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名古屋鉄道 ワフ71 号 貨車

車掌室を持つ有蓋貨車。

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日本国有鉄道 D51 849 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 746,747,846-863,866-949は,準戦時設計のため,4次グループをベースとして銅製品を鉄材に変更し,鋼鈑の一部を木製としたタイプ。また,蒸気ドームのカバーも角張った形となり,死重を増すために一部にコンクリートを流し込んだ。

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日本国有鉄道 C11 265 号  蒸気機関車

都市近郊の小単位列車牽引を前提に製造されたタンク式機関車。最初に製造されたC10の改良型。軸配置1C2,運転整備重量66.05t,全長12650mm。1932年から1946年までに381両が製造された。C11 247-381は,戦時設計で登場した4次グループで,ボイラー上の蒸気ドームと砂箱カバーが角型となり,各部に鋼材の節約が図られたが,戦後になって基本設計の仕様に改造された。

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日本国有鉄道 D51 792 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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名古屋市交通局 1638 号  電車

1400形の流れを汲む電車。1951年から71両が製造された。最大長11586mm,最大幅2360mm,最大高3616mm,50HP×2台,自重14.0t,定員105人。

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名古屋鉄道 デキ202 号  電気機関車

瀬戸電気鉄道デキ2号として製造。名鉄への合併によりデキ200形デキ202号となった。出力300kW,自重30.5t。

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名古屋鉄道 モ766 号  電車

瀬戸電気鉄道ホ103形として製造された半鋼製ボギー電車。名鉄合併後,モ560形となり,後にモ760形モ765号となる。1978年廃車。

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日本国有鉄道 D51 718 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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日本国有鉄道 D51 823 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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名古屋鉄道 モ805 号  電車

名古屋-岐阜間の直通運転を開始するに際し新製された電車。当時初の大型車であり,両運転台で片側2扉クロスシート。特急用として使用された。戦時中にロングシート化され,その後片運転台に改造された。最大長18340mm,最大幅2740mm,最大高4203mm,電動機112.5kW×4個,自重37.5t,定員120人

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名古屋市交通局 1421 号電車

1936年から製造された軽量,低床のボギー電車。名古屋市交通局と日本車輌の設計により各所に新技術を採用し,その後の名古屋市電の車両に大きな影響を与えた。最大長12325mm×最大幅2334mm×最大高3616mm。主電動機45kW×2個,自重14.0t。定員70人。

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名古屋市交通局 2017 号電車

昭和20年代後半に製造された1900形を元に,防音防振台車,弾性車輪などを採用して騒音・振動低減対策を行い,かつ高加減速を実現した車両。製造当時は「無音電車」と言われた。この構造は1957年製造の市営地下鉄100形に生かされた。全長12730mm×全巾2405mm×全高3850mm。定員130名。自重16.0t。電動機40PS×4個。

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名古屋市交通局 3003 号電車

名古屋市電が第二次世界大戦中の輸送需要に応えるために,資材の特別割当を受けて製造した低床式連接車。最大長18000mm,最大幅2334mm,最大高3627mm,電動機出力50HP×4個,自重20.0t,定員185人。

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名古屋市交通局 107号 地下鉄電車

1957年に名古屋駅-栄町間から開業した名古屋市営地下鉄最初の車両。1957年から1963年まで製造された。当初はMc1+Mc2の2両編成であった。市電2000形までの技術を生かし,当時の技術の粋を集めた設計で,張殻構造の車体で床下器機類を枕梁の間に収めたボディマウント構造や,弾性車輪を採用し,低振動低騒音を実現している。車体の色は画家杉本建吉氏が暗い地下を明るく走り抜けるように,ウィンザーイエローを選定したことでも有名。軌間1435mmであるが,トンネル断面を小さくし車体も小さくしてある。全長15580mm×全巾2508mm×全高3360mm。自重22.4t。定員110名。主電動機40kW×4個。

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名古屋市交通局 108号 地下鉄電車

1957年に名古屋駅-栄町間から開業した名古屋市営地下鉄最初の車両。1957年から1963年まで製造された。当初はMc1+Mc2の2両編成であった。市電2000形までの技術を生かし,当時の技術の粋を集めた設計で,張殻構造の車体で床下器機類を枕梁の間に収めたボディマウント構造や,弾性車輪を採用し,低振動低騒音を実現している。車体の色は画家杉本建吉氏が暗い地下を明るく走り抜けるように,ウィンザーイエローを選定したことでも有名。軌間1435mmであるが,トンネル断面を小さくし車体も小さくしてある。全長15580mm×全巾2508mm×全高3360mm。自重22.4t。定員110名。主電動機40kW×4個。

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日本国有鉄道 D51 499 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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日本国有鉄道 C58 51 号  蒸気機関車

8620やC50の後継機種として地方線区での客貨両用を前提に製造されたテンダ式機関車。軸配置1C1,運転整備重量58.7t,全長18275mm。1938年から1947年まで413両が製造され,全国各地で使用された。C58 1-368は,その基本タイプ。

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日本国有鉄道 D51 831 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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日本国有鉄道 C58 359 号  蒸気機関車

8620やC50の後継機種として地方線区での客貨両用を前提に製造されたテンダ式機関車。軸配置1C1,運転整備重量58.7t,全長18275mm。1938年から1947年まで413両が製造され,全国各地で使用された。C58 1-368は,その基本タイプ。

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日本国有鉄道 C58 418 号  蒸気機関車

8620やC50の後継機種として地方線区での客貨両用を前提に製造されたテンダ式機関車。軸配置1C1,運転整備重量58.7t,全長18275mm。1938年から1947年まで413両が製造され,全国各地で使用された。C58 383-427は,戦後製の2次グループで,溶接構造のポイラを採用し,炭水車がいわゆる舟底形となって台車枠を鋳鋼製としたタイプ。また、先台車をスポーク車輪からディスク車輪に変更した。

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日本国有鉄道 C58 414 号  蒸気機関車

8620やC50の後継機種として地方線区での客貨両用を前提に製造されたテンダ式機関車。軸配置1C1,運転整備重量58.7t,全長18275mm。1938年から1947年まで413両が製造され,全国各地で使用された。C58 383-427は,戦後製の2次グループで,溶接構造のポイラを採用し,炭水車がいわゆる舟底形となって台車枠を鋳鋼製としたタイプ。また、先台車をスポーク車輪からディスク車輪に変更した。

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日本国有鉄道 C50 154 号  蒸気機関車

8620形の後継機種として製造されたデンタ式機関車。8620よりもやや牽引力は大きい。軸配置1C,53t,16880mm。1923年から158両が製造され,中距離列車を中心に使用された。C50 75-154は,シリンダの位置を200mmほど前へ出したタイプのうち,先輪まわりの寸法を変更した2次グループ。

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日本国有鉄道 D51 403 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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日本国有鉄道 D51 409 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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日本国有鉄道 D51 1149 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 1001-1161は,いわゆる戦時形と呼ばれる5次グループで,炭水車の一部を木製とし,台車枠を鋳鋼製とした。また,先台車をスポーク車輪からディスク車輪に変更したほか,給水温め器を省略した。

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加悦鉄道 C-160 号  蒸気機関車

日本冶金工業が専用線で使用するために製作させた蒸気機関車。その後加悦鉄道に移り,1952年廃車。軸配置C,最大長6580mm,最大幅2300mm,最大高3130mm,自重15.5t。

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京都市交通局 1 号  電車

1895年に我国初の電車営業を開始した京都電気鉄道(株)が,1905~13年にかけて増備した「大型車」。1918年の同社の京都市買収後,既存の標準軌の市電と番号が重複するため,番号の頭にNをつけたためN電の愛称で親しまれる。オープンデッキであったが,1928年頃にはベスチビュール取付,戦後にモーターを25HP×2個から35HP×2個に交換。最後は北野線で使用され,1961年廃止。本車の番号標記は6となっている。

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京都市交通局 1860 号  電車

1950-1953年にかけて製造された800形を,1969~1970年にかけてワンマンカーに改造したもの。70両が改造された。最大長11950mm,最大幅2440mm,最大高3810mm,電動機出力45kW×2個,自重15.92t,定員94人。本車は860号を改造した車両。

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京都市交通局 2 号  電車

1895年に我国初の電車営業を開始した京都電気鉄道(株)が,1905~13年にかけて増備した「大型車」。1918年の同社の京都市買収後,既存の標準軌の市電と番号が重複するため,番号の頭にNをつけたためN電の愛称で親しまれる。オープンデッキであったが,1928年頃にはベスチビュール取付,戦後にモーターを25HP×2個から35HP×2個に交換。最後は北野線で使用され,1961年廃止。

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日本国有鉄道 C11 180 号  蒸気機関車

都市近郊の小単位列車牽引を前提に製造されたタンク式機関車。最初に製造されたC10の改良型。軸配置1C2,運転整備重量66.05t,全長12650mm。1932年から1946年までに381両が製造された。C11 141-246は、サイドタンクの形状が変わって大型化され、キャブの裾高さが変更された3次タイプ。

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日本国有鉄道 C57 56 号  蒸気機関車

C55に続く軸配置2C1の旅客用テンダ機関車。ボイラ圧を16kg/mm2に上げるなど,各所にC55からの改良を織り込み,ボックス輪心の採用もあって,国鉄の蒸気機関車としては最も美しいと言われる,完成度の高い機関車である。運転整備重量67.5t,全長20280mmで設計されたが,製造時期により仕様は若干異なる。1937年から1942年までに169両,1946年-1947年に32両が製造され,全国各地で使用された。C57 1-138はその基本タイプで,炭水車の台車枠が鋳鋼製でできているのが特徴。

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日本国有鉄道 D51 66 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 1-21,24-85,97-100は,ボイラー上部の煙突,砂箱,蒸気ドームを一体型の流線型カバーで覆った1次タイプで,「なめくじ」の愛称を持つ。

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日本国有鉄道 C58 56 号  蒸気機関車

8620やC50の後継機種として地方線区での客貨両用を前提に製造されたテンダ式機関車。軸配置1C1,運転整備重量58.7t,全長18275mm。1938年から1947年まで413両が製造され,全国各地で使用された。C58 1-368は,その基本タイプ。

情報所有館 : 国立科学博物館 


日本国有鉄道 C58 113 号  蒸気機関車

8620やC50の後継機種として地方線区での客貨両用を前提に製造されたテンダ式機関車。軸配置1C1,運転整備重量58.7t,全長18275mm。1938年から1947年まで413両が製造され,全国各地で使用された。C58 1-368は,その基本タイプ。

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大阪市交通局 3018 号  電車

大阪市電最後の新造電車。カム軸式複式制御装置,弾性車輪や非常ブレーキ用電磁トラックブレーキを装備した高性能電車であった。1969年廃車。

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日本国有鉄道 DF50 4 号  ディーゼル機関車

国産ディーゼル機関車の開発初期に製造されたディーゼル電気機関車。113両が製造されたが,その後液体変速機の改良が進んだため,我国ではディーゼル電気式は発達せず,JR貨物のDF200形(1993年)まで本格的なものは登場していない。出力1200PS,全長16400mm。

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日本国有鉄道 EH10 61 号  電気機関車

東海道線全線電化後,勾配区間である関ヶ原付近を1200t牽引して通過できる機関車として設計,製造された貨物用電気機関車。8軸駆動,2車体を連結した形態は特異なものであった。64両が製造され,使用された。出力2530kW,運転整備重量116t,最大長22500mm,最大幅2800mm,パンタ折り畳み高さ3960mm。

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日本国有鉄道 C58 66 号  蒸気機関車

8620やC50の後継機種として地方線区での客貨両用を前提に製造されたテンダ式機関車。軸配置1C1,運転整備重量58.7t,全長18275mm。1938年から1947年まで413両が製造され,全国各地で使用された。C58 1-368は,その基本タイプ。

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日本国有鉄道 C57 148 号  蒸気機関車

C55に続く軸配置2C1の旅客用テンダ機関車。ボイラ圧を16kg/mm2に上げるなど,各所にC55からの改良を行った。ボックス輪心の採用もあって,国鉄の蒸気機関車としては最も美しいと言われる,完成度の高い機関車である。運転整備重量67.5t,全長20280mmで設計されたが,製造時期により仕様は若干異なる。1937年から1942年までに169両,1946年-1947年に32両が製造され,全国各地で使用された。C57 139-169は,戦時中の資材節約のため,炭水車の台車を板枠タイプとした2次グループ。

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日本国有鉄道 D51 764 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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日本国有鉄道 21-73 号  新幹線電車

東海道新幹線開業に際して製造された0系電車。交流60Hz・25000V,全電動車方式をとり,流線形の先頭形状や通路を車体中心に置かない2列-3列の座席配置など,画期的な車両であった。

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日本国有鉄道 EF15 120 号  電気機関車

東海道線,高崎線の電化用にEF58同時期に設計された貨物用電気機関車。EF58と多くの部品が共通であり,1947年から1958年にわたって202両が製造された。製造時期によって仕様,形態が少しずつ異なる。軸配置は1軸先台車を持つ1C+C1。出力1950kW,運転整備重量102t,最大長17000mm,最大幅2800mm,パンタ折り畳み高さ3960mm。

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日本国有鉄道 D51 882 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 746,747,846-863,866-949は,準戦時設計のため,4次グループをベースとして銅製品を鉄材に変更し,鋼鈑の一部を木製としたタイプ。また,蒸気ドームのカバーも角張った形となり,死重を増すために一部にコンクリートを流し込んだ。

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日本国有鉄道 D51 158 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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京都市交通局 7 号  電車

1895年に我国初の電車営業を開始した京都電気鉄道(株)が,1905~13年にかけて増備した「大型車」。1918年の同社の京都市買収後,既存の標準軌の市電と番号が重複するため,番号の頭にNをつけたためN電の愛称で親しまれる。オープンデッキであったが,1928年頃にはベスチビュール取付,戦後にモーターを25HP×2個から35HP×2個に交換。最後は北野線で使用され,1961年廃止。

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京都市交通局 5 号  電車

1895年に我国初の電車営業を開始した京都電気鉄道(株)が,1905~13年にかけて増備した「大型車」。1918年の同社の京都市買収後,既存の標準軌の市電と番号が重複するため,番号の頭にNをつけたためN電の愛称で親しまれる。オープンデッキであったが,1928年頃にはベスチビュール取付,戦後にモーターを25HP×2個から35HP×2個に交換。最後は北野線で使用され,1961年廃止。

情報所有館 : 国立科学博物館 


日本国有鉄道 D51 51 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 1-21,24-85,97-100は,ボイラー上部の煙突,砂箱,蒸気ドームを一体型の流線型カバーで覆った1次タイプで,「なめくじ」の愛称を持つ。

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日本国有鉄道 C11 218 号  蒸気機関車

都市近郊の小単位列車牽引を前提に製造されたタンク式機関車。最初に製造されたC10の改良型。軸配置1C2,運転整備重量66.05t,全長12650mm。1932年から1946年までに381両が製造された。C11 141-246は、サイドタンクの形状が変わって大型化され、キャブの裾高さが変更された3次タイプ。

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日本国有鉄道 D51 469 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 107-198,212-745,748-845,864,865,950-954は,炭水車の台車枠を鋳鋼製から板枠タイプに変更した4次グループで,従台車も分割組立式のものとなった。D51の中でも最大勢力を誇り,最も標準的なスタイルとして親しまれる。

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日本国有鉄道 D51 1072 号  蒸気機関車

1936年から製造された国鉄を代表するの軸配置1D1のテンダ型機関車,出力を上げるため火格子面積を当時最大の3.27m2,ボイラ圧力を14kg/cm2に上げた。戦時輸送力確保のため,車両メーカーの他,各地の直営工場においても製造され,1945年までに1116両が製造された。全国各地で使用された。1943年からは「戦時設計」による資材節約の下での製造が行われたこともあり,製造時期により形態が異なる。D51 1001-1161は,いわゆる戦時形と呼ばれる5次グループで,炭水車の一部を木製とし,台車枠を鋳鋼製とした。また,先台車をスポーク車輪からディスク車輪に変更したほか,給水温め器を省略した。

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