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人手対応で行っていた頃は、ベルトコンベアーの両サイドに20名もの作業者が必要だった。この包装機が1966年に導入され、ラインの自動化が図られ生産性が飛躍的に向上された。現在も稼動中である。
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自動カートン充填機(粒洗)ベラミーパーソン(米国)で1961年に導入した。粒状洗剤の計量の調整が容易な8ヘッド間欠タイプ重量計量方式で中型カートンの生産に適した充填機である。
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粒状洗剤用自動カートン充填機で、当時のロータリータイプ容量計量方式高速充填機の代表機種である。川崎工場の建設に合わせ、当社が2号機として1964年に導入し、衣料用粒状洗剤の急速な普及とともに活躍した。当社1号機は、1958年に東京工場に導入され現在も海外で稼動している。
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粉末洗剤を製造する主要設備である噴霧乾燥塔。当時世界最大級の能力を持ち、且つ良質な製品を製造できる乾燥塔として、噴霧を複数段で行なうマルチステージや、乾燥効率を上げるための旋回流方式の熱風導入方式などの新規技術を導入して開発された。
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1910年ライオン株式会社の前身である、合資会社ライオン石鹸工場が創設される際に、ドイツから導入した日本で最初のオートクレーブ(高圧油脂分解装置)である。日本で初めての分解脂肪酸による市販用石鹸の製造や、グリセリン製造法の確立などに貢献した。
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1976年に当社で自社開発、世界で初めてα-オレフィンスルホン酸塩の工業化に成功した二重円筒型の薄幕式スルホン化反応装置。α-オレフィンとS03ガスとの間にカーテンエアーを導入し反応をマイルドにコントロールする事により、色調が良好でかつ反応率が高いα-オレフィンスルホン酸塩の製造が可能になった。現在も稼働中である。
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カロチン抽出原理の発見により、パーム油をメチルエステル化したのち、カロチンを回収、精製する技術を世界で初めて実現した。プロセスは、抽出、分子蒸留、クロマト精製、製剤化の組み合わせであり、製品は、国内のみでなく、世界中に販売されている。
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わが国の稲作は、長い間、耕起など一部の作業では牛・馬を使ったが、大部分は人手で行う酷しい作業であった。明治に入り、わが国は欧米から優れた機械を取り寄せ、これらを参考にして、わが国で使える原動機を生産しようと努力を重ねてきた。この機械は、1921(大正10)年ころにアメリカから輸入されたフェアバンクスモ−ルス社製の石油発動機で、その後の国産発動機のモデルとなった。
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ディーゼルエンジンは、明治の終わりころにわが国にも輸入され使用された。しかし重量が重く、稲作作業に使われることはほとんどなかった。このため、小形化して農業にも使えるようにとの努カが重ねられ、1930年代に入ってその開発に成功した。この機械は、ヤンマーHB型ディーゼルエンジンで、1933(昭和8)年から1941(昭和16)年にかけて生産された。小型ディーゼルエンジンとしては、世界最初の商品である。
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大正から昭和にかけての時代(1920〜40)に、農用エンジンの軽量化が図られ、稲作への利用が進んだが、重量は大きく、定置して使うことが多かった。戦後、軍需産業からの農業分野への参入などがあり、農用エンジンの性能は急激に向上した。その一つが、農用空冷高速エンジンの出現で、軽量化に成功し、耕うんや脱穀機の搭載エンジンとして、移動しながら作業を行うことが可能となった。わが国の農業用ガソリンエンジンの第1号機。
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