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河又株式会社・大醤株式会社が創業200年周年を記念して刊行した社史。大阪府堺市の醤油屋の創業期(江戸時代)から今日までの激動の歴史を1.醤油製造技術の変遷、2.食文化の大きな変化の潮流、3.地元(堺)の都市発展の過程等を背景にまとめた。単なる社史ではなく、小さな醤油屋から見た江戸期、戦前、戦後の三時代の文化史でもある。
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生(なま)醤油は、普通の製品と違い、加熱していない生の状態の醤油。醤油の多くは出荷前に加熱処理されたものだが、生醤油は火入れせずにしぼったままびん詰めしているため、酵素が活性化した状態で保たれている。宝「生しょうゆ」は(写真)生醤油のびん詰めとして1968年(昭和43年)から販売している。
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この醸造伝承館は、1879年(明治12年)の創業の弊社が1916年(大正5年)に建築し、食塩の倉庫として使っていた通称「大五蔵」と呼んでいた蔵を改装し、1987年(昭和62年)に誕生した。過去に使用していた溜醤油味噌の醸造用具や資料を展示し、その用具をじかに触れ、動かすことも出来る。合わせて資料の閲覧もできる。
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長野県には海がないため、古い時代より本県の塩は、日本海・糸魚川から白馬山麓・大町や松本を経て、(その名が示す通り)「塩尻」まで南下していた。「塩の道」の入口としての有利性から、醤油の生産が盛んに行われた時代もあった大町市には、当時を偲ばせる複数のお蔵が今も残っている。三十年程前に「平林醤油醸造店」が当博物館として姿を変え、現在は大町市が管理している。
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諸味の熟成は1955年頃から従来の木桶、コンクリートタンクから鉄製(エポキシ系樹脂ライニング)に変更され現在は1本100KL以上(木桶の20倍以上)の諸味管理がなされている。また、諸味の温度管理も自動的に行え、微生物管理の徹底とかみ合って熟成期間も1年から約半年に短縮された。さらに諸味の攪拌も櫂を使用する方法から、圧縮空気によって日と攪拌時間をプログラムすれば自動的に行えるようになった。
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近年、醤油の販売容器は樽売りからペットの小型容器に変化するとともに出荷量も増加し、生産本数が急増した。このため、時間あたりの充填本数を増やすために、ロータリー式充填機を採用、本充填機は1.8Lハンディーボトルを170本/分以上充填する能力がある。また、充填中の異物混入を防ぐために、衛生的に区切られた部屋で醤油は詰められている。
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醤油の主原料の1つである小麦の炒煎は、大きな鍋で混ぜながら炒る時代から、砂と混合し連続的に均一に炒る方法に進歩し、さらに1990年頃から熱風で小麦を流動させ、1~2分で炒る方法に至っている。この方法により、処理量の増加はもとより、小麦を均一にしかも炒り状態を熱風温度、時間で正確に管理できるようになった。
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醤油の殺菌、火入おりの生成、香気の付与等の目的で行う醤油の火入れは、殺菌する微生物の対象が近年、芽胞を作る殺菌類になり、火入れ温度は100℃以上で醤油を殺菌する方向になってきた。プレート式熱交換機はプレートを挟んで醤油と蒸気で加熱された熱水が流れ、熱水により醤油が加熱される方法で、プレートの大きさ、枚数により能力が決まる。
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醤油麹と塩水を諸味タンクに入れることを仕込みと言っているが、1965年頃までは、輸送設備の問題から麹と塩水を別々に投入していたので仕込直後の攪拌(荒櫂)により麹と食塩水を充分混合させて、腐敗を防ぐことが醤油の品質管理上たいへん重要であった。しかし近年は出麹と塩水の混合した状態で輸送するポンプが開発されたことで、荒櫂が簡便になった。
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醤油諸味の圧搾原理は古くより変っていない。すなわち、諸味を布に包み少しづつ圧力をかけて、3~4日かけて生汁と醤油粕に分離する方法は機械化による大量処理と省力化を目指して進歩してきた。最近は1,000m以上の長いナイロン系ろ布を3つ折りにし、その中に諸味を送入し、折りたたみながら約6mの高さまで諸味を積み上げる長尺式は、大量生産と大きな省力効果を生み出している。
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