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直流發電機

シリコン整流機が使われる以前にめっき電源に使用していました

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直流發電機

シリコン整流機が使われる以前にめっき電源に使用していました

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電気めっき技術ガイドブック(非売品)

この本には、めっき全般について書かれています。薬品メ-カ-や卸さんの技術者などが執筆者となっている事から、各種工程や設備についても書かれた物です。薬品もさることながら、設備に対する注意点や設置方法など、詳しく書かれている文献です。現在カタログしかありませんが、この本は事細かに書かれており設備導入の役にたってきました。この本については、弊社の現会長がめっき業務につき、また会社設立へとなった折に勉強し、今まで大切に保管をしておりました。現在でも、参考になる事も多く、大切な資料になっております。

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電気鍍金の実際

この本には、めっき全般について書かれています。 図解や写真を多用してあり、文書と合わせとても分かりやすくめっきについて 解説されています。化学研磨などについても書かれています。 めっきの基本知識に始まり、検査方法やめっき液組成なども詳しく記載されています。 不良に対する対策や書智謀法などもあり、とても詳しい資料になります。 この本については、弊社の現会長がめっき業務につき、また会社設立へとなった折に 勉強し、今まで大切に保管をしておりました。 現在でも、参考になる事も多く、大切な資料になっております。

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理論応用 電鍍化学

この本には、めっき全般について書かれています。ファラデ-の法則に始まり、電流分布、 前処理や各種めっきについての記述があります。 また、今では薬品会社にて作られてしまっている剥離剤などについては、事細かに 当時の各種めっきの剥離方法やその液組成までもが書かれており、現在では なかなか知ることの出来ない内容があります。 この本については、弊社の現会長がめっき業務につき、また会社設立へとなった折に 勉強し、今まで大切に保管をしておりました。 現在でも、参考になる事も多く、大切な資料になっております。

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スズリフローめっき

EU発のRoHS規制により、従来コネクタ端子の表面処理として使用されていたはんだ(Sn-Pb)めっきの鉛(Pb)が規制対象物質となり、今後利用できなくなった。はんだめっき中の鉛は錫めっき特有のウィスカを抑制する効果が確認されており、さまざまな錫系合金めっきが提案されたが、鉛を使わずウィスカの発生を抑制した世界初の民生用コネクタ端子のめっきとして、製品化に成功した。

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工業用クロムメッキのすべて

1960年に工業用クロムメッキのJIS規格が制定されたのを機に「日本硬質クロム工業会」が制作したPR用パンフレット(昭和37年6月)

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メッキ・鍍金.Plating

1965年から実施される「電気めっき技能検定試験」(職業訓練法)を機に制作された(版元不明)「メッキとは」から始まるPR用パンフレット(昭和38年~39年頃)

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西洋事情 執筆者 福沢諭吉

明治三年に発行された西洋事情の図書。執筆者 福沢諭吉。ヨーロッパ視察状況が政治・経済・電気・通信その他見聞きしたことが、細かく記されている。とくに、初編 巻之一の中で、「千七百年代の初より現今に至るまで大発明と称すべきものは、蒸気機関、蒸気船、蒸気車、伝信機、牛痘、麻布綿布の染形、紡績織物の機関、石版、瓦児華尼鍍金・・・」との記述が残っており、福沢諭吉が西洋での見聞の中で鍍金に触れられたことが書かれている。

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百工新書 執筆者 宮崎柳條

明治九年に発行された百工新書。5巻。鍍金法として図解入りで細かく紹介されている。執筆者 宮崎柳條

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物理全志 執筆者 宇田川準一

明治九年に発行された物理全志。10巻。執筆者 宇田川準一。電気めっきが図解入りで細かく紹介されている。

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電動発電機及び発電機

電動発電機及び発電機  ◆機能等 出 力 : 60C(Hz) 220V 80A(直流出力 10V 80A) 製造年月 : 昭和19年6月 メ ー カ ー : 明電舎  ◆用途 交流のモーターで直流発電させ「めっき」の製造に使用  ◆由来 旧海軍の潜水艦に搭載されていたが、終戦により民間企業に払い下げられ、翌21年天神町工場時代「めっき」操業の初期、直流電源の必要から、昭和31年緑町工場へ移転するまでの間、活用した。

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直流発電機

当社の前身として、大正13年11月に東京墨田区内に福井電鍍工場を操業したが、めっき作業に使用する直流電流を得るために、その当時使用していた直流発電機である。

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直流発電機(500アンペア)

「創業記念の碑」 昭和29年4月1日、吉玉安弘、吉玉日出夫、鈴木利夫の三名が延岡市大字恒富北千五百五拾壱番地に有限会社延岡メッキ工場を設立した。当時資本金四拾五萬円、従業員六名、設備は電解槽三基、直流発電機(五百アンペア)一台、バフ研磨機一式で仕事は自動車部品、自転車部品等の修繕再生めっきからスタートした。創業三十周年にあたり、当時の直流発電機を記念としここに此の碑を建てる。 [昭和五十九年四月一日 吉玉精鍍株式会社]

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市橋鉱山採掘場での下部根切り作業風景

全て手掘りで柱を残しながら横穴を掘り、その後柱を爆破して上部の石灰石を落とすという方法で採掘がおこなわれていた。採掘された石灰石はトロッコで焼成炉上部まで運ばれていた。

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煉瓦積み作業風景

傾斜地に縦穴を掘り、その中にレンガを積み上げた土中炉と呼ばれる石灰焼成炉を用いていた。昭和30年代までは市橋地区で58基の土中炉が操業していた。当時のレンガはもろかったため絶えずレンガの積み直しをする必要があった。

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土中炉の全景

採石場から採掘した石灰石とケーブルで持ち上げた石炭を投入し焼成を行い下部から生石灰を抜き取る方法で操業が行われていた。建物は全て木製で屋根のみ波トタンが使われていた。

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生石灰出荷の様子

焼成炉近くまで引かれた鉄道で生石灰は貨車に積まれ蒸気機関車で輸送されていた。当時は市橋線と昼飯線があり美濃赤坂駅を経由して東海道本線に結ばれていた。

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トカキ式自動定量袋詰機

1979年1月製であり、以後35年に渡って大きな故障もなく定期整備により現在も順調に生産ラインの一部として稼働中である。計量機としてはアナログであるがシンプルな構造で計量誤差が少ないことが特徴である。

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石灰焼成炉(塩焼き土中炉)

土中炉として作られた石灰焼成炉である。形状から徳利窯とも呼ばれる。大分県の近代石灰産業の創成期に作られ、内部のレンガ改修を行いながら現在も変わらず使用しており、作業の大半を当時と変わらぬ人力で行っている。国内でも数少ない、焼成時に工業塩を加える塩焼きという石灰焼成法を続けており、その石灰は重油炉などで大量生産され流通しているものとその性状が異なり、漆喰などの左官用のほか、農業や化学工業の特殊用途にも用いられている。

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吉澤白色石灰工場広告

この「吉澤白色石灰工場広告」は、当社初の広告宣伝パンフレットです。当社は、明治6年1873年創業。当時吉澤商店として葛生町片山(現嘉多山公園)で石灰の製造を始めました。明治10年代に3回に渡り内国勧業博覧会に出品し褒賞を受けた事や明治17年に皇居御造営に生石灰を献納した事が書かれております。また裏表紙の挿絵には、佐野線の機関車の絵があり、馬車輸送から軽便鉄道への変更があったことが伺えます。

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フォーミングマシン PROFOMA

メカニカル式の従来型フォーミングマシンをNC化し、操作性を大幅に向上したモデル。送り、打ち抜き、曲げの各装置にサーボモータを駆動とした構成。専用に開発したモーションコントロールシステムにより、板材および線材の塑性加工を行う自動機械である。金型を搭載して多種多様な部品加工を高速で生産、材料歩留まりが良いこと、金型の段取り替えを短時間で行え、多品種少量生産を可能にしたモデル。

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フォーミングマシン PROFOMA

1970年、ドイツからの技術を導入、1990年から独自のモデルRFシリーズを開発・販売。日本国内のフォーミングマシンのさきがけ。モータ1つの駆動を各種伝達機構を返し、直進・回転運動に変換。送り、打ち抜き、曲げの構成からなり、板材および線材の塑性加工を行う自動機械である。金型を搭載して多種多様な部品加工を高速で生産、材料歩留まりが良いことも特徴である。

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油圧ショベル向け走行ユニット(減速機付き油圧モータ)

油圧ショベル走行用に開発された減速機一体型の油圧モータで、ショベルのクローラーシュー幅よりはみ出さない「シューイン型」として、世界に先駆けて販売されました。「シューイン型」は、走行中の岩石などへの衝突による機器破損率を格段に減少させる製品構造であり、現在も幅広く採用されています。

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超小型油圧ショベル向け制御バルブ

都市工事の需要増などによる油圧ショベルの小型化が進む中、機体質量が1ton程度の超小型ショベル専用として開発された油圧制御バルブです。中・大型ショベルの高い操作性能をそのままに、機器設置スペースの狭い超小型ショベルにも搭載可能とした、世界最小の油圧専用制御バルブで、現在も広く利用されています。

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センコ型真空ポンプ

1942年に製作された国産第一号センコ型真空ポンプ、イ-501型。当時の真空ポンプはほとんど輸入品であったが国内での需要を見越し、アメリカ製のセンコ型真空ポンプを参考に開発された。排気速度は50L/min。当初、性能はあまり良くなく、真空ポンプに使用している真空油を独自で蒸留精製するなど試行錯誤のすえ、完成に至る。イ-501型は写真のみしか残っていないが、2号機のイ-502型は現存し保管されている。

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熱陰極電離真空計

電離真空計(大亜真空製)型番:DVG-Ⅰ-1  1961(昭和36)年に当社で最初に開発された熱陰極電離真空計。トランジスタなどの半導体部品は未だ一般的に普及しておらず、真空管と受動部品で回路構成されている。真空機器の測定に不可欠である真空計は、当時国産品がほとんどなかった。

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E型中継弁

【経緯】1969年に日本初の電気指令式に対応したブレーキ装置として弊社が発明し、正確な制御性と高応答性を実現したことで、全国の電車に採用された。また、電磁弁の信頼性向上、保守性の向上を図り、現在でも電車に採用されている。 【役割】ブレーキ指令で直接電磁弁を動作させ、各膜板室への圧縮空気の給排気により(組み合わせ)、常用ブレーキ7段、非常ブレーキ1段の計8段のブレーキシリンダ圧力を出力する。

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E制御弁

【経緯】以前の制御弁に対し、完全な弛め保証機能と、ブレーキ操作時に瞬時にブレーキシリンダ圧力を供給する射込機能を付加することで、確実な緩解と高い応答性を実現した三圧力式制御弁である。 現在でも、機関車、貨車に採用されている。 【役割】空気指令式において、指令(ブレーキ管の減圧量)に比例したブレーキシリンダ圧力を出力する。また、列車分離等によりブレーキ管が減圧することで、自動的に非常ブレーキが作用する。

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CVJ複合加工機

従来は工程分割して加工していたボール転動面及び内外球面の加工を1台でワンチャックで行うことで省スペース、省エネ、高品質、高生産性を実現した。また、従来アウターレース専用機、インナーレース専用機と機種が分かれていたが、ベースマシンを共通化しツーリングの交換で両機種に対応できる構成にし汎用性を持たせた。

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CVJインナーレース1軸溝研削機

大径の円盤砥石を使用し、ボール転動面研削を行う機械である。クーラントを砥石径、加工点に自動で追従する装置を付加することで研削速度UP、精度の安定(研削焼け防止)を実現した。また、軸構成に配慮し加工の軌跡に象限突起が現れない構成とし、加工面の形状精度を向上した。

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CVJインナーレース1軸溝研削機

従来は研削加工を行っていたボール転動面加工を熱処理後のミーリング加工に変更した。完全ドライ加工によりクーラント装置、ドレス装置が不要になり省スペース、省エネを実現した。また、加工熱の低減により高品質、高生産性も実現している。

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スーパーフレックスフィット マットレス

金属スプリングに代わる、柔軟性・耐久性に優れた樹脂弾性体『ファインレボ』を開発。素材には医療品でも使用されている安全性の高いスチレン系エラストマーを採用。マットレスに千鳥配列で内蔵されたファインレボが、3次元に変形し就寝中の身体の動きに追従。また荷重を受けると加圧部が点から面に変化することで寝返りのしやすさと体圧分散性を両立した。

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TOKIO MAI

1989年、平成元年版カタログ掲載商品。本社のある六本木では、 毎晩のようにディスコマハラジャに着飾った若者が集まった。好景気の影響で高価格商品の販売が好調。ひと昔前になってしまった輝いていた時代の商品。キャッチコピーは「エレガンスさを失くしてしまった機能主義。形の本質を見失ってしまった装飾主義。生産性だけを追求した合理主義。そしてポストモダンという名の様式主義。TOKIOはそれらを全て否定します。」

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コンフォート ポゥ

平成6年度通産省選定グッド・デザイン  中小企業庁長官特別賞受賞  ガススプリングによるリフトアップ機構採用により、片手で簡単にベッドが持ち上げ可能となったことで、ベッドの下や周辺の床掃除を容易としたベッド。木質調素材や、生成り布地を使い、ナチュラルなデザインで全体をまとめている。掃除の容易性という日常生活の課題を独自の発想で解決させた点と、コストアップにはつなげず普及価格で商品化させた点が評価された。

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フランスベッド セパレート型

1956年 まだベッドが珍しかった時代に、分割式ソファベッドを発売。多くの日本人が畳に布団を敷いて寝ていた1950年代 創業者、池田實は当時はまだ珍しかったベッドづくりに着手し、最初に発売したのは、「昼はソファ、夜はベッド」で知られる分割式ソファベッドです。欧米の生活スタイルに憧れのあった時代に、狭い住宅にも置けてモダンな雰囲気が漂うこの商品は、まさに「豊かさのある暮らし」を実感させるものでした。

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宮園スギ

約340年生、産地:大分県中津江村宮園、長さ13.2m、末口径88c。1491年宮園にある神社の社殿創建の際に、ご神木として植えられたり、信者が旅先から持ち帰り、植えられたものと考えられる。

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行者スギ

約330年生、産地:福岡県東峰村、長さ12.5m、末口径90cm。鎌倉時代山岳仏教の山伏修験者が、献木として、1280年頃より植え始めたもの。

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大原スギ

約320年生、産地:大分県日田市大原、長さ8.3m、末口径90cm。1624年に日田市元宮原より、現在地に遷宮が行われた後に、植え付けが始まった。

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元宮スギ

約230年生、産地:日田市大字求来里字元宮、長さ13.1m、末口径72cm。871年に建立されたのが始まりで、1624年に大原に遷宮されるまでの、750年有余に亘、祭礼を行う地区氏子がご神木として植えられたものが始まり。

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戸山スギ

約190年、産地:日田市大字小野字戸山、長さ7.0m、末口径94cm。平安時代から長く庶民の信仰も厚い中、ご神木としてスギ等が植えられたのが始まり。

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作業(植林~下刈~伐採作業)の写真

【植林】女性2名が原野にスギを植えている写真。植林は今も昔と変わらず人の手により1本づつ植え付けられる。以前は一坪1本程度植えられていたが、今は省力化等のため、二坪に1本程度が植えられている。  【下刈】植えたスギ等が草よりも高く成長するまで、下草刈りが行われる。昔は鎌で作業をしていたが、今はエンジンの付いた刈り払い機で行われている。  【伐採作業】今は大型の伐採機械やチェンソーで伐採が行われているが、チェンソーが発明されるまでは、手ノコで伐採されていた。高性能の林業機械が発明されたことで、作業効率は格段によくなった。

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筏流しの写真

昭和27年に下流にダムが建設出来るまで、筑後川を利用して福岡県大川市まで、筏を組んで丸太を運んでいた。上流から1本1本の丸太を川に流して、途中で集めて、筏に組む作業が行われ、何列か連結して船頭が乗り、筏を操って運搬していた。

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リン掛け

伐採した木を3mや4mに玉切りし、皮を剥いで段々に積み重ね、乾燥させて運び出す。昔は人や馬により運び出させていたので、軽くするなど先人の知恵である。

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搬出(修羅道、木馬出し)の写真

【修羅道】伐採した丸太を組んで、作業道のようにし、その上を人力により、丸太を運び出していた。今は作業道を利用するため、見ることはない。  【木馬出し】丸太を数本組み、そりの要領で修羅道を利用して搬出していた。

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搬出(集材、山床よりトラック積込)の写真

【集材】遠くの山から丸太を運び出す時は、ケーブルカーのようにワイヤを空中に張って滑車を利用して、3、4本程度を一度に山土場まで集材していた。今は昔のように利用する人、場所が少なくなった。  【山床よりトラック積込風景】山土場に集められた丸太を高く積み上げ、その上からトビという道具を使って、人の手によりトラックに積み込まれていた。今はトラックに装備されている移動式クレーンにより、積み込まれている。

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台風被害の写真  

平成3年9月に100年に一度ある程度と言われる台風が2週間の間に2つ(台風17号・19号)も大分県に被害をもたらした。人工林の約2割が根本から倒れたり、途中から折れると言った被害が発生した。この時、伐採時期を迎えたものや、日田杉資料館に展示してある巨木も被害を受けたものである。

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伐採・製材道具

昔は丸鋸が主流であった。丸鋸で製材した材は木の引き肌が細やかである。現在はエンドレスの帯鋸が主流である。

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製材と大工道具

昔は両端に人が立ち、人力で材を鋸に通して製材していた。この頃は技術を競う製材コンクールが行われていた。また、伐採用の鋸や板を引く鋸の展示も行っている。

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昭和天皇と日田杉

昭和24年6月に昭和天皇が日田に来られた時に、製材所をご視察されている。

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