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コンパス精米装置

横型研削式精米機(RM)と横型摩擦式精米機(BS)の4台をよりコンパクトに組み合わせて2台のユニット化したハイコンパス精米装置(HCP)へと展開した。

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玄米調質装置

昭和45年(1970年)に、古米と過乾燥米の加工対策の一環として開発された。当時は火力乾燥の普及により水分13%以下の過乾燥米が多く出回っていたが、この玄米調質装置(BCS)により玄米水分を上昇させ「過乾燥米は精米時の砕米発生が多く食味が劣る」という問題を改善させた。(写真は後継機のBCS2A)

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食味計

消費者の、美味しいお米を食べたいという傾向が強まり、簡易的に米の食味を判断できる機器が必要になった。1986年に、近赤外線分光分析技術を利用し、世界に先駆けて食味計(TB)を開発した。米の美味しさによる品質管理が可能となった。

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ニューコンパス精米装置

加湿精米機能が技術的発展を遂げた堅型加湿精米機として組み込まれたニューコンパス精米装置(NCP)を昭和62年(1987年)に開発した。

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米質計

1989年に、お米の外観品質を客観的に測定する為、当時としては画期的であった画像処理と人工知能を導入した「米質計」を開発した。

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炊飯食味計

可視光および近赤外線光を用い、ご飯の外観・硬さ・粘り・バランス・食味値を測定可能とした。精米工場および炊飯工場で、官能評価の代わりに使用される。

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米粒測定器

「米質計」に高性能化・高機能化したセンサーおよびプロセッサーおよび新しい判別手法を導入した、「米粒測定器」(1995年)を開発した。現在、お米の流通過程での外観検査や品質管理に活用されている。

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米粒食味計

これまでの食味計は測定前に米を粉砕して粉にする必要があった。より簡便・迅速に米の食味を測定するため、粒で測定可能な食味計が開発された。

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無洗米処理装置

昭和64年(1989年)に、加湿精米機の原理を基本として精白米へ加水した後、短時間に除糠・除水・乾燥する湿式無洗米処理装置(JF、SJR)を開発した。これらにより「炊飯の簡便化・利便化」な米商品の提供が可能となった。(写真は後継機のSJR2A)

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生籾食味計

生籾の状態で米のタンパク質・水分を測定可能とした。カントリーエレベーター・ライスセンター等の共乾施設で荷受け時のタンパク仕分けに使用される。

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無洗米処理装置

平成12年(2000年)に、タピオカを熱付着材として使用する特殊無洗米処理装置(NTWP)を開発した。これらにより「炊飯の簡便化・利便化」な米商品の提供が可能となった。

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タテ型摩擦式精米機

玄米を上から下に自然流下させながら精白する、我が国初のタテ型摩擦式精米機。タテに流れる構造のため、米粒が停滞せず局部的な圧力発生のムラが無いので、砕粒の発生が少なく、また搗精ムラも生じない。加えて、精白室の全周・全工程にわたって安定した均一な圧力がかかり、相互摩擦が理想的に行われることにより、精白歩留りが一段と高い精米を可能にした。

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スミボロン

住友電気工業は独自の製法で立方晶窒化ホウ素焼結体「スミボロンBN200」を開発、これを用いた切削工具を1977年に販売開始した。従来不可能とされていたHRC60程度の高硬度焼入鋼の切削が、スミボロンBN200によって初めて可能になった。これを契機に焼入鋼加工は研削から、高能率な切削に切り替わり、加工プロセスを工作機械と共に一変させる革新となった。

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スミクリスタル

住友電気工業は大型単結晶ダイヤモンドの量産技術を1982年までに確立。同年には1.2カラットの単結晶の合成に成功し、人工合成で得られた最大サイズの単結晶ダイヤモンドとして、当時のギネスブックに登録された。

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ブリリアンカットのダイヤモンドバイト

精密加工には必須となっていたダイヤモンドは、太平洋戦争当時入手困難となり、昭和19年に民間から宝飾品の買い上げに続き、20年には皇室からもダイヤモンドの下げ渡しが実施された。写真のダイヤモンドバイトには、国旗と、ダイヤモンドのカラット数が刻印されている。シャンクとの接合面には見事なブリリアンカットが観察される。このバイトは戦闘機のアルミ製シリンダーの加工に用いられたものと考えられる。

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磁気ディスク加工用端面ミラクルバイト

現在では小型PCや音楽プレーヤーにまで搭載されているハードディスクは、1970年代当時は磁気ディスクと呼ばれ、直径300mmと大きく、要求される表面粗さは当時のラップ、ポリシング技術では達成不可能な領域であった。磁気ディスク基板の加工には、特殊な刃先形状の端面ミラクルバイトが用いられ、加工精度の向上と共に、小径化し3.5インチサイズに到達するまでの間、1978年〜90年代まで利用された。

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ビデオシリンダーヘッド加工用ミラクルバイト

1980年代、家庭用ビデオデッキが量産化される際に用いられたダイヤモンド切削工具。磁気ヘッドが取り付けられるシリンダーは高速回転する為、ビデオテープと摩擦することからキズが無く、平滑な表面が要求される。当時は切削性と表面粗さが良好なアルミ材料が次々に開発され、量産化にこぎ着けた。これに用いられた単結晶ダイヤモンド切削工具は「ミラクルバイト」として脚光を浴びた。

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TWシステム ATシリーズ/後打ち溶接工法 保温・保冷・断熱・消音工事用

従来の断熱材施工の劇的な変化に大きな役割。後打ち溶接でありながらほぼ100%の確実な溶接。超小型・コンパクト設計。独自の安全装置を内蔵した危険の少ない設計。スイッチを入れるだけの簡単な操作。電源電圧の変動にも影響されない。

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牛毛フェルト切断包丁

昭和20年頃の保温・防露工事において、保温材の主流は牛毛フェルトであり、シート状の規格品を配管サイズによって裁断する際に使用していた工具。牛毛フェルトの使用が無くなった現在は、使われなくなっております。

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ゾノトライト合成に用いた反応釜

本装置は、ゾノトライト系けい酸カルシウム断熱材の人造合成に世界で初めて成功した実験用オートクレーブである。ゾノトライト系けい酸カルシウム断熱材の人造合成技術は、その後耐火被覆板、保温材の開発へとつながり、国内はもとより欧米の建材メーカーへ技術供与を行った実績がある。

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ダイパライト カタログ

我が国初のゾノトライト系けい酸カルシウム保温材(JIS A 9510 1号品)である「ダイパライト」のカタログである。この製品は、最高使用温度1000℃の無機多孔質保温材で、発電所や石油化学プラントの機器・配管の保温材として、今日広く用いられている。この技術は、日本が世界で初めて発明したもので、国内はもとより米国メーカーへも技術供与を行った実績がある。

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ゾノトライト系けい酸カルシウム保温材 ダイパライト

我が国初のゾノトライト系けい酸カルシウム保温材(JIS A 9510 1号品)である「ダイパライト」の製品サンプルである。この製品は、最高使用温度1000℃の無機多孔質保温材で、発電所や石油化学プラントの機器・配管の保温材として、今日広く用いられている。この技術は、日本が世界で初めて発明したもので、国内はもとより米国メーカーへも技術供与を行った実績がある。

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織り金網

織り金網は織機を用いて、たて線とよこ線を交差させて製造する金網です。この金属線を材料とした織り金網が初めて作り出した時期は、伸線技術が大幅に進歩して銅線、真鍮線、鉄線などの材料が豊富に供給され出した頃であり、その生産方法は着物生地を作り出す機(はた)織りと同じ設備、同じ要領であります。織り金網が一般的に普及し始めたのは大正初期に国産機が開発されて織り金網の生産が軌道にのりだした時期からである。

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きっ甲金網

きっ甲金網は金網の中でも最も古い歴史をもち、一般にも広く親しまれている金網です。きっ甲金網の製法は、隣接する線をねじり合せて網目を六角形、即ちきっ甲状に形作ったものである。きっ甲金網が一般に普及し始めたのは伸線技術の著しい進展によって銅線、真鍮線、鉄線などの材料が豊富に供給され出した頃、きっ甲金網が本格的に生産され、製品が一般に利用され出したのは大正初期に国産機が開発された時期からである。

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ケイカルエース・スーパーシリカ

昭和27年頃に市販された「けい酸カルシウム保温材」は、その優れた断熱性能が高度成長期の熱利用産業界の要求に合致し、飛躍的に需要が拡大した。当時の製品は密度が220kg/m3で耐熱温度は650℃程度だが、その後、軽量化や放散熱量抑制に向けての技術革新が図られ、現在は密度が150kg/m3以下で、1000℃の高熱にも耐える世界でも類を見ない「超軽量けい酸カルシウム保温材」が主流となっている。

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硅藻土保温材と保温工事の實際に就いて

保温工事に関する資料(1939年発行)

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丸鏝

配管綿布仕上エルボ継手フィニッシングセメントの整形に使用していました。

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菊座折り機

ヤットコの冶具よりも早く体裁よく加工、考案し使用していました。

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日東電工 ブラックテープ用試作機(練ロール機)

日東電工は、第二次世界大戦が終わった直後の1945年秋、電線接続部絶縁用のブラックテープ(フリクションテープ)を生産することにしました。生産に備え、焼夷弾攻撃で消失した関西の電力会社から、ゴム加工設備一式を買い受けました。錆ついた設備を分解・手入れをして、組み立てし、塗装をしました。いずれも昭和10〜13年の国産機でした。

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日東電工 第1号 粘着テープ「ブラックテープ」

我が国における工業用粘着テープの元祖とも言われるテープの1つです。電線が発明されて間もなく登場した絶縁テープで、カレンダーロールを用い綿布などにゴム混和物を摺り込み、さらに片面にゴム系粘着剤を設けたものです。明治末期には数社が国産化しましたが、品質面で課題が多く、当社では1946年12月に製造を開始しました。

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日東テキスト「第1号 ブラックテープ製造方法」「テキスト 第5号」

「日東テキスト第1号 ブラックテープ製造方法」昭和22年5月に当時の工場長;皆川(後の社長)が、まとめたものです。日東テープの創世記の資料として現存する数少ないものです。「日東テキスト 第5号」昭和40年代に豊橋事業所の主力製品についてまとめたものです。ブラックテープ、模写フィルム等すでに生産を終えたものがあるが、豊橋事業所の基礎を作った技術のテキストとして貴重なものです。

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日東電工 ブラックテープ用ラベル

昭和37年以降に日東電工で生産された輸出用ブラックテープ用のラベルです。昔の輸出は重量取引で8oz、4oz、2oz、1ozの製品が多かったのです。豊橋工場の輸出では、ユーザー指定ラベルが多く、このラベルは長さ表示で20m、15m、10m、5mとなっています

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ヴイリング、発電機ほか(製品用途例の8枚写真)

ヴイリング、発電機ほか(製品用途例の8枚写真)・昭和27年頃の製品用途例の写真です。

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マイカテープの試験

マイカテープの試験・マイカ製品は国鉄にかなり納入していました。又マイカ製品は重要な部分に使用される為、定期的に国鉄監督官が出張して来て試験をしていました。

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化学試験室

化学試験室・マイカ製品の開発には樹脂の選定が重要です。その化学試験室の写真です。

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貼作業の一部

貼作業の一部・はがしマイカ製品の製造工程の写真です。現在ははがしマイカ製品は機械で製造する集成マイカ製品にほとんど置き換わりました。したがって、このような貼作業の光景は見られなくなりました。

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電圧試験室

電圧試験室・破壊電圧を測定する機器が写っています。50kV及び25kV迄、試験ができる装置です。

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液状酸無水物系エポキシ硬化剤、その関連運転記録

世界ではじめてメチルテトラヒドロ無水フタル酸の液状化に成功した酸無水物系エポキシ硬化剤、その関連運転記録。酸無水物硬化剤を配合したエポキシ樹脂組成物は、電気絶縁用塗料として、発電機、回転機などに広く使われているが、従来の酸無水物硬化剤は常温で固体のものが多く、液状化を実現したことにより、加熱溶解作業が不要となったり、硬化条件の選択幅が広くなるなど作業性の改善を図ることができた。

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液状酸無水物系エポキシ硬化剤、その関連研究報告

世界ではじめてメチルテトラヒドロ無水フタル酸の液状化に成功した酸無水物系エポキシ硬化剤、その関連研究報告。酸無水物硬化剤を配合したエポキシ樹脂組成物は、電気絶縁用塗料として、発電機、回転機などに広く使われているが、従来の酸無水物硬化剤は常温で固体のものが多く、液状化を実現したことにより、加熱溶解作業が不要となったり、硬化条件の選択幅が広くなるなど作業性の改善を図ることができた。

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液状酸無水物系エポキシ硬化剤、その関連設計図

世界ではじめてメチルテトラヒドロ無水フタル酸の液状化に成功した酸無水物系エポキシ硬化剤、その関連設計図。酸無水物硬化剤を配合したエポキシ樹脂組成物は、電気絶縁用塗料として、発電機、回転機などに広く使われているが、従来の酸無水物硬化剤は常温で固体のものが多く、液状化を実現したことにより、加熱溶解作業が不要となったり、硬化条件の選択幅が広くなるなど作業性の改善を図ることができた。

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液状酸無水物系エポキシ硬化剤製造設備

世界ではじめてメチルテトラヒドロ無水フタル酸の液状化に成功した酸無水物系エポキシ硬化剤製造設備。酸無水物硬化剤を配合したエポキシ樹脂組成物は、電気絶縁用塗料として、発電機、回転機などに広く使われているが、従来の酸無水物硬化剤は常温で固体のものが多く、液状化を実現したことにより、加熱溶解作業が不要となったり、硬化条件の選択幅が広くなるなど作業性の改善を図ることができた。

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高圧絶縁線の国産品発展の背景

大正2年11月6日に記された「電業世界」の冊子の原稿。大正初期に、各電気業者が高圧絶縁線の市場争奪戦を繰り広げた。米国・英国・独国・伊太利等からの輸入販売により激烈な競争をしていたが、政府が工業化推進の為に輸入関税を大幅に引き下げ、国産メーカーの発展を促した。「電業世界」にはその発展の様子が記されている。

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ワニス性能比較レポート

昭和3年5月に記された、菅原電気製作所研究部、久田清氏による黄色絶縁加熱乾燥性ワニスについて自社製品と他社製品の性能比較とその試験結果をまとめたレポートである。

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全国産業市展示写真

1929年(昭和4年)に世界恐慌が起き、昭和4年後半より昭和5年前半に輸出が著しく減少した。産業界刺激策として、商工省は内外優良品対比展を計画(全国産業市)。本資料は自社製品と一部輸入品を出品した展示写真である。

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ワニスクロステストレポート(輸出用)

1930年(昭和5年)頃の絶縁材料の主要製品であるワニスクロス等の輸出品の英文テストレポートである。

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積層板製造設備

積層絶縁板に用いられる人造絹糸「スピーニングポット」製造機、付帯設備導入の設備一覧及び、原材料メーカー、人員、市場価格等を記した1931年(昭和6年)の計画書である。

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昭和7年頃の試験設備

昭和7年頃の絶縁材料用、品質試験機及び促進試験機の写真である。マイカリノテープ・ワニスクロス・ワニスチューブ等に用いられていた。

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大正時代の在庫月報

大正8年頃~大正15年頃の商取引に用いられた、貴重な資料である。絶縁材料他、取り扱い製品の在庫量及び価格を掲載した月刊誌として、全国の得意先に配布、手紙・電報等で受注していた。現在の「カタログ通信販売」の先駆け的存在であった。

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会社案内と製品カタログ(輸出用)

1934年(昭和9年)に、ワニスクロス・リノテープ・ワニスチューブ・マイカ製品の海外向けに、英文カタログを作成、輸出を開始した。

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昭和12年~14年 乾性植物油実績

昭和15年の、原材料割当を査定する基礎資料として、組合員の実績(昭和12年~14年の3年間)を、電気新聞・事業開発室が調査した資料である。

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