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本資料は東海道0系新幹線電車用DT200形台車の母体となった試作台車です。当時、200km/hという高速鉄道は初めての経験であったことから、一部区間を先行して建設し、1962年から種々の試験が行われました。この時、製作されたのがメーカー6社によるDT9001〜DT9006形の6種類の台車でした。この台車は、軸箱支持装置を各種組み替えて比較試験ができるよう工夫されており、量産車に貴重なデータを残しました。
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東芝は他社に先駆けて、当時の主流メーカであったゼネラルエレクトリック社と技術提携を結び、国産化を成功させるとともに、その後の日本における鉄道技術の発展に大きく貢献してきた。 本資料は東芝における重電分野の歩みをまとめたものであり、交通システムの変遷について最新の技術までを整理し紹介している。
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東洋電機製造株式会社における電車用主電動機の国産化第1号機。国内においても私鉄向け国産品としては第1号機。京阪電鉄100型に搭載。(参考資料:日本の電車物語旧性能電車編 福原俊一著 JTBパブリッシング社刊 56頁掲載、東洋電機75年史10頁掲載 東洋電機製造刊)
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狭軌用高速電車用駆動装置:当社が開発した中空軸平行カルダン駆動装置は1957年(昭和32年)に小田急SE車に搭載され、国鉄東海道線で高速走行記録を樹立。その後の在来線や新幹線電車の高速化に大きく貢献した。(参考資料:日本の電車物語旧性能電車編 福原俊一著 JTBパブリッシング社刊 151頁掲載、東洋電機75年史82頁掲載 東洋電機製造刊)
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パナマ運河曳船用の機関車で1960年(昭和35年)に国際競争に勝ち、日本連合が納入。50トン交流機関車で曳船時の大型船を固定するため大型の油圧ウインチ2台を搭載し、船を牽引しながら自走するラック式の特殊な機関車で総数77両を納入。1962年から稼動開始。平成11年(1999年)より、同じく日本製の新型機関車に切換わり、順次引退している。
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本品は、日本国有鉄道におけるディーゼル動車創成期の中で、気動車用推進軸として初期のDCに採用され、多くの車両に使用されたものです。その採用車両は初の国内量産車両キハ10/1953年をはじめ、キハ55/1956年、キハ20/1957年、更に初の特急車両である、はつかり型キハ80/1960年と多くの車両に採用されました。十字軸部が脹らんだ形をしており、通称だんご型伝達トルク500kgm推進軸と呼ばれたものです。
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本品は、気動車の歴史の中で、ディーゼルカー量産化の初期時(1950年代後半)に量産されたキハ55系(キハ44800型)を始め、キハ51・52系に採用されたものです。1車両当り、機関冷却用として低圧放熱器素は9本、機関潤滑油冷却用として3本、トルクコンバータ油冷却用として3本使用されました。
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本品は1960年当初の国内初、特急型気動車「キハ80系はつかり型」に採用され、代表的な車種は他にキハ23.・24・45・46・53を初め、27・28・56・57・58系気動車と多種にわたります。構造的には、簡単に脱着可能な小型分割方式を採用し1車両当り、機関冷却用として低圧放熱器素が7本、機関潤滑油冷却用として高圧放熱器素が2本、トルクコンバータ油冷却用が2本使用されたものです。
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本品は、1950年初期から1960年代にかけ量産された気動車用推進軸の耐久性向上型として製造。当時全車種の置き換え用として採用され、1970年前後に置換えた車両はキハ16、17、18、20、22、25、35、45、55、58、80系と多岐にわたります。技術的特長は従来の平軸受(材質:砲金)からニードル(材質:鋼)型の軸受けとすることにより、強度アップを図ると共に曲がり角度の大角度に対応した推進軸となったものです。
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本品は、1963年にエジプト国鉄向けとして国内製造された鉄道車両用冷却装置の国産第一号屋根上設置型冷却装置で、その後の気動車に採用され、屋根上冷却装置の基礎の形となった。(車両製造メーカは当時の日立製作所・笠戸工場)国内の車両では、キハ66・67に初めて同形式のものが1974年に採用された。
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