「」 に対する検索結果 : 26828件
前の10件 (21701-21710/26828) 次の10件 ![]()

絶縁材料研究の黎明期の昭和15年より昭和19年の間に菅原電気株式会社の鈴木剛氏により研究されたもので、多くの資料が戦災で消失したが、戦後の昭和23年に各方面の協力により編纂された貴重な資料である。主に絶縁布に用いる絶縁ワニスについての研究報告がまとめられている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

斜目リノテープは昭和8年頃の絶縁テープの一種である。国産品は繋ぎ目があり、繋ぎ目無しのものは輸入品に頼っていた。国産化が望まれ、菅原電気株式会社東京工場が研究開発し、我が国初の60メーター巻の繋ぎ目無しの斜目リノテープ「ツガナイト」を完成させた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1952年にマイカナイト(マイカ製品)の日本工業規格(JIS)取得の為、現在のセラックニス、新しいニスの性能分析に試行錯誤を繰り返したレポートの一部である。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

昭和28年発行の通産省重工業局電気課が、電気行政の基本方針をまとめた冊子(電機業界に配布)の中に、電気絶縁材料の本年度の見通しと、絶縁材料の耐熱性の要求がされ、従来のワニスクロス・ワニスチューブの素材がガラスファイバーに。マイカ製品も新素材が考えられ、素材革命の転換期に際して適切な対策を示唆している。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

昭和27年の「電気絶縁材料工業会」創立と同時期に創刊した会報は「電絶」「電気絶縁材料」「JEIA」と名称の変遷を経て、現在の「電材ジャーナル」へ繋がっている。その間、別冊として「電気絶縁材料工業会50年史」「電気絶縁材料小史」も発行してきた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

戦時下の昭和19年では電気絶縁用ワニスも配合が決められ統制されていた。この内、西兼科学では瀝青質コンパウンド第1種及び瀝青質コンパウンド第2種を製造していた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1969年当時は高圧ケーブルの接続部に絶縁材料としてアスファルトコンパウンドが使用されていた。本見本は実際に某工場の変圧拙意引き込み線に使用されていたものをケーブル更新時に接続部を切り取り保存しているもので、写真左端はアスファルトコンパウンドが充填された容器の中にあったものを分離した状態となっている。少量のアスファルトコンパウンドが付着している。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

日本電信電話公社では電話線地下ケーブルの保守点検方法として、ケーブルに窒素ガスを圧入して不具合箇所を発見する方法が検討されていた。本資料はこの点検方法を実施するに当たり、ケーブル内を点検しやすいように分割する障壁用の注入樹脂の検討結果の報告書である。電話線であるため電気絶縁性の樹脂について検討されている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

世界ではじめてメチルテトラヒドロ無水フタル酸の液状化に成功した酸無水物系エポキシ硬化剤「HN-2200」。酸無水物硬化剤を配合したエポキシ樹脂組成物は、電気絶縁用塗料として、発電機、回転機などに広く使われているが、従来の酸無水物硬化剤は常温で固体のものが多く、液状化を実現したことにより、加熱溶解作業が不要となったり、硬化条件の選択幅が広くなるなど作業性の改善を図ることが出来た。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()