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発信器(アトミクロン)

暦表時からセシュウム原子に変わる基となった発振器。1958年1月1日0時を起点にして、原子時が積算されているが、実験室タイプの大型の標準器を持っていた3研究機関を除き、1958年から1960年代にかけて、この市販の原子時計によって原子時が作られていた。

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CFRガソリン試験機関

このCFR機関は機械試験所が昭和15年に燃料性状を調べるためオクタン価を測定する目的として、米国WAUKESHA社から輸入したものである。当時我が国にこの種機関を保有する施設は数ヵ所しかなく貴重な存在であった。ガソリンのオクタン価測定は、世界的に標準化されているCFR(Cooperative Fuel Research Committe)機関を用いて行われる。ある燃料のオクタン価は、その燃料のノック強さと同じ強さを示す標準燃料によって判定する。ノック強さは機関に付属するノックメーターにより読み取るようになっている。

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定速式摩擦試験機

機械試験所、部品工業会、ライニング製造会社と協力して、摩擦材の性能測定法を標準化することを目標に、試験機の設計試作を行った。定速式摩擦試験機の一号機である。昭和29年に制定されたJISD4311自動車用クラッチフエーシング、JISD4411自動車用ブレーキライニングの試験機に認定され、今日に至っている。

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ジグ中ぐり盤

精密機械メーカーとして著名なスイスのSIP社が製作した、当時の最新鋭機である。性能、精度ともに世界の一級品として声価が高かったため、輸入後まもなく、技術水準の低かった我が国工作機械のレベルアップに資する目的で海軍の命令により民間の工作機械メーカーに移され、戦後、機械試験所に返還された。昭和31年より機械試験所において3ヶ年計画で実施された数値制御ジグ中ぐり盤「JIDIC」の開発研究に際して、本機の構造、性能が徹底的に研究解明され、当該研究開発に多大な寄与をなしとげた。

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数値制御ジグ中ぐり盤

昭和31年より3年間、機械技術研究所内で専門を異にする研究者55名を結集して実施された特別研究「工作機械のオートメーシュン」において開発された世界最初の数値制御ジグ中ぐり盤である。(開発費は当時の金額で500万円)。試作目標は、従来のジグ中ぐり盤では得ることの出来なかったプラス・マイナス1ミクロンの位置決め精度を数値制御により得ること及び機械本体をそれに最も適した構造とすることであった。研究の当初、我が国では二、三の大学で、この方面の研究が行われ始めていたにすぎなかったが、研究が進むにつれ、急激に学会、業界その他各方面の関心が高まり、その結果、本機は、NC技術発展に大きな功績を残した。昭和34年5月東京国際見本市に出品し、内外の注目の的となった。特にテーブルを送り状態から停止させる動作実演は、停止位置のばらつきがプラス・マイナス0.5ミクロンの範囲以内に入ることを示し、多大な反響を呼んだ。

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工具寿命計算尺

この小さな計算尺に、数年間の膨大な実験データが集約されている。計算尺をデータベースの媒体にしたのは、当時はパソコンが普及していなかったこと、切削速度と工具寿命が両対数グラフ上直線関係が成り立ち、計算尺の利点が生かせることによる。

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一対の人間腕形マニピュレータ

本ロボットの腕は(メラームⅠ)の愛称で呼ばれ、比較的複雑な作業を遠隔自動、又は人間による遠隔操縦で行うことを目的として開発された。昭和49年秋、この複雑な腕2本と力感覚を使った作業例として自動的に大箱を運搬する手法に関する研究内容が国際会議で発表されると、国内外で大きな反響を呼び、国内では新聞、雑誌、テレビ等で数多く取り上げられた。また海外からの見学もきわめて多く、現在見られる高級産業用ロボットの隆盛とロボット研究の進展に大きく貢献した。

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盲導犬ロボット

研究立案当時全国35万人といわれる視覚障害者の自由な単独行動への願望は切実なものであった。盲導犬はそのひとつの有効な手段で、全国で400頭あまりの盲導犬が存在するが、生物としての欠点も持つ。そこで、盲導犬の機能を道案内の服従の機能、障害物への対応である不服従の機能、コミュニケーション機能に大別し、各機能の機械なりの実現を試作ハードウエアをもとに検討した。

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電気自動車

昭和46年から昭和52年にわたり大型プロジェクト電気自動車において研究開発された18台の内の1台である。この研究開発は当時の金額で総額57億円が投入され、自動車メーカーは勿論電気メーカー、電池メーカー、その他国内の関連メーカーの力が結集された。

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電気自動車軽トラック

昭和46年から昭和52年にわたり大型プロジェクト電気自動車において研究開発された18台の内の1台である。この研究開発は当時の金額で総額57億円が投入され、自動車メーカーは勿論電気メーカー、電池メーカー、その他国内の関連メーカーの力が結集された。

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