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オムツ離れをした幼児向けのおねしょ用紙オムツとして市場に導入。紙でありながら、布に近い感触を実現することによって自立心の芽生えた子供にも抵抗感なく使用してもらえる商品としておねしょ用というカテゴリーを形成する。
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世界初の子供用パンツタイプのオムツを市場に導入。立ち歩く赤ちゃんを寝かせて交換するのではなく、立ったまま交換できるようにし、利便性の向上を図る。このパンツ型オムツにより紙オムツの普及率は飛躍的に高まり、紙おむつ市場が拡大した。
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来るべき日本の高齢化社会に向け、ベビー用紙オムツのパンツ技術を応用した『ライフリーリハビリ用パンツ』を発売。“寝たきりゼロを目指して”というキャッチフレーズで、本人が自分ではき替えることを促す。寝たきりの人を増やさないという国の介護方針とも合致し、一挙に介護の常識を変えた。
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1978年、不織布を用い衛生面に配慮した筒型容器(一枚ずつ連続して取り出しが可能)のウエットティッシュを発売し、大人気となった。日本におけるウエットティッシュ普及の先駆けとなり、市場形成に大きく貢献した。現在は用途や機能性も多岐にわたった、様々な商品が各社から販売されている。
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お産パッドとは、産後用に脱脂綿、吸水紙、防水紙をガーゼで巻いたものです。発売当時の昭和30年代には、妊婦さんが持参した脱脂綿などを使い、看護師が手作業で作っており、数が多いと指にタコができるほどの負担でした。その負担を大きく軽減したことから、短期間で多くの病院に広がっていきました。
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金属製の副木をソフトなウレタンスポンジで覆い、肌に触れる面に綿パイルを施した副木です。昭和30年代の副木はクッション性が低く、骨折患者が痛みを訴えることも多かったため、医師の発案をもとに開発されました。患部にやさしくフィットし、発汗やカブレによる不快感を軽減するように工夫されています。
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1962年(昭和37年)当時、産婦人科では出産後の陰部清拭に、カットした脱脂綿をホウ酸水に浸したものが使われていましたが、看護師が仕事の合間に作る手間のかかる作業でした。それを改善するために開発されたのが、1回分をアルミフィルムで個包装した「クリーンコットン」です。のちに目まわり専用の「アイシリーズ」も発売され、現在も全国の医療機関で広く使用されているロングセラー製品です。
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1964年に当社は、お産用パッドやT字帯、腹帯、臍帯箱、清浄綿などをまとめた「お産セット」を発売しました。産婦人科では物品準備が後回しになりがちなため、セット化は大変重宝されました。包装は箱から紙袋、さらに退院時に使えるビニールバッグへと改良して好評を得ました。全国の産科施設やママに支持され、現在では全国シェアNo.1(自社調べ)を獲得しています。
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医療機関で長年使われてきたステンレス製万能缶に着目し、操作性を高めたディスポーザブルの蓋付きカップ綿球として開発されました。発売当時は院内感染が社会問題となっており、その対策商品として多くの病院で採用が進みました。「ジャパンパッケージングコンペティション」や「2002日本パッケージングコンテスト グッドパッケージング賞」を受賞しています。
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1956年製のカード機です。カード機とは、脱脂綿製造設備の一部で、綿の繊維をすきほぐし、一定方向にそろえ、かつ短繊維や混在物を除去する機械です。当社では1962年(昭和37年)5月に群馬県伊勢崎市(当時の佐波郡境町)に群馬工場を設立し、原材料から最終製品まで一貫した脱脂綿製造設備を配置しました。当時は39台のカード機が稼働しており、このカード機はその中の一台です。
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1985年製の力織機【シャトル織機】(以下、織機)です。織機とは、杼(シャトル)と呼ばれる横糸を取り付けた装置が左右に往復しながら織り込んでいき、既定の幅で横糸が折り返す、ガーゼを織るための機械です。当社では1964年(昭和39年)夏以降、群馬県伊勢崎市(当時の佐波郡境町)の群馬工場にてガーゼ製造設備を設置し、生産しておりました。当時は850台の織機が稼働しており、この織機はその中の一台です。
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プラスチックアプリケーターで初のコンパクトタイプのタンポンを市場に導入。女性の社会進出にあわせて外出先での交換ニーズにこたえて、使用前は折りたたまれてるアプリケーター構造により持ち運び時の携帯性を実現し、タンポンの普及に貢献。
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さわやかライナーは、ごく軽い尿もれへの抵抗感を解消した画期的な製品です。わずか2mmの超薄吸収体とハイスピードポリマーが、つけている感じがしない快適さと瞬間吸収を実現。気軽に買える革新的なライナーとして、ごく軽い尿もれの悩みを解放しました。
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ユニ・チャーム株式会社が初めて一般顧客向けに販売したマスク。当時花粉症発症者が急増する環境下で、顔とマスクの境界にできるすき間を減らすことで花粉やウィルス飛沫がマスク内へ侵入することを防ぐ狙いを持った商品。立体形状をしているので、口元の空間が確保され、快適性も高い評価を得た。
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ユニ・チャーム株式会社が2011年に発売したプリーツタイプのマスクであって、以下の特徴を有する。① 伸縮する肌触りの良い不織布でできた幅広の耳材なので耳にかかる負担を減らす。② すき間ができやすい頬の部分に耳材と一体化されたカバー材があり、花粉やウィルス飛沫の侵入を抑制する。
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コロナ禍でマスク着用が義務付けられた際に、顔の表情が見えないことによるコミュニケーションロスを防ぐ目的で市販化されたマスク。聴覚障碍者、TV関連、教育関連従事者の方々にお使いいただいた。顔を覆い隠す面積を最小化しながらも、顔とのすき間を減らす構造であり、ウィルス飛沫等の侵入を抑制する。
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戦後の衛生教育と共に全国で普及していた学校給食には運動帽子や三角巾とマスクが使用されたこともあり、小中学校近くの文具雑貨店や駄菓子屋でも販売されていました。1968年の『香港かぜ』流行後には、教育現場で咳エチケットの啓発活動もありマスク使用の抵抗感はありませんでした。学童用マスクは大人用よりも薄くして息がし易くなっています。小売価格30円は高く、洗濯して繰り返し使いました。
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戦前のマスクは、織布の縫製品で主にホコリ除けに利用されていました。戦後、マスクの布生地は白い晒しの清潔感と高い吸湿性のあるガーゼ生地になり、耳掛け部分は紐から糸で被覆した平ゴムを使っています。横井定雄商店(当時)は、1960年代にはガーゼマスクを量産し、薬局ではなく日用品として販売しました。缶入りの大人用マスクセットで、1枚60円~100円の価格は高級品でした。
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四角い平面ガーゼマスクは鼻と口を覆い、頬と顎の形が分かるコンパクトなサイズであるが故に、違和感が無く、1970年代からはガーゼマスク使用量が徐々に増えました。本体カーゼは織目の細かいものになり、耳掛け部分には細いゴムをソフトで伸縮性のあるウーリー糸で編み込んだ非常に柔らかいマスク専用のゴムを使用しています。長時間連続使用でも耳への負担を軽減することができました。小売価格は100円~150円です。
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戦後、大量に植林されたスギは、花粉飛散が始まる樹齢になり、1980年代にはスギ花粉症が問題になってきました。また、同時期の春先に発生するスパイクタイヤによる粉塵対策も求められるようになってきた。横井定株式会社は不織布フィルターが内蔵されたガーゼマスクを発売した。これによりマスクの使用時期は冬だけでなく春季まで延びた。
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1995年1月の阪神淡路大震災はマスクにとって転機となりました。ほぼ医療関係者や食品工場などで使われていた不織布プリーツマスクと産業用のカップ式マスクと一般向けのガーゼマスクに分かれていたのですが、これ以後、徐々に一般用マスクは平面ガーゼからプリーツや立体型の不織布製に代わることになりました。横井定株式会社はガーゼマスクの長点である保温と保湿を訴求したパッケージにしました。
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株式会社バンダイは、マスクが日常的に使われるようになり、防塵・保温・保湿などとは別に差別化や付加価値の一部としてプリントしたものを発売しました。マスクは清潔感のある白色という概念でしたが、カラーや人気のキャラクターをプリントした商品は徐々に受け入れられるようになりました。子どもは着用そのものを嫌う傾向にありますが、抵抗感をなくす一助になりました。これは、後に日本の公衆衛生文化の一部であるマスクの多様性として繋がっていくことになります。
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東アジアを中心に2002年重症急性呼吸器症候群(SARS-Cov-2)が流行し、新型インフルエンザの出現が報道されるようになりました。日本・中国・台湾・韓国では不織布マスクの量産化が進み、比較的安価で入数の多い箱入りで販売されるようになりました。横井定株式会社は捕集効率の向上したフィルター素材を使って1シーズン使えるような100枚入りを販売しました。
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2009~10年の新型インフルエンザ(H1N1)は、季節型インフルエンザとは異なり季節を超えたものでした。この使用期間の長期化は家庭内にもマスク備蓄の必要性を持つことになり、不織布マスクは需要に応じて大容量になりました。横井定株式会社は、サージカルマスクを50枚箱入りパッケージにして販売しています。また、2006年に発足した全国マスク工業会の会員マークはこの頃から表示しています。
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独自の構想による完全国産一号機の手動油圧式可変ピッチプロペラ装置。動力を全く必要としない手動油圧式で漁船に装備された。
これにより可変ピッチプロペラの利点が認識され、今日の日本における可変ピッチプロペラ発達の素地を作りあげた。
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神戸市の海洋気象台から本邦初の気象用無線電信装置として受注。送信機は瞬滅火花式入力7KW及びアーク式入力7KWであった。受信機は3球式受信機であり、外に配電盤及び電源一式。空中線装置は高さ60mの自立式鉄塔2基と、その間に展架するT型空中線並びに接地装置から成るものであった。
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大正12年に完成した船舶用真空管式中波送信機は、空中線直接結合型の自励発振式によるもので、入力500Wまでの各種があった。瞬滅火花式無線電信機の滅衰電波に比べて、純粋な持続電波を発振するもので、混信も少なく通達距離も大いに改善された。わが国初となる第1号機(入力100W)は、翌年3月に東京高等商船学校の明治丸に装備された。
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マグネトロンの開発は1920年頃より行なわれていたが、周波数の安定度、高出力に欠けていた。当社開発チームは、世界で初めて、陽極を銅の厚板を打ち抜いた形にしたキャビティ型マグネトロンを開発した。陽極をキャビティ型および水冷としたために発振周波数が安定し、出力も高出力にすることができた。波長10cm、連続出力500W、8分割橘式陽極、水冷式。
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船舶の航路保安用の音響測深機として試作され、海上保安庁の救難艇富士丸(250屯)に搭載し、最初の実験が行なわれた。周波数20KHzのニッケル振動子を用い、測定深度は1200m。
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戦後、GHQにより開発が認められて製造された国産初の船舶用レーダ装置。波長3cm、尖頭出力30kw、12吋CRT、5フィート空中線。(送受信機、指示器は電通大コミュニケーションミュージアムに展示されている。)
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昭和26年から発売したJNA-101型ロランA型受信機は、漁業に極めて好結果をもたらし、急速に普及した。更に改良研究を進め、小形化したトランジスタ式のロラン受信機(JNA-102型)を世界で初めて発売した。
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世界に先駆け、全固体化した船舶用小型レーダ。周波数9735MHz、出力10KW、固体化変調器、5ft空中線、7吋PPI表示器。主に小型漁船向けに販売された。
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昭和49年3月、いち早く海事衛星プロジェクトチームを発足させ、船舶用海事衛星通信装置の開発に着手した。昭和50年、JUM-11を完成し、KDDの検査に合格した。また、昭和51年8月には、マリサット型式承認を世界で2番目に取得した後、KDD所属のケーブル敷設船「KDD丸」に搭載して評価を行った。海事衛星通信用船舶地球局としてはわが国初。
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わが国初のカラースキャニングソナー。大型カラー画面にあらゆる魚群情報や自航跡を鮮明に表示できる。魚群を立体的にとらえる水平面映像の他に水中断面映像も同時表示。静止画像表示、TM(トルーモーション)、RM(レラティブモーション)などの切替表示機能を持つ。その他の情報として、船速・針路、自船位置、魚群位置、水深、水温、流向・流速などをデジタル表示。
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漁業にとって、海面温度は重要な情報源。気象衛星NOAAからの赤外および可視惰報を受信して、海面温度を16階調のカラーで表示する装置。漁船向け装置として世界初。自動受信やデジタルカセットヘの自動録画も可能。14型高解像度カラーモニター採用。
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本事業は、マリノポリス基本計画の一環として実施したもので、海洋牧場内に音響馴致したマダイ稚魚を放流し、音と餌とで放流魚等を制御管理することにより、計画生産をして、資源管理漁業を推進しようとするもの。
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NNSSと同様に衛星からの電波を受信して位置を求めるものであるが、NNSSとは違い、GPS受信機は、その魅力的な精度(NNSSより良く100m以下)と常時測位可能という特長があった。当社はGPSシステム完成前の昭和59年に日本で初めて船舶用GPS受信機JLR-4000を完成した。
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魚介類を沿岸・沖合水域で飼育し、必要な時に必要な量だけ収穫する”資源管理形海洋牧場”を支援するための様々なエレクトロニクス機器を提供した。海洋開発のための海底調査・海気象など環境の測定、資源管理形漁業を支援するための漁場管理用レーダ、魚群量計測、ブイによる海洋調査とデータ伝送、沿岸域保安防災無線、連絡情報ネットワークなど。
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全世界的な海上遭難安全システム(GMDSS)として、これまでの海上通信機器を提供してきた実績を基に、大型船から小型船までGMDSSに必要な、海事衛星通信装置、無線通信装置、および救命設備(EPlRB、レーダトランスポンダ)など、すべてをワンパッケージで、もれなく取り揃えて提供した。GMDSS推進に大きく寄与した。
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協定区域の沿岸および沖合いの漁業海域に入出漁する漁船の操業動態を把握し、協定区域外での操業防止、漁場の保護・保全、操業の安全を図ることを目的として考案されたレーダシステム。用途として、
・漁場、漁具の管理、保全
・養魚場(産卵、稚魚、稚貝の育成場所等)の保護、管理
・協定区域での操業状況の把握
・安全操業
・付近の航行船の把握
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稲畑勝太郎の生涯を、主に経済・産業活動を中心に記した記録本。
◆稲畑勝太郎君傳
稲畑染工場においてカーキ染を案出した前後の経緯と、軍服として採用された事情などを解説。
◆稲畑勝太郎君傳附録
フランス留学以来専攻する論稿を編纂したもの。大部分は明治20年代の執筆で、当時の染色技術が解説されている。
画像右・・・稲畑勝太郎君傳p.343「カーキ染の考案」
画像左・・・稲畑勝太郎君傳と附録 外観。
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1916.4.5
内務大臣からダイナマイト日産2tの製造許可
日本における最初の民間産業用爆薬の製造許可
1916.6.18
ダイナマイト合格品製造成功
大正時代のトピツクス:
硝安ダイナマイト製造設備写真
わが国初めての粒状ダイナマイト
塊炭採取に最適
写真(工場、製品)
付属資料:日本化薬社史(明日への挑戦-日本化薬70年のあゆみ)、日本化薬 厚狭工場10年史
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高低差を求める水準測量に用いられる測量機で、ワイレベルは、鉛直軸に望遠鏡支持台(板)を取り付け、その両端に望遠鏡架台としてY型(実際には取り外し可能の円形リング)支柱を取り付けたもの。1920年(大正9年)4月の創業後、8月に製造された当社最初の製品である。12吋は望遠鏡部分の全長である。同年8月中旬には15吋のYレベルが12台製造された。
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金属製トランシット用分度盤に目盛を彫刻するための製造用設備。当時、同様の機械は主にヨーロッパで製作されており、当社の技術者がヨーロッパに出かけて機械をスケッチし、帰国後、それを基に自社で設計、製作したと伝えられている。円盤の周囲を720に分割する。目盛の誤差は約4”以下。
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帝国海軍水路部と陸軍陸地測量部からの命により、地球磁気応用の測量器械を御大禮記念製品として製作し、海軍水路部に納入。経緯儀、ミラーマグネットメーター、ヘルムホルツコイルなどから成る。
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当社初期の本格的製品カタログ。製品の精密なスケッチと宣伝文や解説文、主な仕様、価格が記載されている。B6版のハードカバーで、総ぺ一ジ数は233ぺ一ジ。特徴的なのは、「日本の権威の為に」という書き出しで始まり、国土の測量は自国製の測量機で行なうべきとし、「我国第一等の高級測量機械工場として大いに活躍致し、當初の目的に向かって邁進する覚悟」といった自社の方針や沿革などに触れている点で、カタログを超えたものとなっている。
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1927年の発売当時、画期的といわれた内焦式・傾斜分度10秒読みのトランシット(経緯儀)。「世界にもその比を見ない逸品と信じ名山富士の称を採った」と当社カタログに記載されている。保管しているものは1929年製で小型タイプ。
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