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木造住宅向けとして、水密性能、耐風圧性能もワンランクアップした性能は、現在でも基準となる性能。当時標準だった、空気層6㎜を12㎜標準にし、断熱性能を向上する事で省エネ性能にも大きく貢献。また業界初、アルミPGサッシのアングル部分を樹脂化し、窓枠周りの防露性能を飛躍的に向上させてた樹脂アングルサッシ。
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日清ボンランドは、純植物性がセールスポイントの業務用マーガリン・ショートニングのブランド。発売当時はマーガリン23種、ショートニング14種など、計39商品を品揃え。市場の変化を受けて終売していた時期があるものの、現在でも数品種を販売中。発売当時、動物性油脂から植物性油脂への転換が急ピッチで進んでいた加工油脂市場の活性化に寄与した。
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宇津誠意軒は、江戸時代から明治にかけて、当主だけが救命丸の原料の調合を行った建物。宇津救命丸(当時は金匱救命丸)の処方は、代々長男だけに口伝で伝えられ、長男は誠意軒に一人でこもって調合していた。その製法に関する掟、処方を口外しないという血判書も残っている。
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江戸時代後期ごろから使われていたと思われる木製の手動式製丸機。粉末にした生薬と蒸したもち米とを練り合わせ、投入口に詰めて上から押すと、箱の横一列の穴からところてん状に押し出される。それを包丁で細かく切り、モミ板で転がして丸剤を 作った。当時は、製丸を業とする製丸師がおり、器械を持参して全国の丸剤メーカーで製丸を行った。更に、その後に箔付け師が訪れて箔付けを行うこともあった。
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現在の金箔・銀箔の箔付けは回転するパンの中で行っているが、以前はガラス容器の横の円運動で行っていた。明治・大正時代にはその箔付けを業とする箔付け師がおり、器械を持参して全国の丸剤メーカーで箔付けを行った。箔付け師は、同じく全国を回る製丸師の後に訪れたと言われている。
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当社が設計した、生薬に付着した土やゴミを洗う機械。網で出来た2つのベルトコンベアの間に生薬をはさみ、有効成分が溶出しないように素早く水槽の中を通す。網に付いた洗い終わった生薬を自動ハンマーで落とし、回転槽で脱水する。
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創業1597年の宇津救命丸は、現在小売店で売られている一般薬の中で一番長寿の医薬品といわれている。宇津史料館は、その宇津救命丸に関する資料(江戸時代の古文書、販売記録、製造器具、丸剤製造機、箔付機、製法に関する掟、処方を守る親子の血判書、明治時代からの歴代パッケージ、明治・大正・昭和の広告、金看板など多数)を展示し、一般公開している。
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手軽に丸剤が作れる製丸器。蒸して練った原料を穴に詰め、下から突起で押し出して、出来た円柱状の原料を丸めた。他に類がなく、内藤記念くすり博物館では「宇津式製丸器」と称している。いつ頃の物かは不明だが、木製式手動製丸機が小さな丸剤を作るのには不適だったので考案したと推察される。
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「ワカ末(マツ)錠」は、古来民間で健胃・下痢止として用いられた“黄柏(オウバク)”から抽出された塩化ベルベリンを成分とする「下痢止」です。健康の源であるおなかの調子を整え、下痢、食あたり、水あたりなどによく効きます。当社では、1975(昭和50)年より発売しています。
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漢方35処方を漢方エキス剤として商品化し、煎じて服用するものから、工業的に製造されたエキス剤を服用するという新しい形態を提案し、現在多くの方に利用されている漢方エキス製剤の基礎を築いた。複数処方のエキス剤を商品化したことで、個別の症状(証)に適した処方を用いることができるようになった。その後も処方を増やし、エキス剤で59処方もの商品化を図った。更に錠剤化したエキス剤の商品化も行った。
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昭和50年2月に「一般用漢方処方の手引き」いわゆる210処方が選定され、承認審査内規が制定された。本品他はこの内規の成分・分量、用法・用量、効能・効果に対応した商品として開発された。内規に対応した商品化に合わせ、漢方のもつ“自然と調和”、そして“気品”を「樹葉」でシンボライズしたデザインとしたシリーズ品の最初に販売された商品である。
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発売当時、にきびの治療薬は、塗り薬が主流であった。本品は、内服用のにきび薬として、漢方処方「清上防風湯」の漢方エキス錠を飲み易いフィルムコート錠とした。このことにより、漢方特有の味や匂いに敏感なにきび世代の服用を容易なものとし、治療薬の選択肢を拡げることに貢献した商品である。
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日本初の100mLドリンク剤。それまでの小容量で薬臭さのあるものから、大容量で飲みごたえのあるものにし、さらに冷やして売ることで口当たりの良い製品とした。これがきっかけとなり、現在のドリンクショーケースが出来上がり、日本における疲労回復を目的としたドリンク剤文化が生まれた。また、発売翌年には海外進出を図り、現代のエナジードリンクカテゴリーの礎になっている。
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アリナミンは国民病であった脚気の予防・治療に用いるビタミンB1を化学修飾し、生体利用性を高めた医薬品として1954年に誕生した。ビタミンB1よりはるかに吸収がよく脚気の減少に貢献、高度経済成長期には増大した疲労への対処に広く使われた。その後もIT化に伴う目、肩、腰の症状への対応など商品改良を続け、『アリナミン』は姿を変えながら、60年以上に渡って日本人の健康に貢献している。
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ケロリンは、頭痛・生理痛などの痛みと熱に効きめがあるアセチルサリチル酸と生薬(ケイヒ)配合の解熱鎮痛薬です。 【特徴】・アセチルサリチル酸・無水カフェインがたがいに働きあい、頭痛・生理痛にすぐれた効果をあらわします。 ・生薬(ケイヒ)配合の粉末剤で、飲みやすくサッと溶け、すみやかに効果を発揮します。 ・ねむくなる成分は入っていません。 ・お出かけ先での服用・携帯にも便利です。
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「二羽からす」は明治42年頃に発売した、当社(当時は「水野甘苦堂」) 最初の白髪染めです。現在のヘアカラー成分と同じ酸化染料(パラフェニレンジアミン)を空気酸化で発色させて白髪を染めるタイプです。 現在は医薬部外品ですが、当時は医薬用外劇薬で薬局で販売されていました。染めるのに6~7時間かかりましたが、当時としては使いやすく好調な売れ行きでした。現在のヘアカラーと同じタイプで、製品として完全な形で残されているものとしては日本で最も古いものと考えています。
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「わが社のお宝」のひとつです。この製品は大正13年発売の外用皮膚病塗布剤で、効能はたむし・あせも等です。ただし、現存するものは発売当初のものではなく、西暦1948~1964年の間のもの(箱表示から推定)です。
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・昔から、「夜盲症」や「体の疲れ」に珍重されてきた豊富な栄養成分をもつ、天然「八ッ目鰻」の有効成分を抽出し、製品化しました。 ・発売から多くの皆様に愛用され、親から子へ、子から孫へと飲み続けられてきたロングセラー商品です。 ・現在は、飲み易い、油漏れのないシームレスソフトカプセルとなっております。 ・天然「八ッ目鰻」を主原料とした医薬品です。
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ニンニクの有効成分の保存抽出と有臭有害成分除去の研究に5年の歳月をかけて生み出されたのが熟成ニンニク抽出液で、これにビタミンB1、B12、肝臓分解エキスなどを配合した医薬品「レオピン」(後の「キヨーレオピン」)を昭和35年12月に世に送り出した。
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ベベルギヤは駆動力の伝達方向を変える機構に用いられ、回転軸が直交しているギヤ同士がかみ合うため、騒音、振動、変形を考慮した「歯面形状」および「精度補正」の適切な設計が重要とされる部品です。本システムは、高精度鍛造金型の設計製作をベースとし、部品設計製作評価の三次元データを一貫させ、コントロールすることで、ネットシェイプと高い寸法精度を有する部品と技術の提供を可能としました。
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当時、ICリードフレームはエッチングと呼ばれる写真製版と薬品腐食の技術を用いて製造されていた。この方法は工程が複雑でコストもかかるため、世界で初めてプレス打抜きによる、ICリードフレーム製造を可能とした精密順送り金型を製作した。この結果、従来の10分の1という大幅なコストダウンが実現した。
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超硬合金(タングステンカーバイド)素材を研削加工で仕上げた刃物で打抜く精密順送り金型。市販のダイヤモンド砥石だけでは金型刃物を研削仕上加工ができなかったので、ダイヤモンド粉末を埋め込んだ専用砥石を自社で製作して研削仕上加工をできるようにした。製作したタングステンカーバイド金型は、従来のスチール製金型の20倍の耐久性をもち、一研削当たり100万枚のモーターコアを打ち抜くことができる量産型の国内1号機である。
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(1)の超高速金型は、増大するモーターコアの需要に応えるため、生産性の大幅な向上を目指し開発され、従来の5倍のプレス打抜き速度を実現した。さらに(2)のMAC1号機は、金型内でモーターコアを打抜きながら、任意の枚数に積層し、結束した状態で金型外へコアを送り出す画期的な自動積層金型として国内で初めて商品化された。
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装飾用義指・義手です。当時では珍しく、高価であったシリコン製の手先具を効率的な生産方法で開発・低コスト化を実現し、普及に努めました。効率化の方法として、数多くの原型のサンプリングを行い、多数のモデル型(左右、サイズ、性別に対応した樹脂型・電鋳形)を用意し、その中から使用者に適合する型を用いて製作することで、生産の効率化を図っています。シリコンは3種類の硬さを用意し、幅広いニーズに対応しています。
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使用者のFrailty(フレイルティ)に配慮しメモリー機能を搭載した電動介護ベッド。背上げ、膝上げ、床高のカスタマイズ設定を記憶し、ワンタッチで規定姿勢調整ができるので高齢や障がいによるスイッチ操作の困難を解消。衛生面にも配慮し、通気性のよいネットボトムを使用しカビ発生を防止。生活防水仕様の電装品を日本で初めて採用。
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ベッド上での介護をより快適にすべく設計されたソファー型電動介護ベッド。背部、脚部の挙上角度が連動し足先の位置が臀部よりも下がるため、食事介助時の腹圧を軽減し快適な姿勢を実現。足先が下がるため身体を回転させやすく、ベッドからの立ち上がりも楽な設計。また、日本で初めて生活防水仕様の電装品を採用し、ネットボトムで通気性を高めカビ発生を防止し衛生面にも配慮。
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介護保険レンタルに対応し業界基準を作り上げた電動介護ベッド。身体にあわせたサイズ選択が可能なモジュール設計で、軽量かつ組立工具不要なため利用者宅への搬入負担を革新的に軽減した。利用者の快適性や介助負担にも配慮し、ボトム高は業界最低床の28cm、ボトム幅は拡張し90cmを採用。ベッド乗降の負担を軽減し、寝返りやオムツ交換など介助性能も高めた。業界で初めてベッド本体を抗菌粉体焼付塗装仕上げにし、衛生面にも配慮。
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国内初の「ボトム一体型サイドレール」を採用し、安全性を高めた介護ベッド。ベッドと柵の間の挟み込み、背上げ状態での転落事故などの予防性能を向上。「ローアンドワイド設計」でボトム高は25cmから65cmまで調節可能、マットレス幅は90cmか100cm幅が選択可能。座位の安定と介助負荷の軽減を実現しつつ、利用者の体格とオムツ交換などの介助性への対応も考慮している。ネットボトムを使用し抗菌粉体焼付塗装仕上げで衛生面にも配慮。
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臥床と座位姿勢ともに快適性を追求したソファー型電動介護ベッド。背部、脚部の挙上角度が連動し足先の位置が臀部よりも下がるため、食事介助時の腹圧にも配慮した快適な姿勢が可能。足先が下がり身体を回転させやすく、ベッドからの立ち上がりも楽な設計。「ボトム一体型サイドレール」はベッドと柵の間の挟み込み、背上げ状態での転落事故などの予防性能を向上。ネットボトムを使用し抗菌粉体焼付塗装仕上げで衛生面にも配慮。
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KA-200改良型(電動ベッドの国産・量産一号機) 1962年に国産初の電動ベッドKA-45の開発に成功したものの、量産化への道は険しかった。1964年に開発したKA-200は生産性が低く原価も高い上に使い勝手も悪かった。1965年に完成したKA-200改良型はフレーム部分を量産用に改良したもので、電動ベッドの量産品第1号と言えるものである。ベッドのボードの丸みを帯びた輪郭から、社内では当時「福助」という愛称をつけて呼んだという。
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身体障がい者向け運転補助装置として、脚の不自由な方向けの手でアクセル、ブレーキ操作ができる装置として関東運輸局から認可を受け販売を開始。平成7年11月16日より審査事務規程の自動車指定部品として取扱いされております。販売を始め現在に至るまで、約7万台を販売。
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身体障がい者向け運転補助装置として、関東運輸局から認可を受け販売を開始。右片麻痺の方向けに左側にアクセルペダルを増設。折畳収納することにより、健常者の方も運転可能。販売を始め現在に至るまで、約6万台を販売。
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入浴介護用リフトとして1993年から2年間 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)より初の助成金を受けて開発され、1995年より販売を開始。 入浴用という事で水道水の圧力を動力として使用。 また、アーム部中央に関節を持たせる事で狭い浴室内でも取り回しが楽にできる事を特徴とします。日本リハビリテーション工学協会福祉機器コンテスト1995年優秀賞受賞。生産期間8年間で約3000台を出荷(発売当時本体価格 376,000円)
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入浴介護リフト専用の吊り具として開発された商品で、前後の車輪が付いた台車部分と非介護者が座る椅子部分からなり、椅子部分はリフトによって吊り上がり、浴槽へそのまま移動&入浴が可能になる事を特徴とする車椅子型の吊り具です。また、非介護者に触れる部分は全面メッシュシートになっており、包み込む様な構造になっているのが特徴で、座角を身体状況に応じて、三段階に調整する事が可能です。
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様々な場所で使用可能な電動式介護用リフトとして1997年から販売を開始。 2005年にマイナーチェンジ品であるマイティエースⅡに変わり現在も販売を継続しています。マイティエイドでも採用したアーム中央部の関節が、狭い浴室内やベッド上でも取り回しを楽にしている事を特徴とします。部品構成は。フレーム アーム 本体 ハンガー に分かれ、それぞれはすべて分離可能となっており、フレームのみを玄関や浴室やトイレベッドに設置して置けば、アームと本体 ハンガーを持ち運ぶ事で様々な場所で介護用リフトとして使用できる事を特徴とします。
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入浴介護リフト専用の吊り具として開発された商品で、前後の車輪が付いた台車部分と非介護者が座る椅子部分からなり、椅子部分はリフトによって吊り上がり、浴槽へそのまま移動&入浴が可能になる事を特徴とする車椅子型の吊り具です。アームレストの高さは三段階に調整可能で、また、座面部が樹脂性で座幅が広く、便座の様に大きく穴が開いており、臀部の洗いやすさ、使用後の清掃のしやすさが特徴です。
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身体障がい者向け補助装置として、自動車のトランク部に小型クレーンを備え、重たい車いすを電動操作によりトランク部に収納させる装置として販売。販売を始め現在に至るまで、約1,600台を販売。
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身体障がい者向け運転補助装置として、自動車の屋根に収納ボックスを備え、電動操作により車いすを屋根上の収納ボックスに収納させる装置として販売。販売を始め現在に至るまで、約1,500台を販売。
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リフトを使用せずシャワー浴のみをされる方用に開発された商品で、ベッドから本商品に座り室内を浴室に移動。そのまま浴室の洗い場にて洗体がしやすい車椅子型の洗体用具です。背もたれは角度が調整可能で、硬い座面に座る座面タイプ(ECH)と、背もたれから座面がメッシュシートで作られたシートタイプ(ECS)の2種類があり、座面タイプは座面形状が便座のようになっており、座面下に汚物用のバケツが装着され、ポータブルトイレとしても利用可能です。 また、洋式トイレの便座を跳ね上げ、その上で座ったまま用を足す事も可能です。
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リフトを使用せずシャワー浴のみをされる方用に開発された商品で、ベッドから本商品に座り室内を浴室に移動。そのまま浴室の洗い場にて背もたれを倒し、足置きを出すと、ほぼフラットになり、座幅が広く作ってあるため、その上にて洗体がしやすい様に考慮された事を特徴とする車椅子型の洗体用具です。
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「ジャパン・ブルワリー ディレクターズ レターブック」は、1901年~1907年の間にジャパン・ブルワリーの重役が送った手紙を、コッピー用紙に写し取って記録した簿冊です。コッピ―用紙とは和紙から洋紙へ移る過程での製品で、主に現在の高知県や岐阜県で産出された極めて薄葉の紙です。薄葉のためインクで書かれたものを写すのに適しており、多くが神戸港又は横浜港から輸出されていました。このコッピーブックは横浜のキングセル商会の物です。裏打ちなどの修復が一切施されていないため紙自体の現物も貴重ですが、書かれている内容も取引先や海外の銀行とのやりとりなど当時の会社経営の詳細がわかる貴重な資料群となっています。
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1907年創業の麒麟麦酒株式会社(現・キリンホールディングス株式会社)の前身であるジャパン・ブルワリーの重役会議事録3冊です。この重役会議事録は、ジャパン・ブルワリーで行われた重役会の議事を記録したもので、1885年7月8日から1904年12月21日まで、約270回分が収められています。議事録からは、日常の意思決定をはじめ、経営戦略の重要決定事項について読みとることができます。特筆は1889年4月29日の記録で、ジャパン・ブルワリーが製造していた「キリンビール」の分析値が詳細に記載されており、当時の日本で産業として醸造されていたビールの詳細を知ることができる貴重な記録となっています。
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明治時代頃、店頭にて実際に使用していた算盤と算盤筺。算盤は五つ玉。当時の算盤は「問屋算盤」と呼ばれ商売の大切な道具だった。そのため、使用しない時は筐(はこ)に収納し、ディスプレイとしての役割も果たしていた。
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昭和初期頃、アメリカのオートマチック・ペンシル・シャープナー社から輸入した通称「シカゴ削り」を参考に、国内で製品化したもの。金属とセルロイドで作られており、価格も安く好評を博した。
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日中戦争下の経済統制による部品不足により、同業他社からバネの供給を受け、メッキはニッケルの代わりに亜鉛を用いて製造された蛇の目クリップ。亜鉛を使用したものは、1940年(昭和15年)には製造中止となる。
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従来のペンに比べて、細字が書けて長期間使用してもチップが太くならず、複写用紙にも使用可能など、高い機能を誇った水性タイプの硬筆サインペン。1970年(昭和45年)に大阪で開催された日本万国博覧会では、当時の代表的筆記具の1つとして選定されて、タイムカプセルに収納された。
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