「」 に対する検索結果 : 26836

前の10件 (6451-6460/26836)    次の10件

木炭ガス発生装置(日燃式)

戦時中から戦後にかけて石油燃料が不足した時代には多くの自動車が代燃車に改造された。代燃車とは代用燃料で走る自動車 のことで、木炭や薪などからガスを作って走るものやアセチレンガスを用いて走るものなどがあった。木炭ガス発生装置は木炭を不完全燃焼させて一酸化炭素ガ スと水素ガスを主成分とするガスを発生させ、フィルターで濾過したのち、ガソリン自動車のエンジンにそのまま送りこんで使用した。本資料はトラックに搭載 されたもの。 トラックに用いた実物が現存するのはおそらく本資料のみではないかといわれている。 年代:昭和時代

情報所有館 : 物流博物館 


手鉤(てかぎ)

俵や叺(かます)などの藁(わら)を用いた梱包や木箱などを取り扱う時には、このような手鉤を用いた。 年代:昭和時代

情報所有館 : 物流博物館 


未開梱の木箱荷物

文具店の蔵に残っていた、まだ開けられていない荷物。中身は朱墨のビンで、クッションに藁(わら)を入れている。 年代:昭和10年代後半(1940年代前半)

情報所有館 : 物流博物館 


物流に関する産業映画

1940年代から80年代にかけ多くの企業で産業映画が数多く製作された。当時、日本通運株式会社ではPR・業務研修・ 記録用の映画が多数製作され、これらの作品を含む、 199点の物流に関するフィルム資料を収蔵している。一部の作品は展示室にて視聴可能。主な作品;「荷役近代化への道」(1966年編集)、「物のなが れ」(1949年)、「黄色い車」(1958年)、「こうして米は運ばれる」(1959年)、「300トントレーラー」(1960年)、「オリンピックを 運ぶ」(1964年)、「花開く日本万国博EXPO’70」(1970年)、「国宝の旅立ち」(1980年)。 年代:昭和時代

情報所有館 : 物流博物館 


1升ビン用の藁ツト(再現)

ビン類の輸送時には、破損を防ぐために藁ツトがクッションとして用いられていた。この資料は、藁ツトの一大生産地であっ た淡路島で生産に携わっていた方が、のちに再現製作したもの。藁は麦藁を用いている。瓶詰めと同様に、洋酒に用いられた方法を日本酒に取り入れたものと考 えられる。 年代:昭和時代

情報所有館 : 物流博物館 


京都馬借の運搬用具(馬の背で運ぶ道具)

京都の馬借(ばしゃく)が江戸時代に使用したもの。馬借とは馬を使った運送業者のことで、京都周辺で古くから活躍して いた。この道具は馬の鞍の両側に取り付け、人を乗せたほか、荷物も運んだと思われる。必要のないときにはたたむこともできた。 この道具を使用することで、3人が馬に乗ることができたので、「三宝荒神鞍(さんぽうこうじんぐら)」と呼ばれた。 年代:江戸時代

情報所有館 : 物流博物館 


内国通運会社の半纏

印半纏に内国通運の社章「Eマル通E」のマークが入っている。ちなみに、「Eマル通E」のマークは日本通運株式会社の前 身の内国通運会社および国際通株式会社が明治時代から使用していた社章であり、両脇にあるEの文字を配したのは前島密の発案と伝えられ、このEは ExpressのEであるといわれている。 年代:明治時代

情報所有館 : 物流博物館 


石炭運搬用のオウコ(天秤棒)とパイスケ

門司港で使用されていた天秤棒とパイスケ。石炭の荷役に使用した。 年代:昭和時代

情報所有館 : 物流博物館 


車石

京 都・大津間には牛車専用路として車石が敷設され、琵琶湖から大津に陸揚げされた荷物を牛車が運搬していた。花崗岩に車輪の溝が刻まれている石のレールであ る。 年代:江戸~明治初期

情報所有館 : 物流博物館 


陶磁器の藁荷造り(美濃焼の湯飲み茶碗)

陶磁器の荷造りは、江戸時代以来1970年代頃まで、主に藁を使って行われてきた。藁荷造りでは、同一の複数の器物を 藁でからげたユニット(カラゲなどという)が最小単位となり、このようなカラゲを一つにまとめて荷造りが行われる。また、藁で太い縄を作り、これを甕など に巻きつける荷造り法もある。各産地ごとに形状には違いが見られるが、上記のような2つの方法は共通している。資料は美濃焼の湯飲み茶碗100個入りの梱 包。 年代:昭和時代

情報所有館 : 物流博物館 


前の10件 (6451-6460/26836)    次の10件