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輸液ライブラリーは、(株)大塚製薬工場(徳島県鳴門市) 輸液情報センターの1階に設置されています。1921年(大正10年)大塚グループの誕生から現在に至る経緯、また戦後の局方品のガラスアンプル製品から最新のクワッドバッグ開発など自社製品の変遷を紹介しています。さらに輸液の製造工程や輸液の歴史に関する資料なども展示しており、医療従事者の方々だけでなく、一般来訪の皆様にも輸液をおわかりいただけるよう、展示方法についても工夫しております。
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1883年、「わが国製薬事業の確立」と「純良医薬の国産化」を目指して半官半民の大日本製薬会社がつくられた。この蒸留缶は当時の同社製薬長である長井長義博士(近代薬学の祖)が留学中のドイツで購入、同社工場に設置されたもので、国産医薬品の製造に寄与したものと思われる。なお、同社は1898年に大阪製薬株式会社に吸収されたが、社名は継承され大日本製薬株式会社となった。
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1947年の当社創立50周年を記念してわが国最初の製薬工場である創立当時の建物を「記念館」として永久保存された。赤煉瓦の壁とツタの緑に覆われ、前面に噴水を配して社員の心に安らぎを与えている。内部では創立当初の資料等が展示されている。
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1897年、製薬業界の株式会社としてはわが国最初に誕生した大阪製薬株式会社の創立趣旨書には、発起人である大阪・道修町の薬業家21名による「純良医薬を安価で提供すること」が記され、製薬業界の良心的総意によっていることが強調されている。翌年、大阪製薬株式会社は東京にあった半官半民の大日本製薬会社を吸収合併し、社名を大日本製薬株式会社に変更して今日に至る。
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日本の近代薬学の祖であり、喘息治療剤エフェドリンの発見者でもある長井長義博士が当社技師長へ宛てたアミールアルデヒド製造に関する手紙。実験手順とともに反応装置もスケッチされており、当時の状況を知ることができる。
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「田辺製薬三百五年史」は、田辺製薬が創業305年を迎えるとともに、株式会社設立50周年にあたる昭和58年に刊行した。江戸時代の1678年(延宝6年)の創業時から、洋薬輸入を経て製薬事業への進出を果たした明治・大正・昭和戦前の時代、そして、戦後の再建と近代化路線を推進し、企業基盤の確立を果たした田辺製薬の305年の歴史を詳細に記述している。年表を含めた総ページ数は659ページ。
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田辺製薬の創業は、江戸時代の1678年(延宝6年)である。初代田邊屋五兵衞が大坂土佐堀の田邊屋橋(現・常安橋)南詰めで、合薬“田邊屋振出薬”(たなべや薬)の製造販売を家業として、店舗を開いたことに始まる。「田辺製薬史料館」には、創業300年を越える田辺製薬の企業活動の歴史的史料(約140点)を展示している。本史料館は、大阪市淀川区加島の田辺製薬加島事業所研究3号館内にある。
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世界に先駆け、酵素合成法を導入して製造することに成功したサケカルシトニン-Ⅰは、アミノ酸32個からなるペプチドで、骨粗鬆症、高カルシウム血症等に有効である。トリプシンを用いる酵素合成法は、製薬の最終カップリング反応に適用され、副反応(ラセミ化)を伴うことなく反応が進行する。
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H2ブロッカーとしては従来と全く異なる構造(六員環、側鎖にアミド結合)のアルタットカプセルについて、設計および評価などを解説している。
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国産の回虫駆除薬「サントニン」の原料となる原草が、アルテミシア・マリティマ(ミブヨモギ)である。回虫は昭和初期日本で大流行し、深刻な社会問題となっていた。フランスよりアルテミシア・マリティマを日本に導入し、サントニン(有効成分)が含まれていることを発見した。100%輸入に依存していたサントニンの国内生産を可能にしたのはミブヨモギの存在あってのことであり、その功績は大きい。
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