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英国ダンロップ社が開発、市場から高い評価を得ていたレーシングタイヤ「DUNLOP RACING R7」を、1965年に国産化した。 1966年初頭から投入された各レースの優勝車全てにR7が装着されており、第3回日本グランプリも完全制覇した。
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1968/1969年冬に、スノーラジアルタイヤが、市場で初めて発売されたときの住友ゴム製の「DUNLOP SP44」タイヤ。雪上、氷上の性能と耐久性に優れたタイヤである。
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1966年、国内の先陣をきって発売された国産第一号のラジアルタイヤ。それまでのバイアスタイヤに対し、タイヤを側面から見たとき、タイヤコードが放射状(Radial)方向に配置され、その上にベルトが、たが状に巻かれた構造で、車の操縦性、燃費性能を向上させ、タイヤの摩耗にも優れたタイヤ。現在のタイヤは、ほとんどラジアル構造である。
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1979年に英国ダンロップ社と共同開発したランフラットタイヤ。特殊なビード構造のタイヤとホイールの組合せで、パンクしてもタイヤがホイールから外れにくいランフラットシステム(DENLOC System)を開発した。国内自動車メーカーの欧州向け車両に装着された他、レーシングカーにも採用された。
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高弾性コア(芯)と高弾性アイオノマー樹脂の強化カバー(外皮)を組み合わせた二層構造のツーピースボールを発売。 DDHとは、空気力学的に飛距離を伸ばし、飛行安定性に効果を持つ12面体(Dodecahedron)のディンプル配列に由来している。
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人工芝と自然の砂との組み合わせから生まれた日本初の砂入り人工芝テニスコート「オムニコート」。1983年の発売以来、またたく間に広がり、今ではテニスコートの代名詞となった。クレーコートに近いボールバウンドや、足腰の疲れにくい滑り性とクッション性などの総合プレー性能と耐久性で、トッププレーヤーからビギナーまで様々なテニスプレイヤーに支持されている。(写真は、初めて施工を行った「加古川テニスクラブ」)
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1903年に国内で最初に開場した神戸ゴルフ倶楽部オープン時の始球式に使われたボール(英国のシルバータウン社が作った)を、この神戸ゴルフ倶楽部80周年記念式用に、住友ゴム(株)が完全複製したもの。ガッタパーチャ(Gutta Percha)という硬質ゴムを固めて作ったボールがガッタパーチャボールで、通称ガッティボール(Gutty Ball)と呼ばれる。
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従来のテントは、鉄製の支柱と帆布が使われており、帆布の中に支柱を通して金具で止めて構造体にする剛構造で、重く作業性が悪かった。この吊下げ式テントは主にジュラルミンの短支柱を連結して使用し、その張力を利用した柔構造で、フックで本体を吊るし外側にカバーをかけるが、本体等の素材もナイロンやポリエステル等の軽量布帛を使用し軽量コンパクトで作業性に優れていた。(写真は、1990年代初頭のオートキャンプ用テント)
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転写ベルトは電子写真プリンターや複写機の中に使用されている部品で、感光ドラム表面に付着したトナーを紙にトナーを移す(転写する)部品。画像形成に関わる重要機能部品であり、高機能かつ高精度であることが求められる。住友ゴムの転写ベルトはOA機器メーカ向けに開発上市された。ベルト転写方式の先駆けであり、複写機のデジタル化・高速化にも安定した性能で貢献し、今も同じ形態で使われ続けている。
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近年、我が国においても美しい景観を有する斜長橋の建設が盛んになってきた。しかし、そのケーブルが風と雨を受けて発生する振動現象は、材料疲労や騒音などの問題を引き起こした。1994年、当社は国内初となる高減衰ゴムを用いた制振材を開発し、実用化。優れたエネルギー吸収性能と高い耐久性が認められ、現在では70%以上の国内シェアを確保。2005年からは海外へ展開し、実績を上げている。(写真は、橋梁用ケーブル制振装置と、1994年施工:小田原ブルーウェイブリッジ)
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筒状で、継ぎ目の無いオフセット印刷用ブランケット。機械メーカーとの共同開発により、1995年3月より国内で初めて製造・販売を開始。従来のシート状ブランケットに比べ、ブランケット胴への装着時間が大幅に短縮でき、損紙も低減できる。また、ブランケット胴にギャップが無いので、印刷速度の高速化が可能。
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1991年に路面損傷、粉じん問題からスパイクタイヤの販売禁止となり、スタッドレスタイヤが冬用タイヤとして使われるようになったが、滑りやすいブラックアイス路面が出現し、路面とタイヤの間の水膜を除去することが必要になり、住友ゴムでは、それまでの植物繊維をゴムに混入させた「ファイバーゴム」から、1995年に「撥水性の高いゴム」の、新概念スタッドレスタイヤを発売した。(写真は、「撥水グラスピックタイヤ」と、「新撥水ゴムとファイバーゴムの比較」)
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二層カバー構造の内側に、世界で初めて比重の大きい金属(タングステン)を配合して、慣性モーメントを大きくしたゴルフボール。発売直後話題になり、大ヒットした。
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特殊精製技術により、天然ゴムに含まれるアレルギー原因物質であるタンパク質を、従来の10分の1以下まで軽減した脱タンパク天然ゴムラテックスの開発に成功。その技術を駆使して製造されたものが、脱タンパク NR手袋。従来の天然ゴム手袋に比べてアレルギーを起こしにくいほか、柔らかい、臭いが少ないといったメリットがある。(写真は、1998年に発売された脱タンパクNR手袋「ママサヤン」)
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ボールとクラブの機械インピーダンスがマッチング(調和)した時に、エネルギー伝達の効率が良くなることを、コンピューターシミュレーションで解明。インピーダンス・マッチング理論と呼ぶこの理論に基づき高反発なヘッド構造の設計が行われた初めてのクラブ。この様な設計は、その後のチタンヘッドの薄肉フェースによる高反発化競争へと進展し、反発係数に上限が設けられるというルールの改訂に至る。
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1956年末より東京芝浦電気株式会社鶴見研究所との共同研究により、 G.E.社の特許を主体とした耐アーク性の優れたハイブチルゴムの材質及び加硫試験、加工試験等を経、ハイブチルゴムモールドによる変流器の量産を可能とした。国産第一号である。
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1963年より中川電気(株)(現・松下冷機)との共同開発により弾性のあるゴム磁石内蔵型の塩ビ製冷蔵庫用ドアーガスケット国産第一号を量産化。閉じ込め事故防止のため同社の冷蔵庫全機種をこのガスケットに切り替えることとなった。異形軟質塩ビの押出成形技術とゴム磁石に関する基礎技術を研究、複雑な断面形状の押出、磁気特性の異なるゴム磁石の開発等により、冷蔵庫用ドアーガスケット生産において日本一のシェアを獲得するに至る。
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1969年南極越冬隊昭和基地建設において、食堂棟ドアの窓枠ガスケットに「ダイヤロック」の特殊Y型ガスケットが採用される。優れた耐風圧強度、シール性に加え、極寒の地でもゴム弾性を損なわない寒冷地用耐寒性材料を開発、南極の風雪に耐え、劣化した鋼鉄製ドアにくらべ、現在でも使用可能である。
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1987年国内初の空気膜屋根構造を採用した東京エアードームの膜屋根を支える膜構造ガスケットを施工担当の(株)竹中工務店と共同開発。膜を支える桝目状のケーブルに沿って、外膜、内膜を接着剤不使用の膜構造ガスケットで固定。「呼吸する屋根」として注目を浴びた膜屋根構造を隠れた部分で大きく支えている。また同ドームの外周つば部分には「ダイヤロック」建築用H型構造ガスケットも使用されている。
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鹿島建設(株)、旭硝子工業(株)との共同開発により、耐風圧強度、水密性能に優れた国産第一号の「ダイヤロック」Y型タイプの建築用構造ガスケットを採用したPCカーテンウォール工法により京王プラザホテルが施工された。(1971年Y-16- 8等を使用)また、大成建設(株)、清水建設(株)、(株)鴻池組JV施工の安田海上火災本社ビル(1976年Y-16-12NS等を使用)はその後、新宿副都心超高層ビル群の魁となった。
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1975年年高松塚古墳石室の保存工事に当たり、大阪松坂屋に国産第一号として採用された「ダイヤロック」建築用Y型構造ガスケットの特殊タイプガスケットが窓枠として採用される。優れた耐風圧強度、シール性に加え、南極昭和基地食堂棟ドアの窓枠に使用されたガスケットと同タイプで、窓ガラス3枚ばり、厚さ34ミリのガラスを縁取り外気を遮断している。南極昭和基地で発揮された性能がこの高松塚では17度100%に近い湿度の環境に耐えている。
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1977年、アラブ首長国連邦アブダビ政府と(社)日本沙漠開発協会との協同により緑化実験農場として建設された緑化センターの建物は、すべてが日本製である。ガスケットには、国内採用第一号の中高層ビル用H型構造ガスケット「ダイヤロック」のH-8-8NSタイプのガスケットが窓枠のみならず、壁パネルの固定にも採用され、砂漠の厳しい自然条件においても優れた性能を発揮した。
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当社(東海ゴム工業株式会社)の創業からの歴史をまとめた社史で、内容は世の中の流れ、ゴム業界の動向とそれに対応した当社の事業経営(経営、技術、生産等)をまとめたものであり、ゴム産業技術の変遷がうかがえる資料と考えられる。
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長尺ゴムホースを加硫するための装置で、一本の長さが約150mのホースを加硫するために考案された加硫缶である。直径約4. 5m、重さ約6tの竪型加硫缶は、当時日本一の大きさを誇った。この製法は大釜方式と呼ばれ、長尺のホースを安価に製造する方法であり、当時の産業界に多大な貢献をした。
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ガソリン自動車の排出ガス規制対応のため、燃料供給方式がキャブレター式からインジェクター式に変わってきた。この状況から、エンジン近傍の高温部に燃料を供給する必要が生まれ、新しい材料、構造のホースが当社及び日産自動車(株)との共同開発が行われた。このホースを使用することで、インジェクター方式によるエンジンが急速に普及すると共に、排ガス対策に側面から貢献した。このホースは日米で特許を取得した。(日本特許1500433、米国特許4330017)
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当社の創業時からの歴史を調査し、当社の状況のみならず、世の中やゴム産業全般の状況も含めて編集されており、当社の技術開発、製品の変遷、経営姿勢等65年にわたり記され、ゴム産業技術の進歩がうかがえる資料である。
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1950年に「硬球」並の打撃音・打球スピード・飛びの良さを持つ「準硬式野球ボールB号」(1951年公認、その後1986年にはH号と改称)を開発した。当時の「硬球」より安価で耐久性に優れていたことから、爆発的に歓迎された時期があったが、現在では一部の「準硬式野球」や「硬式野球」の練習球として需要を残し、大幅に減少している。往時の商標「トップボール」は準硬式野球ボールの代名詞にもなっていた。
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1921年、日本に初めて紹介されたソフトボールは、戦後野球の復興と共にソフトボールの普及が著しく進んだ。 1949年には「日本ソフトボール協会」が設立され、1950年国体の正式種目となった。当初は表面が革で縫い上げられたもので、雨天での吸水・表面のささくれ・糸切れなどから、ゴムボールが1949年から1950年にかけて開発され競技の発展に側面から寄与した。当社では、1950年にソフトボールの生産を開始した。
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1 独立気泡スポンジ(発泡体の軽いスポンジで、水を吸わない)を使用した国産第一号ビーチサンダルで有る 2 独立気泡スポンジは、内外ゴム(株)が発明し、1951年製法特許を取得した 3 当時日本の緒付き履物(下駄・草履)は左右同じ型で有ったが、このビーチサンダルはシューズタイプの当時斬新な左右対称型にした 4 1955年日本国産として初めてアメリカに輸出され、一大ブームを築き上げた 5 このサンダルはフラットではなく、踵部を高くした履き安さ重視品。現在も継続生産中の長寿命品(53年間形状変更無し)
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従来漁網用浮子は、コルク、桐、樅、松、杉、ガラス球が使用されていたが、戦後アメリカから硬質塩ビスポンジ製品が輸入され、国内のゴム・塩ビメーカーが製作を開始した。当社では1953年に塩ビ・ハイスチレンラバーによる硬質スポンジを開発し、漁網用浮子の生産を開始した。
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1952年特許「独立気泡硬質ゴムの製造方法」を取得、合成ゴム・合成樹脂を使用した硬質独立気泡発泡対は機械的性質・物理的性質・化学的性質にも優れ、従来使用されていた液面計用金属Shellの接合品に比べ、接合部がなく、異形品・小型軽量化に対応可能な工業用フロートして1955年に生産を開始した。 1964年から自動車ガソリンエンジンのキャブレター用、及び燃料メータ用の生産を開始した。
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ガス膜は、従来山羊の皮が使用されていたが、入手難、コスト高などのために合成ゴム膜に変わっていった。旧計量法に於いては、膜は山羊の皮と合成ゴム膜が併記されていたが、新法では合成ゴム膜のみとなった。(1993年) 1959年には日本ゼオンでNBRが国産化され、この合成ゴムを用い都市ガスメーター用として1960年にベローズタイプの合成ゴム膜を、1963年に皿型膜を開発した。また、プロパンガスメーター用は1968年から生産、現在に至っている。
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自動車用液圧ブレーキホースの国産化第1号昭和10年代初期、油圧制動用ゴムホースは外国製しかなかったが、当社が日本で初めて自動車用液圧ブレーキホースを開発・生産を開始し、当時の純国産化を目指す自動車産業に貢献した。
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それまでの革ベルトは、繋ぎ合わせるのに良質な接着剤が無く、耐水性も劣っていた。セルロイドによる皮革耐水接着剤の発明により、革を強固に圧着接合することが可能となり、当時の世界三大革ベルトメーカーの一つとしての地位を築くに至った。昭和の繊維産業、製紙産業の動力伝導用に幅広く使用された。
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スーパーエンドレスベルトは、継ぎ手部の無い柔軟で、高精度なベルトとして開発された。その特徴を生かし、コンピュータのフロッピーディスクドライブの駆動に採用されるなどし、その後、銀行機械(ATM等)や券売機、自動改札機など、紙幣や切符を扱う精密搬送の用途に現在も多用されている。
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ポリベルトは、ゴムを充填はした帆布とナイロンの積層からなるベルトで、昭和38年に発売された。合成樹脂シートの心体と合成ゴムの表面材を組み合わせて国産第一号のベルトである。戦後の復興期より、繊維、製紙、工作機械、製鉄など多方面の動力伝導用として用いられた。
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レシコンベルトは、クローム革とナイロンシートの積層からなるベルトで、昭和34年に発売された。合成樹脂シートの心体と革の表面材を組み合わせて国産第一号のベルトである。戦後の復興期より、繊維、製紙、工作機械、製鉄など多方面の動力伝導用として用いられた。
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工作機械の切削粉から機械の摺動部を保護する為に用いられるシール部材で、それまでのゴム単体品から、ゴムと金属の複合化により、性能を飛躍的に向上させた。現在の国内の工作機において70%以上のシェアを誇る。
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1970年代初頭からのわが国半導体製造勃興期に於いて、体育館並の大空間をクリーンルーム化する要求に対して、施行面、実証面で、これを可能にした革新的な天井フィルターシステムとして多数施工され、半導体業界の発展に大いに貢献した。現在では、クリーンルームの技術進歩により新規設置は途絶えているが、そこで培われたウルトラクリーン技術は、 FFU(ファンフィルタユニット)などの最先端クリーン機器で脈々と伝承されている。
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1992年ごろ、業界に於けるCMP技術の確立浸透に伴い、新しいCMP用ICパッドの需要が出て参りました。 アメリカの親会社Rodel社が、他社に先駆けてマーケットの将来性に目をつけ、アメリカ・デラウエアー工場に於いてCMP用のICパッドを生産開始いたしました。 ニッタ・ハースも三重県いなべ市に三重工場を設立、「コピーイグザクト」の精神で、デラウエアー製と同じものをとの思いで当社独自の化学技術を駆使して苦労した結果、1号試作品を誕生させる事が出来ました。 当時の試練から蓄積された技術データは、今日のような技術革新の速い業界での生き残りを考えると大変役に立っており、大きくなった世界の半導体マーケットにトップメーカーとして今なお供給できるのは、まさにメーカー冥利に尽きるものがあります。
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建設機械(ショベル等)の油圧切替が、ワイヤー方式からパイロット油圧方式に変わった際、小径、軽量の「液圧用樹脂ホースアセンブリ」[ラインメイト1000、100R]を開発した。(国産初)当時[液圧用樹脂ホースアセンブリ]は海外より技術導入し国産化していたが、建設機械に要求される高温性能、寿命を満たす事が出来ていなかった。ホース構成、継手形状、アセンブリに改良を加え、現在まで多くの建設機械の主要部品として採用されている。
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トラック、バスのエアーブレーキ配管は、金属製が主流であったが、1990年代より、車輌の軽量化、車輌への取付け性の向上の要求により、ポリアミド製チューブの検討が始まった。このチューブ用継手として国産初の「プッシュワン継手」を開発した。チューブを切断し、そのまま継手に挿入するだけで、エアーブレーキ用継手として要求される性能、信頼性を満たす。
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北米における自動車燃料蒸散規制の強化により、燃料バリア性を向上した配管の要求があった。1997年、当社のコア技術である押出成形と材料開発により、ハロゲン系材料を含まず、内部流体との静電気除去も可能な世界最高のバリア性を有する、5層構造の樹脂製多層チューブを商品化。以来、実車配管として採用が進んでいる。また、チューブ構成原料由来の低分子量物の溶出性を制御した構成も開発し、2005年より商品化した。
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当社は1906年に創業し、阪東式木綿調帯の生産を開始しました。阪東式木綿調帯は故阪東直三郎が考案し、日本で最初に特許を得た木綿製のベルトです。現在の伝動ベルトはゴム製が主流となっていますが、当時は、高価な革製のベルトや輸入品のベルトが主流だったため、それに代わるものとして木綿製のベルトが考案されました。
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当社が1906年に創業してから 50年までの歴史をまとめたアルバムです。 当社は日本で初めてコンベアベルトの生産及びVベルト(伝動ベルト)の販売を開始しました。当アルバムは、コンベアベルトやVベルトなどのゴム工業用品の変遷がうかがえる資料と考えられます。
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昭和27年に安くて軽い軽登山の用途向けに開発した。現在も軽登山靴の代名詞となっている。特に昭和31年にマナスル登山の際、アプローチ用として機能を発揮、高く評価された。当時は胛布に綿布を使用していたが、昭和33年にナイロン胛布を使用した製品が完成し、今日のキャラバンシューズの基礎となる製品ができあがった。現在は素材もゴアテックス等に変わってきている。販売は2005年をもって終了した。
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膨脹式救命いかだは昭和29年より藤倉ゴム、三菱電機、運輸省との共同研究開発により開発され、昭和31年に発売されました。当所は国内航路用として客船、漁船に搭載されていましたが、昭和35年SOLAS条約がIMCOにて決議され、国際航海に従事する船舶への搭載が義務付けされ、世界中の船舶に搭載されることになりました。現在、日本国内で製造しているメーカーは当社のみとなっております。
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藤倉ゴムの基幹技術である「薄く均一でしなやか」なゴム布の特性を生かし、一眼レフカメラのシャッター幕として全カメラメーカーに独占で納入していた。(片面ゴム布として昭和44年に開発)絹織物と天然ゴムを主成分としており、カメラの命であるシャッタースピードが環境温度に影響を受けにくい材料であった。シャッタースピードの高速化により、本来の用途は無くなったが、薄くしなやかでカメラ部品としての長年の実績が評価され、2006年迄は、デジタルカメラのレンズ伸縮部の遮光リングとして活躍した。
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