「」 に対する検索結果 : 26828件
前の50件 (26351-26400/26828) 次の50件 ![]()

世界初のレコードマスター用PCM/デジタル録音機により制作されたレコード。日本コロムビアとNHK技術研究所の共同開発による本格的PCM録音機を使用して、日本コロムビアにより録音・制作・発売された。「東京のスメタナ弦楽四重奏団」モーツァルト:弦楽四重奏曲 第17番 変ロ長調《狩》 KV458 モーツァルト:弦楽四重奏曲 第15番 ニ短調 KV421 スメタナ四重奏団 1972年4月24,25,26 青山タワー・ホールにて録音 1972年10月に発売
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

13ビット(等価14.5ビット)8チャンネルの特性を持つ小型堅牢なPCM録音機で、1974年に西欧で最初のデジタル録音を、1975年に東欧で最初のデジタル録音を行った。フランスをはじめ各国の芸術関連および技術関連の賞を受賞した。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

等価15.5ビットの特性を持つPCM録音機で、1970年代後半にニューヨークに箱張り、ジャズの8トラックのマルチトラック録音に使用された。この録音は米国での最初の商業的名デジタル録音で、1978年に米ビルボード誌より、トレンドセッター賞を受賞した。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

日本コロムビア株式会社が1981年に開発したIBM社のメインフレーム用ハードディスクユニットを用いた世界初のデジタル音源のランダムアクセスが可能なデジタル編集機。高価なメインフレームの代わりにマイクロコンピュータを用いた自社開発のコントローラを用いた。本機以前のコピー編集や、テープの手切り編集に比べて、編集効率が大幅に向上し、翌年より発売されるCD用音源の品質向上と、制作効率の改善に寄与した。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

世界初のカッティング用デジタルマスタリング/ミキシング調整卓で、オーディオプロセッサーを搭載し、PCMレコーダーから出力されたデジタルデータのミックス、マスタリング処理を行うことが出来る。本調整卓の導入によって、録音からカッティングアンプ直前までをデジタル信号のみで処理できるようになった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

昭和28年(1953年)、NHK技研からの発注により納入された、わが国最初の本格的LP録音機に搭載されていた。高域特性が良く、18kHzまで記録可能であったが、モノラル仕様のものしか開発されなかった。ステレオ録音のLP盤が普及するまでの一時期のみで使用されていた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

レコードカッティングの系の回転制度を向上させるために開発された、高精度カッティングシステム用モーター。磁気ヘッドを用いた回転検出、クオーツロックサーボ、エアサスペンション、AC3相モーターによって、回転精度だけでなく負荷変動に対しても強く、振動雑音も少なくなっている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1909年(明治42年)、日米蓄音器製造(株)が、日本で最初の平円盤(直径10インチの片面盤)を製造し、日米蓄音器商会(後の日本コロムビア株式会社)が、ニッポノフォン、シンフォニー等のレーベルのもとでの販売を開始した。長唄「鞍馬山」もその中に含まれ、販売開始後まもなく両面盤の海賊版が登場した。大正中ごろの法制面での整備までの海賊版の横行状況をよく示すタイトルであるため、技術遺産、文化遺産の両面で重要である。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

国産円盤レコードの発売開始の翌年の1910年(明治43年)に日本蓄音器商会(前年に日米蓄音器商会を改称、後の日本コロムビア株式会社)が、国産第1号蓄音器ニッポノフォン25号(販売価格25円)、同32号半(32.5円)、同35号(35円)、同50号(50円)の4種のラッパ付蓄音器を発売した。そのうちの1モデルがこの35号である。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

所蔵する5巻の音帯の内容。 1、「越後獅子・松の緑」 唄:九世 芳村伊四郎、三味線:杵屋栄次郎、杵屋和八、鳴物:田中佐太郎連中 2、「仇討神田祭」(鳴物入り) 神田伯龍 3、「寛永三馬術(度々平住込の巻)」 大島伯龍 4、「おどけ俄煮珠取(玉屋)」 浄瑠璃:清元志寿太夫、三味線:清元菊輔、上調子:清元一寿郎、囃子:堅田喜三久連中 5、「寛永三馬術(平九郎浪人の巻)」 大島伯龍
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

数分の記録時間を持つSPレコードの記録時間の長時間化が求められた時代にあって、小西正三が発明した36分の最長記録時間を持つフィルモンは世界に誇れる画期的な発明であった。第2次世界大戦直前の発明であったため残念ながら普及にまでは至らなかった。FA100フィルモン再生機は、当時普及していたSPレコードの再生も可能なフィルモン音帯とSPレコードの兼用再生機であった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1910年(明治43年)に発売された最初の国産蓄音器は、ラッパが外についた蓄音器であったが、その翌年の1911年(明治44年)に2種のラッパ内蔵型の蓄音器が日本蓄音器製造(株)により製造され、日本蓄音器商会(株)後の日本コロムビア(株)により発売された。そのうちの安価なモデルがこの「ユーホン1号」であった。この「ユーホン1号」は宮沢賢治が愛用したことで知られる。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

Frontier(フロンティア)世界初のデジタル露光ミニラボで、その後の大ラボ・ミニラボ機器のデジタル化の先駆けとなった。 CCDスキャナで読み取ったネガ情報を、画像処理部でアナログでは不可能な粒状や傷消し、シャープネス強調などの処理を行い、独自に開発した青・緑の固体SHGと赤の半導体レーザーでカラー印画紙に走査露光する。巻取りタイプと処理部が付いたミニラボタイプがある。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

QD-21は店頭用として業界初の「速い・簡単・高画質」を実現したフルデジタルミニラボ゙機であり、その後のミニラボのデジタル化の潮流を作る。デジタル技術の特徴を活かしたネットプリント・画像処理などが可能になり、プリント領域を大幅拡大させ、付加価値も拡大させた。同時に、店頭からネットへとプリントのバリューチェーンも変えた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

液剤であった処理剤を世界で初めて錠剤化することにより、面倒な溶解をフリーにすると共に、廃液量を1/2に減少させ、使用済みカートリッジをリユースするなど、徹底した環境重視型のシステムを提供した。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

カラープリントのアルバム保存性を大幅に向上させた「百年プリント」。「百年プリント」では、新たに開発された「サクラカラーPCペーパータイプSR」を用いる事で、百年以上のアルバム保存性(=暗所保存でのプリント画像の退色・変色耐性)を世界で初めて実現し、アレニウス法により実証した。本サンプルはその実証に用いた現物サンプルであり、1984年の作成時から既に約30年が経過したが、目立った退色や変色は全く見られない。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

NPS(SAKURA NICE PRINT SYSTEM)は小西六寫眞工業(株)(現コニカミノルタ(株))が世界最初に開発した無水洗方式のミニラボシステムであり、このミニラボは多量の水による水洗処理を不要とし、どこにでも設置可能なシステムとして、その後のミニラボ隆盛の基礎を確立。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

超高純度な水質を要求される火力・原子力発電所の復水脱塩器に使用される混合床イオン交換樹脂の高性能再生装置。世界初の二段コレクター方式復水脱塩装置は、1980年に三菱化成工業・四日市の超臨界圧ボイラの復水処理に設置された。その後、同形式の復水脱塩装置が各所に導入され、日本の全てのPWR原子力発電所の他、火力発電所、超臨界圧ボイラー等に広く導入され、水質の高純度化、蒸気発生器やボイラの材質腐食の低減に貢献している。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

苛性ソーダや塩ビ樹脂の原料を製造する食塩電解では、水銀法からより安全性に優れた膜法へと転換され、日本が世界最速で実施した。この転換を加速したのが、イオン交換膜法において不純物となるCa, Mgなどを除去する、キレート樹脂を用いる塩水二次精製装置である。1号機が1978年に旭硝子(関西)に納入され、以降、同形式の装置が、国内外の全てのイオン交換膜法食塩電解装置に設置されている。写真は2001年納入の他のユーザー向同型装置。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

日本の食塩電解は世界に先駆け、1999年に全てイオン交換膜法に転換された。膜法では、塩水中に芒硝(硫酸ソーダ)が存在すると膜中で沈殿を生じ膜性能が低下する。本装置は濃厚塩水中の微量の芒硝を、日本独自の両性イオン交換樹脂を使用して除去する。世界初の1号機は1995年に三菱化学(黒崎)に設置され、以降多くの装置に設置され、省資源、コスト低減、環境汚染防止等に寄与している。写真は1999年納入の他のユーザー向同型装置。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

清涼飲料水の甘味料には、ブドウ糖を酵素で一部果糖に転化した異性化糖を、より甘味の強い果糖成分を選択的に分離濃縮して利用されている。この果糖の分離精製は、イオン交換樹脂を用いた擬似移動床法クロマト分離装置によって行われる。1号機が1979年に三和澱粉工業に設置された。以降世界各国に建設され、現在も唯一の果糖分離濃縮方法として、清涼飲料の甘味料製造に広く使用されている。写真は1989年納入の他のユーザー向同型装置。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

紙パルプ製造工程の副産物である黒液は、回収ボイラで燃焼されエネルギーが回収される。更に電気集塵捕集(EP)灰からも蒸解薬剤が回収される。EP灰中の不純物の、Cl を両性イオン交換樹脂で、K を陽イオン交換樹脂で除去する装置を北越製紙と共同開発し、1号機を2004年に北越製紙・新潟に納入。その後王子製紙・富岡(写真、2009年納入)や日本製紙・岩国にも納入され、ボイラの寿命延長・熱効率維持及び薬剤回収に貢献している。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

医薬・食品産業に必須なアミノ酸の分離・分析は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって行われ、その分離剤には、2-10μmの微小均一粒径のイオン交換樹脂が使用される。本装置は極低流速の上向水流により、微小粒径樹脂を数か月を掛けて水簸分級し、高度の均一性と目的の平均粒径を持った微粒子留分を採取する。初代は1966年頃設置され、現在の装置により世界のアミノ酸HPLC用樹脂の約6割が製造されている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

日本で初めて山田化学研究所にて工業生産されたフェノール系のイオン交換樹脂を用いて、日本で初めて製造販売された、オルガチット式純水製造装置のカタログ。燃料・動力・電気なしで蒸留水よりも純粋な水が得られることを売り物としていた。京都大学 小田良平教授、京都大学医学部付属病院薬局長等の推薦文が掲載されており、当時、医療用、研究用に使用されていたことを証している。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

日本で初のイオン交換樹脂の工業的生産は、1944年8月頃山田化学研究所により行われたが、それに先立ち、山田化学研究所の山田正五郎が、京都大学小田良平教授の下で行った研究報告書(1944年10月10日付け)、舞鶴海軍工廠で行われた技術発表会の資料(1944年3月~9月)、および工業生産やその製品の輸送に関わる、海軍からの手紙(1944年 月)などの書類一式。当時の研究、生産の状況を知る貴重な資料である。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

国産のイオン交換樹脂の商業生産は1946年に当時の三菱化学・黒崎工場で開始された。製造技術や性能評価、応用開発は情報量も少なく、多くは独自開発された。三菱化学においてイオン交換樹脂の研究に1945年から従事された淵脇饒氏による、イオン交換樹脂の製造や応用技術開発に関わる、開発当初からの状況が分かる、手書きの記録を含めた各種の資料が残されている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

世界初の半導体レーザを使用した民生用LDプレーヤ。従来のHe-Neレーザを使用したプレーヤに比べ、小型化、安定化、低コスト化が実現された。半導体レーザをLDプレーヤに使用するための技術、ノウハウが蓄積され、以降のモデルの原型となった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

世界初の産業用LDプレーヤ。He-Neレーザを使用し、産業用途に耐えうる信頼性を確保しつつ量産化を行った。パイオニアのLDプレーヤの一号機である。MCAのプロトタイプ機をベースにしたが、光学部品やサーボ技術などLDの基本技術が確立された。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

日本初の民生用LDプレーヤ。He-Neレーザを使用し民生機機としての信頼性とコストを両立させた。1980年にはVP-1000として北米市場に導入されていた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

世界初のLD/CDコンパチブルプレーヤ。当時普及しつつあったCDとのコンパチブルを実現することで、光方式の優位性を証明した。VHDとのフォーマット戦争にも大きな影響を与えた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

世界初のLD/CD/DVDコンパチブルプレーヤ。1996年に新たに導入されたビデオディスク、DVDとのコンパチブルを持たせることにより、導入時少なかったDVDのソフト不足をLDで解消することができ、LDソフトの所有者も新しいDVDを楽しめるとのコンセプトが受け入れられた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

独自のダイレクトRF-TBCなどヤマハの所有していた楽器用のLSI技術を用いて大幅に部品点数など削減し、画像解像度400本以上を実現したエポックメーキングな商品である。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

PR-7820から始まる、パイオニアのLDプレーヤのカタログ集。製品だけでなく、LDとは何かを説明する解説書や、LDカラオケシステムや産業用システムの解説カタログを含み、LD のエバンジェリストとして活動した証となるものである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

MSX規格のパソコンがブレイクする先駆けとなったモデル。パソコン初心者でも簡単にスケジュールや住所録を作成することができた。家庭用のテレビと接続でき、価格も5万円台。愛称は「HIT BIT」。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

ソニー初の8ビットのパーソナルコンピュータ。優れたグラフィック表示機能と拡張性を備え、独自仕様のSONY・BACICを採用、フロッピーディスクユニットをはじめ多くのオプションが満載。テンキーを外付けにしたコンパクトさも魅力的だった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

当時としては驚愕の薄さ(23.9mm)と軽量化(約1.35kg)を実現したB5ファイルサイズのノートPC。筐体にマグネシウム合金を採用し、高級感ある美しいデザインにも定評があった。サブノート市場を開拓したパイオニア的存在。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

初代レッツノート。当時のノートパソコンは軽くても2kg、画面サイズもVGA(640x480ドット)のSTN液晶が主流であったが、B5サイズで約1.5kgを切る軽さとSVGA(800x600ドット)のTFT液晶を搭載し、人気モデルとなった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

AXパソコン MBC-17Jシリーズは、世界に広く普及しているIBM PC/ATと互換性を持ち、さらに統一された日本語環境を付加したAX(Architecture eXtended)仕様を日本で最初に実現した、パーソナルコンピュータである。1987年10月、当社をはじめ19社が参加してAX協議会を発足させ、当社は翌88年2月に業界初のAXパソコンを発売した。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

当社パソコン一号機。CRT・キーボード・デジタルカセット・ミニプリンターを標準装備することにより必要最低限の入出力機能を小型キャビネットに一体化した。SANYO BASIC により、プログラムの作成・修正・実行が容易に行えた。CRT は表示文字数が多い(1920 文字)業務用ディスプレイを採用、鮮明で見やすい特徴を持つ。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

三洋電機のペンベースコンピュータ1号機。専用コードレスペンによる操作を基本としたキーボードレスの可搬32ビットコンピュータ。 ・32ビットCPU(i386TMSL/25MHz) ・メインメモリ標準4MB、最大20MB ・補助記憶装置40MBハードディスク、ICメモリカード使用可能。 ・ニッケル水素蓄電池内蔵で連続3時間の使用可能。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

医療の分野で非常に専門的かつ複雑な保険請求業務(レセプト)を行う業界初の専用機。日本医師会の要望を受け、開発に着手した。本体とテーブルの上にプリンタが載った形状で、半導体メインメモリを採用。外部記憶装置は磁気カードを使用し、患者一人に一枚のカードを割り当て、レセプトが法定様式で自動的にプリンタから出力される仕組みである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

電話・ファクシミリ・ワープロ・パソコンはもとより、電話帳・電卓・カレンダー・伝言板・時計など、オフィスにおけるデスクワークに必要な機能を一台に集約し、しかもタッチパネル方式によって誰もが簡単に操作できる、当時としては全く新しい概念の卓上型複合OA機器で、斬新なデザインと相俟って、新時代のOA機器のあり方に一石を投じた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

MSX対応の標準型パソコンとして開発。市販の豊富なMSX仕様の周辺機器やソフトウェアを自由に組み合わせて利用することができ、専用インターフェースユニットを介せば、Canon T90と接続してカメラの露出関連データの読み込みも可能。さらにテレビ画面の16色カラーグラフィック機能、8オクターブ、3重和音、特殊効果音が楽しめるサウンド機能をもつなど、ホームユースからスモールビジネスまでの幅広い用途に対応が可能であった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

アプリケーションソフト付属の「オールインワン」ノートPC。一太郎dash,Lotus 1-2-3 R2.3J,DynaBookメニュー,スケジュール管理,住所録などがROMにプレインストールされており,電源オンですぐに使用可能。 日本語MS-DOS3.1もROMで搭載。Plug&Play機能を実現。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()