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1976年業界の先駆けとしてフランスの世界的デザイナー「ピエール・カルダン」ブランドを導入。カルダンによるガラスデザインと印刷デザインの相乗効果により爆発的ヒットとなる。これは歴史的に、スクリーン印刷の技術向上とも相まってその後のデザイナーズブランドのブームに繋がった。また同時に、現在では一般的であるキャラクター商品の原型となった。
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およそ12年の歳月を掛けてオーケストラ仕様の本格的な楽器をクリスタルガラス等で制作。それらは23種類の多岐にわたる楽器群となった。長年にわたり各地、各種の演奏会を開催した。なかでも1985年『科学万博つくば'85』での武蔵野音楽大学の総勢40名によるクリスタル楽器9種類19台での演奏「ファミリーコンサート」は最大のイベントであった。これらは、ガラスを音楽文化に融合させたとして、歴史に記録されるものである。
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1942年当時製作、配布された当社グラスファイバー製品のカタログ(パンフ)。当時の製品の写真、簡単な説明を記載している。当社は戦前の1938年からガラス繊維の研究を開始し、1939年、日本ではじめて工業生産を開始した。アメリカのOCF社(現OC社)とほぼ同じ時期のスタートだった。
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80年史の中でグラスファイバー事業部門の歴史について記述している。主な写真は、1.内野工場ガラス繊維紡糸風景(1955)。2.ガラス繊維4000ホールブッシング(1970年代前半)。3.東京ドーム(1987年)。日本初めての恒久膜構造建築物で、弊社極細ヤーン使用クロスが膜材の原料として使用されている。なお、「生産技術と商品の変遷2」にガラス繊維製造技術の変遷を記載してある。日東紡は、日本における、ダイレクトメルト(直接紡糸)法、及び、細番手ヤーンダイレクトメルト(直接紡糸)法の草分けである。
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資料写真は、当社の前身である日米板硝子社が福岡県に建設したコルバーン式板ガラスの熔槽煙突。わが国最初の板引き法によるガラス生産設備である。1920年に操業開始。
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