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ネ20エンジン付属書

ネ20の開発にあたり作成された書類。断面図,計算書,材料表,運転データ等が含まれる。

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FJR710ターボファンエンジン

通産省(現経済産業省)工業技術院の大型プロジェクトとして、IHI,KHI,MHIの民間3社が、1971年から1982年に渡って9台のエンジンを試作した。プロジェクトの成果は、日英共同の民間航空エンジンRJ500の開発を経て、わが国が初めて本格生産した5カ国共同開発の民間エンジンV2500へと受け継がれた。FJR710エンジンはまた、STOL実験機「飛鳥」に搭載され、1985年10月、初飛行に成功。

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RJ500ターボファンエンジン

RJ500エンジンは1980年4月、130席旅客機用エンジンとしてRolls- Royce社との日英共同開発が始まった。1982年2月、RJ500エンジンの試作機は運転試験で100%推力を達成したが、世界の航空業界の深刻な不況により、開発は中断を余儀なくされた。RJ500は2台試作されたが、1台は処分され、現存するのは展示されている1台のみである。

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HYPRエンジン

1989年度から1998年度までの国家プロジェクトとして「超音速輸送機用推進システムの研究開発(HYPR)」が行われ、民間からはIHI,KHI,MHIの3社が参加した。低騒音化、NOX排出削減、CO2排出削減等をテーマに革新基盤技術の開発が進められた。HYPRは国内外エンジンメーカーや研究機関が参加するグローバルな体制で進められ、先端技術の粋を集める形で研究開発を行った。

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GEnx用チタンアルミ製タービン動翼

GEnxエンジンの7段ブレードは世界で初めて量産エンジンに搭載されたチタンアルミ製のタービン動翼である。チタンアルミは高温域での比強度も十分高く,比重はニッケル合金のほぼ半分となり,エンジンの軽量化に大きく寄与している。

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FJR710/10,100 耐環境試験写真集

FJR710エンジンで日本で初めて各種環境試験を実施した際の記録写真。

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V2500国際共同開発の記録

V2500国際共同開発の従事者75人の実録集

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JT3D-3B ターボファンエンジン

JT3D-3Bエンジンは、日本初の大型商用旅客機搭載のターボファンエンジンであり、DC-8に装着されていました。DC-8は日本航空にて昭和37年4月より昭和62年12月まで使用され、最盛期には57機が世界の空を飛んでいました。展示のJT3D-3Bエンジンは、内部構造の詳細が可視化できるよう実際のエンジンを整備士がカットモデルとして加工しています。

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JT4A-9 ターボジェットエンジン

JT4A-9エンジンは、日本初の大型商用旅客機搭載のターボジェットエンジンであり、昭和35年7月から14年間、初期のDC-8に装着され、世界中の空を飛びました。展示のJT4A-9エンジンは、内部構造の詳細が可視化できるよう実際のエンジンを整備士がカットモデルとして加工しています。

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V2500エンジンの設計(基本設計編) 32冊

日本初の日米英独伊5か国開発エンジンV2500の基本設計作業で行われたすべての設計書を、時系列的かつ部位別に整理し、冊子に纏めた。設計者自身の報告書の表紙のみを収録、目的、設計内容、結論が項目別に纏められており、歴史史料としての価値が認められる。

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V2500エンジンの設計(応用編) 21冊

日本初の日米英独伊5か国開発エンジンV2500の設計作業で行われたすべての設計書の内、設計担当者(Schemer)以外の各種専門分野の解析者等による報告書の表紙のみを収録。目的、設計内容、結論が項目別に時系列で纏められており、歴史史料としての価値が認められる。

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OA-S3300

ソニー英文ワープロ「シリーズ35」のコントロールユニット。 3.5インチMFDDをの企画の基となったシステムで、3.5インチMFDDを世界初に搭載し導入された。

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Micro Floppydisk Single Side

世界初の 3.5インチMicro Floppydisk。 片面、70トラック/面、記憶容量437.Kバイト、手動シャッター。 

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OA-D32W  

両面,記憶容量1Mバイ、ト51㎜高さ の第一世代3.5インチMFDD。 トラック数を70から80/面に増やし、両面記録、自動シャター、 透過型ライトプロテクターを備え、ANSI、ECMA、ISOの仕様に準拠したFDを使える最初の3.5インチMFDD。

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MP-F52W

両面、記憶容量1Mバイト、31㎜高さ 3.5インチMFDD。 ソニーの第二世代3.5インチMFDD。

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MPF51W

両面、記憶容量1Mバイト、31㎜高さ 3.5インチMFDDで自動挿入機構、自動排出機構を備えた、ソニーの第二世代3.5インチMFDD。 AppleのMacintoshの第二世代の3.5インチMFDDとして使われた。

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High Density FD MFD-2HD

両面、記憶容量2Mバイトの3.5インチFloppydisk。 30年間に約377億枚出荷された3.5インチFloppydiskの殆どがこの仕様であった。

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ソニーDigital Mavaca

世界初の3.5インチMFDD内蔵デジタルスチルカメラ。 

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ツェッペリン飛行船の骨材

1916年5月,ロンドン駐在の海軍監督官,氏家長明機関中佐がロンドン郊外で墜落したツェッペリン飛行船の残骸の一部を入手し,呉海軍艦政本部,大阪海軍監督官長経由で,同年末に住友伸銅所に送られたきたツェッペリン飛行船のジュラルミン製の骨材。翌年この材料調査を行った伸銅所研究課の杉浦稠造(しげぞう)は,その分析結果や英国金属学会誌JIMの文献をもとに,工場試作を開始し,1919年工場試作が完了し,この材料は「住友軽銀」(ジュラルミンとルビがふられた)と命名された。この材料試作が日本で航空機用アルミニウム合金の研究開発およびその製造を始める契機となった。この材料を基礎に高強度材の鋳造や圧延などの製造技術の確立および世界最高強+A3:D17度の超々ジュラルミンが開発された。この骨材は先の戦争でその戦禍をまぬがれて保管されてきた貴重な歴史遺産である。この骨材を入れた箱には超々ジュラルミンの発明者の五十嵐勇の添書きが記されている。

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零戦向けプロペラブレード用の鍛造金型

写真は,現在,UACJ名古屋製造所正門中庭に展示されている零戦などの戦闘機向けプロペラブレード(翅)の鍛造金型(上下対)。ジュラルミン系素材が用いられた。戦前の航空機用材料の製造技術を示すものはこの金型以外残っていないが,この金型はジュラルミン製プロペラブレードの型打ち熱間鍛造に使用されたもので、当時の技術を示す唯一の歴史遺産である。1931年,中島飛行機はハミルトン社と技術提携し,固定ピッチ・プロペラの製造を始めたが,そのブレード素材はハミルトン社からの輸入に頼っていた。しかし,海軍は飛行機の国産化と自給体制を望み,1932年,住友伸銅鋼管(1935年住友金属に改称)が金属プロペラ完成品を生産することとなった。1934年,ハミルトン社から可変ピッチ・プロペラの製造販売権を入手し,1938年から定速式回転プロペラの生産に移行し零戦に採用された。このプロペラブレード用の鍛造素材は現在の名古屋製造所と大阪桜島の伸銅所で生産され,神崎,静岡,津などのプロペラ製造工場に送られプロペラ完成品が生産された。

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超々ジュラルミン開発時の研究報告書

ジュラルミンから超々ジュラルミン開発までの当時の手書きの研究報告書。1913年7月,住友伸銅所(同年6月に伸銅場から伸銅所と改称)は農商務省技師で金属製品の分析・試験に従事していた杉浦稠三(しげぞう)を招いて試験係に任じた。1916年には,杉浦は「自身で研究開発しなければ,何時までたっても外国の下位に立たねばならない」,「工場に研究が専属することによって,官立の試験所では出来ないような工場規模の研究が行える」と発案し研究課が設けられた。日本で工場に研究課が設置されたのはこれが最初である。その当時からの研究報告書がUACJに残されている。世界最高強度の超々ジュラルミンが開発された経緯とその実験結果が記録された第一級の資料で貴重な歴史遺産である。この研究報告書から,住友では実験結果をいかにして記録し残すかという文化が作られてきたことがわかる。ここに書かれたデータを元に世界最高強度の超々ジュラルミンが開発された。我々はこの研究報告書を系統的に読み解くことで、いかにして先人たちが苦労して高強度材を開発したかを学ぶことができる。

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海中から引き揚げた零戦(52型)の残材

当時の超々ジュラルミンの押出材や板材は残されていないが、実際に海中から引き揚げた零戦の部品を調査することで、当時零戦に使用された材料の成分および性能を明らかにすることができた。写真は鹿児島県の海岸から引き上げられた零戦の主翼の残材である。主翼の桁フランジには超々ジュラルミンESD押出形材が,桁ウェブには2024板材が用いられていることがわかった。フランジには超々ジュラルミン板材が用いられることになっていたが,その板材の製造は連続鋳造が難しいため,実際には超ジュラルミン2024が用いられていることも明らかとなった。主翼桁に使用された超々ジュラルミンESDの成分はAl-8.0Zn-1.4Cu-1.6Mg-0.35Mn-0.16Crで、その押出方向の強度は,50年間海中に沈んでいたにもかかわらず腐食は表面だけで,引張強さ679 MPa, 耐力591 MPa、伸び12%であり、現在使用されている最高強度のアルミニウム合金と同等であった。応力腐食割れ性も現行材とほぼ同等で,超々ジュラルミンの性能が非常に高かったことがわかるサンプルである。

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CRT光源管のサンプル

CRT(Cathode Ray Tube)の技術で試作されたオーロラビジョン用発光素子(光源管)のサンプルである。カラーフィルタを付した白熱電球などの他の候補に比べて応答性に優れ、消費電力を大幅に削減し、開発加速に貢献した。赤・青・緑の3種類でプロト機(1m×2mの画面)が試作され、技術検証、初号機の商談など、オーロラビジョンの実用化に役立った。CRTの製造は終息しており、今後の再生が困難な貴重なサンプルである。

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第一世代オーロラビジョンのCRT光源管

オーロラビジョン量産時の光源管である。ガラス容器は、外光の反射を抑制する新開発のガラスを使用してばらつきが少なく、外光の反射が小さい高コントラストの高画質に適した光源管を実現した。最初の直径28.6mmに加え、高解像度用の直径20mm、高輝度用の35mmの3種類が市場に投入された。大型映像表示装置の市場の拡大に貢献した全ての発光素子が残されており貴重な資料である。CRTが終息した現在、今後の再生は困難と考えられる。

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3色光源管と蛍光表示管およびFMCRT(Flat Matrix CRT)の試作品

大型映像表示装置用に試作された蛍光表示管である。この蛍光表示管を配列して近距離型オーロラビジョンにおける画像の表示に成功した。ここで開発された画像の表示方式は、第二世代以降のオーロラビジョンに使われ、さらに蛍光表示管の製造技術は第二世代オーロラビジョンの発光素子FMCRT(Flat Matrix CRT)に応用された。この蛍光表示管は現存しており大型映像表示装置の発展に貢献したサンプルとして価値がある。

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FMCRT(Flat Matrix CRT)の試作サンプル

第二世代オーロラビジョンの発光素子FMCRT(Flat Matrix CRT)の試作品である。構造的には、ガラスを貼り合せた蛍光表示管であり陽極には8kVの高電圧を印加する。陽極の蛍光面はCRTの原理に基づいてガラス面に形成された蛍光体にアルミの薄膜を蒸着している。この試作によって必要な性能と課題を検証し、実用化に貢献した。実用化過程の大幅な設計変更で改良されたが、現存する最初の試作品として価値がある。

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3色光源管の試作サンプル

1素子に3色を含む3色光源管の試作品である。3色の混色に優れ、視距離が短縮されるなどの付加価値が期待された。実用化された他の光源管と同等のサイズに電子銃と蛍光面3組を実装するなど高度な技術を必要としたがコストが下がる訳ではなかった。計画は、試作と性能評価に止まり、第二世代オーロラビジョンの開発加速につながった。CRTが終息した現在、再生は困難であり、現存する貴重なサンプルである。

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量産された第二世代オーロラビジョンの発光素子

第二世代オーロラビジョンの発光素子として1986~1998年に量産されたFMCRT(Flat Matrix CRT)である。最初の機種(写真左上枠内)の後、高解像度化とコスト削減を両立させて開発された。写真は左から順に屋内高解像度型、屋外高輝度型、コストを大幅に削減した屋外高解像度型、屋外高輝度型である。市場の拡大に貢献した第二世代オーロラビジョンの発光素子全5種類のFMCRTが現存している点では価値がある。

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第二世代屋外高輝度型オーロラビジョンの表示ユニット

第二世代オーロラビジョンの屋外高輝度型表示ユニットである。現存する数少ない表示ユニットでもある。新開発のFMCRTを採用した第二世代オーロラビジョンは、製品化の初期段階では、未経験の不具合に悩まされた。表示ユニットは、発光素子を容易に着脱できる構造ゆえ故障品を迅速に交換できたのでユーザーへの影響を最小限にとどめた。並行して品質を大幅に改善して本格的な事業拡大に貢献した。

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有機EL大型映像表示装置の表示ユニット

有機ELを配列した大型映像表示装置の表示ユニットである。三菱電機と東北パイオニアが共同で開発した。表示ユニットは、小型有機ELパネル(写真右)を4枚実装しており各パネル間の継ぎ目が目立たず、多数配列して大画面を構成できる。応用例は、日本科学未来館に常設展示された球体の地球ディスプレイ「ジオ・コスモス」が知られており、約10年間、来場者を楽しませた。表示ユニットおよび有機ELパネルは実物が現存しており価値がある。

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第一世代スーパーカラービジョン用発光素子CHD管

第一世代スーパーカラービジョン用発光素子CHD管である。この分野で初めて放電を利用して実用化された。CHD管は、Color High brightness Discharge tubeの略称である。高輝度を特徴とし、大型映像表示装置の業界で初めて最高輝度5000 cd/㎡を実現した。その後の技術開発では、5000 cd/㎡が各社の目標になった。

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第二世代スーパーカラービジョン用発光素子MCD管(Multi Colored Discharge Tube)とLMCD 管(Large MCD Tube)

第二世代スーパーカラービジョン用発光素子MCD管(Multi Colored Discharge Tube)とLMCD管(Large MCD Tube)である。何れも放電を利用しており、素子内に4発部色を含み、共通の陰極を4本の放電路で共有した。MCD管は屋外の中距離高輝度機種で、輝度は4000~5000 cd/㎡、LMCD管が屋外の長距離高解像度機種で、輝度は5000 cd/㎡を達成した。

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蛍光表示管(量産初期の丸型ガラス単桁蛍光表示管)

蛍光表示管は、日本で発明・開発された唯一の表示デバイスである。広範な温度範囲でも安定して動作する表示デバイスとして、家電製品、計測器、車載用などに応用された。蛍光表示管は、丸型単桁から多桁化、平型化され、さらにグラフィック画像表示用へと発展した。この丸型ガラス単桁蛍光表示管は、最初に量産されたもので、蛍光表示管発展の起点となった製品である。蛍光表示管の技術は大型映像表示装置にも応用された経緯がある。

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第二世代アストロビジョン用発光素子

第二世代アストロビジョン用の発光素子である。放電を使用して高解像度を実現したもので、画素ピッチは18 mmで、輝度5000 cd/㎡である。共通の陰極を6本の放電路で共有しており低消費電力である、この分野で現存する最も高精細の放電方式発光素子である。

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世界初の有機EL ディスプレイ

1997年に東北パイオニアが世界初の有機ELディスプレイとして量産に成功し、車載用FM文字多重レシーバーに搭載して実用化された。厳しい温度条件が求められる車載用の実用化は、その後の有機EL発展の先駆けとなり大型映像表示装置にも応用された。技術革新やモデルチェンジが繰り返される中で残された貴重な世界初の資料である。

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ジャンボトロン用発光素子展示用サンプル

1985年のつくば博で発表されたジャンボトロンの発光素子トリニライトJTS-1および同時期に実用化された2種類のトリニライトJTS-2, JTS-8の展示用サンプルである。世界に普及したジャンボトロンは、特に欧米で最も良く知られる大型映像表示装置に成長した。写真は右列上段から下へ順にJTS-8, JTS-1, JTS-2である。展示用サンプルとは言え、初期の3種類のトリニライトが現存している点では貴重な資料である。

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横浜国際プールのジャンボトロンシステム

この大型映像表示装置は、横浜国際プールに設置されたソニー製のジャンボトロンである。蛍光表示管の技術を利用した画素ピッチ17.5mmの発光素子トリニライト(JTS-17)が使用されている。JTS-17は、トリニライトの中でも後期に開発された発光素子で、完成度が高い。このジャンボトロンは、2021年度の段階で稼働できる状態で現存するトリニライト方式の数少ない事例である。

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ぐんまアリーナのジャンボトロンシステム

この大型映像表示装置は、ぐんまアリーナに設置されたソニー製のジャンボトロンである。蛍光表示管の技術を利用した画素ピッチ17.5mmの発光素子トリニライト(JTS-17)が使用されている。JTS-17は、トリニライトの中でも後期に開発された発光素子で、完成度が高い。このジャンボトロンは、2021年度の段階で現存するトリニライト方式の数少ない事例である。

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キャナルシティ博多のCRTマルチビジョン(ナムジュンパイクのビデオアート作品)

キャナルシティ博多のCRTマルチビジョンである。現代美術家ナムジュンパイクのビデオアート作品として知られている。一時、故障などで稼働が中断されていたが、世界中でCRTが製造中止になった今も、丁寧にメンテナンスして稼働を再開している。稼働可能な状態で現存する(おそらく)唯一のCRTマルチビジョンとして価値がある。将来は、保守用CRTを集めることが難しくなると考えられる。

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パイン500種

国産で初めて工場量産されたミシンとして重要である。

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昭三式ミシン(麦わら帽子製造用環縫いミシン)

国産ミシンで初めて市場要求に対応し市場で販売され、ミシンを〝産業″とする原型(概念)を築いた。

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シンガー15種 類似家庭用ミシン

ジャノメ、ブラザー工業、福助足袋の製造したシンガー15種類似家庭用ミシン(3社製共現存確認)と三菱電機製造シンガー103型類似家庭用ミシンのミシン技術はその後のミシン技術及びミシン製造技術の発展の基礎となった。パインミシン100種(ジャノメ製造)はその代表例である。

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シンガー103型類似家庭用ミシン

三菱電機25種A型家庭用ミシン(シンガー103型類似家庭用ミシン)は、ジャノメ、ブラザー工業、福助足袋の3社製シンガー15種類似家庭用ミシンと共にミシン技術及びミシン製造技術の発展の基礎となった。また、25種A型家庭用ミシンは、第二次大戦後、職業用ミシンの分類設立のモデル機種となった。

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シンガー81-6型類似オーバーロック

国産最初のオーバーロックとして重要である。

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HA-1型標準図面

HA-1型はミシン業界が「ミシンの規格統一」を行い「HA-1型標準図面」はミシン製造各社に配布され、HA-1型標準図面及びHA-1製造方法はJIS、他産業の発展にも影響を与えた。1947年発行のHA-1型標準図面原版は現存せず(バラバラにされ製造現場で使われたためと推測される)、1952年発行の再版版のみブラザー工業に現存している。

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HA-1型家庭用ミシン

第2次世界大戦後、日本のミシン業界は「ミシンの規格統一」を行い、「HA-1型標準図面」を作成し製造各社に配布され、HA-1ミシンは製造各社で製造された。三菱HA-1型ミシンはその代表例である。

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単軸回転天秤機構搭載本縫ミシン

JUKI DDW-Ⅱ型の単軸回転天秤機構は海外ミシン技術に比べはるかに優れた技術であり、以降の日本のミシン技術が海外ミシン技術を凌駕する先鞭をつける技術開発となった。このDDW-Ⅱの技術を受け継いだ後継機種がDDW-12である。

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オーバーロックMS-1型

1966年「オーバーロックMS-1」として発売され、翌1967年家庭用、職業用の分野に「ベビーロックEF-205」として販売開始され、職業用ミシン分類に「小型ロック」と言う分野を新設し、ミシン産業に新しい市場、新しいニーズを掘り起こし、その後、家庭用ミシン分類に移転する等、新しい市場を開拓、「工業用ミシン」と「家庭用ミシン」の“定義”まで変えてしまった画期的製品である。

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ベビーロックEF-205

1967年家庭用、職業用の分野に「ベビーロックEF-205」として販売開始され、職業用ミシン分類に「小型ロック」と言う分野を新設し、ミシン産業に新しい市場、新しいニーズを掘り起こし、その後、家庭用ミシン分類に移転する等、新しい市場を開拓、「工業用ミシン」と「家庭用ミシン」の“定義”まで変えてしまった画期的製品である。

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自動糸切装置搭載 本縫糸切ミシン

ミシン製造各社による「完璧な性能、品質を備えた自動糸切装置」の完成は縫製の自動化の方向性を現実のものとした。その先鞭をつけたのはJUKI DDL-555-Ⅱである。

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