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1982年(昭和57年)全国で初めて厳原-隠蔵寺間に船舶電話基地局のエントランス回線として導入。11GHz帯で最大4システムを収容。PCM2次群2系列(6,312Mbit/s×2・電話192ch)の伝送が可能。製造年:1982年。製造会社等:日本電気株式会社※見学要予約。
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1976年(昭和51年)本波-牛深間に初期導入。最大12システムの収容可能。現用1システム当たり電話1,200ch伝送可能。全固定化されたもので主に総括局-中心局-集中局伝送路に使用。九州では、1981年(昭和56年)11GHz帯アナログ方式として最後の導入となった豊後高田-中津間の開通まで6区間で使用。製造年:1975年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。
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伝送路網の信頼性向上、安定化対策の一環として1969年(昭和44年)にMG単位(電話換算300ch)として全国導入。本方式で管内RC(総括局)、TC(集中局)の全てが、伝送路自動切替網に組み入れられ異常障害発生時でも平常サービスを維持できるような切替網として全国ループ化が図られた切替方式。製造年:1975年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。
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デジタルデータサービスに対応するため、1次群まで同期化したDCS(デジタルクロック供給装置)として開発。1978年(昭和53年)に網同期方式(主局のクロックをクロック分配路を通じて各局に分配し、各局では、これに基づき所要クロックを発生し、局内各装置に供給)として全国に導入。製造年:1980年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。
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1965年(昭和)40年)浜町-小岩、大阪-堺、水戸-東海の3区間に初期導入。従来のFDM方式に比べ、大幅な経済化により短距離区間の回線需要に応じるため、電話局相互の局間中継線として多様された。特徴としては、FDM方式に比べ伝送路で生じる各種妨害を受けにくく伝送帯域拡張、劣悪伝送路の変動に影響されないので、低損失回線の作成が可能となった装置。製造年:1972年。製造会社等:富士通株式会社。※見学要予約。
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1973年(昭和48年)より、回路技術の進歩やデジタル回路用素子需要の増大に伴い、ICを導入した機械に長距離回線にも使用できる高品質伝送方式としてPCM24方式を大幅にモデルチェンジし、1974年(昭和49年)以降、本格的に全国導入された。特徴としては、ICの導入、低電力化などによる小型化が図られ、PCM24形端局装置に比較し、システムの実装数および雑音に関して改善。製造年:1980年。製造会社等:富士通株式会社。※見学要予約。
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佐賀-長崎、久留米-長崎電信線路用電柱の笠木(かさぎ)で佐賀県藤津郡嬉野町周辺の電柱に取り付けられていたもの。※ 木の電柱を守るものです。製造年:不明。製造会社等:不明。
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災害応急復旧用無線電話方式、1971年(昭和46年)ロスアンゼルス地震を契機に防災対策の見直しが検討され、1974年(昭和49年)から逐次各県でサービス開始。あらかじめ主要行政機関に配置し、地震・水害などの非常災害時にこれらの機関の通信途絶を防止し、救援活動・指令など非常連絡通信を確保するほか、病院や避難所などに特設公衆電話として設置する装置。製造年:1984年。製造会社等:国際電気通信株式会社
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1935年(昭和10年)発行。定価26銭。小倉、八幡、若松、戸畑、飯塚、後藤寺の7月1日現在の電話番号簿(電話帳)で、電話の使い方を「通話上の心得」と表現し、電話のかけ方、交換手の呼び方なども記載。当時、門司のお客様は多く、門司だけ別に発行されていたとのこと。製造年:1935年。製造会社等:熊本通信局。
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1968年(昭和43年)発行。収録地域は、北九州市、中間市、遠賀郡、京都郡(苅田局)。当時の電話事情などから、「電話のかけかた」などが記載されている。製造年:1968年。製造会社等:日本電信電話公社 九州電気通信局。
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1964年(昭和39年)8月1日発行。定価100円。東京オリンピックの各種会場、施設、ホテルなどの電話番号と「日本の電話と使い方」などが掲載されている。名称は電話帳でなく「電話番号簿」。製造年:1964年。製造会社等:日本電信電話公社 東京電気通信局。
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1972年(昭和47年)1月1日発行。定価記載なし。内容は、東京オリンピックと同様ですが、名称は東京オリンピックとは違い、「電話帳」。 製造年:1972年。製造会社等:日本電信電話公社 北海道電気通信局。
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沖縄国際海洋博覧会(EXPO75)1975年(昭和50年)7月1日発行。定価記載なし。会)場内の電話機はプッシュホンが使用されており会場内のプッシュホンの使い方と各会場の電話番号などが掲載電話帳。製造年:1975年。製造会社等:日本電信電話公社 沖縄電信電話管理局。
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2003年(平成15年)発行。シップ・ページ(50音別契約船舶)、マリン・ページ(海事編)、ライフ・ページ(生活編)、ポート・マップ(全国主要港湾案内)等で構成・記載。製造年:2003年。製造会社等:ドコモセンツウ株式会社。
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日本ではファクシミリ登場する以前、1959年(昭和34年)サービス開始。通称:加入電信宅内装置。欧米ではテレックスなとど呼ばれており、パソコンが登場する前から世界中で使用されていた通信端末。原理はタイプライターとタイプライターを電話回線で接続し、データを送受信する印刷電信機とも呼ばれてもいた。電文は、さん孔テープという専用のテープに穴が空けられ記録した。製造年:1965年。製造会社等:沖電気工業株式会社。
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屋外工事の人と電話局内交換工事の人が使用する機器。磁石式、共電式用(ダイヤル式以外)の試験機。(名称:携帯電話機)製造年:1970年。製造会社等:日興電機製作所。
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用途は、電話機から離れた場所等でベルの音が聞こえにくい場合に取付ける。その後、高音量ベルやフラッシュベルなども登場。製造年:1956年。製造会社等:株式会社長谷川電気製作所。
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ステップバイステップ式自動電話交換機の試験台。自動式電話交換は常時、各機器の動作状態を監視し、一度、障害(故障)が起きた場合には、その障害の種類・程度・場所を発見し、迅速に修理する必要がある。この試験台は、障害の原因を調べるためのもので、木工技術としてもすばらしい機器。製造年:1958年。製造会社等:日本電気株式会社。
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電話(プッシュホン)で相手を呼び出し、画像を見ながら通話できるテレビ電話で展示用として使用された。 製造年1981年。製造会社等:㈱東通テクニックス
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1950年(昭和25年)に登場。 戦後の復興をとげ高度成長を目指した時期に徐々に家庭のシンボルとなっていった4号電話機の壁掛式。製造年:1969年。製造会社等:日本電信電話公社
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600形カラー電話機は、1971年(昭和46年)から、グリーン、アイボリー、ウォームグレーの3色と同時に特殊色として、うすあお(水色)、さんご、ベージュの3色も登場した。展示品はうすあお(水色)である。製造年:1971年(昭和46年)。製造会社等:日本電信電話公社。
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1975年(昭和46年)、閃光式着信表示器として、電話がかかってきた時、ベルの代わりにライトが3秒に1回フラッシュして知らせる福祉用機器として登場した。光量は、強(400ルクス)・弱(30ルクス)の2段階。製造年:不明。製造会社等:日本電信電話公社。
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騒音の激しい工場内、広い倉庫でも大音量で電話の呼び出しを知らせる。音量調節スイッチにより、音量の状況に応じた音量調節が可能。製造年:1976年(昭和51年)。製造会社等:東栄電話工業㈱。
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沖縄(豊見城)~宮古島(平良)間の見通し外通信(2GHz帯)用の送信機に使用されていた真空管。主に、離島間の電話用として活躍していた。製造年:1987年(昭和62年) 。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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極超短波(300MHz~3GHz帯)通信用の送信機に使用されていた真空管。主に、国内の電話やテレビの長距離通信用として幅広く活躍していた。製造年:不明。製造会社等:日立。※見学要予約。
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長波(30KHz~300KHz帯)・中波(300KHz~3MHz帯)・短波(3MHz~30MHz帯)通信用の送信機に使用されていた真空管。 標準電波や日本近海・外国航路の船舶通信等に幅広く活躍していた。製造年:不明。製造会社等:JRC。※見学要予約。
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極超短波(300MHz~3GHz帯)通信用の送信機に使用されていたクライストロン。主に、国内の電話やテレビの長距離通信用として幅広く活躍していた。製造年:1964年(昭和39年)。製造会社等:日本電気㈱。※見学要予約。
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極超短波(300MHz~3GHz帯)通信用の送信機に使用されていた進行波管。主に、国内の電話やテレビの長距離通信用として幅広く活躍していた。製造年:1974年(昭和49年)。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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短波(3MHz~30MHz帯)通信用の送信機に使用されていた真空管。主に、南氷洋での捕鯨船との遠距離通信に活躍していた。製造年:1973年(昭和48年)。製造会社等:JRC。
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中波(300KHz~3MHz帯)・短波(3MHz~30MHz帯)通信用の送信機に使用されていた真空管。主に、日本近海の船舶との中距離通信等に活躍していた。製造年:不明。製造会社等:JRC。※見学要予約。
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短波(3MHz~30MHz帯)通信用の送信機に使用されていた真空管。外国航路の船舶や南氷洋での捕鯨船との遠距離通信に活躍していた。製造年:1970年(昭和45年)。製造会社等:東芝。
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長波(30KHz~300KHz帯)・短波(3MHz~30MHz帯)通信用の送信機に使用されていた真空管。標準電波や外国航路の船舶との遠距離通信等に活躍していた。製造年:不明。製造会社等:JRC。※見学要予約。
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極超短波(300MHz~3GHz帯)通信用の送信機に使用されていたクライストロン。主に、国内の電話やテレビの長距離通信用として幅広く活躍していた。製造年:1990年(平成2年)。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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鹿児島(大浦)~奄美大島(朝戸)~沖縄(多野)間の見通し外通信(2GHz帯)用の送信機に使用されていた真空管。主に、離島間の電話・テレビ用として活躍していた。製造年:1968年(昭和43年)。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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鹿児島(大浦)~奄美大島(朝戸)~沖縄(多野)間の見通し外通信(2GHz帯)用の送信機に使用されていた真空管。主に、離島間の電話・テレビ用として活躍していた。製造年:1967年(昭和42年)。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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鹿児島(大浦)~奄美大島(朝戸)~沖縄(多野)間の見通し外通信(2GHz帯)用の送信機に使用されていた真空管。主に、離島間の電話・テレビ用として活躍していた。製造年:1965年(昭和40年)。製造会社等:日本電気。※見学要予約。
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棉の木から摘み取られた採綿の中には、6個から8個ほどの種があります。その種を取り除く道具で、別名『実取り』とも呼ばれています。取っ手を回し、真ん中のローラーに綿を入れると種が取れます。この種を除いた綿を『繰り綿』といいます。
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繰り綿は、繊維が不ぞろいで固くなっています。その繊維をほぐし、整える作業を製綿といいます。その製綿をする道具が唐弓で、弓の弦ではじくと繰り綿がほぐされふわふわの状態になってきます。この、ほぐされた綿を『打ち綿』といいます。
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打ち綿を細い筒状の『篠巻き』にして、糸車にかけると木綿糸が出来ます。糸車の回転と篠巻きの引き具合で糸の太さが変わってきます。この、糸車で紡がれた糸は、小管に巻かれた状態になっています。
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糸車で紡いだ糸を綛かけに巻き取る作業を『綛上げ』といいます。綛かけに巻き取られた糸を外すと『綛糸』になります。漢字の糸の文字は、この綛糸から生まれました。
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箱根丸は日本郵船株式会社が1963(昭和43)年に北米西航路に日本初のフルコンテナ船として就航。総トン数16240トン:1968年竣工
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御座船は西国大名が参勤交代に使った御召船である。飛龍丸は讃岐高松藩の御座船で大櫂52梃・18反帆・500石積という当時としては建造を許される最大級の船であった。
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