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我が国初のゾノトライト系けい酸カルシウム保温材(JIS A 9510 1号品)である「ダイパライト」のカタログである。この製品は、最高使用温度1000℃の無機多孔質保温材で、発電所や石油化学プラントの機器・配管の保温材として、今日広く用いられている。この技術は、日本が世界で初めて発明したもので、国内はもとより米国メーカーへも技術供与を行った実績がある。
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我が国初のゾノトライト系けい酸カルシウム保温材(JIS A 9510 1号品)である「ダイパライト」の製品サンプルである。この製品は、最高使用温度1000℃の無機多孔質保温材で、発電所や石油化学プラントの機器・配管の保温材として、今日広く用いられている。この技術は、日本が世界で初めて発明したもので、国内はもとより米国メーカーへも技術供与を行った実績がある。
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織り金網は織機を用いて、たて線とよこ線を交差させて製造する金網です。この金属線を材料とした織り金網が初めて作り出した時期は、伸線技術が大幅に進歩して銅線、真鍮線、鉄線などの材料が豊富に供給され出した頃であり、その生産方法は着物生地を作り出す機(はた)織りと同じ設備、同じ要領であります。織り金網が一般的に普及し始めたのは大正初期に国産機が開発されて織り金網の生産が軌道にのりだした時期からである。
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きっ甲金網は金網の中でも最も古い歴史をもち、一般にも広く親しまれている金網です。きっ甲金網の製法は、隣接する線をねじり合せて網目を六角形、即ちきっ甲状に形作ったものである。きっ甲金網が一般に普及し始めたのは伸線技術の著しい進展によって銅線、真鍮線、鉄線などの材料が豊富に供給され出した頃、きっ甲金網が本格的に生産され、製品が一般に利用され出したのは大正初期に国産機が開発された時期からである。
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昭和27年頃に市販された「けい酸カルシウム保温材」は、その優れた断熱性能が高度成長期の熱利用産業界の要求に合致し、飛躍的に需要が拡大した。当時の製品は密度が220kg/m3で耐熱温度は650℃程度だが、その後、軽量化や放散熱量抑制に向けての技術革新が図られ、現在は密度が150kg/m3以下で、1000℃の高熱にも耐える世界でも類を見ない「超軽量けい酸カルシウム保温材」が主流となっている。
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日東電工は、第二次世界大戦が終わった直後の1945年秋、電線接続部絶縁用のブラックテープ(フリクションテープ)を生産することにしました。生産に備え、焼夷弾攻撃で消失した関西の電力会社から、ゴム加工設備一式を買い受けました。錆ついた設備を分解・手入れをして、組み立てし、塗装をしました。いずれも昭和10〜13年の国産機でした。
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我が国における工業用粘着テープの元祖とも言われるテープの1つです。電線が発明されて間もなく登場した絶縁テープで、カレンダーロールを用い綿布などにゴム混和物を摺り込み、さらに片面にゴム系粘着剤を設けたものです。明治末期には数社が国産化しましたが、品質面で課題が多く、当社では1946年12月に製造を開始しました。
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