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1957年、粉体工学の揺籃期に創刊された「粉体技術」の專門技術雑誌で、以来毎年無償で発刊・配付され、今日に至っている。粉体に関する時代時代の最先端の優れた論文を集めた技術雑誌で、わが国の粉体技術・粉体工学の進歩を映している。また、1983年には海外の研究者からの要望もあり、英文学術論文集『粉KONA』が併せて発行され、世界の粉体工学の発展に貢献し続けている。
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振動発生装置:商品名「ユーラスバイブレータ」 ユーラスバイブレータは電動回転式の高性能振動発生装置です。その強力で安定した振動は各種産業分野のホッパ、シュート、フィーダ、スクリーン、コンベヤ、充填機、バレル研磨機等の幅広い用途に使用され、好評を得ています。;納入実積はすでに90万台を超え、広く海外にも進出し威力を発揮しています。
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業界初の電気方式の排煙設備用手動開放装置として1985年に製造開始。従来のワイヤー方式に比べ施工性や操作性が飛躍的に向上し、ワイヤー錆付による不作動の問題も解消。意匠面でも一般的な壁スイッチとの相性が良く、建物オーナーから設備業者まで好評を得、業界のスタンダード製品となる。電気方式では日本で初めて防災性能評定を取得。
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熱感知部に形状記憶合金製のコイルバネを採用した防火ダンパー用温度ヒューズ。従来のハンダ式ヒューズに比べて誤作動や不作動がなく、作動性、熱応答性が向上。また鉛フリーを実現し、環境にも優しい製品である。防火ダンパー防災性能評定取得済。1990年製造開始。
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第二次世界大戦終了時点で、戦災を受けていない黒色火薬製造設備は、旧陸軍岩鼻火薬作業所にあった設備のみであった。この設備をカヤク・ジャパン株式会社の前身である日本化薬株式会社が払い下げを受け、現在に至るまで、黒色火薬の製造を行っている。現在では、日本国内唯一の製造設備である。
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起爆薬「雷汞」の化成・洗浄・分離容器として用いられ、直立ノズルから原料を仕込み、反応中はノズル先を真空ラインに接続した上で、セパレーターで気液分離、陶器製の目皿で排ガスを洗浄した。工業材料的にはステンレスの前時代に当り、また起爆薬に関してはDDNP(ジアゾジニトロフェノール)の前時代に当る。
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この装置は、従来、手作業で行われてきたNG運搬・配合・膠化・捏和の各作業と、それらの工室間の運搬作業を連続化・機械化したものである。特徴は、遠隔操作の採用により爆発の際の人的被害を皆無にし、ニトログリコールによる薬害の解消、また省力化を可能にした世界で始めての技術であり、高く評価されている。1964年1月、旭化成工業(株)火薬工場にて開発に着手。1965年9月、1号試作機完成。1968年4月より本格的な操業開始。
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爆粉連続一貫製造装置は、電気雷管などに使用する起爆薬(爆粉)の製造方法を手作業による製造から連続の一貫製造方式に変えた画期的なもので、安全、コストの低減、製品の均一化などに大きく貢献した世界に誇る装置である。起爆薬の製造は、混和、造粒、乾燥、取出しの各工程毎に分離された手作業であったが、本装置は熱風と振動コンベアによる乾燥の自動化技術を取り入れるなど、4工程の作業を連続一貫して行う。
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かん着済脚線を自動かん着機から受領し、膠着工室内で膠着を受け、屋外のフード内で熱風で乾燥され、必要時には途中の被膜室で点火玉に被膜を行うための搬送装置。
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原管補給箱に少数単位で補給された5列の原管と本機の装着位置で人手によって取り付けられた横5列脚線を横5列の横型コレットの両口で正対させて、脚線の点火玉を先に管内に挿入、塞栓部で双方を圧搾して結合する装置。
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基本設備はスウェーデン、ケマチュール社より技術導入された。作業者と爆薬の間を強固な隔壁で分け、プラントの随所に異常検知センサーを設けている。異常レベルに応じて、アラーム表示、インターロック、緊急注水が作動、安全サイドに処置が行われるしくみになっている。安全操業を最優先とした設備である。
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カーリット爆薬の混和に使用した混合機。内面には金銅・砲金の軟質金属を用いて2個の攪拌翼を外側から内側に回転させることにより、混和薬が混和機の中央から盛り上がるような攪拌を行う。不必要な力をかけずに、粉体を均一に混合できることを特徴とする。
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昭和39年以前、当社では膠質ダイナマイトは手巻き包装であり、かなりの人手を要していた。当時、ダイナマイト製造会社では膠質ダイナマイト自動包装機を導入し、省力化を図っていた。この装置の導入により飛躍的に生産性が向上し、更に作業者の労働負荷及び作業環境が改善された。
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ビックフォード導火線の含薬部分を担う製造機で芯糸に綿糸3本を使用してホッパー内の黒色火薬を下部にある薬臼に入れる、第一被覆は麻糸14本を使用して薬臼から出た火薬を包み込む、第二被覆にスフ糸6本を使用する、通称は導火線含薬機。
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ユニバーサル式導火線製造機で芯糸に綿糸3本、第一被覆に紙テープ2枚(8mm)第二被覆にスフ糸3本ずつをあや織りで使用する縦型がん具みちび含薬機で、本機械は芯糸3本を使用して火薬ホッパー内の黒色火薬を下部にあるロ斗口に入れる、第一被覆は紙テープ2枚(8mm)を使用して薬臼から出た火薬を包み込む、第二被覆にスフ糸3~5本ずつをあや織りで使用する。
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ユニバーサル式導火線製造機で芯糸に綿糸2本、第一被覆に紙テープ(12mmと8mm)第二被覆にスフ糸5本ずつをあや織りで使用する横型がん具みちび含薬機で、本機械は黒色火薬供給部分をオートフィーダー式(自動給薬機)として縦型含薬機に対して生産性の向上を図った。オートフィーダーより定量の火薬を紙テープ上に落下させラッパ上ノズルを通して包み込み第二被覆にスフ糸3~5本ずつをあや織りで使用する。
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競技用紙雷管は手作業での生産(点薬→乾燥→上張り→乾燥→防水塗装→乾燥→仕上げ)を行っていたが競技用紙雷管一貫製造機械の導入により作業の安全化(工程中の仕掛品等の中間製品の停滞を生じないで完成となる)を図るとともに、製品品質の均一安定化が得られ、又、大幅に生産性の向上が計られた。
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当社設立者の由良浅次郎は、大正3年11月ベンゼン、アニリン、フェノールの開発に日本で最初に成功し、本邦染料業界へ合成染料製造の国産化の端緒を開いた。YSK(当時由良染料)は、フェノールを原料とした主力爆薬であるピクリン酸(下瀬火薬)を海軍艦政本部の要請により全能力で供給した。写真は、大正14年1月、海軍次官室にて由良浅次郎(右)が山本五十六海軍次官へ艦上戦闘機21機の献納録を渡し顕彰を受けた時のものである。
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国産初の自動車排気ガス浄化用粒状酸化触媒。粒状のアルミナ担体とそこに付着した微細な貴金属で構成される。活性成分である貴金属が、排気ガス中の炭化水素や一酸化炭素の酸化反応を促進させ、無害な二酸化炭素や水に変換する。
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1978年(昭和53年)日本で窒素酸化物(NOx)の規制を強化した新たな排出ガス規制に対応するため、これまでの酸化触媒から未燃炭化水素、一酸化炭素、窒素酸化物を同時に酸化・還元処理する3way触媒が必要となった。また、排出ガスの圧力損失を低減させるため、触媒形状の主流が粒状アルミナからコージェライト製モノリス(一体成形)型へ移行した。
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これまで自動車排出ガス浄化用触媒にはコージェライト製モノリス(一体成形)担体が使用されていたが、高出力自動車での低圧損化や搭載性向上、また担体の熱容量を下げることで触媒を早期に暖め、活性化させる狙いで金属製のモノリス担体が実用化された。この技術は二輪車にも展開された。
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堺には、明治期に煉瓦工場があったため煉瓦造建築が数多く建設された。その後戦災でいくつかは焼け残り戦後も使用されていたが、南海本線堺駅周辺で現存するのは、弊社の建物だけである。この建物内では、現在も弊社の製品が製造されており、大阪府内に現存する最大規模の煉瓦造として文化的にも価値が高い近代建築と評価されている。
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本触媒は東京工業試験所(当時)で開発され、昭和8年(1933年)に、高圧法メタノール合成触媒として当時のクロード式窒素工業株式会社彦島工場にて日本で初めて工業的に製造された。高圧法メタノール合成プロセスは消滅したが、この触媒(亜鉛クロム系、当社名称KMA)は現在もメタノール分解触媒、或いはメタノール改質触媒として製造され、ガス製造用に使用されている。
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FCC触媒を国産化する際のFCC触媒製造工程で使用した遠心分離機。当時国産で信頼できる製作者がいなかったため、米U.O.P社の推薦により、スウェーデンドラバル社製遠心分離機を導入した。当時、海外既存FCC触媒メーカーは調合槽スラリーを回転ろ過機で濃縮洗浄していたが、米U.O.P社は遠心分離機を採用した。これは、他社特許に抵触しない、建設費を節約可能な方法であった。
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昭和33年(1958年)全く輸入に頼っていたFCC触媒を国産化するために、日本揮発油株式会社(現日揮株式会社)と旭硝子株式会社の合弁企業として発足した、触媒化成工業株式会社(現日揮触媒化成株式会社)のスプレードライヤー第一号機。Bowen型で、設置時本邦最大と言われた大型スプレードライヤー。
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粉状の触媒をスプレードライヤーで乾燥成型(平均60ミクロンに粉体化)した製品をそのままエアーリフトで貯蔵するためのもので、1基で150トン貯蔵できる。出荷時はサイロの下から抜き出してドラム缶やタンクローリーにつめて出荷していた。FCC触媒は国内で唯一生産していたためこのようなサイロで貯蔵。年間3,000トンの生産でお客様の使用量と保管設備に合わせて出荷する姿が決まるまでこのサイロに貯蔵していた。
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昭和33年(1958年)全く輸入に頼っていたFCC触媒を国産化するために、日本揮発油株式会社(現日揮株式会社)と旭硝子株式会社の合弁企業として発足した、触媒化成工業株式会社(現日揮触媒化成株式会社)のオリバーフィルター第一号機。当初は輸入予定の設備であったが、Dollar Oliver Co.より図面を輸入、国内業者(三機工業)で製作。
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「Sohio触媒製造に使用されたSwenson型スプレードライヤー」は低粘度のスラーリーから耐摩耗性の高い粉体を作るのに適したスプレードライヤー
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日揮触媒化成(株)(旧触媒化成工業)は親会社の日揮(株)(旧日本揮発油)から米国UOP社のライセンスを受け1960年国内初のFCC触媒を製造販売開始、この資料は1969年に改良されたシリカアルミナ(LA、HA系)FCC触媒と初めてゼオライトを使ったFCCゼオライト触媒(SZ−C、SZ−H)で当時の触媒物性などがわかる。シリカアルミナ(LA、HA系)FCC触媒は今も異性化触媒など、固体酸触媒として製造販売中。
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CSR−2は水素化処理で発生する硫化水素から硫黄を回収する硫黄回収装置(クラウスプロセス)に使われる触媒で1972年に初めて国産化されたCSR−1の改良品、1974年から製造販売を開始、国内シェアーは最高時70%を越えた。その後CSR−3、CSR−7と新製品を出す基となった。この資料は当時の納入実績やCSR−2の一般特性、クラウス反応、硫黄回収装置の運転操作、触媒の取扱、クラウス触媒に関する情報が満載である。
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金属熱処理用雰囲気ガス製造に関する技術資料。アンモニア分解触媒(N−134等)に関する試験結果も記載されている。これらの触媒は酸化ニッケルを主成分とした成形品を高温で焼成したもので、アンモニア分解に適す。触媒寿命はほとんど半永久的。特に耐熱性および耐破壊性に考慮が払われている。このアンモニア分解触媒で分解されたガスは高炭素鋼、高クロム鋼の光輝焼鈍雰囲気用、熔接用、冶金用ガスとして使用されています。大河内記念生産賞を受賞。
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1996年にロンドン条約で産業廃棄物の海洋投入処分が禁止され、導入したのが高温酸化反応設備(液中燃焼とフィルム燃焼熱を利用した濃縮のシステム特許)で、高BOD廃液を高温酸化処理し無害化する処理設備である。無機物は酸化固定しリサイクルされ、有機物は熱分解され無害化される。排ガスは液中燃焼の為100℃以下に急冷却し有害なダイオキシンの再発生を防止し、排ガス処理設備を介して水蒸気として大気放出される。
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本資料は日本のガソリン増産触媒(FCC触媒)製造の国産化の準備、触媒化成工業設立、国産FCC触媒の昭和35年当時供給先、数量等貴重な資料である。また、FCC触媒の技術導入、FCCゼオライト触媒(流動接触分解用ゼオライト触媒)の開発等当時の製造設備、研究設備等も記載されている。FCCは粉状の触媒を流動化して反応させるが、この技術が石油化学の合成触媒にも利用され、触媒専業企業の技術展開も面白い。
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FCC装置による残油処理では、原料油中の高沸点炭化水素の割合が増加すると共に、重金属等の不純物の割合が増す為、プロセスのみならず触媒に対しても高度化した性能改良が要求されている。残油処理用RFCC触媒の開発及び工業化する上での重金属沈着機構や触媒劣化機構を解明し、耐メタル性改良に対する金属酸化物添加の有用性を見出し、耐メタル性が改良されたRFCC触媒への貢献で、石油学会論文賞を受賞。
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海外のライセンス供与触媒の製造とその品質管理のために昭和48年に導入された、当時の日本でも数少ない窒素吸着法による触媒製品の細孔分布測定装置である。これらの装置から相対圧と吸着量のデータが得られたが、解析装置を伴わないため、触媒の細孔分布の解析は別に行う必要があった。
写真は、測定装置及び触媒の細孔分布測定値の再現性調査に関わる報告書(昭和51年)。
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本装置は、留出油(灯油、軽油、減圧軽油等)を処理する水素化処理触媒(主としてライセンス供与の触媒)の性能評価に際して重要な役割を果たした。本装置は親会社の評価装置を参考に製作されたもので、温度管理を除いて圧力調整や原料油の流量管理は手動で行われていた。
写真は左上から時計回りに、高圧水素ガス導入用のコンプレッサー、試験装置全体、試験装置の模式図、当該装置を用いた灯油の水素化処理試験に関する報告書(昭和56年)。
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昭和36年頃の旭化成の川崎製造所における工事中のスナップ写真とそれらを収納したアルバム。川崎製造所では32年よりポリスチレン樹脂の生産がスタート。
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精米や精麦などの粒状のものの白度測定を目的として開発されたものであり、主として精米の白度測定に使用された。精米専用の白度測定器としては本邦初と思われる。米の白度は米品質の重要な要素となっており、現在はデジタル表示型の測定器が広く使用されている。C−3型の測定原理は積分球による反射光測定である。
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横型研削式精米機(RM)と横型摩擦式精米機(BS)を複数台連座したコンパス精米機(CP)は、昭和36年(1961年)当時としては全く新しい構想の精米装置であった。
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昭和54年(1979年)に、過乾燥白米の浸漬時の水中亀裂を減少させて食味を改善し、さらに精白米の水分上昇による歩留向上を目的に開発された(写真は後継機のLM9000)。この白米調質装置(LM)が開発されたことで、精米の前処理にはプレコンディショナー(BCS)、精米装置にはニューコンパス精米装置(NCP)、後処理には白米調質装置で構成される理想的な精米システムが完成した。
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光沢米の研米加工が可能で商品価値が上がるため、米の消費拡大を目的に昭和50年(1975年)に開発された加湿精米機の後継機。その後も加湿精米機は開発が展開され、日本の短粒種のみならず世界の長粒種を精米する業界に普及し現在も続いている。
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