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「野田市史研究」第5号(1994年発行)に、林玲子先生(流通経済大学名誉教授)の寄稿による「大正・昭和初期のキノエネ醤油」と題した論文が収載されている。1.山下平兵衛商店(キノエネ醤油)の沿革。2.キノエネ醤油の史料。3.店勘定帳の分析(大正6年~昭和10年)。4.今後の課題の各章にわたり、当社の大正初期~昭和初期の詳細な論文が収載されている。
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丸大豆醤油製造試験。醤油の蛋白質原料としては一般的に脱脂加工大豆が使用されている。ところが飽食の時代になり、本物志向や、自然食志向の消費者が増えてきた。そこで、戦前まで醤油の原料として使われてきた丸大豆を使用し醤油製造技術を再検討した。その試験結果を埼玉県内の醤油業界に指導普及したのがきっかけとなり、「丸大豆醤油」が全国的に製造されるようになった。
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醤油の速醸法として新式2号法があるが、この改良法として、小麦麹を分解液に直接仕込まずに、いったん塩水で仕込んで単独諸味をつくり、酵母で7~10日間発酵させたのち、分解液と合わせ、発行を活発に行わせる方法(*埼玉方式)である。昭和38年には全国各地で発表され,全国的に有名になり,良質の醤油が全国で醸造されるようになった。
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1970年代に、たまりしょうゆを米菓業界に売りこむ為、米菓製造において使用されている機械の小型サイズを自社にて設計、製造した。それにより、各米菓メーカー毎の生地に対するタレの試作が可能となり、物性や味に関して、より具体的な技術指導、提案ができるようになった。テクニカルサポートの先がけである。澱粉メーカーの松谷科学と協力して、米菓へのタレの物性についても研究がすすんだ。
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店おろし帳:文化3~6年の米屋文右衛門の店おろし帳。中には大麦・大豆・小麦・その他ろうそく・草履等の棚卸が記載されている。その他、商人・仲間諸用留:安政5年、金銀出入帳:嘉永2年、借用申金子証文之事:文久元年、質地売渡申畑手形之事:文政8年、などの展示文書類。
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この稲荷神社は、目車町鎮守として目車通り南門に祀られ、町民に尊崇されていた。同社は社寺統合の布告により明治43年10月21日長柄神社に合祀されたが、これを機会に正田家が目車町より譲り受けて正田醤油株式会社敷地内に遷社されたと伝えられ、以後正田稲荷神社として栄町及び正田醤油株式会社の守護神として祀られている。
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嘉永6年、2代目正田文右衛門が店舗として建てたもの。以降昭和61年まで正田醤油本社屋として使用。現在は記念館として使用しており、内部には正田家300年の家系図に始まり、創業当時の醸造道具や昭和初期のポスターなど江戸時代から明治・大正・昭和にかけての記念品を数多く陳列。
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明治6年、3代目正田文衛門が醤油醸造を始めるに当たり、野田の茂木房五郎氏より贈られた醤油醸造のための経営指導書。原料配合等が細かく記されており、業界でも貴重とされている。
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東武線館林駅より正田醤油構内への原料搬入などに利用したトロッコ列車の軌道。部分的にそのあとを残しているが今後の駅西口開発工事により消滅の可能性がある。
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正田醤油株式会社の本社棟およびホール棟。約100年前に建築された全長100mと60mに及ぶ木造醤油蔵をオフィスとして改修。現在登録有形文化財として指定されている。
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我が国の醤油醸造業の現況を業界年史として全2巻にまとめ発行した。第1巻では、1.醤油の沿革。2.企業の勃興。3.醤油中央団体の推移。4.地域業界史の4章にわたり、明治から昭和初期の醤油業界の現状を詳細にまとめた年史。また、第2巻では、1.業界の推移。2.中央団体の推移。3.地区団体の推移。4.紳士録の4章にわたり、昭和33年~昭和42年までの業界情報が収載されている。
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河又株式会社・大醤株式会社が創業200年周年を記念して刊行した社史。大阪府堺市の醤油屋の創業期(江戸時代)から今日までの激動の歴史を1.醤油製造技術の変遷、2.食文化の大きな変化の潮流、3.地元(堺)の都市発展の過程等を背景にまとめた。単なる社史ではなく、小さな醤油屋から見た江戸期、戦前、戦後の三時代の文化史でもある。
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生(なま)醤油は、普通の製品と違い、加熱していない生の状態の醤油。醤油の多くは出荷前に加熱処理されたものだが、生醤油は火入れせずにしぼったままびん詰めしているため、酵素が活性化した状態で保たれている。宝「生しょうゆ」は(写真)生醤油のびん詰めとして1968年(昭和43年)から販売している。
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この醸造伝承館は、1879年(明治12年)の創業の弊社が1916年(大正5年)に建築し、食塩の倉庫として使っていた通称「大五蔵」と呼んでいた蔵を改装し、1987年(昭和62年)に誕生した。過去に使用していた溜醤油味噌の醸造用具や資料を展示し、その用具をじかに触れ、動かすことも出来る。合わせて資料の閲覧もできる。
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長野県には海がないため、古い時代より本県の塩は、日本海・糸魚川から白馬山麓・大町や松本を経て、(その名が示す通り)「塩尻」まで南下していた。「塩の道」の入口としての有利性から、醤油の生産が盛んに行われた時代もあった大町市には、当時を偲ばせる複数のお蔵が今も残っている。三十年程前に「平林醤油醸造店」が当博物館として姿を変え、現在は大町市が管理している。
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諸味の熟成は1955年頃から従来の木桶、コンクリートタンクから鉄製(エポキシ系樹脂ライニング)に変更され現在は1本100KL以上(木桶の20倍以上)の諸味管理がなされている。また、諸味の温度管理も自動的に行え、微生物管理の徹底とかみ合って熟成期間も1年から約半年に短縮された。さらに諸味の攪拌も櫂を使用する方法から、圧縮空気によって日と攪拌時間をプログラムすれば自動的に行えるようになった。
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近年、醤油の販売容器は樽売りからペットの小型容器に変化するとともに出荷量も増加し、生産本数が急増した。このため、時間あたりの充填本数を増やすために、ロータリー式充填機を採用、本充填機は1.8Lハンディーボトルを170本/分以上充填する能力がある。また、充填中の異物混入を防ぐために、衛生的に区切られた部屋で醤油は詰められている。
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醤油の主原料の1つである小麦の炒煎は、大きな鍋で混ぜながら炒る時代から、砂と混合し連続的に均一に炒る方法に進歩し、さらに1990年頃から熱風で小麦を流動させ、1~2分で炒る方法に至っている。この方法により、処理量の増加はもとより、小麦を均一にしかも炒り状態を熱風温度、時間で正確に管理できるようになった。
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醤油の殺菌、火入おりの生成、香気の付与等の目的で行う醤油の火入れは、殺菌する微生物の対象が近年、芽胞を作る殺菌類になり、火入れ温度は100℃以上で醤油を殺菌する方向になってきた。プレート式熱交換機はプレートを挟んで醤油と蒸気で加熱された熱水が流れ、熱水により醤油が加熱される方法で、プレートの大きさ、枚数により能力が決まる。
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醤油麹と塩水を諸味タンクに入れることを仕込みと言っているが、1965年頃までは、輸送設備の問題から麹と塩水を別々に投入していたので仕込直後の攪拌(荒櫂)により麹と食塩水を充分混合させて、腐敗を防ぐことが醤油の品質管理上たいへん重要であった。しかし近年は出麹と塩水の混合した状態で輸送するポンプが開発されたことで、荒櫂が簡便になった。
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醤油諸味の圧搾原理は古くより変っていない。すなわち、諸味を布に包み少しづつ圧力をかけて、3~4日かけて生汁と醤油粕に分離する方法は機械化による大量処理と省力化を目指して進歩してきた。最近は1,000m以上の長いナイロン系ろ布を3つ折りにし、その中に諸味を送入し、折りたたみながら約6mの高さまで諸味を積み上げる長尺式は、大量生産と大きな省力効果を生み出している。
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醤油の容器は量販店の普及により、容器のまま各家庭で購入されるようになり、樽売りの時代から1.8Lまたは2Lの瓶が容器の主流になり、さらに現在は1L以下のペットボトル容器の占める割合が大きくなっている。しかし、すでに味付けや調理させた副食が種々の会社で大量に製造、販売される時代でもあり、これらの材料としてタンクローリー車での醤油販売の割合も大きくなってきている。
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醤油の醸造で最も重要であると伝えられている醤油麹の製造は、麹蓋(1枚に元原料約1kg)の温度を人が調整する室で麹を造る時代から、1960年頃から麹層の下から温度を調整した風を送り、麹の温度を調整する製麹室となった。この製麹機の形も現在は作業性の簡素化等の理由で円型が主流で麹層の厚さも60cm程度まで可能となり、麹菌も麹層の厚さが増すにつれて、締りの少ない菌が必要になった。
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醤油の主原料の1つである大豆の蒸煮は、無圧で煮込む古来の方法から、1955年頃から加圧釜(約0.1MPa)で30分以上、蒸煮する方式に進歩し、現在では高圧(約0.2MPa)で、数分の連続蒸煮缶が主流となっている。蒸煮方法の進歩で、原料のたんぱく質利用率と蒸煮能力が著しく向上した。
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大正時代に入った頃、当社は札幌の醤油醸造業界のトップの座を占めていた。大正7年、市内苗穂町に第2工場を建設。工場敷地6000坪、建築物2700坪の第2工場には、ボイラー、大豆蒸煮缶、小麦炒機、諸味撹拌装置、水圧機等の最新設備を備え、技術研究のための試験室を付設した近代的工場である。その後、用地建物を拡充、駅前から本社機能を順次、移築し現在に至っている。
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マルキン醤油の創業80周年を記念して、醤油造りの歴史と製造方法をわかりやすく紹介するために、昭和62年に開館。建物は明治時代からもろみを搾る工場として使用された合掌木造で、「文化庁有形文化財登録建築物」に指定されている。館内では醤油造りの歴史が学べ、もろみを搾る棒絞め機、島独特のこうじ室など醤油造りに使われた道具や設備を展示している。
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明治末期から昭和20年代まで使用していた。てこの原理を利用している。諸味を袋に入れて上から、あて木をし圧力をかけて締縄巻取装置で、圧搾する方法。袋では歩留りが悪いため、風呂敷の折りたたみ式で搾る。袋端を押し切らないので、味は現在の圧搾機よりマイルドな味がしていた。
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この消防車は、明治41年に購入したもので石炭・薪を燃料とする蒸気エンジンで作動する消防車である。長時間の運転に強いことが特徴で、人力による腕用ポンプの消防車が大勢を占めていた当時としては最新鋭のものであった。明治・大正・昭和の3代にわたり活動して昭和23年に現役を引退した。全長:4.30m。エンジン出力:30馬力。総重量:1,000kg(1t)。放水量:833ℓ(毎分)。
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諸味とは、麹を仕込桶やタンクで食塩水と混合させたもの。この仕込タンクは鉄筋コンクリートで造られている為、その諸味の品質を損うことなく、又、耐久力等からみても、杉材の仕込桶に代用されるに値する。これは工場設備増強に向け、経営規模の拡大や機械化の拡充等の目的で建設された。
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