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元治2年3月(1865年)、ジョセフ・ヒコ(本名・浜田彦蔵 播州(兵庫県)の漂流民で米国籍)が横浜で創刊した新 聞。日本人による最初の民間新聞で、毎月2回横浜に入港する英国船のもたらす新聞を翻訳して国別に編集して掲載しました。慶応2年9月(1867年)の 26号まで発行(月2回刊)、発行部数は100部程度。
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明治3年12月8日(1871年1月28日)に横浜で創刊した日本初の日刊新聞。神奈川県令(知事)・井関盛艮が新聞の 力を国民の開化発展に利用すべきと考え、横浜の貿易商らに説き資金面の協力を得て創刊しました。近代活版印刷の祖・本木昌造の弟子が製作にあたり、元幕府 横浜洋書検閲官の子安峻(後の読売新聞初代社長)とともに発行。和紙木版刷りの全盛時に、鉛活字を使用し、洋紙1枚・両面に刷られた刊行物は、これまでと は違う近代型新聞の誕生を告げる画期的なものでした。明治12(1879)年11月東京に進出、「東京横浜毎日新聞」「毎日新聞」「東京毎日新聞」と改題 したのち、昭和15(1940)年11月30日付で廃刊。
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明治5年2月21日(1872年3月29日)、東京で創刊した現存最古の日刊新聞。条野伝平(戯作者)、西田伝助(貸本 屋の番頭)、落合芳幾(浮世絵師)らが発行しました。明治44(1911)年3月1日に「大阪毎日新聞」と合併、昭和18(1943)年1月1日に「毎日 新聞」に題号を統一し、現在に至っています。
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染付と青磁による爽やかな色調の作品である。鍔状の口縁に青磁釉が少し盛り上がりぎみにのっており、端は釉が薄いため素 地の白さがみえている。皿の内面には藍地に薄瑠璃色の雷文を表すが、よく見ると薄瑠璃色の縁にはすべて墨弾きによる白抜き線を伴っている。裏面は染付で六 つ玉の七宝結び文を三方に配し、高台には長めの櫛目文をめぐらす。 :肥前・鍋島藩窯 / 1730~40年代
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碁盤と童子の組み合わせで関連することと言えば、男の子が5歳になると成長を祝って行う髪削(深曽木)の儀式がある。ま た江戸時代の座敷芸に、人形を碁盤の上で操って踊らせる碁盤人形というのがある。この作品もこうした儀式や遊芸にちなんだ題材と考えられる。童子の背中に は横長の赤い四角い布をさげたような絵付けがなされている。童子も碁盤も内部は中空であり、碁盤の方は内部に4本の柱で箱を支えている。 :肥前・有田 南川原山 / 1670~90年代
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粘土の板をよせて方形に作った角水指は、前後に大きな牡丹文、両側面に小振りの牡丹文を彫り、白土を埋めた象嵌技法で意 匠をきわだたせている。平底の底部を除き、全面に施された薄い透明釉の面は、茶褐色の胎土が抹茶色を呈している。共通点の多い作である象嵌牡丹文四方形香 炉は、底部に「宝暦六丙子(1756)…」の彫り銘をもつ。本品は佐賀の旧家に伝世し、茶席に使われたという。 :肥後・八代窯 平山窯 / 18世紀中葉
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無釉のまま高火度で焼成したあと、低火度焼成の藍釉・緑釉・黄釉・透明釉が掛け分けられ、焼成時に熔融し合うことによっ て複雑な色調が生まれている。焼成が不足すると熔け合わず、焼成が過ぎると混じりすぎて色調が不鮮明になる。この製品はもっとも良好な焼き上がりといえ る。素地は白い磁胎であり、透明釉をかけた部分が白くみえる。 :肥前・長与窯 / 1790~1820年代
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雨後の紫陽花を彷彿とさせる作品である。染付による紫陽花文に、しっとりとした青磁釉が垂れ込めている。釉の境には画す る線もなく、曲線を描きながら柔らかに融け合っている。紫陽花は一見すると写実的であるが、花弁や葉の描き方などパターン化され、個々の基本単位を巧みに 組み合わせて表現されている。裏面には雲形の葉に八つの花弁をもつ花唐草文を三方に描く。高台は長めの櫛目文をめぐらす。 :肥前・鍋島藩窯 / 1690~1730年代
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桃図の背景に青磁釉を施す。円形の画面いっぱいに文様を配すのは、鍋島には多くみられる構図である。左手の白い桃は、染 付の線書きだけで表されている。もっとも大きい文様を、もっとも単純な手法で表現している。右手の桃は墨弾きによる白抜き文を全面に描く緻密な表現であ る。大きくて単純な桃と、小さくて濃密な桃の対比がおもしろい。裏面の三方には、雲形の葉を持つ唐花唐草文を描く。高台には櫛目文をめぐらす。 :肥前・鍋島藩窯 / 1690~1730年代
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蓋には宝珠状の紐(つまみ)がつき、表面には白化粧土を用い打刷毛目を施す。裏面は周縁部に刷毛目を施し、中央部は露胎 で赤褐色を呈している。身には蓋受けがあり、この上面は白化粧土が残っている。胴部は、器表全体に薄い白化粧土による刷毛目、さらに打刷毛目を3段に施 し、暗褐色の地に白化粧が映えてみえる。蓋・身の内面と高台畳付を除く全体に透明釉が施されている。打刷毛目は武雄市庭木窯跡などの出土品に類例がみられ る。 :肥前 / 1690~1740年代
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