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高炉炉頂用 マイクロ波レベル計 プロフィールメータ

μ波を用いて高炉の原料プロフィルを測定する装置を開発した。高炉において原料プロフィルは炉内のガス流分布を制御するために重要な管理対象である。従来も、機械式やレーザー方式が種々試されていたが、機械式では連続プロフィルが得られないこと、両方式共に、原料装入中には測定できないこと、保全性が良くないこと等の欠点があった。本方式ではアンテナの形状を工夫することや測定データの情報処理を充実させることにより、初めて通常の操業での使用に耐える装置となり、その後のプロフィル計のドゥファクト標準となった。本装置は安川電機と川崎製鉄で共同開発され、製作・販売を松島電機が担当した。

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マイクロ波レベル計 溶銑・溶鋼レベル計測用

従来、高炉の溶銑を混銑車で受銑する場合、多量の粉塵が舞う高温の悪条件の中で操業者が目視で行っており、どうしても安全サイドに運転するために受銑量が少ない目にならざるを得なかった。そのためμ波を用いた非接触のレベル監視装置を開発した。本装置は悪環境のもとでも正確な測定を行い、ぎりぎりの高さまで受銑できるため、目視に比して受銑量が多くなる。受銑運搬途中の温度低下防止、混銑車耐火物の原単位向上、あるいは脱珪処理の効率向上により年間4億円以上のメリットを得ている。本装置は安川電機と川崎製鉄で共同開発され、製作・販売を松島電機が担当した。

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高温顕微硬度計

高温顕微鏡と高温硬度計の両機能を備えた材料研究用の装置。室温から1600℃の範囲で、真空または不活性ガス雰囲気の試料室内で金属やセラミックスの加熱、急冷、徐冷、溶融、凝固を行い、そのミクロ変化を光顕観察し、高温硬さ(マイクロビッカースまたはヌープ)を測定できる。日本光学工業(株)ではこの製品化に先立ち、1963年(昭和38年)に“Nikon高遠式高温微小硬度計”を、1972年(昭和47年)には“ニコン高温微小硬度計HT-5”を開発・製品化している。なお、(株)島津製作所では1956年(昭和31年)に加熱炉を装備したアームストロング型ビッカース硬さ試験機を、(株)明石製作所では1959年(昭和34年)に炉体を組合せたアカシ・ビッカース硬さ試験機を、高温試験用に開発している。

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デュリメット微小荷重硬度計

ドイツ:ライツ社が1940年代に開発・製品化した微小荷重硬度計で、製品名称は“デュリメット(DURIMET)”。添付の硬さ換算表によれば、最大2kgf から最小10gf の試験荷重範囲で、ダイヤモンド四角錐圧子によるビッカース硬さ測定ができる、その当時としては画期的な卓上型の高精度微小硬さ試験機に仕上げられている。現在も使用されているこの硬度計は第2次大戦後早くに輸入された2台目のものである。その後、我国では1954年(昭和29年)に、(株)島津製作所が“デュリメット型微小硬度計”を製品化している。

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ビッカース硬度計

従来の床置き式の“アームストロング型”とは異なり、卓上式構造に小型化し、操作上の簡便化を考慮、かつ、斬新で機能的な外観を実現した画期的なビッカース硬度計で、(株)明石製作所が開発・製品化した。アームストロング型では研究室の備品の位置を脱しきれなかったビッカース硬さ試験機を、この“AVK型ビッカース硬度計”が出現したことで他の硬さ試験機と同様に、検査部門の材質検査機械として機能する道を開いた功績は極めて大きい。本硬度計の意匠は日本専売公社がピースたばこのケースデザインに招聘したデザイナーFrederick Hofferによる。試験荷重は1〜50kgf、負荷機構はてこ式(てこ比10)、負荷制御はオイルダンパー、徐荷は手動、圧子と対物レンズの切替えにはタレット式を採用。

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ロックウェル硬度計

(株)明石製作所の“ARK型ロックウェル硬度計”は、ロックウェル硬さ試験機のオリジナルメーカーである、アメリカ ウィルソン(Wilson)社の“1段てこ式ロックウェル硬さ試験機(3JR型)”をモデルに、国産化された。ロックウェル硬さは小鋼球または先端を曲率半径0.2mmに丸めた円錐形のダイヤモンド圧子(円錐角度120度)を用いて試料に2段階負荷を与え、そのくぼみ深さから求める。なお、ダイヤモンド加工メーカーの(株)東京ダイヤモンド工具製作所では明石製作所の求めに応じて、1933年(昭和8年)には既に、ウィルソン社と同様な光沢研磨仕上げをしたロックウェルダイヤモンド圧子の製造技術開発に成功している。

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ロックウェルスーパーフィシャル硬度計

(株)明石製作所では、“ARK型ロックウェル硬度計”に引き続き、測定原理はロックウェル硬度計と同じであるがこれよりも測定荷重の小さい“ARK-S型ロックウェルスーパーフィシャル硬度計”を開発・製品化している。試験荷重は15、30、45kgfの3種類で、薄い板材、窒化・浸炭層、きわめて軟らかい材料等の硬さを測定する目的で設計されたものである。3本線の入ったしゃれたスタイルは、たばこケース(ピース)のデザインで日本専売公社に招聘されたデザイナーFrederic Hofferの意匠による。

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ブリネル硬さ試験機

アメリカ:オルゼン(Olsen)社製の油圧式ブリネル硬さ試験機をモデルに国産化された、(株)島津製作所の“オルゼン型油圧式ブリネル硬さ試験機”。島津製作所では1931年(昭和6年)にオルゼン型試験機の製造を開始している。ブリネル硬さ試験機は1900年(明治33年)にスウェーデンの J. A. Brinell が考案したもので、その際、10mm径の鋼球圧子に最大29.42KN(3トン)の試験力を負荷するのに、てこ式を採用した。“油圧式”では試験力を発生させる油圧部が比較的小さいため、“てこ式”に比べ試験機は大幅に小型化され、試験力変換のための重錘は片手で持てるほどに軽量化された。なお、主流は油圧式ではあるが、測定精度を最重要視するユーザーはてこ式を採用する傾向がある。

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エコーチップ硬度計

超硬合金球が先端に埋め込まれたハンマーをスプリングで試料に当て、その衝突前後の速度比から硬さを求める携帯型の反発硬さ試験機で、スイス プロセック社のD. Leeb が1975年(昭和50年)に考案した。“エコーチップ”はプロセック社の製品名。衝突前後の速度V0、V1は測定筒先端部に内蔵されたコイルの磁束をハンマーが横切る際の電圧変化で測定、その速度比 V1/V0×1000を自動的に計算し、“エコーチップ硬さ(L硬さ)”としてデジタル表示する。エコーチップではスプリング負荷につき、ショア硬度計(ハンマー自然落下)とは異なり、測定方向に制約がない。ショア硬さHSとエコーチップ硬さLはともに反発型の硬さ測定値であり、その相関性は高い。

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ビッカース微小硬度計

科学技術庁長官賞を受賞した“MVK-C型微小硬度計”の後継機種として、(株)明石製作所で開発・製品化された。負荷制御(負荷・保持・除荷)が初めて自動化され(カムをモーター駆動、負荷速度は60μm/s)、試験荷重範囲も10〜1000gfと最小荷重はさらに小さくなった(MVK-C型では25gf)。負荷機構は直接荷重方式で、下段10gfには圧子系レバーを、上段15gf以上には追加おもり系(支持は板ばね)を採用している。また、圧子と対物レンズの切替えは従来の独立配置からタレット式に変更し、操作性の改善を図っている。

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電子ショア硬度計

“HS-E電子ショア硬度計”は、従来のC型、D型ショア硬度計の利点(瞬間的な測定)を生かし、操作上の相違による不利な点(測定値の不確実性、測定者の“くせ”による測定値の不一致、計測筒垂直保持以外の使用不可)を改善する目的で、材料試験技術研究会ロール硬さ委員会の協力を得て(株)東衡テスタックで開発・製品化された。本硬度計では、スプリングの復元力を利用し、衝突前後の運動エネルギー比(速度比V1/V0の二乗)から、演算増幅器とアナログデジタル変換回路等を介して直接ショア硬さ値HSとして表示する。HS=K’(V1/V0)2[K’の値は、ショア硬さ基準片を用い、その基準値に電子硬度計のデジタル値が合致するように調整している]

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ダイアモンドピラミッド硬度計

ビッカース硬さ試験機のオリジナルメーカーである、イギリス ビッカース・アームストロング(Vickers-Armstrong)社製の試験機をモデルに国産化された、(合)明石製作所の“ダイアモンド ピラミッド硬度計(アームストロング型ビッカース硬さ試験機)”。我国では国産ビッカース硬さ試験機の草分け的存在で、当初は主に金属材料の研究に用いられた。なお、ビッカース硬さ試験機は、ビッカース・アームストロング社のR.SmithとG.Strandlandが、1922年(大正11年)に、ブリネル硬さを基準にして低硬度から高硬度まで同一スケールで表すことができる試験機として考案したもので、ビッカース硬さは、正四角錐ダイヤモンド圧子に試験荷重を負荷して生じたくぼみの対角線長さから求められる。

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ビッカース微小硬度計

第2次大戦後、早々に(株)明石製作所で開発・製品化された微小硬度計で、武蔵工業大学の寺沢正男教授が考案した“寺沢式微小硬度計”と並び我国での微小硬度計の草分け的存在。試験荷重は50〜1000gf で、負荷機構は直接荷重、負荷制御は手動(試料台上下式)、負荷機構と顕微鏡は独立配置となっている。(株)明石製作所ではこの機種が発端となり、その後今日まで、さらに高精度・高機能の微小硬度計が続々と開発されることとなった。1955年(昭和30年)に開発された“MVK-C型微小硬度計”では、試験荷重が25〜1000gfとなり、その操作性のよさ(短時間で測定可能)とデザイナーFrederick Hofferの意匠による機能的かつ斬新なスタイルで科学技術庁長官賞を受賞している。

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基準ロックウェル硬さ試験機

現在のJISロックウェル硬さ基準片の規定を満足する基準硬さ試験機で、てこ式(てこ長さは一般試験機の2倍)により負荷を与え、負荷速度をオイルダンパーで制御する。ロックウェル硬さとロックウェルスーパーフィシャル硬さの両用機で、硬さ値はデジタル表示される。また、本試験機は圧子をビッカース圧子に交換、顕微鏡と試料移動テーブルを増設することで、ビッカース硬さの測定も可能である。同様の基準硬さ試験機は東京都立工業奨励館や計量研究所にも設置され、その後の試験機・基準片の高精度化に大きく寄与した。なお、1975年(昭和50年)にはこの基準ロックウェル硬さ試験機と同様な考え方で、荷重てこ比20倍、荷重範囲250〜3,000kgf の“基準ブリネル硬さ試験機”も開発・製品化されている。

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C型スクレロスコープ(C型ショア硬度計)

ショア硬度計のオリジナルメーカーである、アメリカ:ショア社製のC型ショア硬度計で、その後、我国で国産化されるC型ショア硬度計のモデルとなった。本来は計測筒と機枠(腕部と受台)からなるが、現在、計測筒のみが保存されている。A.F.Shoreが1906年(明治39年)に、最も簡便な現場用硬さ試験機として、1/12オンス(2.4g)の重量で先端にダイヤモンドを埋め込んだハンマーを10インチ(254mm)の高さから落下させ、その反発高さから、材料の硬軟を識別する方法を考案、“スクレロスコープ”の名称で製品化した。C型ショア硬度計では反発高さを目読で測定する。“スクレロ”はギリシャ語で“硬い”の意味。

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D型スクレロスコープ(D型ショア硬度計)

ショア硬度計のオリジナルメーカーである、アメリカ:ショア社製のD型ショア硬度計で、その後、我国で国産化されるD型ショア硬度計のモデルとなった。この動的反発硬さ試験法による硬度計は計測筒と機枠(腕部と受台)からなる。D型ショア硬度計においては、これよりも先に製品化されたC型(目読による測定)とは異なり、反発高さの測定値はダイヤルゲージ式の目盛盤に指示される。“スクレロスコープ”は製品名称で、“スクレロ”はギリシャ語で“硬い”の意味。なお、ショア硬度計は、A. F. Shoreが1906年に、最も簡便な現場用硬さ試験機として考案したものである。

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2段てこ式ロックウェル硬さ試験機(Rockwell Hardness Tester)

ロックウェル硬さ試験機のオリジナルメーカーである、アメリカ:ウィルソン社製の“2段てこ式ロックウェル硬さ試験機”で、比較的初期に製造されたもの。ロックウェル硬さの試験法・試験機は1919年(大正8年)にS. Rockwell が考案、C. Wilson が実用化した。また、ロックウェル硬さでは基本荷重が98.07N(10kgf)のときは“ロックウェル硬さ”、29.42N(3kgf)のときは“ロックウェルスーパーフィシャル硬さ”と称して、荷重の大小で区別している。我国では1933年(昭和8年)に、当時の(合)明石製作所がこれをモデルに国産化している。なお、我国でロックウェル硬さ試験機が産業分野で一般に広く用いられるようになるのは、この後、1段てこ式のものが国産化されてからである。

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2段てこ式ロックウェルスーパーフィシャル硬さ試験機(Rockwell Superficial Hardness Tester)

ロックウェル硬さ試験機のオリジナルメーカーである、アメリカ:ウィルソン社製の“2段てこ式ロックウェルスーパーフィシャル硬さ試験機”で、先に製品化された“ロックウェル硬さ試験機”よりも小さい試験荷重での硬さ測定に供するために開発された。ロックウェル硬さの試験法・試験機は1919年(大正8年)にS. Rockwell が考案、C. Wilson が実用化した。ロックウェル硬さでは基本荷重が 98.07N(10kgf)のときは“ロックウェル硬さ”、29.42N(3kgf)のときは“ロックウェルスーパーフィシャル硬さ”と称して、荷重の大小で区別している。なお、我国でロックウェル硬さ試験機が産業分野で一般に広く用いられるようになるのは、この後、1段てこ式のものが国産化されてからである。

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寺沢式微小硬度計

武蔵工業大学の寺沢正男教授が軟質金属の金属組織、変形挙動を研究する過程で、必要にせまられ、本多達三講師の協力を得て考案した微小硬度計。荷重負荷に精密天秤の原理を応用したことで、極めて高感度にビッカース硬さを測定できるようになった。5〜500gfの荷重範囲で測定が可能で、負荷速度調整にオイルダンパーを使用しないので機械的な測定誤差がない。圧子を別に用意すれば、ヌープ硬さや引掻き硬さの測定もできる。試作機を用いて得られた実験データは3年有余学会等で発表され、測定精度、安定性、耐久性でその優秀性が関係者に認められ、大洋テスター(株)で製品化された。その後、1972年(昭和47年)には電動式自動負荷装置付きの“寺沢式M-2型微小硬度計”が製品化されている。

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ツーコン ビッカース・ヌープ硬さ試験機(Tukon Tester)

アメリカ:ウィルソン社が1940年代に開発・製品化したビッカース微小硬さ試験機で、圧子を変えることによりヌープ硬さも測定できる。“Tukon Tester”はウィルソン社の製品名称。東京大学工学部では、第2次大戦後の早い時期に特別の扱いを得てTukon Tester を購入し、微小硬さの研究を始めている。微小硬さ試験機は戦後、主に金属組織、結晶粒子等の金相学研究に利用されてきた。また、戦後の産業界の復興・発展に伴い、浸炭・窒化・高周波焼入れ等の表面硬化処理層、メッキ層、時計・ミシン部品等の熱処理部品その他通信機用の薄伸銅板、板・管の伸銅品の材質管理等、利用範囲は多岐にわたるようになった。

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ビッカース微小硬度計

1940年代に微小硬さ試験機の分野で世界に先駆けて製造市販されたドイツ:ライツ社の“デュリメット”試験機の基本構造を踏襲し、(株)島津製作所が開発・製品化した“HMV-M型ビッカース微小硬度計”。ダイヤモンド圧子には軽合金製のてこで負荷を与える。負荷機構としては、支点を中心にカム・軸・スプリングを介して速度調節が可能な小形ダンパーにより作動、負荷用てこ端部のピアノワイヤで圧子を垂直に保持、常に試料面に直角に押圧する。15〜500gfの荷重範囲で7種類の荷重負荷が可能。なお、島津製作所では、これ以前の1939年(昭和14年)に、明石製作所や東京衡機製造所より2,3年遅れて、“アームストロング型ビッカース硬さ試験機”を製品化している。

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1段てこ式ロックウェル硬さ試験機(Rockwell Hardness Tester)

ロックウェル硬さ試験機のオリジナルメーカーである、アメリカ:ウィルソン社が“2段てこ式ロックウェル硬さ試験機”の後継機種として開発・製品化した“1段てこ式ロックウェル硬さ試験機”。当初の2段てこ式から1段てこ式への負荷機構変更に伴い、2本柱から1本柱の荷重支持構造に、また荷重負荷用のおもり配置は試験機上部から背面側に、負荷・除荷ハンドルの配置は試験機側面上部から側面下部に変更される等、試験機の測定精度や操作性が大幅に改善された。その後、我国で国産化される1段てこ式のロックウェル及びロックウェルスーパーフィシャル硬さ試験機のモデルとなった。

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C型ショア硬度計

1932年(昭和7年)頃に当時の(合)明石製作所や(合)東京衡機製造所で国産化され、第2次大戦後 、日本工業規格(JIS)に準拠し、(有)今井試験機で製造されたC型ショア硬度計。動的反発硬さ試験法による硬度計で、ハンマー反発高さの測定は目読で行う。この硬度計はアメリカ:ショア社製の“C型スクレロスコープ”がモデルとなっている。我国のショア硬さ基準の確立、統一、普及の実績は、我国独自のダイヤモンドハンマー先端修正技術とJIS方式のビッカース硬さからショア硬さ値を求める方法(HV-HS換算方式)により、世界的に高い信頼性評価を受けている。

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D型ショア硬度計

1933年(昭和8年)頃に当時の(合)東京衡機製造所や(合)明石製作所で国産化され、第2次大戦後、日本工業規格(JIS)に準拠し、(株)三光計器製作所で製造されたD型ショア硬度計。動的反発硬さ試験法による硬度計で、ハンマー反発高さの測定値はダイヤルゲージ式の目盛盤に指示される。この硬度計はアメリカ:ショア社の“D型スクレロスコープ”がモデルとなっている。(株)三光計器製作所はこのS38型のD型ショア硬度計において、計測筒の重要部分であるボールクラッチと落下機構の改良で測定精度を大幅に向上させ、1970年(昭和45年)には自動ショア硬さ試験機(S45型)を開発している。

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光電管速度比型反発硬さ計

材料試験技術研究会ロール硬さ委員会における新たなショア硬度計の研究開発の一環として、東京大学吉澤研究室で試作された“光電管速度比型反発硬さ計”。従来のD型ショア硬度計を改造して光電管計測装置を組み込み、高さ方向のある一定距離でハンマー移動時間を光電管で計測することにより衝突前後のハンマー移動速度を求め、その速度比からショア硬さに換算する研究を行うのに用いられた。

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ビッカース自動硬さ試験機

カムのモーター駆動により荷重制御(負荷・保持・除荷)を自動化した“MVK-E型微小硬度計”に、“自動くぼみ読み取り装置”と“X-Y自動テーブル”を組み合わせ、我国で初めてビッカースまたはヌープ硬さの自動計測を可能にした、(株)明石製作所のビッカース自動硬さ試験機“オートビック(Autovick)”。対物レンズを介してCCDカメラで圧痕形状の映像を取り込みモニターテレビに表示、モニター上のくぼみ対角線長さ(2方向)を画像処理により0.1μm単位で自動計測する(測定分解能は対物レンズ毎に最大くぼみ測定値の0.3%)。特別仕様として、自動タレット装置と自動焦点合わせ装置を装備。

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ダイレクト・ドライブシステム エスカレーター

モータ、減速機、上部スプロケット軸をコンパクトに配置した高性能な駆動システム『ダイレクト・ドライブシステム』の採用により、シンプルな機械構成で信頼性が向上し、上・下トラススペースを縮小、省スペースを実現した。また、駆動チェーンとハンドレールチェーンが不要となり、オイル使用量も大幅に削減、環境に配慮した設計となっている。

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踏段式エスカレーター(シーバーガー式)

1914(大正3)年、東京日本橋の三越呉服店(現在の三越)本館に設置された、日本で最初のエスカレーター。アメリカから輸入され、当初1台が一階と二階をつないでいた。その後1921(大正10)年に4台が追加された。型式はシーバーガー式(踏段式)で、一人乗り(踏段幅約600mm)、傾斜角度は30度、速度は毎分60フィート(約18m)。欄干および踏段は木製でできていた。現在は撤去され、上の写真2枚だけが現存している。

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44UB スーパーグラス エスカレーア

1968(昭和43)年に東京・富士フイルム本社ビルに設置された、欄干に支柱がない完全透明形エスカレーターの日本第一号機。ドイツのフロールオーチス社にて製造され輸出された。44UBタイプで、2人乗り(踏段幅約910mm)、傾斜角度は30度、階高4.2m。現在も稼働している。

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複列連動形エスカレーター

1957(昭和32)年に「2台のエスカレーターを1台の原動機」で駆動する「複列連動形エスカレーター」を開発し、各地に納入した。技術的特徴は、並列設置された上昇用と下降用2台のエスカレーターの上昇側エスカレーターに原動機と減速機からなる駆動機を置き、この駆動機と主軸で連結された反転機構を下降側エスカレーターに配置する仕組みである。

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高揚程エスカレーター(エスカヒル鳴門)

1989(平成元)年4月、瀬戸内海国立公園内に建設された観光施設「エスカヒル鳴門」に、階高34m、全長で80mにも及ぶ超高揚程エスカレーター2台を納入した。当製品は、当時東洋一の階高とされた1969(昭和44)年納入の営団・新御茶ノ水駅の20.415m(4台)、1985(昭和60)年納入のJR東日本上野駅の21.3m(6台)を凌ぐものである。

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低揚程エスカレーター

1989(平成元)年、神奈川県川崎市の商業店舗川崎モアーズと川崎アゼリアを結ぶ地下通路に階高834mmの「プチカレーター」(公募による愛称)が設置された。一般のエスカレーターは、動くステップが30段ほどあるが、これは僅か5段、利用時間5秒間の超小型で1991年版「ギネスブック」に登録されている。

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既設改造形車いす乗用ステップ付きエスカレーター

1995(平成7)年、一般形に車いす搬送機構を付加(改造)できるバリアフリー志向の「既設改造形車いす乗用ステップ付きエスカレーター」を開発し、納入した。車いす搬送用のステップは、係員の運転操作により乗り口でいったん停止し、車いす乗込み後に15m/分で移動、降り口に達した時点で降車する仕組みになっている。

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階段手すり一体形エスカレーター

駅の階段にエスカレーターを増設する場合はエスカレーターと階段との間に幅300mm程度の袖壁(手すり付きの仕切壁)を設けるのが普通とされていたが、1997年にJR松戸駅に設置したエスカレーターでは、エスカレーターの側面に階段手すりを直接固定する方法を採用することによって実質300mmの寸法短縮を図り、階段スペースを確保した。

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列車連動形エスカレーター

2000(平成12)年の交通バリアフリー法の制定を機に各駅では「各ホームに上昇、下降の2台設置」を目標としているが、スペースの制約から上昇専用の1台を設置するケースが多い。この列車連動形エスカレーターは、上階が改札口、下階側がホームとした場合に、列車到着時は降車客サービス用として上昇運転、発車後は乗車客サービスとして下降運転に自動切替制御を行う、世界に類を見ないシステム製品である。

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機械室薄形エスカレーター

2000(平成12)年、建屋の梁に架かる機械部分の深さを縮減した「機械室薄形エスカレーター」を開発し、納入した。このエスカレーターは、ステップ駆動輪の小径化により、上部・下部水平部の機械室深さを1,000mm(従来)から725mm、中間部を880mm(同)から600mmに縮減した画期的な技術である。

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広幅形動く歩道

2000(平成12)年改正の建築基準法において、動く歩道の踏面幅がそれまでの1,000mmに対して600mm増、世界で最も広い1,600mm(勾配4度以下の条件付)まで広幅化することが認められた。この法改正から5年後の2005(平成17)年に中部国際空港に勾配3.8度の「広幅形動く歩道」を4台納入した。

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中間駆動方式エスカレーター

1979年に日本で初めて西友ストア東陽町に設置された中間駆動方式のエスカレーターである。従来のエスカレーターの駆動方式は最上部に1個の駆動機を置き、ステップチェーンを上部鎖歯車で巻き上げる上部駆動方式であった。しかし、中間駆動方式は駆動ユニットをエスカレーターの中間部に配置し、ステップチェーンに代わるステップリンクに連結したステップを循環させる。階高の増加とともに標準ユニットを複数設置するマルチ駆動システムであり、上部駆動方式のような特殊な大型機器は不要となる。また省エネ・省スペースを製品コンセプトとしており、当時の三菱電機従来形比で30%の省エネと階高4mで11%、階高20mで26%の省スペースを達成した。

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スパイラルエスカレーター

らせん曲線に沿って昇降するエスカレーターは通常の直線形エスカレーターが誕生した1900年代初頭から構想されていたが、技術的課題が多く、長い間実現しなかった。三菱スパイラルエスカレーターは、円弧の中心移動方式というキー発明を基に、コンピューター解析技術や三次元加工技術などの進歩が大きな支えとなり、1984年に世界で初めて実用化された。インテックス大阪に納入されたスパイラルエスカレーターは1985年3月より稼働を開始して以来、広い空間を象徴するシンボルとして好評を博している。2台のスパイラルエスカレーターを両側に配置したレイアウトを採用し、エントランスでの視界の広がりを演出している。

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車いす乗用ステップ付きエスカレーター

福祉施設の充実が推進される社会動向を背景に開発された、車いす使用者がエスカレーターで移動できる世界初の「車いす乗用ステップ付きエスカレーター」であり、横浜市営地下鉄岸根公園駅など5駅で1985年より稼働を開始した。このエスカレーターには、車いすが常に水平の姿勢を保つように、連続2枚の水平ステップと傾斜ステップの計3個の特殊ステップ機構と、その制御システムが内蔵されている。バリアフリー化の昇降設備の一つとして、その後「車いす乗用ステップ付きエスカレーター」は機能の拡大が図られていったが、このエスカレーターが第1号機である。

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全面照明欄干エスカレーター

1953年に世界で初めての全面照明欄干エスカレーターが現在の日本橋三越本店に納入された。この機種が戦後の欄干意匠改革のさきがけとなった。欄干部の内側板にガラスとアクリ板を用いてスリムライン照明を入れ、乳白色に浮き出させた全面照明タイプは 当時のお客様の目を引くのに十分なものであった。納入されたエスカレーターは1990年まで稼働し、当時の国内最長寿機であった。1990年に既設エスカレーターの特殊意匠部材とトラスを流用して、オリジナル製品と同一の外観で新モデルにリニュアルされた。全面照明欄干と黄銅の意匠及びえんじ色のハンドレールを含め往時のままの姿を残している。

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二段踊場付きエスエスカレーター

日本で初めての二段踊場付きのエスカレーターが神戸ハーバーランド(キャナルガーデン)に設置され、1992年より稼働を開始した。このエスカレーターは踊場付きエスカレーターの技術をさらに発展させ、傾斜部分の途中に2箇所の踊場を設けたデザインが特徴である。神戸ハーバーランドは『海につながる文化都心の創造』をテーマに建設された街であり、『波をイメージした曲線状のデザイン』のコンセプトで開発された。『ウエーブエスカレーター』の愛称のもと、乗って楽しい、見て楽しいエスカレーターとして、広々とした吹き抜け空間に斬新なデザインを提供している。

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ポールレスセンサー付きインバーター自動運転エスカレーター

従来の自動運転エスカレーターは起動が急激で、安全のため起動が完了するまでの歩行距離をとった位置に乗客検出用のポール式センサーを設置していた。この新方式では乗降部付近を広範囲に検出するセンサーをエスカレーターの欄干に設けるとともに、インバーター駆動の緩起動を採用し、静かに起動し安全でしかもポール設置が不要になった。この日本で初めてのポールレスセンサー付きインバーター自動運転エスカレーターは2001年に開発され、広島平和記念公園の国立広島原爆死没者追悼平和祈念館において、2002年より稼働している。ポールがないので乗降部付近の意匠性を損なうことなく、自動運転本来の省エネ効果と静粛性が期待できることが特徴である。

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手動式ブルドン管3本ロール加工機

当社創業時から使用しているブルドン管(C型形状の扁平空洞なパイプ)に成形する加工機械で、薄い材料の真鍮、りん青銅の板を長方形に切断し芯型(金型)で筒状に折り曲げて成形し板の両端、突合せの部分を銀ロー付けしてまっすぐな細長い扁平状な形にします。3本ロール機のローラーをブルドン管の断面に成るような形状の溝を加工し、3本ローラーの間を何回も通して徐々にローラーの間隔を狭くして、C型になるように成形していきます。この時にパイプが潰れない様にパイプの中に蒼鉛(そうえん70℃で液状になる金属)を詰めて成形しブルドン管にします。このままでは中に蒼鉛が詰まっているので熱湯の中に入れて蒼鉛を溶かし、流れ出させてブルドン管にします。現在は他の成形加工用に使用中です。

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圧力計拡大機構(内機)自動組み立て機シネクトン45

圧力計(温度計)の拡大機構(内機という・以後内機と表現)は1965年頃までは、上下板をネジ止をしていた。当時はプレスおよび歯切加工の精度が良くないため調整組み立てをする必要があった。時計の生産技術を導入することと、上下板のプレス加工歯車のホブ盤加工により、安定した制度保持が出来るようになったので、圧力計(温度計)内機の組み立ての自動化を計画した。製作はシチズン時計に依頼した。組み立て機は時計部品専用機として開発したローリー方組み立て機を応用し、内機の自動組み立て機としてSYNECTON45型を製作した。この方式は国産第1号機で国内唯一の機械です。これは国産第1号機で国内唯一の機械です。なお、同時期に別のメーカーでこれとは別の方式(フリーフローライン)の内機自動組み立て機が、これも国産1号機として開発され使用されました。

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圧力計拡大機構(内機)部セクター自動組み立て機シネクトン30

圧力計(温度計)の拡大機構(内機という・以後内機と表現)の部分である「セクター」は当時プレスおよび歯切加工の精度が良くないために人手で組み立てをする必要があった。時計の生産技術を導入することと、プレス加工歯車のホブ盤加工により、安定した精度保持ができるようになったので、圧力計(温度計)の内機部品である「セクター」の組み立ての自動化を計画した。製作はシチズン時計に依頼した。組み立て機は時計部品専用機として開発したローリー型組み立て機を応用した。内機部品である「セクター」の自動組み立て機としてSYNECTON30型を製作した。これは国産第1号機で国内唯一の機械です。なお、同時期に別のメーカーでこれとは別の方式(フリーフローライン)の内機自動組み立て機が、これも国産1号機として開発され使用されました。

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圧力計拡大機構(内機)の歯車磨耗試験機

小型モーターの回転を利用し、主軸に凹凸を設けてカムが変動する変化量を拡大機構(内機)の扇形歯車に接続して回転数を読み取り、各回数による作動範囲 10°20°30°と作動角度を変換させて磨耗状況を確認し、拡大機構(内機)の耐久性を調査する試験機として使用した。自社オリジナルの試験機である。

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電動式ブルドン管3本ロール加工機

当社創業当時より使用した、モーターを利用した電動式ブルドン管加工機械でる。それまでの手動式より作業効率がアップ、当時 日産約300個のブルドン管を製作した。

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金敷と金槌

1896(明治29)年に「和田計器製作所」を創設した和田嘉衡氏が、我が国最初の圧力計を製造した時に使用した、ブルドン管を成形する為の金敷と金槌。当時は、パイプの入手が困難であった為、真ちゅうの板をロー付けして作ったパイプを、この金敷と金槌でブルドン管に成形した。

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3本ローラー式ブルドン管成形機

1914(大正3)年それまでの金敷と金槌を用いた経験と勘による職人仕事のブルドン管の成形から、機械装置による成形になった初期のブルドン管成形機。ローラー同士の間隔を短くすると、小さな径のブルドン管を作ることが出来る。本成形機の登場で、安定した品質のブルドン管が製作できるようになった。

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