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この自動織機は「カード節約装置」を搭載しており、複雑な格子柄も必要最低限の「カード」で織ることができました。四挺杼の自動織機は、ヨコ糸が装着されている「杼」を4本搭載でき、4色のヨコ糸で色鮮やかな格子柄を織り込むことができました。
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タテ糸を巻いた大量のボビンを棚にセットすることで、タテ糸の柄を順番に合わせて巻き取るための装置です。一度に約200本のボビンをセットできますが、これで巻き取れるタテ糸の幅は約5cm分にしかならないため、約120センチの布を織るためのタテ糸を準備するには、同じ作業を24回も繰り返す必要がありました。
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「綾取り」とは、タテ糸が乱れて絡まらないようにするために、糸に「綾」を作って順序を決めるもののことです。「綾取機」は、クリールから引き出されたタテ糸に綾を作りながら、効率的に整えて絡まないようにするための機械です。
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「整経機」は、タテ糸を整えるための機械ですが、タテ糸の本数や長さを整えるだけでなく、同じ密度と張力を保ちながら、所定の幅で均一に配列された糸を「ビーム」に巻き上げていくことができます。
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「ビーム」に巻き上げられたタテ糸は、絡まないようにガイドとなる「筬」(おさ)に一本ずつ通さなければなりませんが、46インチ(約120cm)幅の布を織るためには、およそ4800本のタテ糸が必要となります。この膨大な作業を効率よく行うための機械が「リーディング経通機」です。
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「管」(くだ)とは、ヨコ糸を巻いた筒状の道具のことで、これを「杼」に装着してタテ糸の間に通すことで、布を織り上げることができます。「管捲機」は、綛(かせ)と呼ばれる糸を巻いたものから管へ糸を巻きとるための機械です。
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「チーズ」という縁のない筒に巻かれた糸巻きから、綛(かせ)の状態に巻き上げるための機械です。綛は昔ながらの糸巻きで、一旦この状態にすることで、様々な機械に対応させることができるようになります。
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「ボビン巻返機」は、綛(かせ)に巻かれた糸を「ボビン」に巻き取るための機械です。「ボビン」に巻かれた糸は、タテ糸の柄に合わせて「クリール」にセットされ、ビームに巻かれてタテ糸となります。
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ジャカード機に搭載して布の柄をプログラムするための「紋紙」に穴を開ける機械です。台におかれた紋紙に自由に「穴」を開けることができ、これによって織る布の模様をプログラムすることができます。
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TMTマシナリー株式会社は合成繊維設備メーカとして、2002年に日本メーカ3社の該当部門により合弁設立された。3社の高度な巻取技術を活用し、ポリエステルやナイロンの合成繊維巻取機を開発し、ATiシリーズとして今日まで幅広い用途で活用されている。糸条巻取速度は、2,500~6,000m/minと広範囲であり、巻取軸の長さは最大1800mmまで可能で、巻取糸条は1台あたり、6~20糸条に対応できる。
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Manta シリーズは、TMTマシナリー株式会社が合成繊維用巻取機で培った高度な巻取技術を応用し、従来は1軸で行っていた巻取りを同時に2軸で巻取りし、1台あたりの糸条生産数を倍にすることを可能とした画期的な合成繊維用巻取機である。糸条巻取速度は、2,500~6,000m/minと広範囲なままで、巻取糸条は1台あたり、20~32糸条に対応できる。
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環状織機は、豊田佐吉が自動織機と共に究極の目標に定め、「動力を空費することなく、超幅広の布を、静かに製織する」ように、1906年に発明した、理想的な機構の織機です。「運動の理想は往復よりも回転の円運動である」との確証に基づき、よこ糸を挿入する杼を回転の円運動で、糸の打込みを上下揺動運動で行い、円筒状に製織する、画期的な発明で世界19カ国で特許を取得しています。展示機は1924年に製造された第4次試作機で、長時間テストを行った唯一の環状織機です。
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G型自動織機は、豊田佐吉が、環状織機とともに究極の発明目標に定め、1924年に世界で最高性能の完全なる自動織機として完成させた記念的第1号機で、日本の貴重な産業技術遺産です。このG型自動織機には、「高速運転中に少しもスピードを落とすことなく、杼を交換してよこ糸を自動的に補給する」自働杼換装置をはじめ、50余件の発明、考案にもとづく各種の自働化、保護、安全および衛生等の機構、装置を備え、世界一の性能を発揮しました。
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最も古い方式の手織機で、たて糸や綜絖を取り付ける骨組みがなく、手と腰など体を使って布を織りました。展示機は旭川でアイヌ民族がアッシ織と呼ばれる織物を織っていた道具です。
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織り手が腰帯でたて糸を張る方式の織機で、骨組みを持っています。織り手の位置は地面に近く、足の先に結んだ紐を引いて一枚の綜絖を引き上げて、たて糸を開口します。展示機は新潟県で江戸時代から越後上布を織っていた貴重なものです。
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糸繰返機は、織機にかけるたて糸を準備するための機械で、かせ糸を1本1本糸枠に巻き取ります。従来は手回しで、1本ずつに巻いていましたが、豊田佐吉は多数の糸枠を各個自在に掛け外しできるように発明し、動力で運転するようにしました。1人で同時に10数本巻き取り、生産性を画期的に向上させ、日本の織布業の発展に貢献しました。展示機は、特許明細書と写真を基に複製したものです。
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絹機として中国で始まり、後に日本へ伝わりました。木綿の需要が増えた1800年ころから綿織物用に改良され、木綿の産地に普及しました。地機に比べて高い位置で操作するためこの名称があります。展示機は愛知県内で使用されていたものです。
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1873年に西陣からの伝習生が持ち帰ったバッタン装置は、翌年の京都博覧会で紹介されると急速に普及して、1880年代には知多や三河をはじめ全国の綿産地で広く用いられるようになりました。理由は、在来の高機にフライシャットル機構を付加することによって、紐を引くだけで杼投げができるようになり生産性が格段に向上したことと、熟練が不要になったこと、また広幅の織物が容易に織れるようになったためです。展示機は愛知県内で使われていたものです。
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1892年三重県の松田繁次郎が足踏織機の特許を取得し、手を使わず足で踏木を踏む操作により、開口、よこ入れ、筬打ちの三つの運動を行わせる織機です。これは動力織機に通じるもので、特筆される発明でした。また第二次世界大戦後まで、遠州地方をはじめとする機業地の中小織布工場などで、運転費用の安い織機として使われていました。展示機は、1940年代まで遠州の浜北地方で使われていたものです。
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1873年に信濃(現在の長野県)の臥雲辰致によって発明されました。綿の塊から直接糸を紡ぐ独特のしくみを持つ紡績機で、操作中に機械が“ガラガラ”と音を出すことから、ガラ紡と呼ばれました。発明当初は手回しでした。その後、下流では舟を浮かべて川の水流で水車を回す舟紡績が、上流では谷川の水流を使って水車を回すガラ紡績が始まりました。展示機は1931年に製作され、1993年まで豊田市のガラ紡績工場で使われていたものを復元、整備したものです。
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紡錘は最も古い糸紡ぎの道具で、紡錘を回転させて、繊維を引出しながら撚りをかけ、出来上がった糸を紡錘に巻き取ります。紡錘による糸紡ぎは世界のほとんどの地域で行われており、様々な形や材料の物があります。展示品はペルーで発見された木製綿用紡錘を複製したものです。
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綿織物はインダス文明で生まれました。インドでは、当初は糸を紡錘で紡いでいましたが、やがて紡車チャルカが発明されました。チャルカがヨーロッパに伝えられたのは、14世紀ごろと言われています。
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14世紀にインドからヨーロッパに伝わった紡車は、主に羊毛を紡ぐために使われました。繊維長の長い羊毛を効率よく紡ぐために、全体に大型で「グレートホイール」と呼ばれました。
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以前の紡車は撚りかけと巻取りは別々の作業でしたが、サクソニー紡車はフライヤー機構によりこの2つの作業を同時に行えるようになりました。この機構は現在の紡機にも引き継がれています。15世紀末ごろ、ドイツのザクセン地方で亜麻用に普及したためにこの呼び名があります。
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1764年、イギリスのハーグリーブスが発明。一人で複数の紡錘を操作できるようにした機械です。ジェニー精紡機は人間が手加減しながら動かす機械で、従来の手紡ぎと同様に農家の家内工業用に普及し、多錘化により大いに生産性が上がりました。しかし、これを改良したミュールに取って代られました。また、日本には輸入されませんでした。展示機は大英科学博物館所蔵の1770年製ジェニー精紡機をイギリスで複製したものです。
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1769年イギリスのアークライトが発明。初めから水車の動力で動かす工場用の機械として設計されました。その原理は、順に回転が速くなる3組のローラによって粗糸を連続的に引き伸ばし、それをフライヤーで撚りをかけながら巻き取るものです。世界で最初に成功した連続多軸紡機です。ローラドラフトの原理と紡錘の駆動装置は、現在の精紡機に受け継がれています。展示機はイギリスマンチェスター科学産業博物館に保存されているものをベースにイギリスで複製したものです。
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1775年イギリスのアークライトは、混打綿から精紡工程までの機械化に成功しました。その中で、綿の塊をほぐし繊維の方向をそろえる工程を梳綿といい、回転するシリンダの表面に針金を植えつけ、繊維の塊から連続的に繊維をくしけずるように動力で動かすしくみになっています。展示機はイギリス大英科学博物館に保存されている1775年製のカードをイギリスで複製したものです。
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1779年イギリスのクロンプトンが発明。ミュールというのは馬とロバの合いの子という意味で、ジェニー精紡機とウォータフレーム精紡機の両方の特徴を取り入れたのでこの名があります。ごく細い糸でも紡ぐことができるようになり、19世紀初めの英国の綿紡績業で爆発的に普及しました。展示機はイギリスのブラックバーンミュージアムに保存されてるものをイギリスで複製したものです。
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絹紡紬糸紡績工程で、繊維を解きほぐし、繊維の方向をそろえて篠(太いひも状の繊維束)を作る機械で、精紡機や粗紡機の前工程の機械です。展示機は1896年イギリス、グリーンウッド社製で、1877年に絹糸を紡績する官営新町紡績所が開設され、その後民営化された三井新町紡績所に導入以降、2002年までカネボウ戸出(株)で稼動していたものです。
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1830年、ロバーツが発明。加撚と巻取りを交互に行い、品質の良い糸を紡出できる精紡機です。日本には1867年に初めて鹿児島紡績所に輸入されました。熟練と体力を要し、リング精紡機に比べ能率が劣るので、綿紡績には1890年代以降リング精紡機に移行していきました。展示機は、1925年のドイツ、ハルトマン社製の紡毛用で、起工業高校で教材としていたものです。
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機械後方のケンスより数本のスライバー(繊維篠)をドラフトローラによって引き伸し1本のスライバーにすることによって、スライバーの太さムラを少なくし、かつ、繊維の平行度を高めます。その後、スライバーはコイラーチューブを経てケンスへ収められます。展示機は1910年のイギリス、プラット社製です。
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機械後方のケンスから取り出されたスライバーは、ドラフトローラへ供給され、引き伸ばされて細くなります。細くされた繊維束は、フライヤーの回転で撚りがかけられ、粗糸になり木管に巻きとられます。展示機は1899年のイギリス、プラット社製です。
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リング精紡機は1828年アメリカで発明されました。粗糸をドラフトローラへ供給し、細く引き伸ばし、リングとトラベラによって撚りをかけ、完成した糸をボビンに巻き取ります。当初、ミュール精紡機やスロッスル精紡機が輸入されましたが、1890年代になると能率の良いリング精紡機に移行していきます。展示機は1896年のイギリス、プラット社製です。
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混打綿工程の最初の機械として使用され、大きな綿の塊を解きほぐすとともに、混綿、除塵を行う機械です。ボトムラチス上に投入された原綿は、傾斜のあるスパイクドラチス上の銅製の針で順次かき上げられ、シリンダーによって解きほぐされた後、グリッドによって夾雑物が取り除かれて、次の機械に送られます。展示機は1956年株式会社豊田自動織機製作所製のものです。
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機構はホッパーベールブレーカーと類似しており、スパイクドラチスがボトムラチス側にやや傾斜していますので、綿の塊はさらに細かく解きほぐされます。また前の機械からの供給量を調整し、次の機械からの指令を受けて運転、停止します。展示機は1956年株式会社豊田自動織機製作所製のものです。
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綿の繊維の損傷を出来るだけ少なくしながら、綿の塊をさらに細かいものとするために、回転するビーターの突起により開綿します。展示機は1956年株式会社豊田自動織機製作所製のものです。
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6個のビーターとグリッド部が主要機構です。供給された綿は、ビーターが回転するにつれて順次開綿、除塵されながら、徐々に上方にばれて、次の機械に給綿されます。展示機は1956年株式会社豊田自動織機製作所製のものです。
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ホッパーオープナーとほぼ同じ構造ですが、より大容量のホッパーを備えて、混綿効果をさらに上げる機械です。展示機は1956年株式会社豊田自動織機製作所製のものです。
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傾斜のあるラチスは、ホッパーオープナーよりさらに細かいスパイクドラチスを備えており、一層細かく開綿・混綿します。また出口部にラチスを設けて、常に一定量の綿を貯めて、過剰な綿は送り返すような機構を備えています。展示機は1956年株式会社豊田自動織機製作所製のものです。
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中打ち、仕上打ちの打綿機として使用されます。ビーターによって、開綿・除塵を行うとともに、混打綿の最終工程として厚さの均斉なラップを作る機械です。展示機は1959年株式会社豊田自動織機製作所製のものです。
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混打綿工程から供給されたシート状のラップを、針布でくしけずって繊維を平行に揃え、短い繊維や夾雑物を除去した後、薄いシート状にしたものを集めて、紐状の繊維篠にします。展示機は、プラット社製をベースに株式会社豊田自動織機製作所が開発した1951年製です。
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前の梳綿工程で作られた梳綿機スライバーの太さを一層均斉にするとともに、繊維の平行度を良くするために、6あるいは8本のスライバーを重合して、6ないし8倍に引き伸ばします。1回の処理では充分な効果が得られないので、通常は荒、中、仕上げと3回繰り返され、次の粗紡工程に供給されます。展示機は、1935年より株式会社豊田自動織機製作所が開発したものです。
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練条スライバーを引き伸ばし、フライヤーの回転によってわずかな撚りを与えた粗糸を木管に巻き取って、次の精紡工程に供給します。従来の粗紡工程は2~4工程にわたっていました。本機は、ドラフトローラを3線から4線にして、1工程のみでできるように開発され、粗紡機台数を大幅に減らしました。展示機は株式会社豊田自動織機製作所が開発した1951年製です。
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粗紡工程から供給される粗糸(繊維束)を細く引き伸ばし所要の太さにした後、撚りを掛けて木管(ボビン)に巻き取ります。展示機は1934年に製造を開始したRI型精紡機をベースに、戦後規格変更したうえ、種々の改良を加えた株式会社豊田自動織機製作所製ハイドラフト精紡機です。
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スーパーハイドラフト精紡法では、練条スライバーを直接精紡機に供給するために、仕上げ練条機として特別に開発された機械です。スライバーを収納するケンス(入れ物)を小型化するとともに、ドラフト倍率が6倍程度であったものを6.5~7倍程度に高める構造になっています。展示機は1958年に製造され、日本の紡績会社で使用されていたものを1998年に復元したものです。
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従来、粗紡機と精紡機の両方で行っていた繊維の引き伸ばし(ドラフト)を、一度で行えるようにした精紡機です。豊田喜一郎の提唱によって開発を始め1937年に完成しました。ドラフト機構を4組のローラで構成して、ドラフト倍率を従来の20~30倍に対し、一躍100倍にも高めて超ハイドラフトを実現しました。その結果、粗紡機工程を全廃し、紡績業の合理化に貢献した画期的なものです。展示機は、1941年に株式会社豊田自動織機製作所が製作して以来、稼動していたものです。
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最新の高速カードの機械構造は、基本的には、明治時代のプラット社製カードと同じだが、生産性、スライバーの品質、操作性のいずれの点でも多くの改良がなされています。高速化では、回転物を高精度に加工して、高速運転時の振動を抑え、品質向上では、長周期ムラを制御するためオートレベラ装置を装備しています。展示機は、1994年豊和工業(株)製のCM-80型です。
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豊田佐吉が1890年に発明した織機です。それまで両手で織っていたものを、片手で筬を前後させるだけで、シャットルが左右に走り、よこ糸の挿入ができるようにしたものです。バッタン高機よりも能率が4~5割上り、織物品質も向上しました。展示機は佐吉が最初に取得した特許の明細書に基づき、1986年に考証、設計、複製したものです。
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豊田佐吉が1896年に発明した、日本初の動力織機です。一人で3~4台も運転でき生産性が従来の20倍にも高まり、織物品質も飛躍的に向上しました。木鉄混製の安価で堅牢な構成とし、外国製動力織機の1/20という価格であったため、全国に広く普及して日本の綿織物業の発展に貢献しました。展示機は1899年に製作され、遠州地区で稼動していたものを1966年に収集して、完全に元の状態に復元しました。現存する日本最古の動力織機で、貴重な産業遺産です。
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豊田佐吉が厚地物も織れるように発明した画期的な「アンクル式たて糸送り出し装置」のほか「たて糸切断自働停止装置」などを装着して、三十八年式動力織機をさらに改良し、能率と織物品質の向上をはかりました。そのうえ、安価でもあったので一層の好評を得ました。展示機は1907年のカタログ、写真、特許明細書を基に考証して、複製したものです。
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