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口縁部を外から篦で押さえて輪花形に作り、薄く灰釉をかけた上に濃い藁灰釉を流し、黄褐色の地に踊る軽妙な白を一種の文 様とする。刺身皿としたものか、器に花形の猪口に茎か切り株のようなものを貼り付けており、盆石の風情をかもしだす。胎土はきめ細かな赤褐色で、平底の底 部は無釉であり、大きな「の」字状の彫りが見られる。(笹倉一男氏寄贈) :肥後・小代窯 / 19世紀
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大皿の内面を同心円状に5段に区画し、蓮弁文・唐草文・よろけ縞文・襷文・花文を押印し、その上から白化粧をし、余分な 化粧土をふきとり、透明釉を施している。この技法を利用した製品は、武雄市の唐津系窯跡などから出土している。見込には砂目跡が8ヶ所に残り、製品を砂・ 胎土目積みによって重ね積みしたことがわかる。外面中位から底部まで鉄漿を塗布するが、畳付は露胎である。 :肥前 / 17世紀後半
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轆轤による成形の後、型にかぶせて口縁部を捻輪花にしており、口縁部内面には布目跡が残っている。口縁端部には鉄銹を施 す。見込には竹林から睨みをきかす1頭の虎を描いている。このような意匠を持つ中皿の類例は多い。口縁部外面の1ヶ所には蔓草が描かれ、高台外側に圏線を 引く。高台内には圏線と二重方形枠内に「福」字銘を書いている。また、高台は断面鋭角の三角形で内傾し、高台内にはハリ目跡が3ヶ所に残っている。 :肥前・有田 / 1650~60年代
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肥後・八代焼の代表的な装飾「象嵌」を、輸出向け沈香壺に似た大振りな壺の全体に施す。灰白色の精選された素地に文様を 刻み、白土を埋め、表面を拭うと細かな文様が現れる。「暦手」は伊豆の三島神社で作られた細字仮名書きの「三島暦」に由来し、よろけ縞状の文様が連なった もの。15~16世紀頃に朝鮮で行われた同様の技法の陶器を「三島手」と呼び、その技術が九州に伝わった。高台畳付に8ヶ所、高台内に3ヶ所貝目痕が残 る。 :肥後・八代窯 平山窯 / 18世紀
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初期の鍋島に準ずるような作行(さくゆき)であることから、小城藩(佐賀藩の支藩)の御用窯と考えられた松ヶ谷窯の製品 と推測されて、松ヶ谷手の名で分類されたもの。有田の猿川窯でこの種の素焼状態の素地が出土し、松ヶ谷窯製品でないことが明らかになった。特徴は、丁寧に 貼り付けられた高台畳付を同程度の幅で3面削ること、高台内の素地に記号様の文字を陰刻したものが多いこと、外面は無文の変形の小皿が多いことなどがあげ られる。 :肥前・有田 岩谷川内藩窯 / 1650~60年代
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意識的に口部を変形させ、胴下部をくびれさせた「沓形」の茶碗。茶褐色の陶胎にかけた透明感のある土灰釉の飴色と藁灰釉 の斑白(まだらじろ)は、織部好みの茶碗にみる掛け分けの装飾法を表す。胴には轆轤目の段を残し、高台は低く削る。伝世の箱には「まだら唐津沓鉢」とある が、慶長19年(1614)から寛永元年(1624)に焼かれた内ヶ磯窯跡から、同様な沓形茶碗が出土している。 :筑前・高取窯 内ケ磯窯 / 1610~20年代
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古九谷様式中期から後期の特徴をもつ。こうした高い高台をもつ皿は有田の山辺田4号窯などで色絵素地が出土している。裏 文様の密な唐草文は色絵山水木目文大皿(所蔵番号3261)に似通っている。内側面は型打成形によって菱花形に表され、それに流水文を描く。高台内の銘は 明末・中国の祥瑞の銘の一種(「禄」という)の影響を受け、1640年代頃から肥前磁器が用い、1660年代頃まで例をみることができる。口唇部には銹釉 を施す。 :肥前・有田 / 1650年代頃
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中近東からヨーロッパでコーヒーや茶の飲用に、こうした碗と受皿のセットがさかんに求められるようになると、有田や景徳 鎮で作られ輸出された。外側面に金銹色をした褐釉がかけられ、他は透明釉であり、高台内には二重圏線と花卉文の装飾銘はこの頃の景徳鎮や有田でしばしば用 いられた。内外に赤・緑・黄・紫で花卉文が描かれ、見込には牡丹・菊と蝶が表される。(山崎隆生氏寄贈) :中国‐景徳鎮窯 / 1680~1740年代
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内面を印花文と透彫で装飾した皿である。皿の内面を二重圏線で区画し、その間に透彫にされた雲と印花による鶴を、交互に 5ヶ所ずつ配置している。さらに、その区画の外側(見込側)に如意頭文をめぐらしている。鶴と如意頭、二重圏線の内側にみられる小花文は、押印した後に黒 土により象嵌されている。器表の透明釉には細かい貫入がみられる。唐津市唐人町に設けられた唐津藩の御用窯で焼かれた献上唐津と考えられる。 :肥前 / 19世紀前半
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黒田藩の城下、福岡市西新町には高取焼・東皿山窯が享保元年(1716)に築かれ、御用窯として茶陶を焼成し、江戸時代 後半には贈答用としての陶器を製作した。明治4年(1871)の廃藩置県により御用窯は閉ざされた。堅く軽く焼締まったきめ細かな胎土で、太鼓をかたど り、天地には太鼓革を張る鋲をめぐらし飾りとする。薄くかけた土灰釉の飴色に、藁灰釉の白と青みを含んだ濃い茶褐色の釉調がけしきとなる。底部は平底で無 釉。 :筑前・高取窯 東皿山窯 / 18世紀後半~19世紀前半
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