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677P卓上電話機(黄)

1982年(昭和57年)サービス開始。677A形のダイヤル部分をプッシュ式にしたもので、機能は677A形・678A形と同様。主にポール式・キャビネット式の公衆電話機として使用された。製造年:1995年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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673P電話機(黄)

1975年(昭和50年)ボックス用としてサービス開始。プッシュ式で硬貨投入口が10円、100円用の2つで、一度に10円硬貨が10枚、100円硬貨が9枚投入できるようになっているが、同時に投入した場合は、10円硬貨の方から先に収納される。また、110番、119番に硬貨なしでダイヤルできる緊急通報機能が付いた。製造年:1985年。製造会社等:日本電信電話公社。

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679P電話機(黄)

1982年(昭和57年)ボックス用としてサービス開始。プッシュボタン面を50度とし、見やすく、停電時にも10円硬貨で使用が可能。緊急ボタン以外にも10円硬貨で、110番、119番に通報できるようになった。製造年:1982年。製造会社等:安立電気株式会社。

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MC-4PRA公衆電話機(カード式・緑小)

1982年(昭和57年)カード式公衆電話のサービス開始。カードと10円、100円硬貨も併用して使用できる公衆電話機で、長距離通話の利便性をよりたかめた。本電話機は、受話音量を大きくする白いボタンが受話器についている。ボックス以外の用途に使用された。製造年:1987年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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MC-1PN公衆電話機(カード式・緑大)

サービス開始年、機能はMC-4PRA公衆電話機と同様。ボックス用として使用された。製造年:1986年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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DMC-4AS-I公衆電話機(デジタル・グレー)

1990年(平成2年)、ISDN回線を利用したデジタル公衆電話機のサービス開始。通話以外にもパソコン、ファクシミリなどの情報端末機器と接続し、データーの送受信などが可能となった。製造年:1995年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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ICT-1CO公衆電話機( ICカード式)

1999年(平成11年)3月に磁気テレホンカードの変造などから、セキュリティをより重視したICカード専用の公衆電話機サービスが開始。この時期から携帯電話の利用が拡大するとともに磁気テレホンカード公衆電話機と併用できなかった。また、取り付け台数も1割と少ないことなどから、2006年(平成18年)3月末に短期間で役割を終了した。製造年:1999年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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47AD電話機

1959年(昭和34年)に新制度(特殊簡易公衆電話機)、通称「ピンク電話」と呼ばれる公衆電話サービスが開始。個人病院、喫茶店、旅館など比較的にお客様の出入りが多い場所に取り付けられた。委託式公衆電話赤、キャビネットとは違い、お客様(加入者)のご希望により、建物の内部に取り付けられた。製造年:1964年。製造会社等:株式会社田村電機製作所。

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675A2電話機

1972年(昭和47年)サービス開始。新形赤電話(671)と同形で、直接通話した時分に応じて10円硬貨を収納する機能が付いた。通称:大形ピンク電話機。製造年:2001年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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675P-VB TEL

1985年(昭和60年)100円ピンク電話がサービス開始。長距離・長時間通話が可能となった。ピンク電話で初めて緊急通報ボタンが取り付けられ、フリーダイヤルなどの無料通話も使用が可能となった。無料通話に対して料金は通話終了後に戻ってきた。製造年:1988年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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MC-6PN-UL TEL

1989年(平成元年)テレホンカードの普及に伴って、テレホンカード専用のピンク電話としてサービスが開始。製造年:1991年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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PテレホンDCL

1990年(平成2年)、色はピンク色でなくなったが、新時代のピンク電話機としてサービス開始。特徴としては、10円、100円硬貨の併用とコードレス子機が装備され、ナンバーディスプレイにも親機、子機とも対応できた。製造年:1998年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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SPF01 船舶硬貨投入式電話機

硬貨(100円)投入式船舶電話機は250MHzを利用した自動交換方式船舶電話で、主に客船、カーフェリーで使用されていた。1979年(昭和54年)にサービスが開始され、1993年(平成5年)に本方式のサービスが停止された。製造年:1983年。製造会社等:安立電気株式会社。

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自動車無線電話用移動無線機  TZ-802型

1982年(昭和57年)12月、九州で自動車電話サービスが開始された。 自動車のバッテリーを電源にして移動機席の近くに固定して使用した。 製造年:1987年。製造会社等:松下通信工業株式会社。

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TZ-802型A号移動機(ショルダーホン)

1985年(昭和60年)に車外に持ち出して使用できる電話機として登場した。重量は3kgで文字どおり、肩から下げて、持ち運ぶことかできた。連続通話時間は、約40分。製造年:1986年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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TZ-802型B号移動機

1987年(昭和62年)4月にハンディタイプの携帯電話としてサービス開始。重量は、約900gで連続使用時間、約60分。手軽な携帯電話ではありませんでしたが、携帯電話専用機で、1987年(昭和62年)は名実ともに携帯電話の始まりの年となった。製造年:1987年。製造会社等:日本電信電話株式会社。

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A型ポケットベル

1972年(昭和47年)3月、九州でサービス開始時の機種で鳴音による呼び出し専用。電池は充電式で、別に充電器が必要だった。8時間使用して12時間充電するという使用方法だった。1985年(昭和60年)まで、14年間、使用された。製造年:1972年。ポケットベル製造会社等:ナショナル。充電器製造会社等:湯浅電池株式会社。

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S型ポケットベル

1979年(昭和54年)、市販の「単3乾電池」を使用するようになった最初のポケットベル。乾電池の使用で充電が不要になったことから、ポケットベルの小形軽量化がはかられた。製造年:不明。製造会社等:日本電信電話公社。

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RC-101(D型ポケットベル)

1987年(昭和62年)、鳴音による呼び出しだけでなく、数字表示ができるようになった機種。12桁の数字と記号によりメッセージが送れるようになった。電池は、単4乾電池で小型化が更に進んだ。製造年:不明。製造会社等:NTT九州移動体通信株式会社。

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カードV型ポケットベル

1994年(平成6年)ごろの代表的)なポケットベルでボタン乾電池を使用して形もコンパクトになった。機能も数字表示の他にバイブレーター呼び出しやメロディーも選択できるようになった。製造年:不明。製造会社等:NTTDoCoMo。

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ポケットベルバルフィ

1994年(平成6年)ごろの代表的)なポケットベルでボタン乾電池を使用して形もコンパクトになった。機能も数字表示の他にバイブレーター呼び出しやメロディーも選択できるようになった。製造年:不明。製造会社等:NTTDoCoMo。

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ディジタルムーバ D206

1993年(平成5年)サービス開始。デジタル方式は、通信品質や周波数の有効利用に優れており、デジタル化によってアナログでは実現できなかった様々な携帯電話の付加サービスが可能となった。また、ノイズが少なく電池の持ちも格段とよくなった。製造年:1998年。製造会社等:三菱電機株式会社。

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ディジタルムーバ D501i

製造年:1998年。製造会社等:三菱電機株式会社。

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ディジタルムーバ NE843

製造年:1996年。製造会社等:日本電気株式会社。

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NM821型携帯無線機

製造年:1996年。製造会社等:ノキア・モービル・ジャパン株式会社。

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FOMA P901i

世界初の第3世代移動通信サービスとして2001年サービス開始。高品質な通話はもちろん、さらに進化したiモードサービスをはじめ、インターネット接続サービス、高速・大容量データ通信を可能とし、テレビ電話や映像・音楽といった情報配信など、いままでなし得なかった様々なサービスが可能となった。製造年:2004年。製造会社等:NTTDoCoMo。

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PHS パルディオ316S(D)

1995年(平成7年)にコードレスホンの子機を屋外に持ち出して電話機として使用するパーソナルハンディホンシステム(簡易携帯電話機)としてサービス開始。一般の携帯よりも利用料金も安く「ピッチ」という愛称で人気を集めたが通信エリアが狭いという欠点もあった。通称:ドラエほん。製造年:1998年。製造会社等:NTTパーソナル株式会社。

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モールス印字電信機

1854年にトーマス・ジョンソンが発明したモールス符号を紙に印字して通信をおこなう装置。遠距離通信用として使用された。製造年:不明(製造№6072 8-5)。製造会社等:沖電気株式会社。

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逓信省型甲種単流電鍵

1890年代(明治中期)から1945年(昭和20年)頃まで使用されていてた送受信兼用のモールス通信機。韓国の釜山市など外国に派遣された通信員なども使用していた。製造年:不明。製造会社等:ハイモンドエレクトロ社。

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逓信省型無線音響受信機

1890年代(明治中期)から1945年(昭和20年)頃まで使用されていてた送受信兼用のモールス通信機。韓国の釜山市など外国に派遣された通信員なども使用していた。製造年:不明。製造会社等:ハイモンドエレクトロ社。

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和文タイプライター

電報の受付用に使用されていたタイプライター。すべて「カナ文字」で印刷。1950年(昭和25年)から1991年(平成3年)まで活躍し。「かな・漢字」が印刷できる受付機が開発され役割を終えた。製造年:1955年。製造会社等:中島精密工業株式会社。

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LT52型送信機

1962年(昭和37年)から電報の中継交換用の送信機として使用。テープにさん孔された符号を電気パルスに変換して、送出する装置。製造年:1978年。製造会社等:黒沢通信工業株式会社。

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KP52型電鍵さん孔機

1962年(昭和37年)からで電報機器として使用。鍵盤のキーを押すと、そのキーに相当した印刷電信符号をテープにさん孔する装置。キーの切替によって、鍵盤送信も可能。製造年:1982年。製造会社等:新興製作所。

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SJ54型印刷受信機

1962年(昭和37年)から使用。印刷電信符号電流を受信し、それに該当する字号を自動的に印字する装置。製造年:1979年。製造会社等:新興製作所。

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51号N80回線磁石式交換機

磁石式手動交換機。発電用ハンドルのついた磁石式電話機から発信の際、ハンドルを回して交換台の表示器を動作させ、有紐コードをジャックに差込み対応し、呼び出し相手のジャックに有紐コードを差込み信号を送り接続する交換台。通話終了後に有紐コードの抜き取り等、すべて手動で行なう交換台。本交換台は1978年(昭和53年)まで、天草・栖本郵便局で使用。製造年:1970年。製造会社等:九州電気通信工作所。

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A形自働交換機

1926年(大正15年)東京・京橋分局で運用開始。電話の需要増大に伴い、交換手を介さずに正確で迅速な接続と通話秘密が保てる交換機。最初はイギリスのストロジャー式交換機をを導入。機能的には、電話機にダイヤルが装備され、ダイヤルパルスによって駆動・回転するスイッチ(セレクタ・コンネクタ)をダイヤル桁ごとに展開し接続するステップバイステップ(SXS)方式交換機。1929年(昭和4年)国産化開始。製造年:1969年。製造会社等:東京電気通信工作所。

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H形自働交換機

1926年(大正15年)横浜電話局で運用開始。最初はドイツ製のジーメンス式自動交換機をを導入。機能的にはA形交換機と同様のステップバイステップ(SXS)方式交換機。1934年(昭和9年)国産化開始。本交換機は1957年(昭和32年)門司局において導入された交換機を1966年(昭和41年) モデル化したもの。製造年:1966年。製造会社等:富士通信機株式会社。

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6号SA市外台

有紐の手動交換台で100番通話、コレクトコール、クレジット通話、船舶通話、列車公衆電話等の交換作業をオペレーターが行なっていた。  また、本交換台は、非常緊急用の受付台であったことから、新交換台に移行した後も非常緊急通話確保のため2000年(平成12年)まで使用された。製造年:1960年。製造会社等:日立製作所。

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C460形自動交換機

1967年(昭和42年)茨城・水海道局で運用開始。C400形自動式交換機を基に中小局用に開発されたクロスバ式自動交換機。本交換機は1974年(昭和49年)から1994年(平成6年)まで福岡県嘉穂郡筑穂町の筑穂交換所で約4,100加入の交換接続に活躍したクロスバ交換機。製造年:1971年。製造会社等:日本電気株式会社※見学要予約。

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C400形自動交換機

1966年(昭和41年)東京・西大森局で運用開始。それまでのクロスバ交換機から大幅に経済化を図った大局用の市内交換機で1交換装置、約6万端子の収容を可能とした交換機。本交換機は1974年(昭和49年)から1993年(平成5年)まで福岡県甘木市の甘木交換所で約1万加入の交換接続に活躍したクロスバ交換機。製造年:1974年。製造会社等:日本電気株式会社※見学要予約。

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C82形自動交換機

1964年(昭和39年)栃木・宇都宮局で最初に運用。市外中継専用交換機に適用できる大局用として設計。全国自動即時化のため膨大な市外通話を経済的に、迅速かつ安定に接続する。本交換機は、1974年(昭和49年)から1995年(平成7年)まで飯塚交換局所で入回線約2,000回線、出回線約2,000回線の交換接続に活躍したクロスバ交換機。製造年:1973年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。

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1号Bアナウンスマシン

電話交換機に装備され、「おかけになった電話・・・」「ただいま大変こみあって・・・」などのトーキーをテープに吹き込み自動音声していた装置。本アナウンスマシンは、保存コーナーC82自動交換機に装備。製造年:1973年。製造会社等:松下通信工業株式会社。※見学要予約。

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D10形自動交換機

1972年(昭和47年)6月に東京都の銀座局ほか7局で運用開始された電子交換機。大局用交換機で1交換装置、約10万端子の収容可能。交換機にソフトウェア制御あたえることによって「短縮ダイヤル」「わりこみ通話」など多くのサービスが可能。通話路には小型クロスバスイッチ、制御装置には電子部品を採用し小型化を図った。この交換機は、機械的接点をもつているとから半電子交換機ともいわれた。本交換機は1974年(昭和49年)から1994年(平成6年)まで熊本市の研修センターの訓練用電子交換機。製造年:1975年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。

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D20形自動交換機

1976年(昭和51年)神奈川・箱根局、長野・中軽井沢局で運用開始。中局用交換機として開発され1交換装置、約2万4千端子の収容可能。D10交換機の経済化を図った交換機。本交換機は、福岡県飯塚・稲築交換所で活躍。製造年:1981年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。

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CP-12MTR方式

1967年(昭和42年)、基幹伝送路を構成する代表的方式。RC(総括局)-DC(中心局)階位に同軸ケーブル方式では最も多く導入され、市外伝送路のアナログ伝送路として主体をなしたもの。増大する市外回線の増設や伝送路安定化計画に大きな役割を果たした方式。製造年:1979年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。

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UF-B4方式

1966年(昭和41年)、マイクロ波方式として神戸-州本に初期導入された方式。2GHzを使用した1システム当たりの伝送容量600chで全固体電子化した。九州では鹿児島-指宿に導入。指宿地区の市外回線が全国即時網へ編入、市内電話の自動化も図られた。製造年:1976年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。

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2S-P2方式

2GHz帯で最大12システムを収容。現用1システム当たりPCM2次群2系列(6,312Mbit/s×2・電話192ch)の伝送が可能。1975年(昭和50年)CCITT勧告による国際規格として、短距離伝送路、TA内伝送路および移動通信基地局へのエントランス回線として適用。九州では、同年、田島-古賀間のTA伝送路として開通。製造年:1979年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。

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2S-P3方式

1977年(昭和52年)2GHz帯で最大4システム(電話192ch)を収容。現用1システム当たりPCM1次群2系列(1,544Mbit/s×2・電話48)の伝送が可能。比較的トラヒックの少ないTA内伝送路および移動通信基地局へのエントランス回線に使用。九州では、1980年(昭和55年)諫早-雲仙の船舶電話基地局へのエントランス回線として導入。製造年:1984年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。

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見通し外通信方式(OH方式=over the horizon)

1961年(昭和36年)鹿児島(大浦)-奄美大島(名瀬)間に伝送路上の島々を利用した山岳回折伝搬による、日本初の無中継340㎞の見通し外通信(OH)方式として導入。本装置は、大浦無線中継所で使用されていた。大口径空中線、高感度受信方式およびスペースダイバシティーを採用、フェージングによる影響を改善した装置。製造年:1962年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。

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5G-200M(5L-D1)方式

1982年(昭和57年)5G-200M方式(当時5L-D1と称していた)として仙台-青森間に導入。5GHzを使用し、16QAM変調方式により1システム当たり200Mbit(電話換算2,880ch)伝送容量を有する。フェージングによる波形歪に対し、中継距離は従来のアナログ方式と同一の標準中継距離50m。幹線系の伝送路に使用。九州では、大分-延岡-宮崎-鹿児島に全国で3番目に導入。製造年:1991年。製造会社等:日本電気株式会社。※見学要予約。

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