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35mmトーキー映写機(富士セントラル社製)は、日本鉱業創業50周年記念事業として、1953年に「本山劇場」と「共楽館」に導入されたものであり、当時としては最新鋭の映写機でした。この映写機は、テレビの普及による観客数の減少により、上映が打ち切りとなった1965年まで実際に本山劇場で使用されていたものです。
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古くから金属鉱山や炭鉱には、それぞれに山中友子あるいは友子同盟という組織がありました。その由来については必ずしも詳らかではありませんが、徒弟制度と共済制度とをあわせもったものと伝えられています。友子の免状を持つ者が他の鉱山、炭鉱に行った場合、一定の作法に従ってあいさつをすれば、そこでの就職斡旋、旅費、見舞金などを受けとることができました。
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世界で最初に誕生したこの靴下編機は、1589年、エリザベス女王が統治する英国の牧師、ウィリアム・リーによって発明された。手編みが全盛時代の当時、職人が一分間に最高でも100目だったのに対し、リーの編機は600目も編めたそうである。彼は好意を寄せている女性がいつも靴下編みに熱中している姿に、靴下編みから開放して彼女の気を惹こうと考えた。彼の恋心が靴下編機を発明する動機となったといわれている。メリヤス産業の発展に大きく貢献した画期的な発明である。(展示機は1830年製マシンナンバー551号機)
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日本での手袋製造の歴史は明治時代に遡る。スイス・デュビエ社の小横機(小幅の横編機)の輸入により、軍用手袋(軍手)の製造が始まった。指取り式手袋編機は昭和初期に作られた、不要なカムをなくして扱いやすく改造した手袋専用編機である。薬指から親指までの指を1本ずつ編んでは編針から取り外し、小指を編んだ後に指股の編目を重ね合わせて薬指から順に各指を編針に戻す、という方法から「指取り式」と呼ばれた。操作は熟練した技術が必要で、1日1人5~6ダースを生産するのがやっとであった。
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昭和7年「石川式手袋編機指取り不要機構」の発明により、5本指を連続して編めるようになった。指先から手首まで連続して編むのであるが、手首の形状に合わせて手首部分の編目を減らす目減らしは大変な手間を用していた。この手袋は伸縮性がなく、機械に巻き込まれた時に脱げにくいため事故が多発した。この課題の対応に「手袋手首部ゴム糸挿入装置」を考案し、手首部分を編む時にゴム糸を挿入することで目減らしの手間を省き、手首にフィットさせることを同時に叶えた。
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五指連続手袋編機は、指と胴の各部分の目数を数えながら操作する必要があったため、1人で1台を操作するのがやっとであった。そこで新たに五指連続手袋編機(ゴム糸挿入装置)に動力をつけた半自動装置を連結させた。動力が加わったことと、縦型で省スペースな半自動装置の形状により、1人で3台の操作が可能となった。半自動装置の導入は人手を減らしながら効率を上げ、生産性の大幅アップを実現した。
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指先を丸形に編むためのシンカーニット方式を考案し、指先の手かがりがいらない全自動シームレス手袋編機が誕生した。しかし、当時の設備や技術力では精度が安定しなかったため、次の全自動手袋編機の開発に移行した。
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全自動シームレス手袋編機から継承した、世界で初めてのシンカーニット方式は、錘(おもり)で編目が引き伸ばされた従来品とは違い、非常に伸縮性に富んだ、はめやすくて手にフィットする手袋を編むことができた。全自動手袋編機で編んだ手袋は、従来通り指先は角型に編むため、指先と指股のかがり作業は残ったが、1枚2分15秒(1ダース54分)というスピードで編めるようになった。また、誰でも使いやすい設計のため、1人で30台もの編機を操作することができ、驚異的な生産性の向上を果たした。一般社団法人日本機械学会より『機械遺産』として認定された。
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指先、指股の手かがり作業をなくした、手袋編機の完全自動化を実現した編機である。シンカーニット方式の開発により、指先を丸くうず巻き状に編むことで手かがり作業をなくし、ソフトな感覚に仕上げられた。作業用手袋を1枚あたり2分(1ダース48分)で編成し、納期短縮とコストダウンを実現、さらに指先が丸く指の感覚が伝わりやすい手袋となり、作業現場の安全性と生産性効率の向上に貢献した。SFGシリーズは初期型から、現在のコンピュータ制御する機種や、精密作業に適したウルトラファインゲージ手袋及び5本指靴下を製造する編機にも継承されている。
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業界の課題であった衿の編み立ての省力化に成功した衿編機である。海外の大手企業の製品が衿を編むのに12分かかったの対し、この機械ではわずか5分で編み上げ、高い評価を得た。これはキャリッジを小型化して往復運動距離を短くし、独自に開発した編針とカムを複合化して、先行で目移ししながら後行で編めるようにしたからである。海外の横編機の模倣ではなく、日本で開発された機構により、海外の性能を超える横編機となった。
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ベルト式セミフルファッション横編機。従来のチェーン式はキャリッジが一定ストロークにしか動かなかったが、ベルト式は停止や戻しが自由にできる。そのためキャリッジの空走りがなくなり、作業効率が約5倍アップした。本体を青や灰色ではなく、明るいベージュにしたことも画期的であった。油汚れが目立つので頻繁に拭くようになり、機械の調子もよくなる、という逆転の発想であった。
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親指が掌の内側になるように自動的に編むことができるように開発された、画期的なフルファッション手袋編機である。試作機は、当時の旧東ドイツで開催されたライプチッヒ展に出展すると、画期的な機能とフルファッション性が評価され、ゴールドメダル賞を受賞した。従来のフルファッション手袋は、親指無しで編んだ後、あらかじめ別に編んだ親指を掌側に縫製していた。この方法は非常に手間がかかり、自動化が難しいと見なされていたため、これを実現した日本の技術力は賞賛された。ジャカード柄編みの手袋だけでなく、プログラム及びジャカードフィルムを変更することで、ミトンや靴下も編むことができる。
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横編機のエレクトロニクス化という新分野に第一歩を記したコンピュータ制御横編機である。編成する柄に合わせて行っていた針やジャックの入れ替えを不要にし、多品種少量生産を可能にした。従来は針の入れ替えだけで半日以上かかり、油まみれになった機械を掃除しないと稼働できなかったのである。デジタル制御で誰でも手軽に使え、「機能は2倍、価格は半分」と評判であった。公益社団法人発明協会『戦後日本のイノベーション 100 選』に選出されている。
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コンピュータ制御横編機のための紙テープ作成システムである。模様編みをするには、従来は厚手の紙に孔をあけることによってデータを記録し、孔の位置や有無から情報を読み取るパンチカードが必要であったが、これに取って替わったのが紙テープであった。パンチカードは作成に時間がかかるのに対し、紙テープはスキャナーと連動させることにより、スピーディにデータを作成できる。このシステムの開発により、柄組みの工程の省力化に成功した。
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コンピュータ制御横編機の第二弾として開発されたSECは、ニット生産分野のコンピュータ化をはかる機種として、内外の市場から絶賛された。SNCと同じように、針の入れ替えも不要で、作用しない針はニードルベッド内に沈めてしまうという機構を作用した。また、SNCと同じように、同一コース内でニット、タック、ミスも行える。カム配置も左右いずれの方向からも目移しが行えるよう効率化をはかった。ステッチプレッサーの開発により、特殊な編地で新たなファッションを生み出すと共に、成型編み機能により糸のカットロスを無くした。
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コンピュータグラフィックス。基板はアメリカのNASAが払い下げた超高性能のものを使用した。編機の編成制御データを自動作成するKNITCADを世界に先駆けて開発し、作業効率を飛躍的に向上させた。これはオフセット印刷が色の三原色を使って表現されている点に着目し、編機の基本柄であるニット・タック・ミスを3つの色に対応させて、光の三原色による柄組みを可能にしたものである。このシステムでは256色が表せるので(現在では約1,677万色)、柄編みが多数表現できた。
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第2世代のコンピュータ横編機。キャリッジの超小型化が実現し、ベルト駆動により、多品種少量生産が可能になった。デジタル・ステッチ・コントロール・システム(DSCS)やフルシンカーシステムが搭載され、多彩な柄と完全な成型編みができる。シンカーで押さえられないところはステッチプレッサーで押さえるのでより成型がしやすく、型紙通りに編めるのである。そのほか、インテグラルガーメントの編成も可能である。
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1988年当時のグラフィックデザイン業界で、世界最高クラスのデザインシステムである。超高精細モニター(アナログフルハイビジョン:1920×1035画素)を採用し、最大8K×10Kの大容量メモリーによる繊細な表現と、コードレス筆圧ペンによる高速描画で、デザイナーのイメージを思うままに具現化することを可能とした。映画・テレビ放送の映像業界、建築業界、印刷業界など、国内・海外で広く採用された。
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ニットウェアの新しい流れをつくった「ホールガーメント」。それを世界で初めて実現したホールガーメント横編機・SWG-Vは、2枚のニードルベッドとラッチニードルを採用したままホールガーメントの編成を可能にした。編成用編針とループ保持用空針が2本一対で配置された「ツインニードル」と呼ばる構造である。SWG-Vは、Vベッド構造の世界初の完全無縫製横編機として、編機400年余りの歴史を大きく塗り替えるほどの画期的な発明であった。1995年の第12回ITMA展(ミラノ)に出展し、世界中の注目を浴びた。
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1995年の第12回ITMA展(ミラノ)において発表した世界で初めての4枚ニードルベッドのホールガーメント横編機である。これまでの横編機は、2枚ニードルベッドの構造であったが、上部に2枚のベッドを追加した画期的なアイデアのホールガーメント横編機は、4枚ベッドの構造と未知なるニット製品の領域開拓に貢献するものとして、SWG-Xと名付けた。1997年には編針であるスライドニードルが開発され、これをSWG-Xに搭載することで、ニット製品のデザイン領域がさらに拡大した。
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小物の編成に適したホール画面と横編機で、編み幅40・60・90cmの3機種ある。小物から幼児用ウェア、子供用ワンピース、タイツなど、効率よく編める。
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スライドニードルを搭載した4枚ニードルベッドのホールガーメント横編機。1着当たりの編成時間を短縮して1日当たりの生産高を上げると、コストパフォーマンスが高まるという思考のもとで開発された編機である。最高速度は従来の 1.3m/s から 1.6 m/s へと高速化が図られた。デザインシステムと合わせて高度なニット生産方式を開発したことで、第53 回『大河内記念生産特賞』を受賞している。
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ホールガーメント横編機が発表されて20年経過した2015年、スライドニードルを搭載した4枚ニードルベッドに、さらにスプリング式可動シンカーを搭載したMACH2XSを発表した。その利点は、編成状態に応じて編目を理想的なテンションで保持し、立体的で複雑な編地でも風合いよく編成ができることである。スプリング式可動シンカーは編目に対して負担をかけないので、編地を無理して編成を行う状況下で威力を発揮する。ホールガーメント横編機は、アパレル生産システムに大きな変革をもたらすことになった。
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来館者がオリジナルニットを作るコーナー。デザインシステムを利用して図柄を描くと、システムが編成データを自動的に作成し、編機にデータを転送したのち、自転車を漕ぐことで編機が動作し、数分間でオリジナルニットが編み上がる。ものづくりのおもしろさを体感する仕組みである。
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1956年、当社は魚群探知機「GRAPH-9」の開発に着手しました。当時の魚群探知機は真空管を使用するのが主流でしたが、将来的には半導体技術へと移行することを確信し、非常に高価で安定性に課題のあったトランジスタをあえて採用しました。そして、最先端技術を駆使し、1958年に製品化を実現しました。
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1981年に、アメリカ市場のレジャーボート向けに製品を開発しました。シリーズ全体では、約3万台を販売する実績を上げました。
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1988年、世界初となるリストウォッチ型ワイヤレス液晶魚群探知機を発売しました。充電式電池を内蔵し、振動子・送信器・受信器(液晶表示部)で構成されており、船内のどこにいても簡単に魚群情報を確認することができました。
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1993年に、3周波(28kHz・45kHz・100kHz)を高速で切り替えて発振する技術を採用した製品を発売しました。この方式によりポンピング効果が生まれ、複雑な形状を持つ精密部品の洗浄用途において高い評価を得ました。
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2000年に発売された本製品は、ポータブル型超音波画像診断装置の先駆けとして登場しました。優れたコストパフォーマンスにより、国内外で累計1万台以上を販売する実績を誇ります。
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いすゞ自動車の前身である東京石川島造船所が、英国ウーズレー社と提携して大正13年に国産化した1.5トン積トラック;昭和初期の日本において国産車が工業化するうえで、パイオニアの役割を果たした。保存車は、国立科学博物館より返還された生産第一号車を1991年に完全修復したものであり、実走行可能な状態に保たれ、いすゞ自動車本社エントランスホールに展示されている。
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昭和初期、米国車の急激な進出に対抗するため、国産保護自動車としてL型(大型・2トン)、M型(小型・1トン)のシャシが開発され、トラック・バスに使用された。これらは、スミダの標準車として多数生産され、この時代の代表車となった。保存車は、M型の小型乗合バスを、多少オリジナルの部分が損なわれた状態ではあるが、いすゞ自動車川崎工場で保管している。
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昭和初期、国策による国産自動車振興のため、商工省標準形式の自動車を、鉄道省の協力を得て、石川島自動車製作所・東京瓦斯電気工業・ダット自動車製造の3社が分担して開発した。トラックにはTX40型2トン積(都市及び近郊用)、TX35型1.5トン積(地方一般用)の2種類があり、材料・電装品・計器類に至るまで全て国産品を使用し、国産自動車工業の基礎を確立した。
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昭和21年11月より生産されたTX80型5トン積ガソリントラックは、戦後の産業復興の需要に応えるべく開発され、強力・快適・経済の3点から好評を博した。昭和22年10月からは兄弟車としてTX61型ディーゼルトラックも生産に入り、戦後の5~6トントラック市場に王座を占める「名車いすゞTX型トラック」の出発点となった。保存車は、昭和22年製造のTX80型5トン積ガソリントラックを1997年に完全修復したものであり、実走行可能な状態に保たれ、いすゞ総合サービスセンター・川口で保管している。
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昭和23年1月より生産されたBX91型ディーゼルバスは、戦後の極度に混乱した人員輸送の円滑化に協力すべく、大型ディーゼルバスとして開発された。専用シャシを用いた低床化・フロントショックアブ付・リアスプリングロングスパン アンダースラング等、当時としては画期的なものであり、戦後国産バスの先駆けとして、今日のバス設計の基幹となっている。札幌市交にBX95型(1955年製)が保存されているほか、バス友の会等の愛好者によりBX型ボンネットバスが多数動態保存されている。
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昭和28年にいすゞ自動車と英国ルーツ社が技術援助協定を結んで製作した乗用車で、英国風高級感溢れる乗用車として好評を博した。昭和31年にはニューヒルマンへモデルチェンジし、技術移転と共に国産化比率を高め、昭和32年10月までには全部品が国産化され、昭和39年6月まで製造された。保存車は、国産第一号車であり、トヨタ博物館に貸出し展示中である。
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昭和34年に発表された小型ガソリントラック・エルフに続いて、昭和35年より生産された小型ディーゼルトラック・エルフは、地場・集配・小廻用途として、キャブオーバーレイアウトの積載効率・ディーゼルエンジンの経済性が高く評価され、ベストセラーカーとしての基礎を確立した。その後も前輪駆動・超低床・独立懸架・四駆等の新技術を追加しながら発展を続けている。保存車は、初期型エルフを、奈良いすゞが動態で保管している。
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昭和30年代後半の代表的中型車;欧州調の落ち着いたスタイルと共に尾灯を三角にするなど直線を強調した斬新なデザインで登場した。ガソリンエンジンの他にディーゼルエンジンも搭載され、経済性ゆえタクシー等に数多く使用された。昭和38年4月「昭和37年度日本機械学会賞」を受賞;日本におけるディーゼル乗用車のパイオニアとして「独創的かつ優秀な技術製品」と賞された。保存車は、三角尾灯のディーゼル車(PSD10型)を、いすゞ自動車藤沢工場で保管している。
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昭和39年4月に発表された我が国初のグランツーリスモ・ベレット1600GTは、高速・ロングドライブに最適なGTというジャンルを拓いた車として、好評を博した。その後ファストバック・GTR等の派生車を加えながら、ベレGの愛称で呼ばれ、ユーザー会等で大切に保存されながら実用に供されている。
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我が国で最初に開発された自動車用4サイクル直接噴射式ディーゼルエンジン;昭和40年代に入り高速道路網の発達・産業経済機構の変化を反映し、大型トラック・バスの走行距離が増加の一途をたどり、エンジンに対する信頼性ならびに燃料経済等の要求がより強くなっていった。それらの要求に応えるべく開発されたのがD920型直接噴射式ディーゼルエンジンであり、その後のトラック・バス用ディーゼルエンジンの直接噴射化の流れを作り出す先駆けとなった。
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ジウジアーローによるイタリアン・デザインの美しいボディを持ったスペシャリティカー;1996年のジュネーブショーで発表されコンクールドエレガンスで優勝;同年の東京モーターショーでも気品に富んだ流麗な美しさが賞賛を博した。ユーザ会等の愛好者により初期型(1968~)の車両も大切に保存されている。保存車は、最終ラインオフ車(1982)(PA96型)を、いすゞ自動車藤沢工場で保管している。
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日本で最初の軽四輪乗用車であり、1955年10月に2サイクル・360ccで発表した。「スズライト」の「スズ」は“スズキ”の略であり、「ライト」は“軽い”という意味のほか、“光明”を意味している。当時、四輪車に2サイクルエンジンを搭載して成功させたのは日本では「スズライト」が初めてであり、FF方式(フロントエンジン・フロントドライブ)を日本で初めて採用したのも「スズライト」である。
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1962年から1964年の東京モーターショーに立て続けに参考出品として展示した800ccクラスの小型乗用車を、1965年にフロンテ800として市販した。水冷2サイクルの785ccエンジンをフロントに収め前輪を駆動するFF方式を採用し、4速ミッションを介しての最高速は115km/h。スタイリングは当時の流行を先取りしたもので、高い評価を受けた。
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水冷・2サイクル・3気筒で、低速から高速まで幅広い加速が得られるエンジンである。車体構造やブレーキには、GPレースで得られた技術が投入され、また、見やすいメータなどの配慮もされている。
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水油冷のシングルローター式バンケルロータリーエンジンを搭載した野心作。ペリフェラルポートシステム、ツインマフラーを備え、ジウジアローの手による斬新かつ個性的なデザインで、世界的に話題を呼んだ。輸出専用であるが、国産で唯一量産されたロータリーエンジン二輪車である。
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機能優先、シンプルなスタイル、ワングレードのみの設定、そして47万円という低価格で、「実用」という明確な目的を持った軽自動車としてヒットした。駆動方式はFF方式を採用し、エンジンは排気量539cc・2サイクル・3気筒ユニットを搭載した。
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スズキがGPレースで培った技術を用いて開発した、夢のロードゴーイングマシンである。市販車世界初のアルミ角パイプフレームを採用するなど、考えられる全ての技術が惜しみなく注がれた。
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耐久レーサそのままのスタイリングとメカニズムを搭載して登場し、スズキのレースを通じて開発された技術が市販車にフィードバックされた車として、750ccのベストセラーとなった。
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酒屋、食料品店等の販売・物流の実態を調査し、これに最も適合した車両として開発された。特に、商品配達や販売方法のソフト面を車両と共にPRして、販売台数が劇的に伸び、記録的な台数を達成し、小口物流を飛躍的に進歩させた。
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軽三輪トラックが小口物流に革命的な進展を与え、それを受けた形で車両の上級指向、四輪車時代への変遷に先鞭をつける車両の一つとして世に出された。ダイハツ ミゼットに劣らない急速な市場展開が図られた。
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車両の大型化、大排気量化が進む中で、自動車の必要機能を原点から考え直しコンパクト化・低燃費・省資源ならびに快適性を徹底的に追求した。特に、エンジンにおいては、3気筒1000cc、バランサ付き、燃焼室に乱流生成ポットを採用等数多くの新技術を採用した。
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