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以前は、粗紡機の粗糸が満管になり停止すると、作業者が満管の粗糸ボビンと空ボビンを交換し、再起動をしていました。粗紡ワゴンドッファは、粗紡機からの交換指令により、満管の粗糸ボビンと空ボビンとを交換し、完了すると粗紡機が自動で起動します。この時、満管の粗糸ボビンを粗糸搬送装置に装着します。1台で数十台の粗紡機に対応することができます。展示機は、1993年に株式会社豊田自動織機が発表したものです。
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練条工程は糸ムラを左右する工程のひとつです。高速練条機は、ドラフト部、剖出繊維の集束部などで繊維と空気の流れを制御し、太さムラの少ないスライバを高速で生産します。展示機は、1993年に株式会社豊田自動織機が発表したものです。
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ウォータジェットルームは1995年にチェコのコボ社が発表し、1960年代に入って実用化されました。よこ入れに噴射水流を使用するため、高速化でき、騒音・振動も減少しましたが、水を使用するため天然繊維には適さず、合成繊維に使用されました。展示機は、チェコのコボ社で1961年に製造された、日本で唯一現存している実用化当初のウォータジェットルームです。
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薄地から産業資材などの特殊分野の合繊フィラメント織物を高速で織ることができる織機である。よこ入れ時間と筬打ちを性能を確保しながら打点位置を低くすることにより、より糸に優しく高品質な織物を高速で製織することができるようになった。また、筬打ち部品の軽量化と剛性アップ、バランスウェイトの最適化により、更に振動は少なくなった。展示機は、2016年製の豊田LWT810型ウォータジェット織機の第1号機です。
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電子ジャカードで制御した、たて糸1本毎の動きと、よこ糸用の6色自由交換給糸装置とをコンピュータで同期運転して、高級インテリアやネクタイなどファッション性の高い、複雑な絵柄の織物を織ることができます。展示機は、2006年株式会社豊田自動織機製のものです。
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よこ糸をエアで高速飛走させる特長を生かして、シャットル織機では困難であった、最大織幅390cmのベッドシーツ、インテリア資材等の超広幅織物が製織できます。電子ドビー積極開口装置を装着し、たて糸開口パターンを自由に設定できるほか、6種類のよこ糸毎に、エア圧力、噴射タイミングを最適条件に自動コントロールすることにより、超広幅製織を可能にしています。展示機は、2003年株式会社豊田自動織機製のものです。
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1907年(明治40年)に、国内2番目のタオル製織用動力織機として大阪府の原田元三郎によって発明された織機です。動作が軽快で、その後も何回となく改良が加えられて更に優秀なものとなりタオル業界に普及しました。展示機は、1951年に製造され、泉南地区で稼働していたものを復元しています。
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メインノズルから噴出する圧縮空気と機幅の中間に設けた補助ノズルからの空気噴射およびよこ糸の到達側に設けた吸引装置にてよこ糸を挿入します。空気の拡散が多く、織幅にも制約があり、比較的粗い織物しか織れませんでした。展示機は、スペインのサマラ社製で1974年に製造され、スエーデンのマクスボ社が1958年に世界で初めて実用化したエアジェット織機と同型の織機です。
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タオル仕様のエアージェット織機で、電子開口装置・電子パイル装置を備え、ガーゼタオルから厚地のバスマットまで、幅広い分野のタオルを高速で織り上げることができます。最大8色のよこ入れが可能で、異種異番手よこ入れ装置との組合せにより,多彩な糸での高速稼働を実現できるほか、よこ入れ装置の刷新により圧倒的な省エネ性能を実現しています。展示機は、2013年株式会社豊田自動織機製のものです。
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織物に合わせ、たて糸の長さ、幅、柄、密度、総本数、張力などを整え、ビームに巻き取る機械です。たて糸(経糸)を整える機械ということで、整経機と呼ばれます。年代:1938年頃製造
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豊田佐吉を助けて働いた鋳物技術者、久保田長太郎が自動織機量産のために製造した国産初の造型機です。展示してある砂型はG型自動織機のたて糸切断自動停止装置のブラケットです。年代:1927年導入
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株式会社豊田自動織機製作所が操業時、G型自動織機の木製部品量産のため1935年に導入した工作機械です。木製レース、シャットル等の表面仕上げ加工に使用されました。
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株式会社豊田自動織機製作所が操業時、G型自動織機の木製部品量産のため1925年に導入した工作機械です。木製レース、シャットル等の原材料からの切り出し加工に使用されました。
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株式会社豊田自動織機製作所が操業時、G型自動織機の金属部品量産のため1935年に導入した工作機械です。鉄、鋳物部品の軸部品の外周加工に使用されました。
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糸繰返機は、織機にかけるたて糸を準備するための機械で、かせ糸を1本1本糸枠に巻き取ります。従来は手回しで、1本ずつに巻いていましたが、豊田佐吉は多数の糸枠を各個自在に掛け外しできるように発明し、足踏みや動力で運転するようにしました。1人で同時に10数本巻き取り、生産性を画期的に向上させ、日本の織布業の発展に貢献しました。展示機は、特許明細書と写真を基に複製したものです。年代:1894年発明
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旧豊田紡織本社事務棟で使用されていたタイムレコーダー。1943年頃、東京市蒲田区の株式会社天野製作所が製造した木枠R型タイムレコーダー。正常出勤と遅刻、あるいは勤務中の移動を印字確認できるニ色リボン機構を内蔵しています。
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田辺信幸作。製作日数はおよそ半年で、おひとりで仕上げられました。作品名は、中心部分の模様が「龍が天に昇っていく姿」を、周囲が「雲」を表現してつけられました。真竹を使い、中央はヒゴを重ねて束ねたブローチ編みを応用し、周りは輪弧編みで作られています。中央部分には炭化竹を使用しています。幅200.0×奥行き30.0×高さ200.0cm。年代:1991年
情報所有館 : 別府市竹細工伝統産業会館 ![]()

田辺信幸作。別府竹細工の伝統的な工芸技術と技法を受け継いだ丸編み・透かし編みによる作品です。
直径130.0×高さ170.0cm。年代:1990年
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やたら刺し編みによる間仕切りです。丸い模様は「太陽」を、大きく波を打たせて編まれた部分で「山と海」を表し、「別府の自然」を表現しています。年代:1994年
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昭和25年に県の産業工芸試験所で商品開発されたものです。現在は作られておらず、もしオーダーメイドで作ってもらうとすればひとつ3~5万円ほどです。お客様に実際にかぶってみていただけるように鏡を設置しています。
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二宮益雄作。竹ヒゴ作りを主にされていた方で、作品は趣味で製作していました。担ぐ棒の部分は竹を貼り合わせています。重さ約80kg、約4ヶ月で仕上げられました。実際に使われていた駕篭はこの半分くらいの大きさで高さも低く材料は木が主として作られていました。年代:1998年
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トーマス・エジソンの白熱電球の複製品。竹フィラメントの太さは約0.3mmで太い髪の毛1本分程です。電気炉の中で竹ヒゴが燃え尽きないように温度を100度~1200度まで徐々に上げていき、炭化させて作られています。明るさは約40W、耐用時間は1500時間で、平成6年の開館以来一度も切れていません。年代:1994年
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第一期蹴上発電所で使われていた水車です。明治27年(1894年)に石川島造船所(株式会社IHIの前身)で製造されました。水車の周りにはバケットと呼ばれる羽根がいくつもついており,そこにノズルから噴射した水を打ち付けることで水車を回します。そして,水車の横に付いているはずみ車にベルトを掛けて発電機を回しました。また,自動的に回転速度を調節できる調速機も取り付けられました。現在もこの形式の水車は富山県の黒部川第4発電所などで見ることができます。直径2.4m。 年代:1894年
情報所有館 : 琵琶湖疏水記念館 ![]()

第一期蹴上発電所で使われていた二相式交流発電機です。アメリカのスタンレー電気会社で製造され,明治27年(1894年)8月に設置されました。性能は回転数1000回転/分,電圧2000V,出力60kW,周波数133Hzでした。回転子にはコイルがなく,固定子の側に界磁コイルと電機子コイルが取り付けられています。 年代:1894年
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この曲屋は、秋田県仙北市田沢湖(旧仙北郡田沢湖町)の山間部に建てられていたもので、所有者であった伊藤家が明治33年~36年(1900年~1903年)頃の4年間に2期に分けて建てたと伝えられています。その後平成元年~2年に秋田県立農業科学館建設に伴い移築され、当初の姿に復元されたものです。平成3年当館開館と共に見学が開始され、平成12年2月に国の登録有形文化財(第05-0056号)に指定されました。同県内の曲屋形式の住宅としてこの建築は一般的な規模の農家建築の形式と考えられ、馬屋側の入隅に入り口を設けて全面の細い土間部分を省略しています。また、正面の縁側には半蔀(はじとみ)が用いられています。
情報所有館 : 秋田県立農業科学館 ![]()

2002年から当館で試験栽培中の四季咲き大輪系の品種です。秋田県を代表する湖「田沢湖」の龍神伝説にまつわる美しい娘「たつこ姫」の名前が付けられました。当館の名誉館長を務めた糸井健二氏が新品種として作出したものです。
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紀州雑賀荘宇治(現和歌山市宇治)に居住していた雑賀吉久が製作した兜。兜正面には眉形の切鉄を付し、上部には角状の鋲を打つ。独特な形を呈し、「雑賀鉢」と呼ばれている。重要美術品。和歌山市指定文化財。時代:安土桃山~江戸時代
情報所有館 : 和歌山市立博物館 ![]()

10匁クラスの軍用火縄銃で、紀州の鉄砲鍛冶早川甚之助正元が製作した。早川家の歴史は古く、紀州徳川家初代の頼宜在世時から鉄砲鍛冶を勤めてきたといわれている。時代:江戸時代後期
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三池石炭が室町時代中期に発見されたことを著した古文書です。安政6(1859)年6月、11代藩主立花種恭(たねゆき)の求めに応じて提出されたもので、石炭問屋、橋本屋富五郎の手元にあった控え文書が地元に保蔵されていました。ここには、文明元(1469)年、三池郡稲荷村の農夫伝治左衛門と申す夫婦が稲荷山の頂において焚火をしたら、かたい岩角がとろとろと燃え出したので持ち帰り、天運が開けたことをよろこんだことが記されています。これが三池における「燃える石」の発見と伝えられており、日本の炭田の発見の記録としては、最も古いとされています。
情報所有館 : 大牟田市石炭産業科学館 ![]()

三池石炭の発見は、1459年に遡りますが、自由採炭の時代を経て、江戸中期には柳川藩と三池藩が組織的に石炭採掘を行うようになります。この石祠は三池藩11代藩主・立花種恭(たねゆき)により万延2(1861)年に再建されたもので、創祀は三池藩営の石炭採掘が開始された寛政初期頃であろうと思われます。燃える石を焚石と称したことは古文書にも見え、石炭のでる山を焚石山と呼び、ここに産業の神である稲荷を祀って鎮守としたものであろうと思われます。正方形の台座の上に本祠堂があり、堂の幅60cm、高さ68cm、深さ45cm、石材は凝灰岩。
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先端部分(切削部)を回転させ、上下左右に動かしながら石炭層だけでなく、岩石層の中もトンネル状に掘り進む機械です。掘った石炭や岩石は掻き寄せ部で集め、後方の運搬設備に積み込みます。炭鉱だけでなく、道路や鉄道のトンネル掘進でも利用されています。展示機械は、昭和40年頃に石炭専用として試験的に導入されたものです。その後昭和43年に初号機が開発され、三池では閉山時(平成9年3月)まで活躍しました。切削部、掻き寄せ部、一次コンベア(チェーンコンベア)、二次コンベア(ベルトコンベア)、運転席、走行部で構成されています。 三井三池製作所製 MRH S45型 重量:約16.5t 平均切削能力:1tから2t/分
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ドラムカッターは、切羽で活躍する採炭の主役で、左右2個のドラムで石炭層を一度に切削する大型採炭機です。螺旋状のドラムが回転し石炭層にくい込んで、左右に動きながら切削します。切削した石炭は払コンベアに落とされ、払いコンベアが横に動きながら積み込んだ石炭を運び出します。展示機械は、昭和50年頃に導入されたものです。その後改良を繰り返し、昭和63年に導入された最新機種MHPは一日に1万tの石炭を掘り出すことが可能でした。三井三池製作所製 ダブルレンジングドラムカッター MCLE270-DR8292型 重量:21t 平均切削能力:約11t/分 ドラム径:1.5m
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ドラムカッター、払コンベアとともに、三池炭鉱の採炭切羽で使用された当時の最新採炭システムを構成する機械のひとつです。鋼鉄製の自走枠は、切羽に向かって約100台並べられ、水圧によって切羽の天井を支えるだけでなく、払いコンベアとその上にあるドラムカッターを炭壁側に押しつける働きをします。ドラムカッターの移動に応じて1台ずつ前進します。展示機械は昭和56年に導入されたもので、その後改良が繰り返され、昭和63年に採炭システムの最新機種MHPが導入されました。三井三池製作所製 MKSP-FSC40型 MIシールド枠 自走枠 最高高さ:3.5m 最低高さ:1.65m 重量:約15t/台
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鳥取二十世紀梨記念館のシンボル「二十世紀梨の巨木」である。巨木の直径は20メートルもあり天井を覆うように広がっており、国内最大の二十世紀梨の木といえる。地下5メートルまで伸びた根も一緒に展示しており、一階床面から枝までの高さは6メートルになる。1999年当時、この巨木は樹齢74年でありながら4千個の見事な果実をならせており、通常の木(800個程度)の約5倍の個数を誇っていた。整然と配置された枝やまんべんなく付いた花芽や土つくりによって張り出した多くの根など、まさに鳥取県の梨づくり100年の技術が注ぎ込まれたモデル樹といっても過言ではない。(移植年:1925年頃)
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新聞紙で作った、果実を病気や虫の被害から防ぐための防護袋を強化するために、胡麻油(えごまあぶら)、桐油(とうゆ)、亜麻仁油(あまにゆ)、菜種油(なたねあぶら)などに石油をまぜたものをこの機械で防護袋に塗布した。(製作年:昭和30年代前半頃)
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宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄は大柄でヨミ数は15ヨミ。制作者は下地恵康で昭和60年代に作られた「夢の架け橋」と呼ばれる作品である。ヨミ数とは、織機の道具である筬(おさ)の密度をあらわす用語。筬はくし状になっており、その隙間(羽)に2本ずつ経糸を通す。筬目40羽で1ヨミとなるので、15ヨミの場合、15ヨミ×40羽×2本=1200本の経糸が使用されていることになる。
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宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄は亀甲柄でヨミ数は16ヨミ。制作者は友利玄純で昭和60年前後に作られた。
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宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄は十文字柄でヨミ数は16ヨミ。制作者は池間方俊で制作年代は不明である。
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宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄はプトゥキ(仏)柄でヨミ数は15ヨミ。制作者は平良寛正で制作年代は不明である。
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宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄はクピン柄でヨミ数は15ヨミ。制作者は池間方俊で制作年代は不明である。
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宮古上布は経糸、緯糸ともに手績みの苧麻糸のみで織られている麻織物で、夏用着尺として最高のものとされている。原料となる苧麻から糸を作り、布として仕上がるまでの全行程を手作業で分業して行う。1978(昭和53)に国の重要無形文化財に指定されている。本資料の柄は大柄でヨミ数は15ヨミ。制作者は下地恵康で制作年代は不明である。
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昭和3年(1928年)5月に運用が開始された会津若松市大戸町の東北電力旧大川発電所で用いられていたフランシス水車。最大出力4750キロワットを誇った縦軸単輪単流渦巻フランシス水車は、昭和2年(1927年)に電業社原動機製造所で製造されたものであり、大川ダム建設に伴って廃止される昭和60年(1985年)1月まで発電機を回し続けた。
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明治28年(1895年)に福島電燈株式会社(現東北電力株式会社)が建設した福島県最初の水力発電所(宮城県仙台市の三居沢発電所に次いで東北で2番目)。最大出力100キロワット。年代:昭和戦後
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