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当社(株式会社明治ゴム化成)の創業(1900年)から80年の歴史をまとめた社史で、内容は、明治・大正・昭和の各時代におけるゴム業界と当社の経営内容をまとめたものであり、わが国ゴム工業の草創期から近年までの移り変わりを知ることができる資料と考えられる。
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このホースは、液化窒素(LN2)、液化天然ガス(LNG)、液化石油ガス(LPG)等の極低温下に於いても可撓性を有し、さらに高圧性を併せ持ち、しかも保温性に優れているため霜の付着や氷結し難い特長を有しており、宇宙航空研究開発機構の種子島宇宙センターにおけるロケット打ち上げに寄与している。
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当社(株式会社明治フレックス)の創業(1972年)から30余年間の歴史をまとめた社史で、内容は、化学産業をはじめ石油、鉄鋼、機械、飲料等の分野における設備用ホースと、当社の経営をまとめたもので、これら製品の移り変わりを知ることができる資料と考えられる。
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この製品の歴史は古く昭和33年、当時南氷洋において捕鯨母船がキャッチャーボートと洋上接舷を行う際、鯨を緩衝材として利用していましたが、その損失と危険性が大きいことから、当社独自の技術によりゴムを用いて製品化したものです。現在では世界中で、船舶の洋上または岸壁への接岸時に空気の圧縮弾性による「高エネルギー吸収力・超低反力」の特性を生かして接舷の安全性を高めるために使用されています。
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肥料用脱脂大豆は、それまで中国東北部産の丸板状の丸粕(直径60cm)の形態が主流で、農家はそれを削って肥料に使っていた。当社はこれに対し、初めて現在のような撒大豆粕の形に変え、叺(かます)にいれて販売した。満州鉄道時代に五穀豊穣、豊年満作を願う農民の気持ちを表徴して命名された。後に鈴木商店に移譲され、新会社発足に当たり社名にも取り入れられた。昭和14年には、全国生産高の約6割を占めるに至った。
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満州鉄道の大連製油所を引き継いだ鈴木商店が、欧州の食用油需要急増に伴い、大正5年静岡県清水に大規模な製油工場を建設、翌年500t/日の処理能力を持つ当時国内最大規模の工場として稼働を開始した。大正11年には豊年製油株式会社が設立、J/オイルミルズ静岡工場として現在に至っている。
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1931年、当社は初めて脱脂大豆を醸造用原料として利用する途を拓き、「桜豆」として発売した。「桜豆」は丸大豆よりも蛋白質が多く、油分を取り除いてあるため、モロミの熟成を促すなど数々の優れた点を持っていた。この「桜豆」は、わが国の味噌・醤油醸造界にとって画期的製品であった。
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1933年、大豆蛋白を原料とした接着剤「豊年グルー」を発売。植物性蛋白質による接着剤は、世界でもまだ珍しく、わが国では初めての製品であった。「豊年グルー」は、輸入に依存していたミルクカゼインに代わるものとして、合板業界に歓迎された。
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1935年、大豆レシチンが開発され、わが国で初めて製造・発売された。大豆に含まれるリン脂質を主成分とする天然の乳化剤。チョコレート、加工油脂をはじめ様々な加工食品に利用できる。
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サラダ油は昭和初期までは綿実サラダ油だけであった。1936年(昭和11年)、当社は「金印大豆油」のグレードアップを図り、大豆サラダ油として発売。これは日本で初めての大豆サラダ油であった。写真は近年のもの
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