「」 に対する検索結果 : 26828件
前の10件 (21231-21240/26828) 次の10件 ![]()

高精度時計の代名詞とも言われるボード・クロノメーター(経線儀)として、国産で唯一量産された製品。昭和17年春、海軍艦政本部の要請でスイス ナルダン社製をモデルとし、開発開始。同年10月に製造を開始し、400数十個が海軍に納入された。航行中の船の経度を特定するために、非常に精度が求められるボード・クロノメータ-だが、同経線儀の誤差は最高日差0.1秒まで記録され、モデルのスイス製を凌駕する性能を備えていたため、海軍当局から激賞された。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

第二次世界大戦により、生産設備を含めた工場焼失により大打撃を受けたが、大戦後の昭和25年(1950年)に、その疎開先から亀戸工場に復帰集結し、婦人用機械式時計(6型)の製造を再開したモデル。昭和30年前後から本格的に設計が再開するまでのデザイン性の高いかわいらしい時計として、多くの女性のニーズを獲得した婦人用機械式時計の主力製品であった。この製品を作ることで、大戦による様々な損失を乗り越えて、技術・技能の伝承が図られ、戦後の時計産業の復興に一役買った。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

国産初の自動巻時計。自動巻機構は遊動座方式を採用し左右いずれの回転でも巻き上げ可能。当時のニュースリリースには、「現在のところ生産の関係で充分にはご要望に添いかねておりますが、極力増産につとめておりますから暫くご猶予ください」との記載があり、部品点数が多い自動巻腕時計生産の困難さがわかる一方、市場からの高い需要が読み取れる。複雑な自動巻機構の国産化により、国産時計メーカーの技術力が一歩階段を昇ったことに間違いは無い。さらに、12時位置にぜんまい巻き上げ残量を示す巻印(パワーリザーブ)付き。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

国産時計業界を牽引してきたSEIKOにおいて、高性能時計の代表として、当時の諏訪精工舎製マーベルと並び称された第二精工舎製品がこのクロノスであり、作業者による調整から、設計による精度の作りこみへと技術の方向が変化した分岐点となる製品。その技術の一端としては、当時主流だったチラねじ付てんぷに対して、現在主流になっているチラねじを排除したスムースてんぷを採用、同じ慣性モーメントで10%も軽量化され、限られたスペースで最大限の性能を発揮された。部品製造においても、プレス加工、旋盤加工において、各種仕上げ技術が導入され、現在では当たり前になっている部品互換がこの製品以降達成された。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

当時、日本最小サイズとなる短径9.6mm×長径19.8mm×厚み3.5mmのムーブメントを実現、搭載した婦人用時計。一般的に、サイズが小さくなることで、加速度的に時計の製造難易度を増すが、ムーブメントの大きさに比して大きな慣性を持つてんぷと、軽量化された鋼製アンクル、衝撃面を研磨仕上げされた鋼製がんぎ車にするなど、新しい設計と進化した加工技術により、困難を乗り越えた製品。さらに、社内開発された組合軸受を初めて搭載し、毛細管現象による油の拡散抑制、表面積低減による油の酸化抑制等、耐久性向上にも配慮。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

ムーブメントの厚みが2.95mmと、世界で始めて3mmを割った薄型中三針腕時計。超薄型を実現するため、通常時計の中心にある二番車を移動させた独創的な輪列配置となっている。1960年9月、米国コロラド州ベルゲン・パーク(Bergen Park, Colorado)のクロック・マノア時計博物館(Hagens Clock Manor Museum)へ、20世紀を代表する時計として、他社製品と共にタイムカプセル封入された。(なお、この博物館については、すでに閉館された模様)
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

当時、オリンピックの公式計時はスイスの時計メーカーの独壇場であったが、画期的な構造に裏打ちされた高精度により、その牙城を初めて崩した製品。従来のストップウオッチでは、停止ボタンを押した際のてんぷの停止位置がランダム、すなわち発進ボタンを押す際のてんぷの起動位置がランダムになる。このため、計測開始時の振り角が異なり、振り角に起因する計測時間誤差が発生する。そこで、計測誤差の生じない画期的な構造として、てんぷの軸にハートカムを装着した発停構造を発明。その性能は、1963年7月に国際的に権威のある英国国立物理研究所の検査規格に合格し、オリンピック大会に要求される厳密さに十分応えられるものであることが証明された。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

当時、その利便性から一般的になりつつあった自動巻機能だが、婦人用の場合、動力源となる回転錘に十分な大きさが取れないため、国産品では製品化されていなかった。この状況を打破するために、数々の試験を経て、国産初の婦人用自動巻腕時計の称号を勝ち取ったのが、本製品である。特に、自動巻機構においては、ムーブメント外径が小さく巻き上げ不足になりがちな婦人用に合わせて、従来よりも効率的な巻き上げ方式を模索していく中で、新たに切換伝え車方式を採用し、通常2倍以上の時間をかけた評価を行い、高い信頼性を担保して製品化された。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1865年に開始された時計の精度を競うスイス ニューシャテル天文台コンクールにおいて、国内メーカーとして最上位の2位まで上り詰め、SEIKOの技術力の高さを内外に示した製品。第一世代が6振動のCal.965、第二世代が10,20振動のCal.052がある。コンクールの厳しさは、その精度が99.9999%以下でないと入賞すらしないレベルであり、名だたる時計メーカーが全力を傾けており、入賞が非常な名誉とされていた。1964年から参加し(個人賞:最高位153位、企業賞:対象外)だったが、1967年(個人賞:最高位2位、企業賞:2位)と、機械式時計の技術力向上に対して、非常に大きな貢献を果たした製品である。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

機械式時計からクォーツ時計への変遷過程において、動力源を電力とし、その電力により機械的な表示を行う電気時計として開発された製品。本製品はその電気時計に分類される製品として、実用化されて間もないシリコン製太陽電池から、これも実用化されて間もないアルカリ蓄電池へ充電する。充電された電力により、てんぷに取り付けられた永久磁石をコイルへの通電を制御することで、高精度に時間を表示する構造である。250ルクス(本が楽に読める程度)という弱い光で、毎日4時間当てると動き続け、さらに、光を当てない状態でも、半年間は内蔵蓄電池で駆動可能な低消費電力化を図られていることは、現在の技術にも通じている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()