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1918年(創業して10年後)には、ニューヨークに事務所を構え、アメリカ向けの「味の素」の販売を開始しました。アメリカでは「味の素」をスーパーシーズニングと称し拡販しましたが、一般家庭よりむしろ、キャンベルなどの缶スープメーカーにスープの原料として評価され、現在でもアメリカでは、加工食品メーカー向けの出荷が販売の大半を占めています。年代:1938
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昭和13年国家総動員法発令後、さまざまな生活関連物資の販売が制限され、割当制、切符制などによって国家の統制下に置かれるようになりました。戦前は、「味の素」のパッケージは、缶が主流でありましたが、第2次世界大戦が始まり、鉄製のものは全て使用できなくなり、ボール紙で「味の素」のパッケージを作っています。戦時中の状況が偲ばれる一品です。年代:1941
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創業して10年後の1918年には、いち早くニューヨークに事務所を構え、アメリカへの展開を図りました。1930年にはニューヨーク証券取引所で株券を発行し、資金調達を行なっています。年代:1930
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もともと、「味の素」の成分は、アミノ酸の一種、グルタミン酸ですが、「味の素」を作る際、副生物として多くのアミノ酸が出てきました。人間のカラダを作るアミノ酸は、20種類ありますが、味の素社は、このアミノ酸20種を世界で初めて単離・製造することに成功しました。これによって、アミノ酸入りの点滴を開発することができるようになり、手術後・病後の延命に劇的な貢献をすることができ、今でも世界中で使用されています。年代:1956
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昭和30年代に入り、「味の素」の製造法は、抽出法から、さとうきびを原料とする発酵法へと切り替わりました。これにより、飛躍的に生産量が伸びるとともに、海外展開も行ないやすくなり、東南アジアを皮切りに海外工場も次から次へと建設し、多くの国に進出を果たしました。この発酵菌探索ノートは、もっとも効率よくグルタミン酸を生産する菌を発見するため、一つ一つの菌をチェックしたノートです。数千の菌が調べられ、最もよい菌が選ばれましたが、菌を探索する活動は、50年以上経った今でも、ずっと続いています。年代:1958
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味の素社は、1960年代から、国内において多角化を推進しました。1963年にはアメリカケロッグ社と提携し、ケロッグの総発売元としてケロッグの販売を開始しました。初期のケロッグの商品には、「味の素」のお椀のマークがついており、珍しいパッケージです。年代:1963
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味の素社は、1964年、アメリカ、コーンプロダクツ社と提携し、日本で初めてのインスタント洋風スープ、クノールスープを発売しました。発売当初は、なかなか売れず、苦戦しましたが、日本向け新品種「コーンスープ」を発売したところ、爆発的に販売が伸び、食卓の洋風化、パンの浸透に合わせて、日本の家庭へと定着していきました。「コーン」のスープは、世界で初めて日本オリジナルで開発された品種で、今でも欧米ではあまり見かけない品種です。年代:1964
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味の素社は、1968年マヨネーズ、1970年風味調味料を発売しました。マヨネーズは当時、キューピーマヨネーズの独壇場でしたが、卵黄タイプでコクのあるキューピーマヨネーズに対し、全卵タイプの軽くてさっぱりしたマヨネーズを発売し、多くのお客様の支持を得ることができました。また、「ほんだし」は、かつおぶしを砕いて作る風味調味料の先駆けとして、ご家庭で大変手間のかかる鰹節削りの手間から主婦を解放し、「味の素」に続く、だし・うま味の調味料分野の確固たるトップブランドの地位を築きました。年代:19681970
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簡便化の流れの中、味の素社は、冷凍食品事業に参入、これまでの素材そのものを冷凍する冷凍食品の概念を覆し、加工度の高い商品を発売、多くのお客様の支持を得て、トップブランドの地位を確立しました。また、世界で初めて、お湯を注ぐだけでできる洋風スープ「クノールカップスープ」を発売、今では洋風スープと言えば「カップスープ」と言われるくらい、食卓に定着しました。年代:19721973
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