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プロセス制御用計算機システム

YODIC-1000。プロセス制御用計算機SCCレベル。使用素子:LSI, MSI。主記憶:磁気コア16kWー256kW,16ビット。補助記憶:磁気ドラム 512k×2、磁気ディスク 4.8M×4、磁気テープなど。言語:YODIC-100と同一命令体系。OS:大規模システム用(YOS-LD)、小規模システム用(YOS-L、YODIC-100を強化)。用途:スーパーバイザリーコントロール計算機(SCS)として、アナログ調節計、制御用計算機YODIC、分散型制御装置DENTUMと接続。

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プロセス制御用計算機システム

HOC-700。プロセス用計算制御システム。スーパバイザリー(SCC)やデータ・ロギング、DDCなど広い応用。使用素子:IC(TTLなど)。主記憶:ワイア・メモリ、16ビット、2k-8kw。OS:オンラインリアルタイムOS。プロセス入出力:入力 256/2048点、出力 32/256点。システム入出力:紙テープ、IBMタイプライタ。外部記憶:磁気ドラム、32k-64k×4。オペレータ I/O:データ表示オペレータコンソール。

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機械翻訳実験用計算機 KT-1 (Kyushu Translator-1)

昭和30年代初頭わが国初の日・英・独3ヶ国語相互翻訳実験のために開発された言語処理研究用計算機である。検索命令やパターンマッチ命令に工夫を凝らし、10万ビットの磁気ドラムを主記憶とし、トランジスタ論理回路を使用した。言語理論は、句構造文法の先駆けともいえる直接構成要素法を採用した。処理方式は、各国語特有の性質を表にまとめ、プログラムはどの方向の翻訳にも共通とした特徴あるものであった。

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TOSBAC-3400

科学技術用計算機TOSBAC-3400は、京都大学と東芝が共同開発した日本で最初のマイクロプログラム制御計算機KT- パイロットをベースに開発された。2進24ビット固定語長のマイクロプログラム制御方式の計算機で、浮動小数点には2語48ビットを用いた。多次の間接アドレス修飾、多重インデックス修飾が可能である。入出力制御には入出力チャネルの概念を取り入れ、本格的なOSも使用されるようになった。

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TTL論理回路カード

FACOM 230-60はFACOM 230-50の4~10倍の処理能力を有し、オンライン機能を強化され、当時の国産機の中では最高の性能を示した。マルチプロセッサシステムの世界に先駆けた採用、モノリッシックICの全面的使用など新技術が導入された。マルチプロセッサシステムは主記憶装置及び入出力装置を共有する複数台の処理装置で構成されるシステムで、従来の複合計算システムとは根本的に異なり、超大型機の新時代を築く画期的なものであった。

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NEAC 2203

1958年に完成された世界で最初のトランジスタコンピュータNEAC 2201にもとづき、1959年に開発された。記憶装置なども含めすべての回路がトランジスタ化され、時分割による複数台の入力装置の多重平行動作などを実現した。アセンブラ(SIP)、コンパイラ(NARC)をもつ。本格的国産トランジスタコンピュータとして、科学技術計算・事務計算用に多くの大学、企業に導入され、当時のベストセラーになった。

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FACOM 201

電電公社電気通信研究所で開発されたパラメトロンコンピュータMUSASINO-1をもとに、富士通信機製造(株)がFACOM 201として商品化し販売した。1960年から本学で研究、教育用として使用していたもので、40ビット固定少数点の加減算が1.8ミリ秒。コアメモリ1,024語、めがね形磁心のパラメトロン約6,000個、真空管約170本、トランジスン約450個が使用されている。昭和35年(1960)年、日本電信電話公社(今のNTT)電気通信研究所で完成された”パラメトロン計算機MUSASINO1号”を基にして、富士通信機(株)がこれに改良を加え”FACOM201”として製作販売した。

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塩化ビニール製造装置

鐘淵化学工業は昭和25年5月に、大阪工場で月算60トンのプラントを建設し生産を開始した。塩ビの基礎研究は鐘紡化学工業部の研究所(鐘淵化学工業の発足によって同社の研究所となる)ですでに終わっており、兵庫工場に月産5トンのパイロットプラントを建設し、昭和24年7月から市販を開始していた。それらの初期の塩ビ製造装置を、創業の地である大阪工場にモニュメントとして遺している。

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顆粒状ペースト樹脂の製造装置

鐘淵化学工業は昭和42年にペースト用樹脂「カネビニールペースト」を企業化し、大阪工場で企業化した。ペースト用樹脂は平均粒径が約1μmと非常に小さく、加工時に取り扱いにくいため、通常ブロック状の樹脂を粉砕して使用していた。この改良方法として、特殊な乾燥凝集方法を開発し、昭和63年に、鹿島工場で設備化を行い、顆粒状ペースト樹脂として製造を開始した。

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重合缶

昭和38年に製作されたファウドラータイプのグラスライニング製の重合缶である。当時は、重合缶壁面への付着が問題で、内面をグラスライニングする事で、付着を防止できるため採用された。その後、付着防止技術の確立により、より伝熱係数の大きいステンレス製の重合缶が主流となった。

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稀薄混合ガス法塩化ビニルモノマー製造プロセス

1959年23社で高分子原料開発研究組合が結成された中で、呉羽化学工業と千代田化工建設が研究を継続、1964年呉羽化学錦工場に塩化ビニルモノマー年産3万トンの工場を完成させた。火焔中にナフサを吹き込み、高温・短時間の熱分解でアセチレン・エチレンを高収率で得、それらを分離することなくアセチレンは直接、エチレンはEDC経由で塩ビモノマーとする、初の石油への原料転換プラントであった。ソ連、インドにも建設された。

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原油分解法塩化ビニルモノマー製造プロセス

軽質のセリア原油を2塔式ペブルヒータで発生させた2,000℃のスチームにより熱分解し、アセチレン・エチレンから塩ビモノマーを、副生タール・ピッチから熱媒油、感圧紙用溶剤、球状活性炭、炭素繊維などを製造するプラントが1970年呉羽化学錦工場に建設された。アセチレンはDMFで分離した後、反応管で塩ビモノマーとし、エチレンはEDCとした。

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塩化ビニル重合缶

大型の塩ビ重合缶として国産の1号機である。特徴は、従来方式の外部ジャケット重合缶と異なり、ジャケットが重合缶の内部に内包された構造となっている。外部ジャケット型重合缶に比べて、総括電熱係数がSUSの材質で約1.5倍と高く除熱にすぐれている。塩ビを重合するにあたって、除熱に優れているため重合時間を短縮する事ができる。このためいわゆる塩ビの高速重合缶として使用され、塩ビの生産効率を高めている。

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電線・ケーブル見本 28種

古河電気工業株式会社は、昭和24年に我が国最初の塩化ビニル電線被覆機を設置し、他に先駆けてビニル電線の製造を開始した。昭和26年頃からは、本格的に実用段階に入った。ビニルは従来のゴム絶縁に比較して優れた絶縁性能を有し、かつ押出機で容易に製造が可能であり、機械強度が高いことからシース材として広く利用されている。ここには600Vビニル電線、ビニル絶縁ビニルシース局内ケーブル等28品種が保管されている。

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塩化ビニルの大型重合器

スケールが付着しない技術の開発により、重合缶の大型化の操業が可能となり、世界で初めてコンピューターコントロールシステムの大型重合缶(130m3)を完成した。これにより、生産性、安全性、およびPVCの品質の向上が図られ、クローズド操業の基本となった。

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塩化ビニル用重合器

1964年に稼働した日本初の下部挿入撹拌翼装着の重合器の同型機。容積:14m3、材質:グラスクライニング鋼、撹拌翼:ファウドラー型3枚後退翼。2001年現在、多目的に使用中。

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横型連続流動乾燥器 B

本資料は、1970年に国内初の塩ビ樹脂用連続流動床式乾燥機として稼動を開始した。従来、気流式乾燥機が一般に使われ、この方式では、高温で多量の空気を乾燥に使用するため、エネルギー原単位が悪く、又、品質的にも高温により変色した樹脂が混入するトラブルが発生した。本資料は、バッチ流動床式乾燥機の技術を持つ奈良機械製作所と三井化学で共同開発した上記2つの欠点を改良した乾燥機である。その後、他樹脂でも使われた。

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硬質塩化ビニル板製造装置(押出機)銘板

昭和33年12月、アメリカNRM社より導入。翌年5月より日本で初めて鉛系処方のTダイス法による硬質塩化ビニル板の生産を開始。その後錫系処方を加え約15年間塩化ビニル平板の主力機として稼動。網干工場で生産停止後タキロン(UK)(英)に移設された。

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“塩ビモノマー反応器”図面

本塩ビモノマー反応器は、1951年にチッソ水俣工場実プラントで生産を始めたもので、戦後日本で最初に実働したものである。アセチレンと塩化水素とを反応させて塩ビモノマーを合成する装置。能力は月産150台。

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“重合器”図面

本重合器は、1951年にチッソ水俣工場実プラントで稼動を始めたもので、懸濁重合ポリ塩化ビニル生産に使われた。国産技術の懸濁重合POCとしては本邦最初のものであり、パドル翼を採用している点が特徴的である。重号器Valは12m3、技術開発、設計、製作、建設全て日本窒素肥料自身によって実施された。

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“脱モノマー塔”図面

本脱モノマー塔は、1977年チッソ水俣工場で、最初に商業運転されたものである。チッソの脱モノマー塔の特徴は、世界各国のPOCメーカーに採用されており、2000年末現在70基以上が運転されており、全てのユーザーから高い評価を受けている。PVCの品質を損なうことなく、PVC中の残留VCMを効率良く除去回収することができる。         

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固定床オキシクロリネーション反応器 EDC分解炉

VCM(塩化ビニルモノマー)の製造プロセスは、1966年に国内最初のエチレンを原料とするオキシクロリネーション反応技術が商業化され、従前のアセチレン法が淘汰されるといった一大変革を経験し現在に至っている。当該設備はその記念すべき一号機であって、今も現役の第一線で稼動している。

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塩ビ鋼板を用いた初期の製品(宝石箱型オルゴール)

塩ビ鋼板は通常の溶接法が適用できないという難点はあるが、この問題さえうまく工夫すれば、あらゆる用途に有効に利用できる。飾り縁ジョイントを用いることにより巧妙な設計で美しい宝石箱が手折るゴールが造られた。

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塩ビ鋼板を用いた初期の製品(アイスペール)

蒸着アルミめっきを施したPETフィルムを表層に貼り合わせした塩ビ鋼板を採用することにより、優れた見映えとともに食品衛生の面にも適合している。従来、フロムメッキ機であったものを置き替えることにより、大きく省力化、コストダウンに寄与した。

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塩ビ鋼板を用いた初期の製品(ドア・ノブ)

木目柄を裏印刷した透明塩ビフィルムを、鋼板上の着色塩ビ被膜に加熱圧着し、エンボス加工を施して造られた塩ビ鋼板が採用されている。木目柄が摩耗等により落ちないこと、厳しい絞り加工も可能なことが特徴である。

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塩ビ鋼板を用いた初期の製品(トラベルウォッチ)

絞り加工による成形に適した塩ビ鋼板は、プレス加工のみでレザータッチの高級なケースが製造できる。アッセンブリーの方法をうまく設計することにより、他の方法に比べ格段に安く、丈夫で美しいケースを造ることができる。

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塩化ビニル製窓枠(塩ビサッシ)を日本で初めて使用した家屋

塩ビサッシは1955年頃ドイツで開発され、断熱性、気密性に優れていることから省エネ政策に押され80年代に急速に普及した。現在の欧米での普及率は40~50%である。日本では1976年に初めて国産化され、北海道、東北から普及した。日本の住宅は省エネ化が遅れており、塩ビサッシの登場により高断熱高気密の省エネ住宅の開発が進むことになる。この家屋は日本の住宅の技術革新に貢献した塩ビサッシ使用の第1号である。

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LP

初めての国産による塩化ビニル樹脂製LPレコード盤。

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塩化ビニル用重合器

日本ゼオンが1952年にアメリカのグッドリッチ・ケミカル社からの技術導入によって設置した最初の重合器と同型の重合器。導入当時グッドリッチ社で使用していたものとも同型である。容量:4m3、材質:ステンレス、撹拌翼:ブルマージン型。

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ペースト塩ビ乾燥機

日本ゼオンが1955年にアメリカのグッドリッチ・ケミカル社からの技術導入によって設置したペーストレジンの乾燥機。能力:50T/M、型式:ディスクアトマイザー型スプレー乾燥機、メーカー:NIRO。

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GPA法塩化ビニルモノマー製造プラント(設計図)

1967年に稼動した塩化ビニルモノマー製造用に開発されたナフサ火焔分解によるアセチレン・エチレン併産装置。能力:13万トン/年(塩化ビニルモノマー)

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MV-DC-201 O.C反応器及びその設計図

VCMの製造法は古典的なアセチレン法から、現在ではエチレン法に全面転換されている。三井化学工業は1969年、その技術の核となるエチレンのオキシクロル化において、当時世界では初めての酸素法および日本で初の流動触媒法を採用したプロセスを開発した。本資料はそのプロセスの心臓部である「O.C反応器」(3号機)とその設計図である。

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硬質塩化ビニル板製造用プレス機(三菱樹脂の本格的な硬質塩ビ板

1952年、国内で初の硬質塩化ビニル板を製造するに当り、ゴム加工用のプレス機を改造した。日本に於ける硬質塩化ビニル板製造用の記念すべき第1号機である。なお、本機は1950年にゴム用に350t水圧鋳鉄製5段で製作されたものである。

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硬質塩化ビニル板製造用プレス機(三菱樹脂株式会社の本格的な硬質塩ビ板用専用機第1号)

硬質塩化ビニル板の製品サイズは、当時の建材サイズの基準であった3×6尺が要望された。その要求に応えるために、初めて硬質塩化ビニル板専用プレス機として製作されたのが本機である。

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古河理化研究所研究報告書(昭和14年分、合本)および古河電気工

この研究報告書の中に、塩ビ樹脂の研究の報告が含まれている。日本における本格的な塩ビ樹脂の研究は1937年、日本窒素肥料および古河電気工業によって開始された。したがって、本研究報告書は日本における塩ビ研究の最も早い時期の研究報告書であり、日本の塩ビ樹脂研究の黎明期の実体を知ることのできる貴重な資料である。

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日本ゼオン株式会社の製造第一号の塩化ビニル樹脂

アメリカのグッドリッチ社からの技術導入で、日本ゼオンが初めて製造した塩ビ樹脂の中から採取、保存していた同社の第一号製品である(蒲原工場)。生産は1952年5月13日。

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鉄興社の初期の塩ビ樹脂で作成したフィルム(ブックカバーに利用

本サンプルは草創期の塩ビメーカーの一つである鉄興社の研究者が、自社の試験重合器で、品質改善の目的で試作した樹脂を用いて、品質評価のためにテストロールでシーテングしたフィルムをブックカバーとして利用していたもの。昭和20年代の塩ビ樹脂の数少ないサンプルである。

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日本ゼオン株式会社蒲原工場アルバム及び同工場写真集ネガフィル

アルバム(1冊)には、日本ゼオン株式会社の創業期から5年間の工場の記録が、写真を中心に、組織図などの関連資料や簡単なコメントを付して一冊にまとめられている。写真集フィルムは、創業初期の工場、製造設備の写真である。いずれも長富力男氏が個人的に撮影、作成した資料である。

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内部可塑化塩ビ樹脂(呉羽化学工業株式会社HCポリマー)で製作し

1958年、呉羽化学工業株式会社は内部可塑化塩ビ樹脂を「HCポリマー」と名付けて発売した。可塑剤を用いないで、透明なフィルムやシートを成形できる画期的な加工性をもった塩ビ樹脂である。用途は真空成形した透明な容器類、ソノシート、キャンプシート等である。HCポリマーは1999年まで製造された。

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「塩ビ容器と包装」(パンフレット)

日本におけるブロー成形による塩ビ製ボトルの本格的な実用化は1960年代の半ば以降である。本パンフレットは1960年代末の塩ビボトルの拡がりを良く映している貴重な資料である。

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「呉羽電解変遷の図解とその解説」他呉羽化学工業株式会社の水銀

呉羽化学工業の水銀法食塩電解プロセスについて、創業から水銀法が廃止されるまでの全電解槽が、試作機も含めて図示され、また工場組織が、末端のオペレーターに至るまで人名を含めて記録されるなど、同社の水銀法電解の歴史の全貌が研究開発の過程を含めて明らかにされている貴重な資料である。

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Isoma射出成形機

独Franz Brawn社が熱可塑性樹脂成形用として1933年に開発した“Isoma”という射出成形機である。射出能力は30gに過ぎないが、加熱シリンダーを装備し、電動機で駆動する横型射出成形機で、今日用いられている横型射出成形機の原型をなすものといえる。1943年日本窒素肥料が購入し、レーダー部品の成形に使用された。第二次大戦中に独からUボードで日本へ運ばれた。

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5000t射出成形機

旭有機材工業(株)は、1957年以来、射出成形による塩ビ製バルブを生産していたが、1971年には、当時、世界最大の3300tの射出成形機を設置、大型のバルブの生産を開始した。さらに1992年に、世界最大の5000tの射出成形機を導入し、現在稼働中である。この成形機によって、口径600mm、肉厚140mmの大型バルブが成形可能となり、また市場ニーズに応えた超大型製品の開発が出来るようになった。

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3300t射出成形機

旭有機材工業(株)は、1957年以来、射出成形による塩ビ製バルブを生産していたが、次第に大型のバルブの成形が求められるようになった。そのため、1971年には、当時、世界最大(3300t)の射出成形機を設置した。この成形機は現在も稼働中である。それまでは、熱可塑性樹脂での厚肉成形は困難とされていたが、技術革新により60mmまでの厚肉品の成形が可能となった事から口径350mmの大型塩ビ製バルブが成形できるようになった。

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塩化ビニル製バルブのカタログ

旭有機材工業(株)は、1957年、日本で初めて射出成形による塩ビ製バルブの生産を開始した。このカタログは、草創期のカタログであり、当時、どのような製品が製産されていたかを伝える貴重な資料である。

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射出成形による草創期の塩化ビニル製バルブ

旭有機材工業(株)は、1950年代前半より金属バルブに代るプラスチック製バルブの開発を手掛け1952年塩ビ製バルブの上市を行った。当時の生産は圧縮成形によるものであったが、1957年日本で初めて射出成形による塩ビ製バルブの生産を開始したものである。最初の製品は耐酸性、耐蝕性を目的に旭化成(株)延岡にて使用された。このバルブは、旭化成(株)で2001年まで使用されていたものである。

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国産第1号硬質塩化ビニル管製造記念写真

1951年9月13日、東亜合成化学名古屋工場で、イギリスの押出機メーカー、ウィンザー社の技師長E・G・フィッシャー氏の指導で、日本で初めて、硬質塩ビパイプの押出しに成功した時の記念写真である。

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国産初期の塩ビ管サンプル(象牙パイプ)

1951年9月13日、東亞合成化学工業の名古屋工場で、イギリスの押出機メーカーのウィンザー社の技師長、E・G・フィッシャー氏の指導で、日本で初めて硬質塩ビパイプの試作に成功した。このサンプルはその一部である。当時、色は白色であり、高価なこともあって「象牙パイプ」と呼ばれた。尚、押出機はウィンザー社製のRC-65型機であった。

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6オンス射出成形機 図面1式(4葉)

寺岡製作所(現・アロン化成)は、戦後、射出成形機の開発に取り組み、1950年代の前半には2オンス、3オンスの成形機を完成、1954年には6オンスの射出成形機を完成させた。本設計図は、この6オンスの成形機の図面であり、初期の射出成形機の状況を伝える貴重な資料である。

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初期(昭和30年代)の射出成形機のアルバム1冊

寺岡製作所(現アロン化成)は、戦後、射出成形機の開発に取り組み、1950年代前半には2オンス、3オンス、6オンスの射出成形を完成させた。特に塩ビは、流れが悪いため高い成形圧力が必要であるが、当時のポンプでは140kg/cm2程度が限界であり、塩ビの射出成形は困難であった。寺岡製作所は、特殊なポンプを考案して210kg/cm2を実現した。本アルバムには、こうした初期の成形機やポンプの写真が揃っている。1973年に撮影されたもの。

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