「」 に対する検索結果 : 26732

前の10件 (3061-3070/26732)    次の10件

鉄山必要記事(写本名 鉄山秘書)

天明4年(1784年)伯耆国(現鳥取県)の鉄山師・下原重仲によって書かれた近世たたら製鉄法の古典。原著の存否は確認されていないが、当館の展示品は俵國一博士が写本されたものである。全部で8巻から成り、鉄穴流し(かんなながし)、たたら操業、たたら唄、鞴(ふいご)、大鍛冶(おおかじ)、木炭などたたら製鉄に関わる内容だけでなく、就業規則、賃金、契約文書など幅広い内容となっている。: 西暦1784年( 天明4 年)

情報所有館 : 和鋼博物館 


鉄山記

江戸時代末期、安政年間(1854~1860年)に完成したと伝えられる「たたら製鉄」の技術書である。著者の下村尚左衛門の出自などについては不明である。内容は、金屋子神縁起、鉄穴、たたら操業、鉄道具、鍛冶屋の記載があり、特に鉄穴流し(かんなながし)や道具類を詳細に説明している。: 西暦1854~1860年(江戸時代安政頃)

情報所有館 : 和鋼博物館 


鉄穴流し(かんなながし)

中国山地の近世たたらでは、『鉄穴流し』という手法で砂鉄を採取した。砂鉄の含有量の多い風化した花崗岩などの山際に水路(井手)を導き、山を崩して土砂を水路により下手の選鉱場(洗い場)に運び、さらに大池-中池-乙池-樋を通し、軽い土砂を下流に流し、重い砂鉄を沈殿させて選鉱して砂鉄を採取した。この方法は膨大な土砂を下流に流し、洪水の原因なったりして問題も多かった。: 西暦1993年

情報所有館 : 和鋼博物館 


鋸、大工道具、鋏、包丁や各種の刃物

たたら製鉄で出来た玉鋼、その技術を受け継いだヤスキハガネ(現日立金属(株)安来工場の製造するハガネ)は、切れ味や耐久性の良さから、全国各地の刃物業者で古くから使用されている。安来市の和鋼博物館では、三條、三木、堺、武生、土佐山田などの刃物業者がヤスキハガネを用いて製造した鉋刃、斧、鉞(まさかり)などの大工道具、各種鋏や包丁類を展示している。: 西暦1993年

情報所有館 : 和鋼博物館 


高殿(たかどの)

たたら操業は砂鉄と木炭を求めて中国山地に多数のたたら場を作った。たたら場は山内(さんない)と呼ばれ、高殿、元小屋、米倉、炭小屋、どう場があるがその中心となるのが操業小屋である高殿である。高殿は大きな建物の意味で、押立柱と呼ばれる4本の支柱によって支えられ、その中央に炉を挟んで天秤鞴が設置される。木炭の蓄積場所の『炭町』、砂鉄を置く『こがね町』、村下が常駐する『村下座』などがある。: 西暦1993年

情報所有館 : 和鋼博物館 


砂鉄

日本の砂鉄は磁鉄鉱系とチタン鉄鉱系に大別され、中国山地のたたら用砂鉄は酸性岩類の花崗岩等を母岩とし、主に磁鉄鉱からなるものを『真砂砂鉄』と呼び、不純物の少ない優れた砂鉄である。他方、塩基性の安山岩、閃緑岩などを母岩とし、磁鉄鉱のほかチタン鉄鉱からなるものを『赤目砂鉄』と呼ぶ。砂鉄採取は鉄穴流しのほか、川砂鉄採取、河口や海辺で行われる浜砂鉄採取である。: 西暦1993年

情報所有館 : 和鋼博物館 


俵國一博士記念室資料

俵國一博士は明治5年島根県浜田市の出身。日本の冶金(やきん)学、金属組織研究の先駆であると共に、「たたら」・「日本刀」を研究テーマとした。操業中のたたら場を訪ね、操業の記録、砂鉄や鉄滓のサンプルの採取・分析を行い、また日本刀の化学成分の分析や金属組織の観察を行った。その成果は著書『日本刀の科学的研究』、『古来の砂鐵製錬法』に詳しい。博士の研究資料は昭和28年に和鋼記念館(当時)に寄贈された。

情報所有館 : 和鋼博物館 


直流電壓電流計 MSA型

1917年製 H105xW220xD220mm 4.9kg 製造会社:株式會社横河電機製作所/(現)横河電機㈱ 横河は、1917年に初めて電気計器を完成、発売した。本計器は製品発売開始年に製造された製品のひとつ。

情報所有館 : 横河アーカイブズ(非公開) 


携帯用電圧計 MP2型

(直流用可動線輪型) 1920年製 H120xW205xD205mm 5.0kg 製造会社:株式曾社横河電機製作所/(現)横河電機(㈱ 

情報所有館 : 横河アーカイブズ(非公開) 


配電盤用電流計 MCA型

(直流用丸型) 1920年製 D200xΦ240mm 製造会社:株式會社横河電機製作所/(現)横河電機㈱

情報所有館 : 横河アーカイブズ(非公開) 


前の10件 (3061-3070/26732)    次の10件