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(1) 本書は、終戦後の昭和28年に制定された「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」によって設立された「灘五郷酒造組合」創立30周年記念誌として講談社の編集により、昭和58年10月に刊行されたものである(2)全国屈指の酒造地帯として名を馳せた「灘の酒」について著名な大学の教授がその歴史、文化、風土について専門的な立場から解り易く説いている(3)「灘酒を創る」の項においては、水、米、麹、酒母、醪、熟成について臨場感溢れる写真をふんだんに用い、科学的視点から親切、丁寧に解説している(4)酒は現世の万人が暮らしに欠かせないものであって、酒にまつわる書物もいろいろあるが、本書は「博物館」の名のとおり見て楽しめる、灘五郷が産業史として誇れる貴重な書物である
情報所有館 : 国立科学博物館
(1)本書は、酒造に関係する技術者、杜氏、従業員はもとより、経営者、営業マン更には日本酒文化に興味を持っておられる一般消費者のお役に立つものをとの趣旨で、約3000用語を編纂している(2)内容は日本酒並びに酒造関連用語の解説はもとより、明治以降の「在来法」における酒造用語、酒造用具を古語として収録し、また大正末~昭和中期の酒造りの写真集や日本酒関連資料を巻末に収載している(3)昭和54年に発刊され、年月の経過、業界内外の変化に伴い、平成9年10月改訂版が発行され現在に至っている。灘五郷の歴史は古く1700年代に遡るものであるが、大正6年に酒造技術者によって「灘酒研究会」が発足し、今日に至るまで業界発展に貢献しており、本書の編纂は研究会会員の渾身の努力によって刊行された貴重な解説書である。
情報所有館 : 国立科学博物館
清酒製造業は蔵人といわれる酒造技能者の労力に頼る労働集約型産業であった。昭和30年頃より逐次機械化が進んだが酒造の最終工程である「醪搾り」は多くの研究試作にもかかわらず自動化できなかった。 昭和38年に開発に着手した「藪田式自動醪搾り機」は昭和40年に実用化され2昼夜に及んだ工程が1昼夜に短縮されただけでなく品質の向上、作業環境等の改善に大きく寄与した。現在清酒業界への普及率は約80%に達している。
情報所有館 : 国立科学博物館
1919年佐賀出身の犬塚伊三郎が我国最初の特殊自動車専門の「犬塚特殊自動車工場」を設立、ダンプカー、溶接構造の楕円型タンクローリ、機重機付き貨物自動車、バキュームカー、散水洗浄車、密閉式塵芥車、ミキサー車、バラセメント運搬車等数多くの我国最初の特殊自動車を送り出してきました。写真のアルバムと1942年の会社経歴書は車両の写真、製造年度、納入先及び価格が記された日本の特殊自動車の黎明期の歴史が記された貴重な記録集
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当社は1919年佐賀出身の犬塚伊三郎が国最初の特殊自動車専門の「犬塚特殊自動車工場」を設立したことに始まり、1919年にダンプカーの開発に着手、1923年に堅型ホイストダンプ車を完成し、関東大震災の復興作業の能率化に著しく貢献した。本写真は1933年頃の懸架式ダンプトラック。
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当時リベットで製作されていた円筒形の燃料タンクローリー車を合理化、タンクを楕円化し、全溶接構造で製作し、搭載効率の向上をした燃料タンクローリー車。
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本散水車は重力による散水の他に、圧力により散水する機構を備え、道路面の洗浄を兼ねるもので都市の美化、衛生思想の向上に貢献した車両。
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当時糞尿は手桶と荷車により汲み取り運搬されていたが、これを真空ポンプにより汲み取るように機械化したもので、下水が普及した現在はあまりみられなくなったが、戦前、戦後長く作業の効率化と、環境衛生の向上に著しく貢献した、まさに日本独自の特殊車両。
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自動車の機動性と重量物の積卸しを機械化し、作業・運搬効率を著しく向上した起重機付貨物自動車、現在のトラッククレーンと機構的に変わらない原型ともいうべきもの。
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セメント等の粉流体の運搬車で、タンク底部に備えたエアスライド板により粉体を流動化し、エアコンプレッサーによる空気圧でパイプを通して直接高所のサイロに運搬できるようにしたもの。
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大変苦労しながら、国産の技術のみで開発されたトラックミキサーの1号車。装置は現在と異なり、独立エンジンで駆動されているが、ドラムは現在主流となっている傾胴型で、基本的な形状は現在でも変わらない。
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当時セメントなどの粉流体は紙袋、布袋などで分割されて、普通トラックで運搬されていたものを合理化、粉流体のままタンクに収容、底部に設けたスクリューコンベアで排出出来るようにしたバラセメント運搬車の1号機。
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当時塵芥は人手により無蓋トラックに積み込んで運搬されていたものを、有蓋式に改め、更に積込積卸を油圧式パッカープレートで行い、全自動式とした塵芥車、基本構造は現在も変わらない。
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1960年代に入り日本航空DC8型ジェット機の就航とともに本格的な航空機時代を迎え、航空機床面高さも次第に高くなり、リフト式の車両が必要となり、そのころ開発された高さ3m機内食搭載用のリフトトラック。
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1964年本格的なジェット機の全日空ボーイング727型機就航とともにそれまで航空機内に内蔵されていたパッセンジャー用のステップが地上側に備えるようになってきた。そのころ開発されたパッセンジャーステップ車。
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1960年代日本航空DC8型機の就航とともに本格的な航空機時代を迎え、千歳空港で航空機の除雪に使用された航空機除雪車。2槽の800リットルのエチレングリコールタンク、及び3万Kcal/hのボイラーを搭載した本格的なもので、高さ12mの作業台から加熱された除雪液を放液する構造の梯子式高所作業車。
情報所有館 : 国立科学博物館
国内で初めて、ルーツブロワー(吸引ポンプ)をシャシのフルパワーPTO(動力源)で駆動させ、工場等から排出される産業廃棄物を、直接ホースで車両後部に設置した汚泥回収タンクに吸引回収し、処理場へ運搬する汚泥吸引車を開発しました。
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