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油圧式 トラッククレーン

株式会社タダノ(当時多田野鉄工)は昭和30年に日本で初めての油圧式トラッククレーンOC型を開発し、翌年改良型のOCシリーズ(3トン吊、5トン吊、7トン吊)を発売した。OC-3型、OC-5型、OC-7型のOCシリーズ3兄弟は「タダノのレッカー」ともいわれ、昭和30年代のベストセラー機となった。展示のOC7型はシリーズの中にあって、吊り上げ能力7トン(当時としては最大クラス)を誇り、大人気のあったクレーンである。OCシリーズは昭和31年(1956年)から昭和41 年(1966年)の11年間で約2,000台販売された。今ではマニアの間で逸品として高く評価されているクレーンである。

情報所有館 : 国立科学博物館 


簡易枕木移動機

昭和24年(1949年)頃の日本国有鉄道(現JR各社)では、戦後の経済復興に伴う鉄道輸送量の増大で、老朽化した線路の補強が大きな課題となっていた。線路を補強するには、在来のレールを新しい大型レールに交換するのが最良の方法であるが、当時の我が国経済力及びレール生産能力では全鉄道線路を一斉に交換することは困難であった。そこでレールを支えている枕木の本数を増加することで線路を補強する事に決まり、全国一斉に工事を行うことになった。工事は、砂利をスコップで取り除いた後、枕木の間隔を狭め、新しい枕木を追加し、再度、砂利を枕木の間に埋め戻し、つき固める作業で、莫大な労力と時間を必要とした。また列車走行の合間を縫っての作業でもあり、とりわけ作業の効率をあげるための機械化が強く要請されていた。当時設計担当の多田野康雄のアイデアで、油圧技術の利用により砂利を取り除くことなく、枕木を移動させる初代機が昭和25年に完成し、国鉄で「軌条枕木位置整正機」と命名され、好評を博した。さらなる作業効率化のため、より一層の工夫を加え、翌26年に開発したのが「簡易枕木移動機」である。本機は、カム機構によるレール固着装置(レールキャッチ)部と、テコの原理を応用したラック式ジャッキ部で構成されており、本体重量も20kg(初代機120kg)と小型軽量化した。迅速に線路から脱着でき、しかも運搬も1人で可能となり、高能率で安全に作業が行えるようになった。しかも左右一対セット価格は3万円(初代機12万円)で、作業の効率化と低価格を同時に実現した。昭和26年から販売、売上高は年々30~40%増え、ピーク時には年間300台を納入し、会社の業績を飛躍的に伸ばし、創業期の『タダノ』の経営基盤を固めた製品である。なお、現在でも各地で、線路の補修作業機として活用されている。

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国産初 横行するカウンタ式フォークリフト

エンジン式カウンタバランス型フォークリフトでは世界初の横行するフォークリフトで、長尺物の横抱き運搬時の横行や、スピンターンできる小回りの良さで倉庫の有効面積向上に貢献した。また、2×2HST駆動により左右の駆動輪を独立して駆動できるので、デフがないため、軟弱地でもスリップ少なく、除雪にも活躍する万能ぶりを発揮している。

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国産初 フォークリフト

アメリカの技術導入に頼らずスケッチのみで作り上げた日本で最初のフォークリフトで、トラックの部品、中古の部品などを集めて3ヶ月で作り上げられたが、マストはもちろんヘッドガードまで備えたれっきとしたフォークリフトであった。1949年3月、神戸海運局に納入された。

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国産初 量産型4輪駆動ホイールローダ

アメリカのクラーク社から技術導入により日本で初めて本格的な4輪駆動ホイールローダが量産されたのがこの85Aで、現在では見られなくなった後輪換向、荷役用ブーム支持ピンが運転席後方にあるタイプではあるが、1.3㎥のバケットと大型低圧タイヤを4輪備えて駆動し、軟弱地でも舗装路でも場所を選ばず走破性に優れたので、砂利のトラック積み、運搬、軽度の掘削、押土作業までこなせる万能機として日本のホイールローダ市場を開拓した。

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国産初 スキッドステアローダ

アメリカのクラーク社から技術導入により日本で初めてスキッドステアローダを国産化した。小型ながら4輪駆動で、スキッドステア(車輪の向きは変えず、左右輪の回転速度の差で旋回する)であり、左右輪を互いに回転させるとスピンターン(車体中心を旋回中心としてその場旋回すること)ができるため、小回りの良さが売り物の万能機で、土木、運搬、畜産に市場を開拓した。

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国産初 コンテナキャリア

1957年にアメリカのクラーク社がコンテナ運搬専用の車両を世界に先駆けて製造し、1967年に日本で初めて国産化のためのクラーク社の技術導入によりTCMがこのS510と呼ばれる1号機を11月に製造し、横浜港荷役振興(株)に納入した。20フィートコンテナを2段積みでき、コンテナを運搬しながら地上におかれた1段目のコンテナをまたいで通過することができ、港のコンテナヤードに2段積みのコンテナの列を作って保管する作業に使われた。

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ウォーセクリーターA型

昭和の初めの頃、コンクリートを製造する場合は各材料を容積で計り、製造誤差の多い製品であった。またその製造機械のほとんどを輸入機械で行っていた。1930年に発売した「ウォセクリーター」は予めセメントと水を混合しセメントペーストを作り、重量計量した砂利と砂とをミキシングすることで非常に良質なコンクリートを製造出来た。機械のほとんどを国内製造し当時としては画期的な発明で、日本・ドイツ・アメリカの特許を取得し、きわめて大きな反響を呼び起こした。

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ウォーセクリーターC型

昭和の初めの頃、コンクリートを製造する場合は各材料を容積で計り、製造誤差の多い製品であった。またその製造機械のほとんどを輸入機械で行っていた。1930年に発売した「ウォーセクリーター」は予めセメントと水を混合しセメントペーストを作り、重量計量した砂利と砂とをミキシングすることで非常に良質なコンクリートを製造出来た。機械のほとんどを国内製造し当時としては画期的な発明で、日本・ドイツ・アメリカの特許を取得し、きわめて大きな反響を呼び起こした。

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ウォーセクリーター

昭和の初めの頃、コンクリートを製造する場合は各材料を容積で計り、製造誤差の多い製品であった。またその製造機械のほとんどを輸入機械で行っていた。1930年に発売した「ウォーセクリーター」は予めセメントと水を混合しセメントペーストを作り、重量計量した砂利と砂とをミキシングすることで非常に良質なコンクリートを製造出来た。機械のほとんどを国内製造し当時としては画期的な発明で、日本・ドイツ・アメリカの特許を取得し、きわめて大きな反響を呼び起こした。

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