「」 に対する検索結果 : 26828件
前の10件 (17091-17100/26828) 次の10件 ![]()

腰を曲げての夏の雁爪作業は重労働である。八反取りは、雁爪に長い柄を付けたもので、除草のみを目的とし、田面を前後にすりながら前に進む。明治の末ころ関西で使われ始め、全国に広まった。この農具は1926年に考案され、1950(昭和30)年頃まで使われていた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

回転中耕除草機は、文字どおり田植後の中耕・除草のための農具である。明治初期(1870年)考案されたが、全国的な普及は1900年代に入ってからである。しかしこの農具を使うためには稲が正条植になっていなければならず、正条植の普及を促進した。回転中耕除草機の出現は、腰を曲げた厳しい作業から解放され、雁爪での作業より能率は高く、収量も増加した。この農具は、除草剤が出現する昭和30(1955)年ころまで使用。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

病虫害に対する農薬や、その散布のための機具が本格的に使われるようになったのは、太平洋戦争終結(1945年)の後のことである。この噴霧器は、大正末期(1926年)ころから使われた。肩に掛け、手動で操作する噴霧器で、タンク容量は10~15リットルと小さい。主として園芸に使われ、稲作では苗代での防除に用いられた。使用する農薬は、ボルドー液など限られたものであった。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

背負型動力散粉機は、1955(昭和30)年ごろ、首掛けの手回し散粉機を動力化し、背負い型にしたものである。粉剤を吹き出す噴頭も、直進噴頭・拡散噴頭など多数作られ、防除の目的に応じ使い分けられた。この一つに多口ホース噴頭があり、能率的で使いやすいことから、この散粉機は、またたくまに全国に晋及した。ほぼ同時期に、農薬の剤形に応じ、動力噴霧機・動力ミスト機も市販され、使われた。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

乗用管理機は、水田内で薬液や粒剤による防除作業、肥料散布などのための作業機を取り付けることのできる乗用の作業機である。乗用田植機を改良する中から生まれてきた機械で、田植機や直播機を取り付けることもできる。写真は共立社製の乗用管理機で、500リットルの薬液タンクを備え、散布幅は約10mである。(農薬害を避けるため、遠隔操縦により無人運転中。)
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

手回しの散粒機は、1960(昭和35)年ごろ、岡山県のみのる産業によって開発され、さらに1961年に再開発して精度を向上させ生産された。胸にかけた15リットル程度のボックスに資材を入れ、手で回して資材を散布する。種子・肥料・除草剤など用途が広く、構造が簡単で使いやすく、価格も安かったために、広く農家に用いられた。現在も使われている。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

多口ホース噴頭は1960(昭和35)年ころ、新潟県の須田中夫氏によって考案された。軽いポリエチレンホースを用い、一定間隔に設けられた穴から、下方に粉・粒剤を吹き出す噴頭で、噴出時の反動とホースの重さの釣り合いでホースは水平となり、移動しながら散布することができる。背負型動力散粉機で20m、車載型で150mまで均一に散布することができた。農業の現場では、ナイヤガラと呼ばれて、重宝がられた。現在もなお使用される。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

鎌は古い時代から稲・麦や草・柴などを刈る農具として用いられ、主に三日月形の平刃に木の柄を付けたもので、刃の形状や柄の長さによって用途が異なった。また、生産地によって播州鎌、土佐鎌、越中鎌、信州鎌などと呼ばれる。稲刈用では、稲の株元が強靭なため、平刃では切れ味が早く低下するので、刃面を鋸状にしたものが明治初期に考案され造られ始めた。以後多くの地域で稲刈に用いられている。1200年代に考案、1960(昭和35)年頃まで使用。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

第2次大戦中に、農村の労力不足対策として稲・麦刈取機の懸賞募集が行われ、立姿で稲刈のできる松野式と呼ばれる押刈式が入選した。戦後さらに種々の考案がなされた。長い柄を持ち、刈取部を田面にずらせながら推し進めると、稲は鋏状の2枚刃により根元から押し切られ、枠内に押し込こまれて1束分となる。これを側方に移して柄を引くと刈株は束状に置かれる簡易な刈取機。バインダの普及により、1963年頃には姿を消した。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()

1950年代以降、稲を機械で刈り取って結束する試みが行われるようになった。写真の機械は、開発の過程を示す一つで、羽二生良夫氏の考案(昭和27年)によるわら縄で結束する人力刈取結束機である。この機械は市販されたが、操作の煩雑さなどがあって、広く普及するに至らなかった。刈取結束機が広く使われるようになるのは、稲の引起し装置が開発され動力化されてからである。
情報所有館 : 国立科学博物館 ![]()