具で、見込いっぱいに牡丹及びそこにとまる二羽の鳥を描いている。文様帯で区切られた口縁付 近にも牡丹が描かれるが、背景は白く、塗り残されている。裏面は、雲気(うんき)文をいっぱいに描き、高台内とともに緑で塗り埋める。高台内に「太明(た いみん)」銘を書く。いわゆる青手(あおで)と呼ばれる有田の初期色絵の中でも1650年代の中期型式で、豪快な作品である。(柴田夫妻コレクション 7-71) :肥前・有田 / 1650年代頃
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染付の型紙(かたがみ)摺(すり)は1670年代頃に始まり、1730年代頃までの間、流行した。本例のようにその後も いくらか行われたが、違いは黒ずんだ青色顔料(呉須)で地を塗りつぶしている点である。(柴田夫妻コレクション8-61) :肥前・有田 / 1740~70年代
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江戸後期の鍋島の製品であり、水上に建てられた楼閣と遠景の山々が情感ある風情をかもしだしている。呉須の発色、文様と もに派手さは控えめで上品である。この文様の隅入りの角皿は、安永三年(1774)に「将軍お好みの品」12通りの中に記載された「山水絵中角皿」に該当 するものと推定される。この将軍お好みの品12種類のうちから例年2、3品が鍋島藩からの献上品に含められ、幕末まで繰り返し製作されることとなった。本 製品は鍋島藩の重臣であった中野家に伝わったとされる。(西 幾多氏寄贈) :肥前・鍋島藩窯 / 1810~40年代
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江戸後期の鍋島の尺皿。複雑に枝を伸ばした梅樹のみが描かれ、静謐感のただよう余韻ある構図となっている。蕾が枝先に描 かれ、わずかに開花した梅も表現されている。この白梅を描いた大皿は、安永三年(1774)に「将軍お好みの品」12通りの中に記載された「梅絵大肴鉢」 に該当するものと推定される。この将軍お好みの品12種類のうちから例年2、3品が鍋島藩からの献上品に含められ、幕末まで繰り返し製作されることとなっ た。本製品は鍋島藩の重臣であった中野家に伝わったとされる。(西 幾多氏寄贈) :肥前・鍋島藩窯 / 1790~1840年代
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江戸後期の鍋島の製品例。2匹の金魚と水藻があしらわれた意匠で、皿の形は楕円で左右の端が立ち上がる形態をなしてい る。余白を活かし、あっさりとした印象の製品であるが線描きも濃み塗りも丁寧な作行である。この金魚文の楕円の皿は、安永三年(1774)に「将軍お好み の品」12通りの中に記載された「金魚絵船形皿」に該当するものと推定される。この将軍お好みの品12種類のうちから例年2、3品が鍋島藩からの献上品に 含められ、幕末まで繰り返し製作されることとなった。(西 幾多氏寄贈) :肥前・鍋島藩窯 / 1790~1820年代
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見込には5匹の金魚、側面には沢瀉(おもだか)を描く。盃洗は、宴席などで盃を回す際に、盃を洗うために水をたくわえて おく器で江戸後期にはさかんに製作されるようになる。水をたくわえるという用途から、水にまつわる意匠がとりいれられたのであろう。製作地は鍋島藩窯が あった大川内山の可能性が高い。(西 幾多氏寄贈) :肥前 / 1850~90年代
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裏に元禄年間の紀年銘をともない、「柿」と入れる一群の作例があることが知られ、これらは「元禄柿(げんろくかき)」と 通称されている。元禄柿の製品は総じて上質で、染付の青を伴い、濃厚な赤絵具が使用されているものが多い。この作例は「元禄八乙亥 柿」と高台内に記され ていることから、元禄八年(1695年)に製作された柿右衛門一統の製品であると考えられる。精巧なつくりは、当時技術的に優れた陶工によって作られたこ とをしのばせる。(工藤吉郎氏寄贈) :肥前・有田 / 元禄八年(1695)
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初期伊万里の水指の中でも優品である。胴部を三段に締めた形態をなし、上段に花唐草文を二方にほどこし、中段に山水文、 下段に松と梅が描く。筆致はのびやかで、呉須の発色も良い。口縁を外反させ口唇部は内側に広がりそのまま蓋受け部を作る。蓋受け部に釉薬がかかり、共蓋で はなかったことがわかる。(佐賀県重要文化財) :肥前・有田 / 1610~30年代
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