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昭和39年5月 運輸省研究補助金による国鉄自動車局発注に係わるバス用循環式汚物処理装置を開発。以降、東名・名神高速道路バス、幹線高速道路バス、長距離運行バス、観光バス等に多数採用され現在に至る。昭和42年10月 その技術が応用され、国鉄東海道新幹線に循環式汚物処理装置に採用される。資料は、量産品カタログ。当時の新聞記事。
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大正13年に荷物専用三輪車が登場して以降、終戦後の日本の復興期に活躍した三輪車は荷台にダンプ機構を備えた車両も現れた。
四輪車に比べ、運転の容易さ、回転半径の小ささに優れ農村部や山間部での使用に長けていた三輪車は、積載量の増加による実用性を向上させたことがダンプ機構を備えることを容易化させていった。
三輪ダンプは現在の小型量産ダンプの原型であり、一時代を築いてきた、技術の変革の足跡を残す貴重な車両である。
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ボトルカー(ラック車)の初期型のボデー。スチール製の棚で構成されており、横パイプはステンレスパイプを使用している。9列3段で、前部は4段で構成されている。レギュラーサイズの瓶(ボトル)ケースを120箱が積載可能である。
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<折戸用戸閉機械:TC-3P>ワンマンバス普及に折戸の自動扉化が必要とされ、小型「折戸用戸閉機械」の開発要求が出てきた。特に前折戸は戸閉機械の設置場所が制限されたため小型化する必要があった。この製品は「複動式」と呼ばれる方式を採用し、小型で高出力の「戸閉機械」である。
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<車掌スイッチ:CS-26E1>車掌が乗務する「ツーマン」方式バスでも自動扉が普及していった。車内での料金の収受や乗客サービスを担っていた車掌にとって「自動扉」は労力軽減に貢献したが乗客の悪戯や、誤操作による「開扉」事故が発生しその対策が求められた。この「車掌スイッチ」は操作ハンドルに「ストッパー」を設ける事により、そのような事故の減少に役立った。
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<引戸用戸閉機械:DAE-2C>車掌の乗務する「ツーマンバス」でも自動扉が普及し、車体も日々進化し乗降口も広くなり乗降がスムースになった。乗降口が広くなったため、同時に複数人が乗降し料金の収受が難しくなる状況も発生するようになった。この製品は乗車時は半開(狭い)、降車時は全開(広い)が選択できるもので料金収受時に複数人が通過する機会を少なくすることが出来た。
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<時限リレー:CT-1>車掌が乗務しない「ワンマンバス」に於いて、如何に乗客の安全を確保するかが課題であった。この「時限リレー」は中扉(後扉)の開閉時に予告ブザーを鳴らし扉付近の乗客の安全を図ると同時に光電リレーなどの保安装置の制御も行った。コンデンサーを利用し「予告ブザー」の鳴る時間を設定していたため「CT」リレー(コンデンサータイマー)と呼ばれた。
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<扉ロック装置:F-5A>一般路線にワンマンバスが普及する中で自家用の送迎バスや観光バスには手軽な「ワンマン方式」へのニーズが高まった。この装置はそのようなニーズに応えて開発された製品で、「手動式」の扉に設置する事で「簡易ワンマンバス」として認定されたため好評を博した。
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<赤外線式光電リレー:TI-50>ワンマンバス・乗降口の安全装置として普及した電球式の光電リレーは球切れ、発熱等があり、寿命も短かったためそれらの欠点を解決するために開発されたのが「赤外線方式」の光電リレーだった。この光電リレーは電球式に比較すると送・受光器の大きさが約五分の一で取り付け場所の制約も少なくなり、日々進化する「バス車体」に対応する事が出来た。
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・パイプは扉内部に埋込まれるため、扉の外観を損なわずボディのイメージを一新します。・二ヶ所ロックの扉開閉が連結パイプでワンタッチ操作できます。・トリガー方式を採用、容易なハンドル操作とセキュリティを高めました。・庫内作業中に閉じこめられ施錠されても、安全押し棒等により安全に脱出できます。・錠前は防塵シャッター付リバーシブルキーです。
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名神高速道路全線開通を目前にひかえ、道路輸送の高速化を目標に開発されたもの。牽引車の限られた牽引力で高速走行を可能とするために軽量化。高速走行時の安定性。高速走行に対応した適正な制動性能を目指して開発された。
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名神高速道路全線開通を目前にひかえ、道路輸送の高速化を目標に開発されたもの。牽引車の限られた牽引力で高速走行を可能とするために軽量化。高速走行時の安定性高速走行に対応した適正な制動性能をめざして開発された。
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輸送の質の向上を目的として、弊社独自の技術で開発された積載量15トンのモノコックバントレーラ。この技術を基にトラックへの架装、フルトレーラへの架装あるいはフレーム付きトレーラへの架装と発展していった。
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1両当たり30トン積載(2両で60トン)のダブルストレーラで、キューバ国へ輸出された。連結全長が26mと長いためリレーバルブを追加し、ブレーキのタイムラグ短縮に留意したブレーキシステムとした。
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アルミ煽り付ダブルストレーラであり、運輸省、トラクタメーカ、トレーラメーカ及び輸送業界からなる試作運行委員会によって膨大な評価試験を行い、操作性、追随性に優れた性能が確認されている。このトレーラはダブルス構造基準により製作され、各メーカ製作のものと相互連結が可能としてある。
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従来のTF073(7トン積載) 型フルトレーラを基に最大積載量8トンのフルトレーラを開発した。アンチジャックナイフ装置は新たに開発した空油圧式で作動の確実化と整備性を向上させ、また ジャックナイフの抑止力は将来の大型化にも対応可能とした。
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軽量嵩高貨物に対応する床面地上高1,040mm大容積荷台を有するフルトレーラである。床面高を低くするために新たに開発した走行装置に16”サイズのタイヤを装着し、これに適合するサスペンションも新たに開発した。フレーム構造、アンチジャックナイフ装置、ドロバーは従来のものと同一とした。
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ドリーを着脱可能とすることで、フルトレーラとセミトレーラの2通りの使用を可能とした輸送形態の多様化に対応したトレーラである。基本車型はTFF0811型とし、ドリーを新たに開発したものである。アンチジャックナイフ装置は従来と同一とし、カプラは新規開発の溶接構造のものを採用し、軽量化と短期納期化を計った。
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最大積載量130トンの構内用自動ステアリング式低床トレーラである。ステアリング方式はキングピン部でトラクタとの交角を電気的に検出し、後車軸を電磁油圧で制御する方式である。キングピン及び後車軸は油圧シリンダで昇降可能となっている。ステアリング及び昇降用の動力源はトレーラに搭載した小型ディーゼルによる。
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1993年に改正された保安基準に準拠した、総重量28トン以内の2軸バントレーラである。トラクタを汎用性のある第5輪9トンで牽引可能とするため、リヤサスペンションはタンデム軸距1.8mで1軸当たり10トンを可能とするものを新たに開発して装着した。本トレーラの他に同系車として、1軸車、タンデム軸距1.3m仕様も設定した。開発当時はトラクタの第5輪荷重は8.5トンが多く使用されており、このトラクタでトレーラ総重量28トンを満足するためにはトレーラ後軸重を9.5トン以上にする必要があり、タンデム軸距1.8mが開発された。
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高速道路網の拡充により、輸送の高速化と長距離化が進み、制動に対する安全性向上を計るため、日本初のリターダを装着したトレーラを開発。 連結車において、長い降坂路を抑速する場合、トラクタはエンジンブレーキ、排気ブレーキあるいはリターダ作動させることができるが、トレーラの場合は主制動装置のみで抑速するため、過酷な使用条件となっていた。これを解決するためにトレーラにもリターダを装着し、主制動装置の負荷を軽減することにより安全性の向上を計った。
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海上コンテナ輸送の合理化要求に応えて、新たに20’と40’の兼用スーパーシングルタイヤ3軸のトレーラを開発。20’積載の場合の最大積載量は24トン、40’積載の場合の最大積載量は30.48トンである。同系にダブルタイヤ仕様も設定した。
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1999年2月23日より規制緩和によりISO20’タンクコンテナも30,480kg積載が可能となったことを受けて、新たに開発した車両総重量36トン以内の20’40’兼用 3軸トレーラで20’40’とも積載量30,480kgを取得した最初の型式である。20’タンクコンテナの4点集中荷重仕様にも対応しており、制動装置は2000年10月から法規制が開始された中期ブレーキ対応となっている。
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2003年10月1日にセミトレーラの積載条件緩和措置が実施され、分割可能な貨物、いわゆるバラ積み輸送に関してGVW36トンまで認められることとなった。これを受けて開発したGVW36トン、側面スタンション型の3軸平床式セミトレーラである。
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バススイングドア用の自動扉で国内唯一回転シリンダ(ベーンタイプ)を使用し機構をシンプルにしている。取付けスペースが少なくてすみドアの開口幅が大きくとれる。
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バス乗降口の既存ステップの下から補助ステップを出す装置。電動モータを使用しコンパクト化している。モーターとステップが一体化しているためエアー式と比較してスペースが小さくてすみ取付けも容易である。
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平床アオリ付トレーラの日本トレクス初期モデル。1968年のもので当時の日本国内ではトレーラはまだまだ普及していませんでした。このモデルは当時の最も汎用性ある鉄製アオリを架装したタイプで、その後コルゲートタイプを経て、現在はアルミ形材製が主流となっています。以来、トレクスブランドの各種トレーラが今日までに約65,000台生産されています。
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1965年、我が国初の高速バントレーラの製造、販売を開始。米国フルハーフ社の技術を導入し、アルミニウムによる軽量モノコックボディを開発。1軸13.5トン積みセミトレーラは大型トラックに比べ回転半径が小さく、小回りが効き、ホロ掛けのトラックに代わる高速バン型トレーラ輸送時代の先駆者となった。
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昭和52年発売。日本初の散光式警光灯(車載用の大型回転灯)。長さは、950mmから1,500mmまで、5サイズを用意。その年、警察庁や旧道路公団に採用されて以後、緊急車両や道路維持車両等に広く採用されるようになった。昭和54年、石原裕次郎が主演する西部警察にも使われ、緊急車両への採用が加速された。
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平成8年発売。世界初のブーメラン形状の散光式警光灯。「交差点進入時、出会い頭の事故を減らしたい」とする現場の声に応え、横斜めからの視認性を向上させるため、ブーメラン形状のデザインを採用。
また、スピーカーホーンを下部に配置することで全周囲に強い光を放つことができ、さらに灯体を薄くすることで空気抵抗を下げ、走行安定性向上にも貢献しています。以来、警察のパトカーをはじめ、多くの緊急車両にご採用いただいております。
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連結全長19mの中でトラクタ側の全長を12m確保しつつ、トレーラ側の荷台長を6m確保した カーゴ系センターアクスルフルトレーラ国産1号車である。本トレーラは、従来のドーリ付フルトレーラに比べ連結空間を60cm縮小する事が可能であり、その分荷台長が大幅にアップして大型車並みの荷台容積のフルトレーラを実現したものである。後退時の運転操作はセミトレーラと同一である。
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福岡運輸株式会社は、在日米軍輸送司令部から生鮮食料品温度管理輸送の依頼を受け、株式会社矢野特殊自動車に冷凍車の製造を依頼し、1年2ヶ月かけて国産初の蓄冷式冷凍車を昭和33年10月に完成させました。その後、昭和36年4月に「矢野式FB型冷凍機」が完成し、昭和43年まで7年間に120台製作され、一時代を画す活躍をした。復元車輌は1959年製FB-7型冷凍機を再整備し、1961年製シャシを使用し復元したものです。
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この塵芥収集車は、1961年、アメリカのガーウッド社との間に、塵芥収集車「ロードパッカー」の技術提携を交わし生産した国産初の塵芥収集車である。当時、主流であった平ボデー車に比べ、ゴミの積載量、作業性、更に衛生面等で、飛躍的に向上し、現在の塵芥車の原型となった車両である。
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1976年当時の他の運搬車と異なり荷台をダンプ形式として傾斜させ、ウインチ駆動と重機(ブルドーザ等)の自走に依り積降するもので、従来のものに比較して作業時間を大幅に節減すると共に労力の節約や作業時の車両安定性を増加させた画期的な重機運搬車である。
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1949年に創業し、細谷車体工業株式会社として会社組織となった1953年(昭和28年)に、日本で初となる、2段床式自動車専用運搬車(乗用車下段3台、上段2台積載)を製作した。当時はボンネット形キャビン用シャシを、操縦装置を含め、キャブオーバ形キャビンが載る様に改造していた。また、上段の床はチェーン・ブロックを使用して、人力で昇降させていた。画像は外観、車体組み立て風景および使用したシャシ。
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オールスチールにてトリプルキャブトラックを架装、乗員が快適に荷物とともに目的地に着くことが出来て便利な車両。自動車架装産業初期のアイデアの豊富さの一例がうかがえる車両。
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ドイツウェバスト社との技術提携により製造販売された日本初のバス用独立燃焼式エンジンプレウォーマー。バスエンジンの冷却水を温め、エンジンの予熱及び室内暖房機として広く愛用され、バス用ヒータはその後「ウェバストヒーター」と呼ばれ続けました。
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日本初のバス用独立燃焼式デフロスター。灯油を燃料とし、運転席の横に設置され、スイッチ一つで温風が吹き出し、バスの前窓のくもりを除去し、その余熱で運転席まで暖房する画期的なヒータです。
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バスエンジン冷却水の余熱を利用し、ラジエターにて熱交換する事により温風を吹き出し、前窓のくもりを除去する「温水式デフロスター」と室内暖房用ヒータ。サンミックの名前で親しまれ、多くのユーザーに愛され、形を変え進化し、現在も使用されています。
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アロー号は矢野倖一(1892~1975)が大正5年(1916)に完成させた国産第4号の乗用自動車である。現在、福岡市博物館に動態保存されており、現存する走行可能な国産乗用車としては最古のものである。ごく一部を除き、エンジン・足回りから内装まで全てが国産品を用いて製作されている。アロー号は1台のみ製作され、しかも、公道での活躍はわずか2年であったが、後に、彼が行う国産初の冷凍車開発における技術的な礎となった。更に、設計製作にあっては九州帝国大学の教授の直接指導を仰ぐなど、当時としては珍しい産学連携が行われたことも特筆すべきである。
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日本初の路線バス用テープ放送装置テープコンダクターシステム「TC-1型」を開発し、今日では常識ともいえる路線バスのワンマン化を可能にした。それまでの車掌に替わり、行先や停留所の案内を行う画期的な製品として昭和37年発売開始した。
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テープ放送機では経済性・機構面で実施困難であった停留所毎の経由地・行先放送を、音声合成による行先等案内放送機 カナリヤ「DMC-1000」が解決し業界に先駆けて開発発売した。現在使用中の放送装置(他メーカーでも可能)にカナリヤ「DMC-1000」を接続することにより車外放送が行われるというシンプルなものであり、操作もきわめて容易な画期的なシステム。乗りやすいバスとして、利用客の好評を呼んでおり、なかでも目の不自由な方やお年寄りに喜ばれた。
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テープ放送機から音声合成へ!バス放送に新しい時代を開くオール音声合成放送装置を業界初で開発、昭和63年販売開始した。1.テープが無いから、面倒なテープ管理や持ち歩く必要がない。2.モーターやヘッドがないから、故障や磨耗がない、メンテナンスフリー。3.ソフトはコンピューターが作るから、バスロケ対応や系統選別に最適。4.一日の運行系統の予約ができる。テープではできなかったことをオール音声合成が可能にした。
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・1953年より37台を米国コンクリートトランスポートミキサーズ社から輸入架装、1955年より国産化し、合計2512台生産した。
・当時、ミキサ車で生コンクリートの製造、練り直しの必要から、高品質の生コンクリートが得られる強制撹拌方式のハイロー型ミキサ車を生産し、世に送り出した。
・東京オリンピック(1964年)を境に全盛時代は終り、現在の傾胴型ミキサ車へと移り変った。
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ビスカップリング(別名ビスココントロールユニット)は、オンデマンド4WD用カップリング或いはLSD(リミテッドスリップディファレンシャル)として、自動車の駆動の革新や変化に顕著な役割を果たしてきた。1985年に生産開始され、現在も多くの自動車に採用されている。ここで示すビスカスカップリングは1990年6月29日に生産された100万台目の記念の生産品である。
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零式艦上戦闘機用主脚(油圧緩衝器: ・1977年(昭和52年)松山沖より引きあげられた標記左側の主脚です。 ・当時、零戦は4万5千機製作され、それらに装着した主脚です。 ・約30年も海底にあり、その後展示されているにもかかわらず、メッキ部は光沢をもち、無駄のない軽量・コンパクトな設計は、当時の零戦の技術の高さが伺える。
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・1953年より37台を米国コンクリートトランスポートミキサーズ社から輸入架装、1955年より国産化し、合計2512台生産した。 ・当時、ミキサ車で生コンクリートの製造、練り直しの必要から、高品質の生コンクリートが得られる強制攪拌方式のハイロー型ミキサ車を生産し、世に送り出した。 ・東京オリンピック(1964年)を境に全盛時代は終わり、現在の傾胴型ミキサ車へと移り変わった。
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「ベアリング」(東洋ベアリング)は1967年にダイヤモンド社の産業フロンティア物語として発行された書籍で、現在のNTN株式会社(旧:東洋ベアリング)の歴史だけでなく、ベアリング(軸受)の歴史の紹介や日本のベアリング工業の歴史についても解説されている。欧米から導入された技術が戦前・戦後の日本をどのように支え、世界で最も精度の高い技術製品を生み出すようになったかを知ることが出来る。
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