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本資料は、当時の映画用カラーネガフィルムとして世界最高感度を実現したフィルム及び現像済フィルムです。1982年3月、米国アカデミー科学技術賞を受賞しました。
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本資料は、世界初のレンズ付フィルムです。1986年7月発売。「写真の撮れるフィルム」を作るという、逆転の発想から開発された製品です。以前の写真撮影には高価なカメラが必要で、手軽に万人が写真を撮影することはできませんでした。この製品の登場により、大人は勿論中高生にも、手軽に写真を撮るということが一般的になり、写真文化の裾野が一気に広がりました。
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本資料は世界初のデジタルミニラボシステム(カラー画像の高速デジタル処理、銀塩方式高速カラープリント処理システム)のカタログ、プリントサンプルとレーザーの写真です。独自開発した青/緑固体レーザー内蔵の世界初の高速レーザー露光スキャナー、130万画素エリアCCD(3色面順次読取)、高速画像処理等、当時の新技術を組み合わせ、この世界初デジタルミニラボシステムが実現しました。
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機械(油圧式杭圧入引抜機第1号機)「既に打った杭を掴んでその引抜抵抗力を反力として次の杭を油圧によって圧入するという全く新しい原理で発明された杭打機。ほぼ全ての建設機械が海外発であることに対し、純国産の発明であること、及び無振動無騒音という公害対処の機械であることは特筆される。
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ボーリングマシンのトップメーカーとして、数々の新技術を開発してきた鉱研鉱業(旧鉱研試錐工業。1947年設立)の30年史。特に、①海洋資源開発における深海地質調査に不可欠の海底ボーリングマシン「マリンドリル」の開発(1958年)、②作業の安全性(作業員が穴に入ることなく、また発破による崩落事故の危険が無い)から、土木工事・鉱山開発での立杭掘削に重要な役割を果たした油圧式大口径岩盤掘削機「ビッグマン」(1967年完成)によるレイズドリル工法、③青函トンネルでの数千メートルに及ぶ先進ボーリングで活躍した油圧式ボーリングマシンによる画期的な長尺水平ボーリングシステムの確立、の3点については、我が国唯一の独創的技術として特筆すべきものがある。
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国産初の石炭露天掘り用電気ショベルである。ディッパ容量1.5m3、重量75トンで、当時としては最大級の機械であった。昭和5年に満州鉄道撫順炭坑に初号機が納入されてその性能・品質が評価された。以後120K(3m3、150トン)、200K(4m3、300トン)とシリーズ化されて、各種鉱山で稼働した。第2次大戦後はこの技術を活かしてディーゼルショベルの開発につながり、建設工事の機械化施工に貢献した。
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1955年アメリカのP&H社と技術提携し、クレーン等の技術導入を行った。1956年に255A型掘削機、1957年に255A-TCトラッククレーンおよび255A-LCクローラクレーンを市場導入した。この技術をベースとして、1964年に”300シリーズ”のクローラクレーンを完成した。以後日本では、クレーンは「ピーアン」(P&Hの発音の短縮したもの)と呼称されて、一世を風靡した。写真は255Aの国産1号機である。
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1970年前半に開発されたラフテレーンクレーンは、狭い現場内での作業性のよさにより、従来のトラッククレーンに急速に置き換わっていった。オーバハングが大きく視界性が悪いという欠点があったが、これを打破する形態として、ブームを多段伸縮化しかつ前方に傾斜させたミニラフテレーンクレーンが1989年に開発された。これにより、視界性の大幅な改善による走行時の安全性が向上し、小型トラッククレーン市場を席巻している。世界初のアイデアである。
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このCAT D4Dブルドーザは、1965年4月に、キャタピラー三菱株式会社の生産第一号機として本社相模工場をラインオフした。同年6月、清水建設株式会社に納入後は、茨城県東海村の原子力発電所や東名高速道路などの建設に活躍。約8,000時間稼働した後、いったん同社相模機材センターの建設機械博物館に殿堂入りしたが、1980年6月、同社の好意により寄贈された。総重量約8トン、定格出力66PSのCATディーゼルエンジンを搭載し、速度段は前後進各5段。
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