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乾燥調製施設

1952(昭和27)年頃から各地に共同乾燥施設が設置されるようになった。施設は、個人別に持ち込まれた籾を乾燥し、籾摺りして出荷するもので「ライスセンタ−」と呼ばれている。また、昭和30年代(1955〜1965年)からコンバインの普及に伴い、高水分籾が大量に施設に入荷するようになり、入荷籾の個人処理を集団処理に変え、同一品種は同じタンクで乾燥・貯蔵する貯蔵乾燥法を取り入れた「カントリーエレベータ」が設置されている。

情報所有館 : 国立科学博物館 


土臼

元禄時代に中国から伝来したと言われ、唐臼(からうす)ともいう。古来からの籾搗き作業による半搗米の食習慣が、この時代から土臼によるもみ摺りと杵搗きによる精米の2作業に分かれ、白米食が行われるようになった。土臼は、上臼と下臼で構成され、上臼の漏斗にもみを入れて、上臼を回転する。もみは、下臼との摺面に落下し、上下臼の狭い間隔の中で、もみを玄米にする。昭和初期に、ロール式籾摺機の普及により姿を消した。1940(昭和15)年頃まで使用。

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もみ摺り機

大正から昭和にかけて、衝撃式など種々の装置が考案されたが、最も性能の優れたゴムロール式が現在用いられている。1対のゴムロールが並列したもみ摺り部があり、一方は高速で、他方は低速で回転する。もみは両ロールの狭い隙間を通るとき、両ロールの周速度差によってもみ摺りされる。砕米の発生が少なく、能率も高く、従来の臼型円錐形砥石・衝撃式脱稃(ぷ)方式に比べて飛躍的な性能を示した。1955(昭和30)年頃まで使用。

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全自動もみ摺機

全自動もみ摺機は、昭和20年代(1945〜1955年)後半から本格的な普及をみたもので、主に三つの工程から構成されている。第一は、もみからもみ殻をはずすゴムロール式脱稃(ぷ)部であり、第二はもみ殻やしいなを除去する風選部で、第三はもみと玄米を選別する万石部、又は揺動板選別部である。この三機能を搬送装置によって、穀物の流れがスムースに行くよう構成されている。作業を容易にする種々の対策が講じられている。

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唐箕(とうみ)

中国から伝来した、風を利用する選別機具である。脱穀したもみ・麦・雑穀等に混入する稈切れ、わら屑、未熟粒の選別・除去に使用され、昭和30年代(1955~1965年)まで広く利用された。写真は昭和初期のもので、手回しハンドルにより羽根車を回転させ風を起し、漏斗から落下する選別物を風力によって、精粒・屑粒・わら屑などに分別する。現在も雑穀類の選別作業や小規模営農の中で用いられている。

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万石(まんごく)

万石は土臼によって摺り出した混合物を、もみと玄米に選別するために欠くことのできない用具である。江戸中期から昭和10(1935)年頃まで用いた一重網万石は、もみ・玄米混合物を網面の持つ流動特性によって、網下に玄米を落下させる簡易な選別用具である。以後、二重網へと改善された。ロール式籾摺機の開発に伴い、選別精度と作業能率の向上を図った万石機構が、全自動籾摺機に組み込まれて稼動している。昭和10年代(1935-1945年)に使用。

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小型精米機(循環式)

古くは、臼に籾を入れ、杵で搗(つ)いて、もみ摺りし精米した。大正時代になると、大型の多連臼式や輸入の螺旋方式・円錐形の金剛砥石方式などの精米機が利用され始めた。昭和初期には、国産の小型精米機が個人、又は共同で利用され始めた。機械は、玄米を漏斗状のタンクに入れ、小さな螺旋体で玄米に圧力摩擦を与えつつ、自動循環させながら精白する。糠は循環精白中に網目から除去されて落下する。

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足踏揚水車

江戸時代(寛文年間(1665年)に大阪の農人京屋七兵衛・清兵衛兄弟により考案)にその原形があるが、明治・大正時代に用水路との段差のある水田地帯で用いられ、昭和初期(1925〜35年)まで利用された用具である。用水路、又はクリークに足踏揚水車を設置し、この車の上に人が乗り、羽根を足で踏んで車を回転させて水を汲みあげ、水田に灌がいする。

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バーチカルポンプ

揚水機の一種で、1912(大正10)年頃から1965(昭和40)年頃まで潅水用具として用いられた。竪型円筒の中に長軸の羽根車があり、上端にプーリーをつけて動力で回す。比較的揚程が高くても揚水できるので、各地で使われた。本機は、全長 263cm、直径21cm、重さ50kgである。通常自然流入式水田が水不足で水位が降下し、自然流入が不可能なとき等の利用には極めて有効であった。

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わら打機

稲わら加工に用いるわらを柔軟にするための機具で、古くは石などにわら束を置き、木槌(写真右)を持って、たたき、柔軟にして利用した。昭和初期には、わら縄の需要が増大し縄ない機と共にわら打機が考案された。この機械は、手回しハンドルで2本のロールを回転し、わら束をロール間隙に通す。わらはその圧着力によって柔軟になり、加工用に適する状態になる。圧着力は押しバネで調節するようになっている。

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