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昭和33年12月に日本車輌製造(株)東京支店が製作した15トン積ガソリン専用車。タム500形式は我国の私有2軸タンク車で最多両数の形式で、昭和6〜36年に621両が製造された。中でも本2920号車は、同形式で最も普遍的な外観・構造を持つことから、戦後製2軸タンク者の代表例と言われる。普通鋼製のタンク体は容積21.1立米と2軸タンク車では最大級で、荷役方法はドーム頂部にあるマンホールから積込み、台枠下にある吐出管から取り卸す。走り装置は落成時から2段リンク式ばね吊り装置を装備していた。所有者は日本石油輸送(株)で、平成12年6月に廃車された。その後、個人による保存、ボランティアによる修復を経て、当館に寄託された。〈所有者:笹田昌宏〉
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昭和37年5月に汽車会社東京製作所が製作した15トン積過酸化水素専用タンク車。積荷は過酸化水素水溶液(濃度35%)で、鉄鋼・銅合金などで分解するため、タンク材質は純度の高いアルミニウムを使用。本車はアルミ製タンク体を持つ私有タンク車では我国唯一の保存例である。構造面での特徴は、純アルミニウムは鋼に比べて強度が低いためタンク板厚を厚くし、タンク内部には補強効果の高い皿型の波除板を装備、さらに荷重を負担するタンク受台を大型とした。落成時の所有者は江戸川化学工業(株)で、社名はその後三菱江戸川化学工業(株)を経て、三菱瓦斯化学工業(株)へと変遷した。平成15年3月に廃車後、所有者から寄贈頂き当館に収蔵された。〈寄贈:三菱瓦斯化学工業(株)〉
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昭和40年に協三工業(株)が製作した17トン積鉄製有蓋車。鉄製有蓋車は生石灰・セメントなどの水漏れを嫌う積荷の輸送用として、屋根や床面を含む車体全体を鋼製とした車種。その歴史は明治時代にまで遡るが、昭和40年代になるとトラック輸送や私有ホッパ車に移行したため、本形式が我国鉄製有蓋車の最終形式となった。荷重を従来より2トン増やして17トンとするため、車輌限界を従来より拡大して車内容積を増加し、軽量化のため新構造の軽量台枠を採用した。本車は石灰鉱山を控えた美濃赤坂駅に配置され、同駅からの製品輸送に使用されたが、昭和62年の国鉄分割民営化(JR化)の際、同社に継承されず廃車となった。その後、日本貨物鉄道(株)より当館に寄贈頂いた。〈寄贈:日本貨物鉄道(株)〉
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国鉄払い下げのセサフ1形を昭和41年に福井鉄道で改造した砕石輸送用ホッパ車で、生まれは武蔵野鉄道が昭和5年に浅野造船所で製作したヲサフ1形23トン積鉱石緩急車。セメント原料の石灰石輸送に使用され、一端に小型の木製車掌室を備えていた。構造は北海道の石炭車に範を取った側開き式ホッパ車で、現存するホッパ車としては最古の存在である。昭和19年に鉄道省のセサフ1形となり、昭和41年に国鉄を廃車となり福井鉄道に売却された。同社では線路へのバラスト撒布用の事業用貨車に改造されホサ1形となった。この際車掌室は撤去されている。平成13年3月に廃車となり、その後同社から貨物鉄道博物館に寄贈頂いた。〈寄贈:福井鉄道(株)〉
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昭和43年に富士重工業(株)が製作した15トン積塩酸専用タンク車。化学製品を輸送する私有タンク車の一種で、積荷は殆どの金属を腐食するため、タンク内面を有機物であるゴムで被覆した、いわゆる「ゴムライニング」タンク体を我国タンク車で初めて採用した形式。外観・構造ではライニング加工のためドーム頂板を取外し可能としたタンク体と、2軸タンク車では最終期の製作のため、留置用ブレーキである側ブレーキを車体両側に設置した点が見所である。落成時の所有者は(株)鉄興社であったが、合併により東洋曹達工業(株)を経て、東北東ソー化学(株)の所有となった。平成17年7月に廃車となった際、同社から貨物鉄道博物館に寄贈頂いた。〈寄贈:東北東ソー化学(株)〉
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昭和45年5月に日本車輌製造(株)東京支店が製作した40トン積セメント専用ホッパ車。本形式は私有ホッパ車では最大両数を誇り、昭和40〜48年に626両が製作された。粉体であるセメントを車体中央下部にある吐出口から排出するため、漏斗状のホッパ底面をした車体形状が本車の特長。さらにホッパ底面には荷卸しをアシストするため、圧力空気により空気膜を作ることで流動性を高めるエヤースライド装置が取り付けられている。所有者は小野田セメント(株)で、その後社名は秩父小野田(株)、太平洋セメント(株)へと変遷した。平成19年10月に廃車後、当館に寄贈された。展示場所は寄贈主にちなんだ三岐鉄道三岐線東藤原駅前である。〈寄贈:太平洋セメント(株)〉
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この無蓋車は貨車設計の歴史上あまりにも有名である。戦時下の窮乏時に、最小の資材で最大の積載荷重を得る貨車構造を検討し、トキ900形式が設計された。車長は従来の15トン積2軸車とほぼ同じであるが、側板及び妻板の高さを高くして容積を拡大した。走り装置を3軸にして荷重を増大し、車体は鋼材の使用を大幅に節約して木張とした典型的な戦時設計車であった。荷重30トンというは、通常ならばボギー車(4軸)で製作されるべき貨車であったが、資材節約のため異例の3軸車になった。昭和20年(1945)までに8、219両が製作された。
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このコンテナ車は全長を20400mmに延ばし、5トンコンテナの他に20ft・10トン、30ft・15トン、40ft・30トンのコンテナを積載でき、速度を従来の85km/hから95km/hに上げた性能を持つ金属バネ式台車TR223を採用した汎用大型コンテナ車である。ブレーキ装置は偏荷重機能を持った応荷重装置付自動空気ブレーキ(CL方式)を採用し、列車の高速化・長大化に対応した。
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このコンテナ車はそれまでの主力であったコキ50000形式の95km/hに代って、わが国で初めて110km/hに向上した国際海上コンテナも輸送できるように床面高さを100mm下げて1000mmにした画期的なコンテナ車である。貨車としては初めて100km/h運転を実施するために、ブレーキ装置にはEA制御弁を採用した応荷重付のCLE電磁自動空気ブレーキを、台車には高速台車TR223をベースに走行性能改善の為オイルダンパを改良し、軸バネに防振ゴムを装備したFT1台車を採用した。荷重は長さ20ftコンテナを3個積載できるように40.5トンとした。
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石油出荷基地と内陸の共同基地を専用列車で結ぶ石油輸送の近代化構想の下、昭和42年に日本オイルターミタル株式会社が設立され、専用タンク車として開発されたのがタキ43000形式車である。区間が限定されることから14トン軸の装備が可能となり、最大重量60トンの貨車となったが、輸送効率を追求し自重軽減による荷重増を目的にタンク体の一部に台枠の役割を担わせた画期的なフレームレス構造を開発し、荷重43トンを実現し革新的な鉄道輸送システムとして中核をなしてゆくこととなる。従来のタンク車は国鉄規定により黒色となっていたが、タキ43000形式に限定して青色塗装とし、その斬新さを印象付けた。
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貨車の速度は時代とともに高速化が図られてきたが、タンク車等の私有貨車は最高速度75km/hであり高速化はダイヤ設定上からも重要な課題であったことから高速対応タンク車として開発されたのがタキ1000形式ガソリン専用タンク車である。(平成5年〜)タキ43000形式のフレームレス構造を踏襲し、車軸間距離1900mm、直径810mmの小径車輪を採用した高速対応台車FT21を開発するとともに、従来の発着設備に支障をきたさないように全長を従来車とほぼ同一として、荷重45トンを確保した。実用上の諸問題をクリアーにした上で、最高速度95km/hと荷重45トンを実現した究極のタンク車であり、現在では輸送を担う主力車種となっている。
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H-25形ガスタービンは、高効率コージェネレーション及びコンバインドサイクルプラントへの適用を考慮して開発された出力25MW級ガスタービンである。タービン入口温度1,260℃での長時間連続運転を可能とするため、燃焼器やタービン翼に最新の冷却技術と新開発の耐熱材料が使用された第三世代のガスタービンで、シンプルサイクル1軸式、17段の軸流圧縮機、10個のキャン形燃焼器及び軸流3段のタービンで構成される。初号機は、出光興産(株)徳山製油所に納入され、1988年に運転を開始、現在も稼働中である。これまで。国内で約20台、海外で約80台が稼働しており、その性能及び信頼性が高く評価されている。
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SB60C-M形ガスタービンは、三井造船(株)が、海外メーカの技術に依らず、独自に開発した純国産二軸式ガスタービンである。産業用でありながら、航空転用形ガスタービンにも匹敵する高い熱効率を有し、単筒形の燃焼器を採用することによって、低カロリーガスを含む多様な燃料に対応することが可能である。商用第1号機は、1985年、浮島石油化学(株)浮島工場(現、新日本石油精製(株)川崎製造所)に納入され現在も稼働中である。なお、SB60C-M形は、1988年に「ムーンライト計画・高効率ガスタービン」の成果を取り入れ、タービン入口温度の高温化を図り、一軸式としたSB60D形に発展した。
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三菱重工業(株)が製造したMF-111形ガスタービンは、タービン入口温度1,250℃での連続運転を可能とする高度な冷却技術を適用した、産業用としては世界で初めての第三世代ガスタービンである。MF-111形は、一軸式ヘビーデューティ形で、発電機駆動専用の設計であり回転速度は、9,660rpm、減速歯車装置を介して発電機を駆動する。初号機は、1986年8月に三菱石油(株)(現、新日本石油精製(株))水島製油所に納入され、現在も稼働中である(累計運転時間は約175,000時間)。その後、主として、製油所などのコージェネレーション設備の主機として国内に29台が納入された。
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大戦後、航空機関係の研究が禁止される中、1947年に鉄道技術研究所で機関車用を目的に国内最初のガスタービンの研究が開始された。この研究で製作されたタービンは「1号ガスタービン」と称され、原型は石川島芝浦タービン(現、東芝)が開発した高速魚雷艇用のものである。当時土中に秘匿されていたが、発掘、大修理の後、1949年に運輸技術研究所(現、海上技術安全研究所)に移設された。設計出力1,640kW、設計タービン入口温度650℃、機器構成は、20段軸流圧縮機、直流形燃焼器2個及び軸流4段タービンである(独立行政法人海上技術安全研究所所蔵資料、現在は東京電力(株)「電気の史料館」に貸与され、展示されている)。
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(株)東芝が開発した1,300℃級低NOx燃焼器。高温雰囲気中に燃焼空気制御用の可動機構等を設けない単純な構造が特徴である。火炎安定化のためにパイロット部を拡散燃焼、低NOx化のためにメイン部を予混合希薄燃焼とした2段・シリーズ燃焼方式で、パイロット燃料ノズルは拡散燃焼に加え予混合希薄燃焼も行える構造である。メイン燃料は、ライナーの周囲に設けられた予混合ダクト内部で空気と混合後ライナー内部へ噴射され予混合希薄燃焼する。メインの予混合希薄燃焼にパイロット部の予混合希薄燃焼が合計され、広い負荷範囲で、かつメタン濃度98%を超えるガス燃料でも安定した予混合燃焼が行える。この燃焼器は、中部電力(株)新名古屋火力発電所7号系列(1998年、MS7001FA×6台)で採用され、現在も稼働中。
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三菱重工業(株)が世界に先駆けて実用化に成功した予混合燃焼方式の低NOx燃焼器。当時、ガスタービンの燃焼器は、拡散燃焼方式の燃焼器が主流で、NOx低減のために水噴射や蒸気噴射が用いられていた。この予混合燃焼器は、世界で初めて、予混合燃焼方式を採用することで、水や蒸気に頼らずに画期的な低NOx化を実現した。また、燃焼器バイパス機構を設け、ガスタービンの広い運用範囲内で安定した燃焼を維持していることも特徴である。1984年に営業運転を開始した東北電力(株)東新潟火力発電所第三号系列の主機であるM701D形ガスタービンに採用された。
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1989年、東北電力(株)は、「高効率ガスタービンの開発研究(AGT開発研究)」をスタートさせた。AGT開発研究は、実用化に必要な要素技術開発を三菱重工業(株)、(株)東芝及び(株)日立製作所と実施したもので、研究期間は、最新技術の開発からその検証にまで6年間の長期にわたるものであった。将来の発展性を考慮してタービン入口温度は1,500℃とし、高性能冷却翼、動静翼用耐熱材料及び高温・低NOx燃焼器に関する要素開発が行われた。そして、その成果は、1996年4月に運転を開始した東新潟火力発電所4号系列に盛り込まれた。現在、同発電所には、研究開発で使用されたテストロータや動静翼が保存展示されている。
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通産省工業技術院の大型省エネルギー技術研究開発制度(ムーンライト計画)の下で、当時の国立研究機関及び民間企業14社が設立した「高効率ガスタービン技術研究組合」が一体となって高効率ガスタービン(AGTJ-100A)を完成させた。その開発にあたって、いくつかの確認試験、実証試験が実施された。このHTDUは、ガスタービンの心臓部とも言える高圧タービンの空力・冷却性能試験及び高温検証試験を行うための装置である。HTDUでは、燃焼器及び高圧タービン部は内側ケーシング、ロータディスクを含めてパイロット機(AGTJ-100A)と同じ形状、材質のものが試験され、高効率ガスタービンの開発に貢献した。
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通産省工業技術院の大型省エネルギー技術研究開発制度(ムーンライト計画)の下で、当時の国立研究機関及び民間企業14社が設立した「高効率ガスタービン技術研究組合」が一体となって開発した高効率ガスタービン。複合発電システムとしての総合熱効率50%LHVを達成することを目標にしており、タービン入口温度1,300℃、発電容量100MWの単純開放サイクル、中間冷却、再熱式ガスタービンである。1984年3月から3年半にわたり、東京電力(株)袖ヶ浦火力発電所の構内で負荷試験が実施され、貴重な運転データが得られた。
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1980年代の首都圏の輸送力増強や東北・上越両新幹線の開業等による電力供給量の増大に対応するため、日本国有鉄道(現、東日本旅客鉄道(株))川崎発電所に国内では初となる大型ガスタービンによる本格的な排熱回収式コンバインドサイクル発電所が建設された。この新1号機は、ガスタービン1台、排ガスボイラ1缶及び蒸気タービン1台で構成され、旧1号機に比べ、出力が2.3倍、熱効率では25%増(相対値)と、大幅な性能改善が図られた。主機であるガスタービンには、当時の最大容量機であった1,000℃級日立- GE MS9001B形(定格出力:100MW)が採用された。新1号機は、1981年4に営業運転を開始し、現在も稼働中である。
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富士電機製造(株)(現、富士電機システムズ(株))は、電力網末端地域への電力供給強化を図っていた北海道電力(株)より、2,000kWガスタービン発電設備を受注した。エッシャ・ウィス社(スイス)との技術提携のもとに製造されたガスタービンは、豊富発電所に納入され1957年11月、我が国初のガスタービン発電所として営業運転を開始した。このガスタービンは、燃焼器を持たない密閉サイクルガスタービンで、作動流体(空気)の加熱は、空気加熱器(強制貫流形輻射形)で行う。1976年2月に廃止されるまで、約125,000時間の運転を記録した。現在、「豊富」ガスタービンの本体、主減速装置及び発電機の銘板が保存されている。
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このガスタービンは、1959年、ウェスチングハウス社(アメリカ)との技術提携に先立ち、新三菱重工業(株)(現、三菱重工業(株))が独自に開発したガスタービンである。この開発によって、開発設計、加工、製作、組立等全般にわたる基礎技術が培われた。三菱重工のガスタービン事業の原点とも言える歴史的ガスタービンである。 (主要仕様)出力:3,000PS、圧力比:4.9、タービン入口ガス温度:732℃、流量:22.6kg/s、回転速度:8,500rpm
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新三菱重工業(株)(現:三菱重工業(株))がウェスチングハウス社(アメリカ)と技術提携し製作した商用ガスタービンの第1号機。1963年、旭硝子(株)千葉工場に納入された12MWガスタービンで、当時のオープンサイクルガスタービンとしては国内最大容量機であった。燃料として重油及び天然ガスを使用し、タービン入口温度は約700℃、ガスタービンの排熱を回収してプロセス蒸気を発生するための排ガスボイラも設置された。約40年間、25万時間以上運転され、2000年に廃止された。
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このロータは、三菱レイヨン(株)豊橋事業所において、1971年から15年間、101,538時間にわたり運転されたMW-191形ガスタービン(出力:14,000kW)のロータである。このガスタービンには、排ガスボイラも設置されており、発電と同時に、ガスタービンの排ガスによって工場用プロセス蒸気を発生する、いわゆるコージェネレーション(電熱併給)プラントとして運用された。燃料としてC重油を使用しており、ガスタービンへのC重油適用についての技術の蓄積に貢献した。
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このガスタービンは、1954年に運輸省の航海訓練船「北斗丸」(排水量1,500トン)に搭載後実用運転を開始した我が国の実用第1号ガスタービンであり、世界で2番目に、実際に商船に搭載された歴史上記念すべきエンジンである。主機関の蒸気タービン(最大出力1,400馬力)に併置されて用いられたオープンサイクル、再生二軸式ガスタービンで、出力は500馬力、B重油を燃料とし、燃焼温度は650℃であった。19段の軸流圧縮機、円筒直流形燃焼器、軸流5段の高圧(圧縮機駆動)タービン及び軸流3段の出力タービンで構成される。実船での試験は1958年まで行われ、ガスタービン技術の発展に大いに貢献した。
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1961年に完成し、防衛庁の駆潜艇「はやぶさ」にブースタ用として搭載されたMUK-501(常用出力5,000馬力)に引き続き試作されたオープンサイクルガスタービン。MUK-502と呼ばれるこのガスタービンは、舶用ガスタービンに要求される急速起動と小型軽量を目指し、1964年に完成した。軸流11段の空気圧縮機、8個のキャニュラ形燃焼器、圧縮機タービン(2段)及び出力タービン(1段)で構成される。常用出力は5,000馬力、タービン入口温度は780℃、出力タービンの回転速度は7,200rpmであった。
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石川島芝浦タービン(株)(現、(株)東芝)は、1948年に、当時の鉄道技術研究所に1号ガスタービンを納入し実用運転試験を行った。そして、その経験を生かし、1956年、発電用実用機として2,000kWガスタービンを完成させた。本機は、丸善石油(株)(現、コスモ石油)下津製油所に納入され、実用性についての各種試験が行われた後、1959年12月には、国産ガスタービンによる初めての発電所として認可された。燃料として重油を使用したため、タービンに付着する多量のデポジットによる急速な出力低下も経験した。現在残されているのは、このガスタービンの高圧タービンロータで、重油による腐食痕も見ることができる。
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テレビ、ビデオなどの民生機器の高性能化に伴い、機器の小型化が進み、実装基板の高密度化、多層化が始まった。これに伴い、電子部品もリード付部品から表面実装部品へと変化が始まった。1980年代中頃から民生機器の高性能化に伴い、表面実装化の流れが始まり、モールドタイプの開発が行われ、その後、1990年代後半から携帯デジタル機器の普及により、より小型、高性能の角チップタイプの開発が行われた。モールドタイプに対して角チップはデッドスペースが少ないため、同性能でワンサイズ小型化が実現できている。
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酸化鉄を主成分とする軟質の磁性材料である。代表的なものとして(Ni-Zn)Fe2O4系、(Mn-Zn)Fe2O4系などがある。他の磁性材料と異なり、飽和磁性はやや小さいものの電気抵抗が高く、高周波領域における磁気特性が優れている。また、経済性にも優れており、種々の分野で応用されている。
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民生用および産業用の様々な電子機器の電源部には小型化、高効率の目的から、スイッチング電源が広く使われている。一般にトランスにはフェライトコアが使われている。フェライトの材質にはMn-Zn系が適している。スイッチング電源トランスは、フェライトコアを使用した電源トランスであり、ボビンに絶縁銅線を巻きつけた後、フェライトコアを組み込んで固定している。図にスイッチング電源用小型トランスの形状例を示す。
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フェライト磁石は一般にSrFe12O19あるいはBaFe12O19の化学式の化学組成を有する複合酸化物である。フェライト磁石はNd-Fe-Bで代表される希土類磁石と比較すると、発生できる磁力は弱いが、低コストで科学的安定性に優れているといった特長を有している。フェライト磁石は小型モータ用として広く使用されているが、特に自動車分野においてはフェライト磁石の特徴が低コストと信頼性の両立というニーズに合致しており、フェライトを用いた小型DCモータが数多く利用されている。写真はブラシ付DCモータに使用されるフェライト磁石を示している。
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アイソレータ用マイクロ波フェライトに要求される性能としては1)磁気的損失が小さいこと。すなわち材料定数⊿H(強磁性共鳴半値幅)が小さいこと。2)飽和磁化の温度係数がバイアス用磁石の温度係数に近いこと。などがあげられる。1)は1W程度の比較的高電力の高周波信号を通過させるので挿入損失を小さくしてフェライトの発熱量を小さくする必要があるからである。2)は磁石の残留磁束密度の温度係数とマイクロ波フェライトの温度係数を揃えることにより相対的な温度変化に対して電気特性を安定化させる必要があるためである。以上よりアイソレータ用マイクロ波フェライトには一般的にYIG(イットリウム・アイアン・ガーネット)が用いられる。YIGは⊿Hが小さ且つ、組成比を選ぶことにより飽和磁化の温度係数を制御できるからである。
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トランス(変圧器)の原理は、コアに2つのコイルを巻き、一方のコイル(一次コイル)に交流を流し、コア中に磁束を発生させ、この磁束による電磁誘導により他方のコイル(二次コイル)に電圧を誘起させる。2つのコイルの巻数比を変えることにより、電圧を自由に変える(変圧する)ことができる。フェライトは1930年、加藤、武井両博士により発明された。フェライトのうちソフトフェライトは当初用途が見つからず、模索の状態が続き、1947年のGHQの指令により従来の並四式ラジオの生産が止められ、スーパーヘテロダイン方式のラジオが生産されるようになると、高周波で使用される中間周波トランスのコアとして大量に使用されるようになった。写真は1930年、加藤、武井両博士により発明された世界最初のトランス用フェライトコアである。
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1947年、GHQの指令により従来の並四式ラジオの生産が止められ、スーパーヘテロダイン方式のラジオが生産されるようになると、フェライトは高周波で使用される中間周波トランスのコアとして大量に使用されるようになった。従来のラジオでは、再生検波を使用していたため、発信により妨害電波が発生する可能性があったが、アンテナに発生する高周波信号を中間周波トランスを用いて中間周波に変換してから増幅することでノイズの発生が低減された。
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1953年にテレビの本放送が開始され、テレビ時代を迎えると、ブラウン管を発光させるための高圧トランス(フライバックトランス)が必要になり、生産されるようになった。以来フライバックトランスは大幅に小型化されながら、ブラウン管テレビ用に数多く使用された。写真は初期の白黒テレビに使用されていたフライバックトランスとフェライトコアで、10KV程度の高電を発生させていた。
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電波吸収体は1940年代の初期には実用化されていたものと考えられる。はじめはカーボンやグラファイトなどを使用した抵抗性ないしは誘電性電波吸収体が中心に研究開発がなされたが、1960年代後半にはフェライトの高周波領域における磁気緩和減少(磁界に急激な変化に対する磁化の遅れによって生ずる損失)に着目した新しいフェライト電波吸収体が研究開発された。その後、フェライト電波吸収体は、TV放送、各種無線および各種レーダーなどの通信分野、電気電子機器のノイズ対策やノイズ評価のEMC試験分野で実用化され発展している。
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磁気ヘッドとは、電磁石であり、電磁石を曲げ一部空隙(ギャップ)を設けたものが基本構造である。このギャップにより磁気ヘッドの鉄心(コア)に発生した磁束が漏れ磁束となり磁気媒体上を通過しながら磁気媒体を磁化することで信号(音、画像、データ等)を記録・再生・消去することができる特性を生かして民生用機器、産業用機器に用いられてきた。磁気ヘッドに使用される材料にはフェライト以外にパーマロイ、センダスト、アモルファス等の材料がある。
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積層チップインデクタは、ワイヤの巻線を一切用いず、フェライトと導体材料をミクロオンオーダで関相するという積層集積技術を駆使して、超小型SMDを実現した。機械的巻線が一切しなく、積層パターンのファイン化を行なえば、小型化が可能であるという大きな利点があり、小型、軽量化に向いている。一般に数MHzから数百MHzで使用される。チョークコイル用途、マッチング回路、フィルタ回路、コンデンサと組合せて共振回路などに用いられる。磁気シールド構造により高密度実装が可能で、Qも高く、機器の小型・軽量化に最適なインダクタである。形状としては、1005形状(1.0×0.5mm)、1608形状(1.6×0.8mm)、2012形状(2.0×1.2mm)がある。
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電子機器の小型・軽量化が進む中で、電子部品の小型化が要求されている。しかし、インダクタやコンデンサの単機能部品の小型化だけでは、実装上などの問題が生ずる。そこで、高密度実装の壁を突破すべく、考えられてきたのがチップ複合化の技術である。インダクタとコンデンサを一体化したものが、積層チップLCフィルタである。具体的な製品としては信号処理用LCフィルタ、BMC対策フィルタなどがある。インダクタ部を構成しているフェライトとコンデンサ部の誘電対セラミックスを一体積層、同時焼成することによって実現した。1983年代初めにビデオカメラから採用が始まり、現在でも多くのデジタル電子機器で広く採用されている。写真は1983年に開発された積層チップLCフィルタ。磁性体フェライトと誘電体セラミックスを一体積層 焼成するという世界初の技術によって実現した。
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トランス用に使用されるフェライトには、大きく分けてMn-Zn系とNi-Zn系とがある。Mn-Zn系フェライトは、初透磁率、飽和磁束密度、コアロス等でNi-Zn系よりも優れ多特性を示すが、Ni-Zn系よりも体積抵抗が低い。このため、コアにコイルを直に巻くことができず、ボビンを介する構造になる。コア形状は用途に対して、多種多様なものが設計され生産されている。Ni-Zn系フェライトは、特性的には若干Mn-ZN系より劣るものの、体積抵抗が高く絶縁体とみなせる。したがって、コイルを直巻きできるため、小型商品に適している。また、Mn-Zn系よりも更に高周波での適用に適している。
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1970〜1977年ごろの間、スポンジチタン2トンバッチの生産に使用。現在は別用途に利用。住友チタニウム(株)50周年記念誌、P.39(年表の1970年)P.44(写真(6))
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真空アーク溶解炉、この装置は関西大学に工学部が開設された昭和34年に日本真空技術株式会社で製造されています。工学部開設に尽力された故亀井清名誉教授は、京都大学、故西村秀雄名誉教授の下で戦後間もない我が国が初めて靭性チタンの製造に成功したときの助手をされていました。そして私立関西大学の新設工学部で、チタン合金状態図の研究を始めるために、電弧溶解炉室を設けてこの装置を導入されています。銅の水冷棒の先にタングステン電極があり、水冷式銅坩堝にスポンジチタンをプレス固化して置き、その間のアーク放電によりチタン合金を溶製出来ます。基本的に現在市販されている溶解炉と変わりはありません。
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写真は、昭和34年(1959)竹内教授らが気相還元法によってチタンを採り出した例で所内にある本多記念館に大切に展示・保管されております。竹内教授らの気相還元法はTiCl4とMgの反応を気体状態で反応させる方法です。この方法により純度の高い金属チタンが直接取り出すことが可能となりました。さらにクロール法の欠点(未反応MgやMgCl2の混入。リーチングなどの追加工程)も一挙に解決することができました。大きさは、450W×450D×1350Hで、鉄の格子枠の上にリボン状の純チタンを貼り付け、その上に直接高純度チタンの結晶をあたかも「蔵王の樹氷」のように晶出させております。気相還元法で得られた純度を比較するとクロール法に比べてはるかに純度が高く、ヨード法に匹敵する特性が得られていることがわかります。
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当設備は、スポンジチタンの硬さ試料を調整するため、当社創業の1953年後まもない時期に製作された。溶解原理は、水冷銅にて保持したタングステンをマイナス極、水冷銅るつぼ内に供される被溶解物をプラス極とし、炉内を0.3〜0.01torr に真空引きした後、アルゴン置換し、最大700〜850A・20Vの直流を負荷することで得られる高温のアークにより試料を溶解する点にある。この溶解により、成分ばらつきの大きい試料も熱対流による混合作用や水冷銅るつぼ内での冷却・凝固過程を経てより均質な鋳塊となり、代表性の高いサンプル評価が可能となった。試料約100gからφ50×10mmの鋳塊が得られ、これをボタン試料といい、現在では硬さ及び化学成分分析用等の測定に供される。
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当製品(写真(1)(2))は、接液部をチタン製とする耐食性の高い設備として1971年に当社で製作され、温泉向けで多用された。材料にチタン2種を採用し、板の曲げ加工と溶接により製作した点に特長がある。当初、他のポンプで形状が複雑なものは鋳造又はゴムライニングによる製作方式が主流であった。前者では、鋳型製作に時間を要するのに加え、鋳造時に真空を要することからコスト高かつ納期面に課題があり、鋳造巣残存による不具合の懸念もあった。後者はゴムを接液部表面に貼り付ける方式で、流水抵抗によるゴム部の劣化など総じて耐久性に劣る面があった。当時主流のものと較べた場合、高耐食性、長寿命な点に特徴があり、2008年現在ではこの方式(チタン溶接加工方式)が主流となっている。
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棹秤方式の材料引張試験機で1908のプレートがついています。製造は、SAML DENISON & SON LO MAKERS -LEEDS-との名盤があり、輸入商社と思われる、ヒーリング商会横浜・神戸・東京の名盤にはL.J.HEALING & CO.LTD YOKOHAMA -KOBE-TOKYO の文字が見られます。本試験機は、大阪大学 故美馬源次郎名誉教授(金属材料学)が研究室で使用されていたもので、昭和45年関西大学に着任の際、持参されたものです。以降、非鉄金属材料研究室の入り口にモニュメントとして置いてあります。ウエイトを移動させるウオームギヤの噛み合わせが不良ですが、整備すれば使用可能な状態です。100年前の材料試験機は、応力腐食割れ試験機の設計に役立ったと美馬先生から聞きました。
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従来・CALなどの連続炉に於ける鋼板の位置は、工業用カメラを利用して検出するものが多かったが、カメラの保全が難しく安定した運転が困難だった。本装置では擬似白色信号変調のμ波を用いた検出器を適用し、鉄鋼業ではじめて安定して鋼板検出器を開発した。2008年現在で約50件の実績を得つつある。
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従来、連続鋳造機のモールド内溶鋼レベルは放射線や熱電対を応用するものが多かったが、統計処理等で応答性に問題があった。本装置は当初、日本鋼管(株)で開発されたものであり、渦流を用いたものである。正帰還フィードバックにより出力レベルが高くなり、安定した測定が可能であるが、モールドパウダーの影響を受けない利点もある。全世界で950件を超える使用実績を持っている。
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従来、高炉の装入物のレベルは機械式のサウンディング装置で管理されていた。接触方式であるため原料装入中は測定ができないこと、測定レンジが小さいこと、原料表面で重錘のすべりが生じること等の欠点があり、本装置ではμ波を用いた非接触方式にすることで解決させた。以前にヨーロッパや日本等で同じ試みがあったが、それらは原料表面の凹凸による干渉現象や安息角への対応がなされておらず、事実上使い物にならなかった。本装置ではμCPUを用いた異常処理を充実させること、1アンテナ方式を用いてアンテナの指向性を向上させることで、初めて実用に耐える装置となった。本装置は安川電機と川崎製鉄で共同開発され、製作・販売を松島機械が担当した。
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