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変形レンズ(凸型レンズ)

見出し文字は、字数の関係で文字の縦横の比率を変える必要がある時に、文字の上に変形レンズを置いて、製版カメラで撮影していた。凸型レンズは、文字の天地の拡大に、凹型レンズは、文字の天地の縮小に用いられた。

情報所有館 : 新聞博物館(熊本日日新聞社) 


変形レンズ(凹型レンズ)

見出し文字は、字数の関係で文字の縦横の比率を変える必要がある時に、文字の上に変形レンズを置いて、製版カメラで撮影していた。凸型レンズは、文字の天地の拡大に、凹型レンズは、文字の天地の縮小に用いられた。

情報所有館 : 新聞博物館(熊本日日新聞社) 


写真植字機

写真技術を応用し、印画紙やフィルムに文字を出力する装置。文字盤、レンズ群、光源、ファインダー、暗箱、送り装置、点字板などで構成される。(活字組み版を上質紙に印刷した)清刷から製作していた地紋入り見出しを、フィルム化するためなどに利用された。1960(昭和35)年 写研製・昭和57年まで使用

情報所有館 : 新聞博物館(熊本日日新聞社) 


ロータリスイッチ「S型」

アマチュア向けの民生用ロータリスイッチ。戦後間もない頃、アマチュアがラジオを組み立てていた時代に、初めて民生用として製造、販売をしたロータリスイッチ。販売方式は市販方式をとり包装箱は「赤箱」で親しまれた。

情報所有館 : ALPS Museum 未来工房 


テレビ用6チャネル スイッチチューナ「AR-6」

テレビ用6チャネルのロータリチューナ。日本でテレビの本放送が始まった際に、放送チャネル6チャネルが割り当てになった。これに対応した製品で,ロータリスイッチの技術を応用したスイッチチューナ。

情報所有館 : ALPS Museum 未来工房 


タクトスイッチ「SKHD」

機器の電子化、ディジタル化に対応した当社第1号タクトスイッチ。電子機器の電子化、ディジタル化に対応した薄型、ショートストロークのタクティールフィードバック感触のプッシュスイッチを商品化した

情報所有館 : ALPS Museum 未来工房 


エアバリコン「B23型」

民生用エアバリコン。戦後間もない頃、アマチュアがラジオを組み立てていた時代に、初めて民生用として製造、販売。丁寧な取り扱い説明書とデータシートを添付して販売した

情報所有館 : ALPS Museum 未来工房 


電卓用キーボードスイッチ「UMC」

電卓(電子式卓上計算機)用スイッチとして日本で初めて大量に生産したリードスイッチ(現在のキーボードスイッチ)。接点にリードスイッチを採用し、当時としては画期的な寿命100万回を保証した。

情報所有館 : ALPS Museum 未来工房 


電子同調用ボリュームユニット「ミニプリセッター」

当時の認識だった、「CATVやVTRの電子同調ボリューム時代は終わり」との市場認識を覆し、電子同調用ボリュームの時代を創出した製品。コンパクトでプリセットが容易で、使い易い一体型の製品。

情報所有館 : ALPS Museum 未来工房 


マイクロプリンタ「DPA4」

電卓用の小型プリンタとして世界で初めて開発、商品化した製品。メカ式小型プリンタの市場規模を飛躍的に増大させる源となった。電卓、ハンディターミナルや携帯機器、車載機器などに用途を拡大していった。年代:1977年

情報所有館 : ALPS Museum 未来工房 


熱転写プリンタ「PTMTS59」

パーソナル日本語ワープロ(ワードプロセッサ)向けの熱転写プリンタ。カートリッジ式のインクリボンを使用し、リボンの小型・軽量化を実現し、交換を容易にしている。24ドットの印字ヘッドを採用し、高品質の文字印刷を実現した

情報所有館 : ALPS Museum 未来工房 


日精式50mm捕鯨砲

三好捕鯨寄贈。捕鯨船に備え付けられ、この大砲にロープをつけた銛を発射する。鯨に銛が突き刺さると、銛先につめられた火薬が爆発し、閉じられていた「つめ」が開いて抜けなくなる仕組みである。

情報所有館 : 網走市立郷土博物館 


ミニ抄紙機 ケメラーマシン

このマシンは、実際の抄紙機の約30分の1の大きさで、1962年ドイツで作られました。仕様は長さ5メートル、奥行85センチ、高さ1.5メートル、重量3トン、ワイヤー幅25センチで、抄速は4~5メートル/分です。原料を溶解するタンク、紙を形づくるワイヤーパート、脱水を受けもつプレスパート、紙を乾燥させるドライヤーパートなど、パルプから紙ができるまでの一連の製造工程がすべて備わっており、フードによる覆いもないので、紙づくりをひと目で理解することができます。年代:1962年

情報所有館 : リサイクルプラザ紙遊館 


ダイアナ号

絶縁された接触子が同期電動機により高電圧を全波整流し、直流高電圧を得るX線発生装置です。一台で多様な医療目的に対応できる装置として、当時の舶来品賛美時代に、国産機でありながら圧倒的に市場に受け入れられ、「レントゲンの島津」の地位を確立しました。製作者:島津製作所、年代:大正7年(1918)~昭和11年(1936)頃

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


国産最古の顕微鏡

現存する国産の顕微鏡では、最古の類のものといわれています。本体は木製、鏡筒は紙製で対物レンズが3種ついており、高級な玩具として使用されていました。製作者:小林規右衛作(大阪)、年代:天明元年(1781)

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


足踏式木製旋盤

日本に現存する最古の足踏式木製旋盤です。明治8年(1875)、ワグネル博士がウィーン万国博覧会から帰国する際に持ち帰り、明治14年(1881)に京都を去る際、初代島津源蔵(創業者)に譲り渡したと伝えられています。製作者:ドイツ製

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


排氣機

明治14年(1881)に内国勧業博覧会へ出陳した手押しの排気用ポンプです。吊り鐘型ガラスの中を低圧あるいは真空の状態にして、減圧による沸点降下、真空中での音波消失、空気の浮力の検証など、種々の実験に使用しました。製作者:島津製作所

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


ゲーデ氏分子式排氣機

日本で最初に製作されたドイツのゲーデ氏考案による分子式真空ポンプです。大正2年(1913)製造を開始し、大正4年(1915)の京都博覧会では、名誉大賞を受賞しました。製作者:島津製作所

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


アイデヤル天秤

大正7年(1918)に開発。水準器、皿休、ライダー調整装置等、優れた改良を加えた天秤です。製作者:島津製作所

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


ウイムシャースト感応起電機

明治17年(1884)9月、梅治郎(二代目島津源蔵)は、日本で初めてウイムシャースト感応起電機を完成させます。静電誘導を利用して高電圧を発生させるこの器械は「島津の電気」と呼ばれました。製作者:島津製作所

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


教育用エッキス線発生装置

X線実験の構成要素をコンパクトに組み立てた理化学実験用装置です。X線発生の原理・特性の説明や実験など知識普及・啓蒙のため、X線写真撮影成功〔明治29年(1896)〕の翌年に製作しました。製作者:島津製作所

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


ガスクロマトグラフ GC-1A型

物質に含まれる微量成分を分離・分析する化学分析装置です。戦後、欧米に大きく立ち遅れていたわが国において、この国産化は分析業界に大きなインパクトを与え、分析の主流が分離分析機器となる時代を拓く先駆けとなりました。「分析機器・科学機器遺産」に認定(2012年8月)。製作者:島津製作所、年代:昭和32年(1957)

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


光電分光光度計 QB-50型

液体中の溶解成分が特定の波長の光を吸収する現象を利用して、成分ごとの濃度を正確に測定する分光分析装置です。可視光から紫外線領域までカバーする水晶プリズムを用いた分光光度計に、世界で初めて微弱光が測定できる光電子増倍管を採用しました。戦後の高度成長期の産業界や医学関係で広く用いられました。「分析機器・科学機器遺産」に認定(2012年8月)。製作者:島津製作所、年代:昭和27年(1952)

情報所有館 : 島津製作所 創業記念資料館 


カルチベーター(除草機)

馬に挽かせて、畑の雑草をすじごとに除草する農具。(傾斜地用)昭和40年代まで使われた。年代:昭和20~40年頃

情報所有館 : 土とトラクタの博物館 土の館 


すじ切り

肥料や種を蒔くのに、馬に挽かせて畑に溝をつける農具。昭和30年代まで使われた。年代:昭和初期~40年頃

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方形ハロー(砕土整地機)

プラウで土を耕した後、馬に挽かせて砕土整地をする農具。昭和30年ころまで使われた。年代:昭和初期~30年頃

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馬耕用のプラウ

1932年(昭和7年)製造。1頭七分曳き。土づくりのため、より深耕すべく改良された創業者の傑作品。各博覧会に入選合格、数多の金杯を受賞する。年代:昭和7年

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馬耕用上下反転(リバーシブル)プラウ

1952年(昭和27年)製造。日本で始めてのプラウ。当時は傾斜地用として開発された。等高線に山側に耕す。年代:昭和27年

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十勝岳の泥流モノリス

深さ4メートル幅1メートルの土壌標本。大正15年5月24日十勝岳が大爆発、火山灰や溶岩は残雪を溶かし大泥流が発生、25KM下流の草分部落一帯に時速40KMとも言われる速さで押し寄せた。死者144名、田畑800ヘクタールが泥流に埋まる大災害となる。泥流の深いところは8尺(2,5M)にもなった。年代:大正15年

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110年前の蒸機トラクター

1902年(明治35年)ジョウジホワイト&サン社製(カナダ)。25馬力、自重9トン。燃料は石炭、薪。価格:2,650カナダドル…当時の小型飛行機が買える値段。マクブライド農場(3,000ヘクタール)で30年間使用。のちにアーニーが鑑賞用に所有し、1973年ワトソン兄弟が完全復元。1996年三谷耕一牧場(北海道由仁町)が所有していたものを、2001年、土の館に寄贈された。年代:1902年

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フォードソントラクタ

1922(大正11)年フォードソン社製(アメリカ)。F22馬力。クランクハンドルでガソリン始動、石油に切り替え、内燃機関としては初期の80年前のもの。1923(大正12)年八雲町徳川農場で導入、国内で2~3台目のもの。当時の価格1、910円は米140俵ほどの時代、付近の農家の驚きの様子が八雲町史に記されている。徳川農場閉鎖になり、後に元山氏が譲り受け、使用、保存していた。国内現存機種では希少価値の高い産業遺産の1台。年代:1922年

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ファモールカブトラクタ

1951(昭和26)年インターナショナルハーベスター社製(アメリカ)。CUB型9,75馬力。ガソリンエンジン。1951(昭和26)年奈井江町北修二氏導入。価格は80万円当時農家1年の販売高が6~70万の頃、機械化の先鞭をつける導入だったという。モーアでの牧草刈りなど威力を発揮した。50年を過ぎた今も部品供給がなされている。同型は以後8年間に道内で108台導入している。年代:1951年

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トラクターA館

土の館は1992(平成4)年開館し、本館の他、トラクター館A,B館(北海道の戦後開拓当時の50~60年前のトラクターが80台展示しています)プラウ館などが併設しています。また、2004年北海道遺産にも選定されています。

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灰釉縄手付瓶

広久手F窯跡出土。高さ26.7cm。瀬戸窯の発生期に位置付けられるとともに、古代灰釉陶器の最末期に属するものです。粘土紐を貼り合わせた把手と頚部の基部に巡る突帯が特徴で、器面全体に灰釉が刷毛塗りされています。なお、本器は底部周辺を欠いていて、本来は平底であったと思われます。年代:11世紀後期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


灰釉締腰形瓶子

数成口窯出土。高さ32.5cm。中世で唯一の国産施釉陶器である「古瀬戸」の瓶子。古瀬戸の前期に位置付けられます。肩部二段に櫛描き沈線が巡ることが特徴となっています。年代:13世紀中期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


入子

針原2号窯出土。入子は古瀬戸前Ⅰ期の13世紀前期より登場してくる器種です。無釉の器で、重ねて焼成されます。この入子は、9個体をセットで重ねられます。用途について確かなことはわかりませんが、消費地遺跡で出土した入子には、紅の痕跡があるものがあることから、 化粧入(紅入れ)ではないかと考えられています。年代:14世紀前期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


鉄釉印花文蓮弁香炉

出土地不明。高8.2cm。古瀬戸中期は、スタンプで押す印花(いんか)文、ヘラなどで削る画花(かっか)文、粘土の飾りを貼り付ける貼花(ちょうか)文といった文様の技法が花開くとともに、新たに鉄釉の使用が始まる時代です。本作品は袴腰形の香炉で、口縁部には波状縁帯を持ち、胴部には印花で、腰部には貼花で蓮の花弁が装飾され、器体全体が蓮を表現しています。年代:14世紀前期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


鉄釉天目茶碗

出土地不明。高6.1cm。口縁部のくびれはほとんどなく、削り出しの輪高台で、その周囲に段はなく、白い胎土が見えています。この時代の典型的な天目茶碗です。鉄釉の施された上に焼成時に灰がかかり、溶けて流れる様が趣きのある景色となっています。年代:14世紀前期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


鉄釉大海茶入

伝桧平窯跡出土。高4.5cm。瀬戸窯では14世紀中頃には肩の張る胴長の肩衝形・口の広い大海形・頸部に粘土塊を貼り付けた擂座形・細頸の丸壺形の4種類の茶入が生産されました。本作品は大海茶入の典型的な例で、肩の張りが強く、胴部には沈線が一周しています。鉄分の多い土を胎土に使用して非常に薄手に制作されており、中国製品をよく模倣した優品です。年代:14世紀中期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


鉄釉四耳壺

重要有形民俗文化財。「慶長 藤四郎 元年」刻銘。幅24.3cm。端正な球状の体部に大形の耳を伴う四耳壺で、やや赤味のある黝灰(ゆうかい)色で緻密な胎土が用いられています。釉薬が重ねて掛けられ、特に耳の間の肩部から釉薬が流れ落ちるように意識的に掛けられていますが、釉薬が混ざり合い飴色から褐色気味の発色をしています。年代:慶長元年(1596)

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


鳴海織部沓形茶碗

重要有形民俗文化財。口径13.8cm。白土と鉄分を含んだ赤土の二種類をつなぎ合わせた沓形の茶碗です。白土には緑釉を、赤土には長石釉をかけて片身替わりにしたものです。文様は赤土部分に白化粧土と鉄絵で描かれます。年代:江戸時代前期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


鉄釉十一面観音像

赤津窯加右エ門。高38.7cm。どっしりと立つ大柄な体型や、大きな手足、おたふくを連想させるふっくらとした顔の表情は観音像の造形としては珍しいですが、見る者に大らかで明るい印象を与える良い作品です。全体に鉄釉が施されていますが、顔と両手足は無釉。胎土に鉄を含んだ土を使用しており、全体の色調が整えられています。背中に「慶安四年七月吉日 飽津窯加右エ門」と銘が彫られています。年代:慶安4年(1651年)

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


鉄釉敷瓦

穴田窯出土。幅30cm。瀬戸市の北部にある定光寺に建てられた尾張徳川家藩祖徳川義直公の廟所の源敬公廟の焼香殿に使用されたものと同型の敷瓦です。この敷瓦は日本のタイルの黎明期のものといわれ、濃い鉄釉が全面に施され、薄い鉄釉で中央に花文、対角に唐草文が描かれています。年代:17世紀中期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


馬の目皿

口径30.7cm。皿の内面に茶色の鉄系顔料で渦巻き文様が数個描かれているもので、この渦巻き文様が「馬の目玉」のように見えることから後にこの名前がついたといわれています。馬の目皿は一見単調に見えますが、渦巻き文様だけでも千差万別で、その数は3個から10個までと様々です。また、見込み部分に絵の描かれているものもあります。年代:19世紀中期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


松竹梅文石皿

口径27cm。皿の縁が鍔のように突き出た厚手の皿で、この形状は割れにくく、持ち運びが便利という実用性を重視したものだといわれています。石皿は見込みに絵が描かれているものがあり、青色の呉須と茶色の鉄系顔料の二色が必ず使用されています。描かれている文様は、柳、菊、桜などの草木文を始めとして松竹梅、鶴亀、宝珠などの縁起のよいものや判じ絵など多岐にわたります。年代:19世紀中期

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駱駝文行燈皿

口径19.7cm。行燈皿は、行燈の台に置き、その燈火から落ちる油を受けたり、油注ぎを置く台として使用される皿で、別名「油皿」とも呼ばれます。この皿には高台がなく、こぼれた油をこぼさないように皿の縁が立ちあがった形状になっているのが特徴です。行燈皿は、茶色の鉄系顔料で絵が描かれているものが多く、その絵は行燈の灯りでほのかに照らし出されることを考え、落ち着いた雰囲気のものが主流となっています。年代:19世紀中期

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水禽文絵高麗

口径31.6cm。一般的にいわれる絵高麗は中国磁州窯製の白化粧の鉄絵皿などを指しますが、瀬戸では白化粧した素地に鉄系顔料と瀬戸地方独特の赤楽とよばれる顔料を用いて、安南手の獣禽文の絵皿を真似たものをいいます。高麗手ともよばれ、文政5年(1822)に下品野村の加藤定蔵がつくりだしたといわれています。年代:19世紀中期

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染付山水図花瓶

重要有形民俗文化財。伝加藤民吉(初代)伊豆原麻谷 画。高46.8cm。加藤民吉は江戸時代後期の瀬戸村の窯屋。父吉左衛門とともに熱田の新田開発に従事していた際に尾張藩熱田奉行津金文左衛門の指導と援助により南京焼(磁器)の研究を行ない、享和元年(1801)9月、染付磁器の焼成に成功しました。その後、文化元年(1804)に九州へ修業に行き、肥前の技術を瀬戸に伝えて瀬戸の磁器づくりを発展させたことから民吉は瀬戸の磁祖として窯神神社に祀られています。この作品は胴部には山水図、下部には龍が描かれ、底部には尾張を示す「張」の染付銘が記されています。年代:19世紀前期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


染付山水図三段重

重要有形民俗文化財。伝 加藤忠治。高さ18.3cm。加藤忠治は江戸時代後期の瀬戸の窯屋で、享和元年(1801)、瀬戸において最初に磁器生産へ転じた十六家に名を連ねました。また、染付焼茶碗を12俵(約1200個)を尾張藩の蔵元へ最初に納めています。忠司の作品は山水画に巧みで、良質の呉須を豊富に使用することから、発色が鮮やかで、瑠璃釉に近い色合いが特徴です。年代:江戸時代後期

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


染付花鳥図獅子鈕蓋付大飾壺

初代 川本桝吉。高さ96.0cm。川本桝吉は瀬戸で「竒陶軒」と号し、三代にわたって陶磁器生産を行った窯屋。初代は、安政4年(1857)に同村の窯屋四代川本半助の婿養子となり、五代半助を襲名しました。文久2年(1862)分家し、輸出向け製品の他、博覧会向の作品も多く製作し、国内外で高い評価を得ました。本作品は、ドイツからの里帰り品で瀬戸市指定文化財です。南画系の繊細な染付画は当時の瀬戸染付の特徴です。下部の龍は注口となっており、ドイツではワインを入れる容器として使われたと伝わります。なお、染付銘から、明治9年(1876)に開催されたフィラデルフィア万国博覧会に出品されたと考えられます。年代:明治9年(1876)頃

情報所有館 : 瀬戸蔵ミュージアム 


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