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グルタミン酸の製造に関する池田菊苗博士の特許証

明治40(1908)年、東京帝国大学(現在の東京大学)の池田菊苗博士は湯豆腐に使われている昆布のだしのうま味に注目し、その成分がグルタミン酸であることを発見しました。池田博士はそれまで知られていた4味(甘味、塩味、酸味、苦味)だけでは表せない、第5の基本味「うま味」を発見したのです。これに基づき、池田博士は「グルタミン酸塩を主要成分とせる調味料製造法」を発明、明治41(1909)年に出願し許可されました。この製造方法の確立は、日本10大発明の1つとして特許庁に認められています。今では世界中で「UMAMI」とよばれ、広く各国で利用されています。また近年では栄養生理学的有用性も確認されています年代:1908

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池田菊苗博士が昆布から抽出した、第1号グルタミン酸

明治41年、化学者の池田菊苗博士は昆布に含まれているアミノ酸のひとつであるグルタミン酸の抽出に成功し、グルタミン酸が、おいしさを生む「うま味」の素であることを発見しました。今では知られるこの「うま味」は甘、酸、鹹(鹹は「かん」と読み、からい、しおからいの意味です)、苦、この4つの味と並ぶ基本味です。この写真は昆布から抽出に成功した第一号のグルタミン酸です。ビンのラベルは「具留多味酸」と当て字になっています。また池田博士はこれを「味精」と名づけましたが、薬品を連想させるなどの理由から、「味の素」と名づけられました。「味の素」の生産にあたっては、原料は昆布ではなく、小麦粉を使いました。年代:1908

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戦前の「味の素」

1909年発売から戦前までの「味の素」の保存品です。昭和3年(1928)10月にラインアップの手直しが行われてグラム制が採用されて以来、昭和13年までにおける包装種類は、小瓶(15g)、特小缶(50g)、小缶(100g)、中缶(200g)、大缶(400g)、特大缶(800g)、金色缶(1125g)、10銭瓶(6.5g)、食卓容器(35g)でした。なお、10銭瓶は、景品用や購買力の低い地方での需要創造など新規市場の開拓のために作られたものでした。年代:1909-1935

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戦前の食卓瓶

昭和6年の食卓瓶です。昭和3年(1928)10月にラインアップの手直しが行われてグラム制が採用されて以来、昭和13年までにおける包装種類は、小瓶(15g)、特小缶(50g)、小缶(100g)、中缶(200g)、大缶(400g)、特大缶(800g)、金色缶(1125g)、10銭瓶(6.5g)、食卓容器(35g)でした。年代:1931

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道明寺甕

道明寺甕は、初期の「味の素」の製造に使われていました。愛知県常滑町で作られている常滑焼で塩酸に強く、明治末頃に「味の素」が小麦蛋白の分解により製造する際、使用していました。高さ約85センチ、開口部の直径70センチで、土中に埋め込む形で使われていました。現在では、「味の素」はさとうきびの糖蜜を原料に、発酵法により最新の技術と設備でつくられており、うま味調味料の代表的な商品となっています。年代:1909

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発売当時の看板

発売当時の看板で明治期のものです。横長のものは研虎商店から寄贈されたもので、特約店三好寅吉と入っています。文明的調味料の「文明」とは、当時は西洋文化を指したとのことです。発売当時、「味の素」の宣伝方法は、チンドン屋や新聞広告、パンフレットに看板とたくさんあったそうで、これはその中のひとつでした。「味の素」の名は明治42年11月8日に特許局に出願され、12月24日に商標登録されました。池田博士は当初「味の素」のことを「味精」と名付けていましたが、「味精」では薬品を連想してしまうということから、創業者鈴木三郎助の家族会議でネーミングが考えられ、最終的に「味の素」という名前になりました。年代:1910

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琺瑯看板

「お椀マーク」の看板は昭和10年頃の最初の軒吊りホーロー看板です。「お椀マーク」は明治42年の商標登録以来、現在でも使われているお馴染みのものです。お椀型のほか短冊型柱掛け、横書き、五色看板、矢入り吊り看板など多種類ありました。中でも好評だったのは短冊型町名番地入りの看板だったということです。鈴木商店(のちの味の素社)は大正11年に、特約店から小売店まで全国すべての取扱店に「味の素」の看板を掲げるとの方針を立て、サイドカーに乗って全国くまなく巡回して看板を設置して回ったということです。この看板は昭和期のものです。年代:1930

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エスサン澱粉看板

「エスサン」は鈴木商店のS(エス)と社長・三郎助の三(サン)からとった登録商標です。でん粉は「味の素」の副生品であり、原料の小麦粉をたんぱく質(麩質)とでん粉に分解する最初の粗製工程で取り出されます。綿布など織布の糊付け用として大正初年から主に紡績業界向けに販売していました。

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消費者向けハガキ

「味の素」美人画は当時至るところに、宣伝素材としてロゴマークのように使われていました。これはハガキとして印刷されたもの2点で、浮世絵風のデザインのもので4色刷です。

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発売広告第1号(東京朝日新聞コピー)

明治42年5月26日付東京朝日新聞掲載の発売広告第1号で、4段20行でした。文案、意匠はすべて初代社長の鈴木三郎助が考えました。「理想的調味料」、「食料界の大革新」という白抜きの縦2本の見出しに「理学博士池田菊苗先生発明」という横見出しを立てたもので、美人印の登録商標をカットに使って、「味の素」の性質や特徴を説明していました。2009年5月20日で味の素社は創業100周年を迎えましたが、その日の朝日新聞の天声人語で100年前の東京朝日新聞で「味の素」の広告第一号が出稿されたことに触れ、日本人の偉大な「うま味」の発見が称えられました。年代:1909

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