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染付梅竹霊芝文大皿

中国・景徳鎮窯は明清の王朝交替に伴う内乱で、一時期生産も海外輸出も停滞したが、統一を果たすと1684年に展海令を 公布して輸出を再開する。この染付大皿はこの時期に作られたとみられ、幅の広い折縁をもつ。内面いっぱいに枝を広げた梅樹、そして岩に竹や霊芝(きのこの 一種)を描き込む。外側面は無文であるが高台内には二重圏線を染付する。 :中国・景徳鎮窯 / 17世紀後半~18世紀初

情報所有館 : 佐賀県立九州陶磁文化館 


染付松竹梅文扇面形向付(古染付)

いわゆる古染付であり、わが国の茶人が好んで注文したものと考えられている。比較的厚手に作られ、底面には三足がつけら れている。半開きの扇面形に成形され、扇面部分には松竹梅文を配し、扇の要や骨も染付で表す。美濃焼の織部と器形・装飾などに共通点があり、関わりの深さ が指摘されている。また肥前の初期伊万里様式への影響も強い。 :中国・景徳鎮窯 / 1620~30年代

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灰釉鉄釉振掛茶碗

内外面で釉薬をかけ分けた筒型の茶碗である。口縁部は鉄釉を施し、内面は見込まで白濁した釉薬を施している。外面は体部 下位と高台外側面に白濁した釉薬を施す。胴部は、赤褐色の露胎の上に、意図的に白濁した釉薬と茶褐色の釉薬を交互に振りかけている。高台内は部分的に白濁 した釉薬がみられるが、露胎となっており、篦削りの痕が残っている。斬新な意匠を持つ茶碗である。 :肥前 / 1600~30年代

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鉄絵筒茶碗

上野焼・釜ノ口窯は、慶長7年(1602)以降に朝鮮陶工尊楷(そんかい)が開窯し、千利休に茶の湯を学んだ藩主細川忠 興のもとで味わい深い質朴な陶器を焼いた。寛永9年(1632)、藩主の国替にともない肥後へ移窯するまで続いた。全体に薄くかけられた透明な灰釉は、淡 灰色あるいは枇杷色に発色し、胴の上下に2条ずつめぐらした鉄絵の圏線で簡素な筒形の茶碗を引き締めている。高台畳付は釉をぬぐい、高台脇に指痕らしい無 釉の部分が残る。 :豊前・上野窯 釜ノ口窯 / 1600~30年代

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藁灰釉流耳付水指

矢筈口(やはずぐち)に口部を作り、ひねりをきかせた双耳付の水指に、藁灰釉の白い流れが大胆な景色となっている。上部 を分厚くし4条の横筋をめぐらせ、胴の部分は篦で粗く縦筋を刻み桶形としたか、あるいは正面に短い刻みをつけ曲物の綴目としたものか、陶器で木器を写すと いう茶陶らしい遊び心が感じられる。底部は無釉、浅く削った高台の内には細かな轆轤痕が残る。内ヶ磯窯の製品と思われる。 :筑前・高取窯 / 1610~20年代

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象嵌花文碗(花三島)

全面を覆う細かな花文様が見事である。朝鮮半島の陶磁器は、とりわけ戦国時代の茶人に珍重され、その枯れた美しさがわび 茶にとりいれられた。朝鮮半島の陶磁器は肥前の陶磁器の技術的な源流であり、そこには肥前の陶磁器にみられる焼成技法、装飾技法の多くが見られる。この象 嵌の技法も肥前陶器(唐津)に多く用いられた。(溝上元良・正子夫妻寄贈) :韓国 / 朝鮮王朝時代 15世紀

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型紙摺唐花唐草文大皿(二彩手)

口縁部を鍔縁に成形し、端部は短く立ち上がり、上面には薄く緑釉が施されている。内面は、中心部および三方に鉄絵具で花 付き三つ葵の外形を描き、緑釉を施している。また、三方に型紙を利用し藤と牡丹とみられる花文を、盛り上がった白化粧土で表している。唐津焼では17世紀 前半に行われた例は少ない。高台畳付を除き、全面に透明の釉薬が施される。高台は2ヶ所で切られ、高台周辺に手跡が残っている。 :肥前 / 1610~40年代

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染付龍鳳凰文釣鐘形水指

全面に緻密な筆致で染付文様が描かれている。また造形も凝っており全体が釣鐘形になっている。底は別に作り釉で熔着さ れ、無釉の底面中央にハリ支え跡が一つある。蓋のつまみには両側に獣面があり、また蓋上部に鳳凰と雲龍が描かれている。胴部は六つの文様帯に分かれ、唐 草・桜花と雲龍・雲龍・松竹梅・蓮弁・唐草の各文様がめぐる。造形、絵付ともに江戸期の技術力の頂点を示している。 :肥前・有田 南川原山 / 1670~90年代

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色絵山水木目文大皿(青手)

古九谷様式中期から後期の特徴を有する。平らにカットした口唇部に口銹を施し、裏文様に密な唐草文を描く。高台内の福字 銘は中・後期のもの。口縁部を折り曲げ黄色で塗りつぶした例は出光美術館蔵品などがあり、青手のなかでも少し異なるグループを形成する。内側面の木目文は 雲気文かもしれないが、1640年代前後の青磁皿にも多く用いられたものであり、1670年代以降はみられなくなる。 :肥前・有田 / 1650~60年代

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色絵牡丹文大皿(青手)

青手古九谷と呼ばれてきたものであるが、青手は2種類に大別でき、本例は高台径の口径に占める割合が小さいこと、口唇部 に口銹を塗らず白地のままにしていることなどが特徴であり、古い方のタイプに属する。古九谷様式中期に位置づけられる。外側面の地文様は唐草文かもしれな いが細かい連続文を表している。高台内が白地の状態であること、底裏の福字銘も中期の特徴を示すものである。 :肥前・有田 / 1650年代頃

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