「」 に対する検索結果 : 26828件
前の50件 (19051-19100/26828) 次の50件 ![]()

功刀雅長先生は京都大学にて、燃焼に関する研究、ガラスタンク窯に関する研究、ガラスに関する研究、結晶酸化物・焼結体に関する研究を実施され、我が国のガラスおよびセラミックス工業へのその寄与は大である。本資料は、先生が発表された約150報の研究論文および総説について、その写しを冊子としたものである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

田代仁先生は京都大学にて、ほうろうに関する研究、ガラスの製造及び性質に関する研究、結晶化ガラスに関する研究、融液凝固法によるセラミックスの製造と性質に関する研究、焼結法による特殊セラミックスの研究を実施され、我が国のガラスおよびセラミックス工業へのその寄与は大である。本資料は、先生が発表された約160報の研究論文および総説について、その写しを冊子としたものである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

梅屋薫先生は京都大学および東北大学にて、粉体域(圧縮成形域)での成形の研究、泥しょう域(鋳込成形域)での成形の研究、泥土域(ろくろ成形域)での成形の研究などを実施され、我が国のガラスおよびセラミックス工業へのその寄与は大である。本資料は、先生が発表された約200報の研究論文や総説などについて、その写しを冊子としたものである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

作花済夫先生は京都大学および三重大学にて、無機ガラスの生成と構造、酸化物ガラスの物性、ガラスの結晶化、結晶化ガラスならびに結晶材料、機能性ガラス、非酸化物ガラス、ゾルーゲル低温合成法について研究を実施され、我が国のガラスおよびセラミックス工業への寄与は大である。本資料は、先生が発表された約320報の研究論文について、その写しを冊子としたものである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

曽我直弘先生は京都大学、米国コロンビア大学、米国ライス大学にて、無機材料の格子動力学、ガラスの物性と構造、機能性ガラスについて研究を実施され、我が国のガラスおよびセラミックス工業へのその寄与は大である。本資料は、先生が発表された約350報の研究論文について、その写しを冊子としたものである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

大正11年創業、昭和33年に組織変更により松徳硝子株式会社となり食器硝子等の製造を行ってきた会社の「沿革及び現況」、「給与及福利施設」、「ガラス食器の出来るまで」からなるパンフレット。「厚生施設」「当社製品」「各種行事」の写真も掲載され、当時の硝子製造会社の様子が良くわかる資料である。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

労働省による職業訓練法に基づく技能検定は昭和34年から実施されたが、ガラス工業に於いては昭和52年後期から行われた。この実施にあたり、学科試験用参考書として受験生の為にこの「受験の手引」が(社)東部硝子工業会により制作された。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

サンブル社(現サンゴバン社)により開発されたデュープレックス機は、世界で唯一現存する磨板ガラス製造機。両面同時に板ガラスの粗摺・研磨を行ない、高精度の平行度と磨き度を有する。上下一組で一式となった研磨機・ロンジロンからなり、それらには複数の研磨盤が取り付けられ、上下同位相でガラスリボンと直角に往復運動するようになっている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

自動車の運行速度等の運転情報をフロントウインドウに投影して表示するヘッド・アップ・デイスプレー用・透明特殊スクリーン(コンバイナー)付きウインドウガラス。運転者が前方の景色から殆ど視線を移動させずに運転情報が確認できるとして、'89、世界で初めて日産自動車の量産車に搭載された。コンバイナーはゾルゲル法で作成しており、ゾルゲル膜を自動車用に応用した世界初の例でもある。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

米国より日本にコカコーラが上陸した際に採用されたびん。様々な媒体でびんの形状は紹介されており、コカコーラの象徴とも言えるボトル。米国の厳しいスペックに合格した会社のみが製造を許可され、国内生産、国内充填が行われた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

日本国内で最も知名度の高い炭酸栄養飲料。炭酸入りのため医薬品にはならず清涼飲料として発売され、大ヒットした。オロナミンCのびんは日本で最も多く製造されたびんであり、最盛期には年間12億5千万本の新びんが出荷された。その後キャップ等が変更され、現在に至っている。1965年~。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

昭和46年着工。昭和47年5月10日1号窯稼働。その後増設し、3窯体制となる。敷地面積163,000㎡、日産900トンの同工場は、当時、アジア地域最大・最新のガラスびん工場として大きな話題を集めた。現在でも有数の規模を誇っている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

スリーブ状の一軸遠心発泡ポリスチレンフィルムをガラスびんに装着させる設備。スリーブをびんに装着し、熱収縮によりびんに密着させる。国内に初めて導入され、1974年稼働開始した。毎分300本のガラスびんの処理能力があった。1990年には、このフィルムを巻いた300ml容量のびんが、業界全体で年間12億本生産された。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

炭酸飲料向けリターナブル大型容器として、ガラス表面に300μ程度の樹脂コーティングを施した製品。樹脂コーティングによりリターナブル耐性を高めると共に、ガラスびんが割れた場合の破びんの飛散防止効果を高めた。1974年から発売。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

軽量びんに発泡ウレタン素材のラベルを全周装着し、ガラスびんの初期強度の維持をしつつ、ラベルの表現力を大幅に向上させた製品。店頭での消費者へのアピールが高く、各種の飲料に採用され、主に清涼飲料で大ヒットとなる。1974年から発売。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

軽量びん生産には欠かせないナローネックアンドプレス法(NNPB)は、1967年に世界に先駆けてドイツ・ハイエ社が実施した。これに刺激され、独自開発を進め、国内では最初となるNNPB製品の生産を1978年3月開始、1981年には、ジュース1000丸K軽量びんを生産し、日本のガラスびんの超軽量びんへの扉を開いた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

ガラスびんを製造する機械の中でも、国内最高速マシンで国内に初導入された設備。小型ドリンクびんで一日24時間で80万本のびんが生産できる。1983年10月稼動開始。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

160ml~200mlの容量で、小型びんでの広口対応で飲みやすさとキャップの開栓性を向上させた製品。当初は100%果汁でブームとなったが、その後多様な中身の製品が発売された。1987年~。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

エコロジーボトルは、原料にカレット(ガラス屑)を90%以上使用して生産されたガラスびんである。このエコロジーボトルのメリットは、カレットの再利用による製造段階での省資源・省エネルギーを促進し、またCO2等の排出量や廃棄物の削減等が挙げられる。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

宅配向けリターナブル牛乳びん。従来の重くて扱いにくい牛乳びんを軽量化して、かつ胴部にくびれを設け、持ちやすく、注ぎやすく、滑りにくい形状にした。ガラスの表面に60μ程度の樹脂コーティングを施し、リターナブルびんとして従来の倍程度の耐久性を実現した。「2000年グッドデザイン賞ユニバーサルデザイン賞」「第24回木下賞」「2000ワールドスターコンテストワールドスター賞」「第4回エコライフびわ湖賞」受賞。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

超軽量一般びんシリーズは、いずれもガラス使用量をほぼ極限まで抑え、世界最高水準の軽量度合いを実現した日本ガラスびん協会が定める「超軽量びん」である。これらは、省資源、省エネルギー容器であると同時に、CO2排出量削減など環境保全に大きく貢献する。そして、これらはケース単位での荷扱いが容易となり流通での負担軽減されることが評価されている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

最も古いカタログ(写真状態で残る)は1911年発行のもので、タイトルは『壓搾玻璃器形録』(「アッサクハリキカタログ」と読む)とあり、その漢字表現が時代を物語っている。現存する大正から戦前までの国内向けおよび輸出向け「型録」(カタログ)10数冊は、デザイントレンドを含めあらゆる視点で我が国のガラス食器の歴史そのものを表しており、当社のカタログの歴史もまたそのまま我が国ガラス食器業界のカタログ歴史と言える。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

“Semi-Automatic-Stemware成形ライン”の略称で、導入時は各成形機間の受渡しを人が行っていた。現在は完全自動となっているが、名称はそのまま残っている。ボール(胴部)成形機、ステム成形機、台成形機、バーンオフマシンからなるラインで、成形速度は毎分30~45個である。ボール成形機はブロー&ブロー製法で、ガラス職人が竿を回すような動作も加わり高品質が得られる。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

世界で最も普及しているタンブラー成形機で、原形は米国ハートフォード社によるもの。12又は18セクションの回転式の機械であり、成形速度は品種によって毎分40~120個程度のタンブラーが成形できる。プレス&ブロー製法と呼ばれ、粗型によるプレス工程の後に仕上げ型内でプロー(圧縮空気)成形することにより製品形状が得られる。一般的には成形機の後でバーンオフマシンによる不要部分の除去と口部のなめしが行われる。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

初期はシルクスクリーンが使われ、インキはペーストカラーが主流であったが、ステンレススクリーンを使用したホットカラーの多色印刷が導入され、能率性が向上した。インキも高温焼付を必要とするセラミックカラーだけでなく、紫外線硬化型等の有機インキによる低温処理も可能となった。フォトレジストによるパターン形成技術や画像のデジタル処理化等製版技術の発展と共に、用途に対応する印刷機の開発も進んだ。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1951年、日本で初めてガラス食器へのシルクスクリーン印刷の大量生産設備を完成。同時に量産に適する装置の特許を取得。そしてスクリーン印刷の黎明期として、小企業が多いプリントガラス業界にその技術を広く開放したことにより、普及に拍車を掛けた。当時のパンフレットには「広告界の彗星」、「宣伝効果100%」「絶対剥脱せず」などの文言も見える。その後、ガラス食器業界は本格的なガラス印刷時代を迎えることになった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

同賞は本年で創設48年を迎えたわが国唯一の総合的なデザイン評価・推奨制度。当社は、1957年の第1回での受賞から本年までの受賞アイテムは200アイテムを超える。これは年間の平均受賞が4アイテムというハイペースの受賞で、良いデザインのものを市場に供給し続けたと同時に、「Gマーク」をガラス食器という日用品分野へ半世紀にわたり普及・推進を図った貢献度も大きなものがあると自負している。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1967年口部に物理強化処理した口部強化タンブラーの量産に入った。これを「HS」(ハードストロング)と称し商標登録。耐久性は、処理しない普通のガラスよりおよそ10倍長持ちする(当社比)。爾来38年間、「HS」の高機能品質は需要家の支持を得て順調に数量を増やしてきた。そして現在では「HS」製品の占める割合は全生産アイテムの20%を超える製品群となり、「HS」は業務用ガラス食器の代名詞、と言われるまでになった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

わが国工業デザインのパイオニアとされる高名なデザイナー柳宗理先生が手掛けた数少ないガラス製品の代表作。開発におよそ2年間を掛けて1967年に完成。最大の開発ポイントは「日本酒のための盃」のイメージを持たせること、例えばワイングラスは誰が見てもワインのためのグラスと判るように、誰が見ても日本酒のグラスだとの明瞭な識別が出来ることにあった。日本酒造組合中央会との共同製作。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1976年業界の先駆けとしてフランスの世界的デザイナー「ピエール・カルダン」ブランドを導入。カルダンによるガラスデザインと印刷デザインの相乗効果により爆発的ヒットとなる。これは歴史的に、スクリーン印刷の技術向上とも相まってその後のデザイナーズブランドのブームに繋がった。また同時に、現在では一般的であるキャラクター商品の原型となった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

およそ12年の歳月を掛けてオーケストラ仕様の本格的な楽器をクリスタルガラス等で制作。それらは23種類の多岐にわたる楽器群となった。長年にわたり各地、各種の演奏会を開催した。なかでも1985年『科学万博つくば'85』での武蔵野音楽大学の総勢40名によるクリスタル楽器9種類19台での演奏「ファミリーコンサート」は最大のイベントであった。これらは、ガラスを音楽文化に融合させたとして、歴史に記録されるものである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1942年当時製作、配布された当社グラスファイバー製品のカタログ(パンフ)。当時の製品の写真、簡単な説明を記載している。当社は戦前の1938年からガラス繊維の研究を開始し、1939年、日本ではじめて工業生産を開始した。アメリカのOCF社(現OC社)とほぼ同じ時期のスタートだった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

80年史の中でグラスファイバー事業部門の歴史について記述している。主な写真は、1.内野工場ガラス繊維紡糸風景(1955)。2.ガラス繊維4000ホールブッシング(1970年代前半)。3.東京ドーム(1987年)。日本初めての恒久膜構造建築物で、弊社極細ヤーン使用クロスが膜材の原料として使用されている。なお、「生産技術と商品の変遷2」にガラス繊維製造技術の変遷を記載してある。日東紡は、日本における、ダイレクトメルト(直接紡糸)法、及び、細番手ヤーンダイレクトメルト(直接紡糸)法の草分けである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

資料写真は、当社の前身である日米板硝子社が福岡県に建設したコルバーン式板ガラスの熔槽煙突。わが国最初の板引き法によるガラス生産設備である。1920年に操業開始。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

わが国で初めて製品化に成功したグレー色調の熱線吸収ガラス。組成の中に微量の金属成分を加えて着色されたガラスで、環境のコントロールにも大きな効果を発揮する。資料写真はグレーペーンが初めて大量に使用された当社大阪本社ビル(現存しない)。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

大板ガラスを特殊な金物で吊り下げ、ゆがみのない大きな開口部を構成するガラススクリーン。1964年独ハインリヒ・ハーン社と技術提携を行い、我が国の実情にあわせた改良を加え発表した。ガラス開口部の大寸法化に大きな貢献を果たした。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

平滑性に優れた、ゆがみの少ない透明板ガラス。溶融金属の上に帯状のガラス素地を流し、火造りのままで連続製造された美しい板ガラス。当社は英国ピルキントン社から技術導入し、1965年に東洋で初めて生産を開始した。資料は設備稼働後、最初に出てきた溶融素地の先端部分。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

2枚のガラスの間に0.2mmの真空層をつくることで、熱の伝導と対流を防ぎ、放射は高断熱特殊金属膜で抑えている。そのため、冬は暖かく、夏は涼しい環境をつくりだす。また単板ガラス用サッシに装着できるという特徴も備えているので、既存住宅の窓のリフォーム断熱化も可能。地球環境保護(CO2削減)という視点からも、大きな貢献が期待されている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

網がない防火ガラスなので視界も広がり、窓から景色を存分に楽しめる。特別な熱処理加工を施した超強度の強化ガラスで、同じ厚さのガラスの6倍を超える強度がある。万一の火災発生時には、防火ガラスとしての性能を発揮する。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1976年から1992年にかけて当社が刊行した技術広報誌全18号。当社が生産する特殊ガラス製品または生産技術に焦点を当て、社外における技術史から社内における技術開発の経緯を詳細に紹介したもの。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

光電子を測定するための検出器。直径20インチ(約50cm)。当時世界最大。東京大学宇宙線研究所の核子崩壊観測実験施設(カミオカンデ)に設置され、超新星ニュートリノの観測を世界で初めて可能にした。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

ブランデーグラスを模したデザインのガラス灰皿。20年余りの間に約250万個を生産販売した手吹きガラス商品としては、歴史的な灰皿。長期継続的に原料を溶解する事により困難なルビー色の赤ガラスを開発。なお、著名な土屋陽三郎コレクション「灰皿」の著書に収録。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

スウェーデンで開発されたスピニング単座成型を複座にし、さらに岡本特殊硝子では、回転式6ヘッド(座)式成型へ開発を進めた。この成型はスウェーデンからも引合いがあった程。このスピニングは日本で初めて本格生産した成型機であると同時にデザイナー木村四郎の金型制作においても秀逸なものがあった事は現在でも生産販売されている事から実証される。仏D社が類似品を生産する程、注目された。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()