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レンズのピントを甘くするとぼやけて肌の小じわ、毛穴などが目立たなくなる「ソフトフォーカス理論」を応用した最初のメークアップ化粧品。その後業界でも「ソフトフォーカス効果」などの用語が使われるようになった。
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鉛白粉はつき、のびともに優れていたため広く使用されてきた。しかし、明治20年代はじめから中毒が問題視されるようになり、無鉛白粉の開発が始められた。伊東胡蝶園による《御園白粉》は1904年に完成、その後各社から無鉛白粉が発売された。
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最新の化粧法を欧米事情もふくめて紹介。梨本宮伊都子妃をはじめとする上流夫人の写真が巻頭を飾る。広告ページも内容に相応しく化粧品が数多く掲載されていて、当時の化粧の状況をよく伝える。
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欧米の美容法を写真入りで解説。美顔術(エステティック)の施術の様子や器具も掲載されている。巻頭と巻末は化粧品や美容器具、施術料のカタログ(商品目録)になっている。
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当時流行していた美顔術(エステティック)について、刺激の強すぎる器械ではなく手による施術を推奨、巻末で図版とテキストでマッサージ法を解説している。
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明治18年(1885年)、和歌山県粉河町で、桃谷順天館を創業した桃谷政次郎が、西洋医学を取り入れて、画期的な「にきびとり美顔水」を開発した。現在では臨床医のニキビ治療に使われるサリチル酸を、時代に先駆けて処方に活用し、歴史的な大ヒット商品となった。桃谷政次郎は、昭和3年に化粧品業界への貢献が評価され、緑綬褒章を授章し、昭和4年には、天皇陛下に美顔化粧品を献上する栄誉を受けた。
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昭和7年(1932年)、油成分が入った化粧品をおとす洗顔クリーム「明色クリンシンクリーム」を発売。当時としては画期的な処方であり、夜10時の時報と共に流される「美人は夜つくられる」のラジオ広告は一世を風靡し、大ヒット商品となった。庶民の間では、「明色クリンシンクリーム」を銭湯にまで持っていく生活スタイルが流行した。商品発売と同年11月、桃谷順天館は、天皇陛下の御使として牧野侍従御差遣の栄誉を受けた。
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